挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
女勇者セレス 作者:松宮星

得るもの失うもの

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

106/151

五つの道 3日目(1)

 朝の訪れと共に、魔の数は減る。
 女勇者の肉体を守って仮小屋に籠もっている三人――ナーダ、シャオロン、ガルバはホッと息をついた。命がある幸運に感謝しながら。
 魔族の数は日を追うごとに増えている。昨日の日中に、シャオロンが次元通路の数を減らし、高位魔族を数体、討ち取ったのだ。しかし、残念な事にその程度のことでは状況は好転せず、昨晩、結界の外には蠢くように魔族がいた。
 聖なる結界に守られているとはいえ、結界も万能ではない。闇の勢力が増せば、光の力は弱まる。一晩中、瘴気、魔法、邪法、物理攻撃に晒されたのだ。結界が破られる可能性もゼロではなかったのだ。
「もう少し日が高うなったら、お起こしいたす。シャオロン殿、しばし休まれよ」
 老忍者に対し、東国の少年はペコリと頭を下げた。
「ありがとうございます、ガルバさん。それじゃ、少しだけお言葉に甘えさせていただきます」
 シャオロンは毛布にくるまり、セレスの眠る簡易寝台の側に蹲った。ちょうどセレスの足の辺りなので、セレスの頭側に座るナーダと向かい合う形となった。
 外には、まだ魔族が残っている。日の光に脅えて闇に逃げる下級魔族とは異なる、強力な魔が。シャオロンは、本当は、すぐにも外に出て魔の数を減らしたかったのだが、おとといも昨晩も二日続けてろくに眠れていないのだ。寝不足の鈍い頭と体では魔族相手に遅れをとってしまう。まずは休まなくては。
 じきに少年は寝息を漏らし始めた。
 老忍者は小屋の隅に座って仮小屋の出入り口に顔を向けたまま、目の端で主人を見つめていた。主人はおとといから一睡もしていない。女勇者の肉体を魔法で維持しているからだ。主人が魔法を絶やせば、女勇者の命の灯は消えてしまうのだ。
 意地っぱりな性格の主人が無理している事はわかっていた。疲労回復の魔法をかけているとはいえ、眠らずにいれば体力は低下してくる。又、結界魔法の威力を高める腕輪をつけてはいたが、主人は本当は結界魔法は苦手なのだ。大量の魔族に囲まれた状態で維持し続けるのは容易ではないはず。肉体的にも精神的にも、相当、負担がかかっていると思われた。
 それなのに、主人は涼しげな顔をつくっているのだ。東国の少年や部下に心配をかけまいとして……
「このような時こそ頼っていただきたいのに……」
「何です、ガルバ? 何か言いましたか?」
 女勇者の胸の上に右手をかざし、眠っている少年に顔を向けたまま、主人が尋ねる。ガルバも主人の方に向き直ったりせず、そっぽを向いたままだ。
「独り言にございます」
「独り言なら独り言らしく、誰にも聞こえないように静かに言ってください」
 そう言う主人の眼の下には、隈がくっきりと浮かんでいた。それだけが、正直に疲労を訴えている。
「……ほんに、御身様は、年々かわいらしゅうなくなってゆきますな」
「私、もう三十歳なんですよ。かわいいわけないでしょ」
「王宮に居られた頃は、凛々しく、おやさしい、高貴な王子であらせられたのに……『皆が笑って暮らせるような国の王になりたい』が口癖の……。ああ、それなのに」
 老人はわざとらしく大きく溜息をついた。
「大僧正様の下に行かれてから、御身様の性格は捻じ曲がってしまわれた。女嫌いの病にかかるわ、男好きになるわ、政治嫌いになるわ、性質(たち)の悪い東国忍者に誘惑されるわ」
「……ガルバ」
「サティー様のご遺言とはいえ、総本山のような世から隔絶された世界に御身様をお預けすべきではなかった。あのかわいらしかった御身様が、今ではもう目もあてられぬほどの××に……ああ、嘆かわしい」
「ガルバ、私の事を何と言おうと大目に見てあげますけれどね、大僧正様と総本山を侮辱したら許しませんよ」
「いえ、私は、ただ……!」
 そこまで言いかけて、老忍者はハッと頭をあげ、周囲の気配を探った。
「この音は……?」
「ガルバ?」
 老忍者は目を閉じ、耳を澄ませた。
「地鳴り……? いや、これは……」
 すばやく出入り口へと走る老忍者に合わせ、ナーダは結界の範囲を広げ、出入り口の開閉を可能とした。老忍者は出入口にあたるトナカイの毛皮をあげ、間近に迫る魔族を通り越し、更に遠方へと目をやった。
 そこには……信じられないものがあった。頂上だけ姿を見せている遥か彼方の雪山が……徐々に近づいて来ているのだ。遠方の動きなので今は緩慢に感じられたが、山の速度自体は速い。濁流か雪崩のごとく周囲の森を飲み込み、山は広野へと迫っていた。
「御身様! 山が動いております! 魔族めは山に憑き、我らを山の下敷きにする気でありましょう! この角度からでは見えませぬが、地鳴りのごとき音は四方からしております! 山は四方から迫っております!」
「……私達を生き埋めにしようっていうのですね」
 武闘僧ナーダは立ち上がった。ナーダが結界を維持している限り、物理攻撃はくらわない。山の下敷きとなっても、仮小屋が潰れることはないのだ。けれども、土砂や雪で出入口を塞がれてしまっては外に出る方法が無くなる。掘ろうにも、結界を解いた途端、土砂に潰される。又、魔法で維持したとしても、いずれ酸素が尽きる。閉じ込められれば、『死』が待っているのだ。
「セレスに鎧を着せてください、移動します」
「移動……? しかし、四方から雪山が迫っておる今、何処へ……?」
「安全な場所へ、ですよ。アレを使います」
 シャオロンの体を揺さぶる主人を、女勇者に魔法で神聖防具を装備させながら不安そうに老忍者が横目で見つめる。
「アレでございますか? しかし、御身様のアレは可視範囲程度にしか……」
 うぅぅぅんと頭を振り寝ぼけ眼を開く少年に、敵の襲撃を避け移動するとナーダが言葉短く告げる。少年は、しゃんと目を覚ました。『龍の爪』を背負っているので、何時でも移動は可能だった。
「『龍の爪』、つけた方がいいですか?」
「付けてください」
 少年は真剣な面持ちで頷き、『龍の爪』を両腕に装備した。
 ナーダは『虹の小剣』を腰に差し、『エルフの弓』と『エルフの矢筒』は老忍者に預けた。主人同様、ガルバも『エルフの弓』は使えないので、ただ、運ぶだけだ。
 ナーダは革のバンドを手にし、寝台の上の者を見つめた。
 穏やかな顔のセレス。眠っているようにしか見えない。ガルバによって白銀の鎧を装着された彼女に、革のバンドを使っていつものように『勇者の剣』を背負わせる。そして、ナーダは意識のない女勇者をおぶさり、二人が離れないよう部下に手伝ってもらってバンドや紐で固定した。
「……御身様、大丈夫にございますか?」
 女嫌いの主人を気遣って、老忍者がその顔を探るように見つめる。ナーダの女嫌いは並ではない。女性が側に近づくだけで鳥肌を立て、化粧の匂いを嗅ぐだけで吐き気をもよおすのだ。
「……今、私はセレスから離れられません。それに、三人の中で『勇者の剣』に触れられるのは私だけです。私が背負うしかないでしょ?」
 と、主人は涼しい顔で答える。相当、無理をしておられると思いつつも、ガルバは言葉を飲み込み、武器や食料が入った袋を背負い、旅立ちの準備を整えた。
 今や地を揺らす音はナーダやシャオロンの耳にも届いていた。間もなく大地も揺れだすだろう。
 出入口のトナカイの毛皮を持ち上げ、ガルバが外を窺う。蠢く魔族達。その背後より、白い巨大なものが迫り来ている。
「ガルバ、こちらへ。私の側に」
 ナーダの声に老忍者が従った時だった……
 地面が悲鳴をあげ、激しく揺れ始めたのは……



 犬橇を走らせ風を切りながら、赤毛の戦士アジャンは不思議な高揚感を覚えていた。失ったものが満たされてゆく充足感と言おうか……
 求めているものがこの先にあるのは、間違いなかった。
 と、そこで、前方の空が揺らいでいるのが見えた。アジャンにまとわりついていた冬の乙女達は、その揺らぎから生まれ出るまばゆい光を恐れ、散り散りに散って行った。光自体には攻撃の意志はないのだが、その強大なものに触れると、弱々しい存在である彼女達は個を保てなくなってしまうのだ。
 犬達も異常を感じ取り、コースを変えようとする。その反抗を抑え、アジャンは橇を走らせた。移動魔法で現われた者のもとへ、と。
「話がある。アジスタスフニルよ」
 アジャンの本名を口にして光をまとわりつかせている者に対し、赤毛の戦士はニヤリと笑ってみせた。



「……驚きました」
 目を見開き、少年はきょろきょろと周囲を見渡した。
「ナーダ様は、この魔法は使えないんだと思ってました」
 どんな危機(ピンチ)の時にも使われた事なかったしと、つぶやく少年。周囲の雪景色を不思議そうに見つめている。
「使えませんでしたよ、旅に出るまでは。人間に手抜きをさせる為の魔法ですからね、攻撃魔法同様、本来、僧侶には禁忌魔法。ごく限られた役職の僧侶しか、使用してはいけない事になっています」
 ナーダも周囲を探っていた。
「でも、目の前でカルヴェル様が何度もご使用になられたし、何度か実際に運んでもらいましたからね。何となくコツは掴めました。もともと呪文は知識として知っていましたし、物質転送魔法と原理が似ているので独学でもモノにできるかと、旅の間に内緒で練習してたんですよ。いざという時に使えるように」
「はあ」
「ケルティでも結構、使ってたんですよ。扉を開けないで部屋の中に入ったりして、ね」
「ああ……」
 そういえば、そんな事が何度かあった。セレスがアジャンに襲撃された夜の翌朝もそうだった、まんじりともできなかったセレスとシャオロンのそばにナーダはジライを伴って唐突に現われたのだった。
「こうして大危機(ピンチ)を乗り越えられたのですから……苦しいながらも成功ですかね」
 ナーダの顔に苦笑が浮かぶ。
「もっと遠くまで行く事ができれば良かったのですが、今の私ではこの程度の距離が限界です。無茶して、魔力を枯渇させるわけにもいきませんしね」
 ナーダ、シャオロン、ガルバの背後には、巨大な雪山があった。広野があった場所を埋め尽くしている雪と土砂に折れた倒木の塊……広野に居た魔族達は仮小屋と共に山の下に埋もれている。むろん、魔がその程度のことで死ぬことはなかろうが。
 雪山に閉じ込められる前に、ナーダは前方から迫り来る雪山の速度を推量し、既に雪山が通り過ぎたであろう北の森のあった場所へと全員を運んだのだ。そのまま姿隠しと結界魔法を張り続けて、魔をより隠れているのだ。
 この世の神秘を見通せる少年は、山に憑依している何万の魔族が見えていた。それらは蠢き、周囲を窺っている。女勇者を探しているのだ……
「シャオロン……進むべき道はあなたが決めてください」
「え?」
「魔にけどられぬよう、この場から離れたいのです。あなたの眼が頼りです」
「……わかりました」
 低級魔族しか居ない場所ならば、姿隠しと聖なる結界さえあれば無事通りぬけられるだろう。
 シャオロンは周囲を見渡し、辺りの魔の能力を見極めながら、慎重に進んで行った。ひっくりかえった倒木、むきだしの根、どこか遠方からひきずられて運ばれてきたであろう馬車などの残骸、何かの生き物の一部が点在する森のあった場所を通り、足場の悪い雪と土が交じり合った大地を踏みしめ歩く。
 ともすると、不安に胸が押し潰されそうになるので、目の前の事にだけ集中しようと意識を向けた。
 これからどうなってしまうのか……
 魔の囲いを抜けた後、どこへ行けばいいのか……
 仮小屋も無い状態で、雪の中を何処へ……
 シャオロンは頭を振った。余計な事を考えては駄目だ。魔族の包囲網を抜けてからの心配は、今、自分がすべき事ではない。そちらはナーダと老忍者を信じて任せればよいのだ。
 心の眼で周囲を探っていた少年は、ハッと顔をあげた。
 魔とは異なるものが近くに居る。ここより南東の森があった場所に、唐突に現われたのだ。移動魔法だ! と、気づいた時には、天をも震わす大声が周囲に轟いていたのだ。
「おのれ、汚らわしき魔族め! よくも我が国を穢してくれたな! 王の怒りをその身をもって味わうがいい!」
「この声は……」
 シャオロン、ナーダ、ガルバは顔を合わせた。
「ルゴラゾグス王!」
 バンキグ国王その人に間違いない。三人が王の名を叫んだのと同時に、
「くらえ、『雪嵐』!」
 竜巻のような光が吹き荒れ、魔族の宿っている山の成れの果てを千々に砕け浄化してゆく。過去の英雄ゲラスゴーラグン直伝の技『雪嵐』。聖なる武器『狂戦士の牙』を介して放たれたそれは、まさに嵐の牙。邪なるものを容赦なく、切り裂いてゆく。
 シャオロン達は身を乗り出し、砕けゆく山を見つめていた。ナーダの結界に守られているので、砕け散り雨のように飛んでくる土砂や岩や木々がぶつかる恐れは無い。ルゴラゾグス王の攻撃の凄まじさを目の当たりにして、シャオロンは体の震えをおさえられずにいた。以前、対戦した時よりも、国王は何倍も、いや何十倍も強くなっている。
 破壊の嵐は穢れた山々を木っ端微塵に砕き尽くすまで、止む事はなかった。穢れた土は大半は浄化されて今世から消滅し、残ったものもただの土となって周囲に積みあがり丘となってゆく。
「思い知ったか、魔族め!」
 がっはっはと豪快に笑う声。その声は次第に小さくなってゆき……息づかいは荒れ……やがて、途絶えた。
「!」
 周囲から、空から、遥か遠方から、さまざまなモノに宿った黒い気が東南を目指す。
 山の残骸が視界を塞いでいるのでよく見えないが、魔族はルゴラゾグス国王を獲物と定めたようだ。蜂の大群のような黒い影が、一点を目指し進む。
 しかし、国王からの攻撃がない。先程の大技で力を使い果たしてしまったのだろうか? 国王は今?
「シャオロン! 先に」
 と、武闘僧が叫んだ時には、東国の少年は結界を越え、東南へと走っていた。ルゴラゾグス国王を救うべく。
『虹の小剣』を抜き、ナーダはチラリと部下を見た。
「私の側を離れないように。遅れたら命はありませんよ」
「御身様こそ、女勇者様を落とされませぬように」
 二人は視線を交わし合い、同時に雪を蹴って走り出したのだった。


 ルゴラゾグス国王は五人の部下を伴っていた。
 二人は宮廷魔法使い。国王と自らを含め六名をここまで運んだのはこの者達だろう。今、そのうちの一人の小柄な方が結界を張り、気絶した国王を守っている。もう一人の年配の魔法使いは杖を手にしたたずんでいたが、攻撃にも防御にも参加せず、魔力を温存していた。多分、彼が移動魔法の使い手はなのだろう。
 二人はシベルア教の司祭だった。神聖魔法・回復魔法の使い手は、結界の外で結界に背を向けて立ち神聖魔法で敵の数を減らしていた。
 そして、もう一人はカラドミラヌだ。血気盛んな戦斧の使い手の若者だ。彼の武器はただの鉄斧なので、魔族退治はできない。おそらく強制的に王と共に結界の内に入れられたのだろう。不満そうな顔をしていた。が、戦斧を構えるその姿からは、結界が解けたときには身を挺してでも国王を守る覚悟がうかがえた。
(ムジャ達が王宮と連絡をとってくれたのですね……救援がこれほど早いとは……ありがたい)
 遠方の国王達を見つめ、ナーダはホッと安堵の息を漏らした。回復魔法の使い手が来てくれたのだ。それに、移動魔法の使い手の魔法使いもいる。セレスの身体機能維持の魔法の人員は更に増やせるのだ。
 何としても、彼等を救わねば。
 道を塞ぐ小物魔族を『虹の小剣』で斬りながら、ナーダはシャオロンの後を追う。気を高め、小声で呪文を詠唱しつつ。


 風のごとく現われた少年。鋭く美しい銀の爪で魔を切り裂き、爪より生み出す竜巻と聖水で魔を祓う。
 シベルア教の二人の司祭は、少年の爪で、あっけなく魔族が滅びてゆくのにみとれた。少年は神の騎士のように勇敢で、美しかった。
 少年の後に続くインディラの大男は、女勇者を背負ったまま小剣で魔と戦っていた。その男の気からは、時折、畏怖すべき大いなる存在が感じられた。あの男は、南の神の信奉者に違いなかった。
 インディラ人のすぐそばを小柄な老人が走っていた。老人は、時折、魔の一団にむけ、火薬玉を投げたり、投げ武器(チャクラム)を使っていた。が、それは敵の足をわずかに遅らせる程度の牽制にしかならなかった。
 少年とインディラ人は結界のすぐ側の司教の元に駆け寄ると、並んで立ち、少年は無数の竜巻を、大男は自身を中心とした高位の神聖魔法を周囲に向けて放った。二人から爆発的に広がった浄化の力に、一帯の黒きもの達があえなく消滅してゆく。
 周囲から完全に黒の気が消滅したのをみてとってから、宮廷魔法使いは結界を一時解き、二人の司祭と勇者一行を内へと誘った。


「ナーダさん、そっちの人間はそれで全部か?」
 と、尋ねたのはカラドミラヌだ。一方的にナーダをライバル視している、戦斧に命をかけている若者だ。
「ええ。他の者は別行動をとっています」
「んじゃ、移動だ。おい、結界内の者、全員を運べよ」
 カラドミラヌが年配の魔法使いに向かって横柄に言う。戦士を最高職と考えるバンキグにおいて、宮廷魔法使いの地位は、あまり高くないのだ。魔法使いは頷き、ごにょごにょと長い呪文を詠唱し始める。
「サヴォンオラヴィからここらまで来る時は呪文の詠唱に二十四分もかかったんだぜ。遠くまで移動できるのは便利だけど、魔法って実戦向きじゃないよな」
 同意を求めるかのように、カラドミラヌがナーダに笑いかける。短い呪文詠唱で高位の魔法をバンバン使う大魔術師を見た事がないのだろう。カルヴェルなど、エウロペ国内を無詠唱で連続移動していたのだが。
 しかし、この魔法使いは、呪文詠唱に時間がかかりすぎるとはいえ、六人もの人間を移動魔法で運んだ上に、今度、十人を運ぼうとしているのだ。カラドミラヌは無能と馬鹿にしているが、魔力消耗の激しい移動魔法を連続使用できる者は稀。かなり優秀な魔法使いのようだ。
「何処まで移動するのですか?」
「ナヴィアスの要塞だ。サヴォンオラヴィより橇で東に一日ほどの距離の、河沿いの要塞だ。魔封じの結界もばっちりあるし、一年篭城しても困らないほど倉庫には備蓄がある。ノリエハラス様が、宮廷魔法使いにご命じになって、シベルア司教様や司祭様を数十人、既に要塞にお移ししているはずだ。陛下はそこを女勇者様の避難所に決められたのだ」
 と、カラドミラヌは『狂戦士の牙』を抱きしめたまま目を回している国王をチラリと見てから、ナーダに視線を戻し睨むように真っ直ぐ見つめてきた。気絶している国王に対しナーダ達に不敬な態度をとらせるものか!と、その目は強く訴えていた。
 むろん、ナーダにはそんな気はなかった。バンキグ国王とカラドミラヌ、宮廷魔法使い達と司祭達に対し頭を下げ、感謝の気持ちを伝えた。
「あなた方の救援のおかげで、九死に一生を得ました。その上、避難先まで準備いただき、本当に、ありがとうございます」
 シャオロンもナーダの横で深々と頭を下げ、老忍者も片膝をつき頭を深く垂れた。
「これほど、早く救援の手が差し伸べられるとは思っていませんでした。私の部下は何時ごろ、どうやって王城と連絡をとったのでしょう?」
 ナーダの問いに、カラドミラヌは意外そうな顔をした。
「部下? あれ? ノリエハラス様お気に入りの、あの忍者、あんたの部下だったのか?」
「え?」
「えっと……ジライって名前だったけ? いつも覆面してた変な男が、おとといの夜、ノリエハラス様の枕元に現われたんだ。女勇者様が危機(ピンチ)だって言ってな。ノリエハラス様も最初、夢かと思われたそうだが、ベッドの側の木柱に矢文が刺さってて、そちらに場所やら状況やら詳しい説明が書かれていたんだ。手紙の差出人は『ジライ』。あの忍者だった」
「……ジライが?」
 ナーダはシャオロンとガルバと顔を合わせた。広野(ここ)で分かれたジライがその日のうちにサヴォンオラヴィのノリエハラス老宰相の元を訪れるなど不可能だ。通常の移動手段では……。移動魔法の使い手にでも運んでもらったのだろうか? もしかして、カルヴェルに?
「ノリエハラス様は弓勝負以来、あの覆面男を非常に気に入っておられたので、あの男の頼みならば動かずばなるまい! と、手紙をもらった翌日、つまり、昨日、朝一で、陛下に事の次第を話されたのだ。手紙自体、本物かどうか怪しいものだったんで、救援隊を差し向けたいというノリエハラス様のご意見に真っ向から反対なさった大臣もいらっしゃったのだが」
 カラドミラヌの視線が、倒れてる巨漢の王へと向く。
「『恩義に報いてこそ戦士』との国王陛下のお言葉であんた達への救援隊が送られる事となったんだ。魔族との戦闘を考慮し、指揮は聖なる武器の所持者の国王陛下がとることとなり、聖職者・魔法使いを中心に救援隊は組まれた。ノリエハラス様はサヴォンオラヴィに残られ、後方からの支援に回られた」
 そこで少し、若者の顔にためらいが浮かぶ。自身の戦斧を握り締め、ナーダに対し複雑な表情をみせる。
「俺は……物理攻撃が通じる相手への戦闘要員であり、二手に分かれた時の別隊の指揮官を務めるべく同行している」
 若者の虚勢と失望、不満が、ナーダには手にとるようにわかった。が、そのことは触れず、相手の次の言葉を待った。
「実は昨日の夕方からこっちに着いてたんだが、広野の魔族の数が多すぎて、危険すぎてあんたらの所まで行けなかったんだよ。連絡とろうにも、魔の瘴気自体が結界みたいになってて、心話さえ通じない。魔族を葬り力づくで合流するにしても、夜になったら相手の勢力が増してしまう。時間が悪すぎた。司祭様のご助言を受け容れて陛下はあんた達との接触は翌日の朝一と決められ、昨日は俺達はこの近くの狩猟の民の村に一泊したんだ。ちっちゃな村だったが、皆、陛下の来訪を喜び、貯えの酒や肉をふるまって歌や踊りで歓迎してくれた」
 若者は戦斧を持つ手に更に力をこめた。
「今朝、俺達が村を離れてから三十分も経たないうちに……背後で山が動いたんだ。俺達のそばには偉大な王がいらっしゃった……王が『狂戦士の牙』で迫り来るものを切り裂き、魔法使いが俺達の周りに結界を張ってくれた。俺達はほぼ無傷だったが……俺達が通り過ぎてきた所は全て、山に潰され、土砂に埋もれ、崩れ去っていた……戻って確かめるまでもないことだ、昨晩、泊まった村はもう跡形もないだろう」
 若者の顔が興奮のあまり赤くなる。
「ここに着いて、陛下は怒りのあまり、髪を逆立てられた。魔族どもが山を動かしたせいで、山々と広野を結ぶ場所にあったものが全て踏みにじられていたんだ。あの村だけじゃない、進路にあった全ての村や森や河が……雪と土くれに埋もれてしまった。陛下は目に涙をためられ、全ての力を斧にこめ、山々と同化していた魔を滅ぼしたのだ」
 カラドミラヌは悔しそうに声を荒げた。
「俺だとて、陛下と同じ気持ちだった! 俺も魔を滅ぼしたかった! だが、俺の武器では魔は斬れん! 俺は……何もできないのだ」
 無念の思いに、体を震わせる若者。
 その背に、そっとナーダは手をかけた。
「今の状況が、戦士であるあなたには何重にも苦しいものであろうことは私にも察っせられます。しかし、必要のない人間などいません。人にはそれぞれ役割があり、その役割を成し遂げる事で人と繋がり合えるのです。たとえ、その役割が自分にとって不本意なものであったとしても……他者の為に、己の成せることを成すべきです」
「………」
「卑劣なる魔は必ず滅ぼしましょう。女勇者様と共に、必ず、ケルベゾールドを倒します……私達の為に魔の犠牲となった生命には謝罪と鎮魂の意を、駆けつけてくだすったあなた方には感謝を捧げます」
「……俺は何もしていない」
「いいえ。あなたは私達が危機と知って、陛下と共に動いてくださった。その気持ちがとても嬉しいです。それに、このような辛い時に、知己と出会えるのはたいへん心強い。あなたが来て下さって、嬉しいです」
「………」
 カラドミラヌはうつむき、眉をしかめ、唇をきつく結んだ。涙を堪える子供のように。
「移動します」
 宮廷魔法使いの合図に、全員が頷きを返す。
 移動魔法に包まれ、広野に居た者達は別の地へと渡って行った。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ