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女勇者セレス 作者:松宮星

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五つの道 序

「あるべき世界に帰りなさい、ゼグノス!」
 雪を蹴って、女勇者セレスが『勇者の剣』を振り下ろす。


 その一撃で……
 ケルティで野望を果たし損ねても尚、今世に留まり続けていた魔族の残滓は消滅した。周囲を聖なる結界で覆われていた為、新たな憑代に移れなかったのである。
 バンキグで復活をもくろんでいた大魔王四天王ゼグノスは消滅した。魂の一欠けらも残さず浄化できたか? と、問われれば定かではないが。ゼグノスは己の魂を何万にも分断して今世に現われる。憑代に集わなかった魂が一部、今世に残っているかもしれないのだ。しかし、現在倒せるモノは倒しきった。
 後はゼグノスと共に雪の広野で暴れていた下級魔族を倒すのみ。
『勇者の剣』を鞘に収め、仲間の元へ走ろうとしたセレスを……
 背後から黒の気が襲った……
 それは……
 ゼグノスの死と共に発動する邪法……
 女勇者への呪詛であった……



 バンキグの首都サヴォンオラヴィでセレス達は、おととしの春からこの国の北東部の数家族からなる小さな狩猟のパーティが次々に行方不明となる事件が続いている事を知った。
 消えたパーティの数は二十にのぼる。数ヵ月後に発見されたパーティもあったが、生存者は一人もいなかった。移動式小屋の中で剣を突き立て合って家族で殺し合ったり、全員で河に飛び込んだり、木から飛び下りたり……見つかるのは死骸ばかりだった。
 バンキグの医師は、彼等の変死を『集団ヒステリー』と診ていた。
 確かに極寒の地で生きる人間には精神的緊張が強いられるものだが、破滅へと向かう精神病の発作に見舞われた以上、それなりの理由があるはず。しかも、その『集団ヒステリー』は極限状態の冬ではなく、恵みの多い春の季節から始まっていたのだ。
 又、バンキグ王宮からの『大魔王復活時にバンキグ国内に現われた魔族の数は確認しているもので五十、その全てがシベルア教会司教と軍隊によって始末された。以後は、小物魔族が局地的に時折、出現するのみ』と、いう報告も、勇者一行に疑念をわかせた。他国に比べ、魔族の数があまりにも少なすぎるのだ。
 人間に気づかれぬよう密やかに、魔族はバンキグで何か恐ろしい企みを進めているのかもしれない……
 王宮滞在中に、武闘僧ナーダはバンキグ北東部の情報を集め、部下を現地に派遣し、何部族かの狩猟の民と接触させた。その結果、バンキグ北東部に住む者は程度に差はあるものの、皆、何度も『集団ヒステリー』にかかっている事がわかった。
 突然、わけもなく踊り狂う者、笑い続ける者、叫び続ける者……
『悪い魔族の呼び声が聞こえた』と、その時を振り返って、とある狩猟の民のシャーマンは語った。呼び声が聞こえる度に太鼓を叩いて歌を歌った(浄化魔法を唱えた)ので、彼の村では今のところ人死にが出ていないそうだが。
 あるシャーマンが語った。
『先祖の霊が教えてくれた。悪い魔物の名はゼグノスと言うそうだ。ゼグノスはおととしの春から夏にかけてこの地で暴れ、おととしの秋に西に移ったが、昨年末、奴はこの地に戻って来た。奴は西で小さくなったので、非常に飢えている。心を正しく持ち祖先を敬い続けねば、ゼグノスの呼び声に負け、我らは滅ぶだろう』と。


「残念な事ですが、ゼグノスは未だに今世に存在しています」
 所用があって王宮を離れていた赤毛の戦士アジャンに、明日からバンキグ北東部に向かう理由をナーダが説明した。頭にターバンを巻いた、インディラの王族姿だ。
「あなたとハリハールブダン上皇、そしてセレスの活躍で、ケルティにおけるゼグノスの企みは潰えました。しかし、今世からあの魔族を浄化しきったわけではないのです」
「何故、そう言い切れる?」と、アジャン。
「ご存じの通りゼグノスは、己が魂を幾千幾万にも分け、同時に幾千幾万の人間に憑いていました。つまり、一度に、幾千幾万の憑代を持っていたのです。あなた方の活躍で、ケルティに居た人間はほぼ一遍に浄化され、ゼグノスは依るべき肉体を失い、今世から消滅した……かのように見えたのですが」
 ナーダは溜息をついた。
「あの時、ケルティに居なかった人間の内には、ゼグノスの魂は無傷で残ってしまったんですよ」
「……」
「ゼグノスの血の宴の時、たまたま国外に居た人間なんかがそうです。たとえば、あなたの恋人アジソールズ」
「てめえ! ンな気色の悪い表現はやめろって、前、言っただろうが!」
「……未だにあなたを部族王と崇め、熱烈なLOVEコールを送り続けているアジソールズなんですが」
「クソ坊主! 喧嘩、売ってるのか!」
「いえいえ。まあ、その情報屋のアジソールズなんですがね、バンキグで再会した時、驚きましたよ。彼からゼグノスの気が感じられたからです。すぐに浄化してあげましたので、今はもう彼は大丈夫なのですが。本国に帰国したシベルア使節団・司教・司祭・行商人、ドラゴン船で遠出していた戦士などなどに、未だにゼグノスの魂は宿っています」
「………」
「けれども、ここしばらく調査した結果、ケルティにまったく縁のない、バンキグ北東部の多くの人間の体内にも、ゼグノスの魂が潜んでいる事がわかりました」
「どういうことだ?」
 おととし春から夏にかけてバンキグ北東部のシャーマン達が『ゼグノスの呼び声』を聞いたと言っていること、それ以後『ゼグノスの呼び声』は途絶えていたが、昨年末から再び『ゼグノスの呼び声』が同じ地を襲っている事を、ナーダは説明した。
「推測するに、ゼグノスはおととし、バンキグで小規模な実験をしたのだと思います。人間の体内に己が分身を潜ませ、悪感情を呼び覚まし、理性を失わせ、欲望のままに暴れさせるという……ケルティの魔の宴の練習をしたのでしょう。バンキグ北東部では二十の狩猟パーティが行方不明となり、互いに殺し合ったり集団自殺をした遺骸ばかりが発見されています」
「練習かよ……胸糞悪い野郎だ」
「宮廷魔法使いを通じて、ハリハールブダン上皇には、ゼグノスの残滓の存在はお伝えしました。『動物達の母』降臨中にケルティに居なかったケルティ人の浄化は、上皇様がどうにかしてくれるはずです。任せて大丈夫でしょう。けれども、バンキグ・シベルアにおけるゼグノスの残滓の処分は我々がやるべきです」
「……けど、奴の魂はほぼ浄化されたはずだ」
 アジャンは顎の下に手を当てた。
「何百万といたゼグノスは、浄化の光で消えた。今のゼグノスに本来の力はない。大魔王四天王を名乗るのも恥ずかしいほどの、下級魔族なみの能力のはず。接触するだけで次々に人間に伝染(うつ)るなんて芸当は、多分、無理だ。幾千幾万なんて数の分身は持てないだろう」
「そう願いたいですね」
「弱っちい魔族(ゼグノス)なんざ、地元のシャーマンやシベルア教の坊主どもに任せていいんじゃねえか?」
「でも、バンキグ北東部が奴のもともとの本拠地ならば、放っておいては危険です。奴に能力を取り戻されかねません。そうなったら困るでしょ? 異国のバンキグやシベルアでは、あなた、『動物達の母』は呼び出せませんものねえ」
「だが、だからって、罠に飛び込むのか?」
 アジャンはボリボリと頭を掻いた。
「今、野郎が派手に活動しているのは誘いこみだろ?」
「ええ。見え見えの罠でしょうね。正体を隠そうともせず、バンキグ北東部に限定して現われているのですから」
「女勇者をおびき寄せて倒し、ケルティでの汚名返上を狙ってるんじゃないか?」
「でしょうね」
「……罠だとわかっているのに行くのか?」
 赤毛の傭兵の問いに、武闘僧は肩をすくめてみせた。
「困っている方が大勢いらっしゃるんですよ。罠とわかっていても、あのセレスが見過ごすはずはないでしょ?」
 アジャンはがっくりと頭を垂れた。
「……あの馬鹿女……」
「まあ、女勇者様が行くとおっしゃる以上、従者の我々はその言葉に従わなきゃね。それに……私としてもゼグノスにはとどめをさしたいのですよ。大魔王討伐前に、可能ならば、四天王は全員、倒しておくべきです。一体でも討ち漏らせば、勇者様一行はかなりの苦戦をしいられます」
「ほう?」
「大魔王に次ぐ実力の魔族が、大魔王と共に勇者一行を待ち構えているわけです。厳しい戦いとなるのは当然です。ちなみに、四天王一人を討ち漏らした六代目勇者アレックス様の代は、生き延びた従者はサムライのカネノブ様一人で、アレックス様は大魔王を討ち取った後に発狂したそうです」
「勇者が発狂?……四天王が残っていたせいなのか?」
「と、言われています。同じく四天王が一人残っていた、八代目勇者フィリップ様の代は勇者一行は全滅しました」
「全滅……」
「大魔王の波動が消えたというのにフィリップ様はおろかその従者すら大魔王の居城から帰還しない。様子を見に行った勇者様の甥達は、大魔王の玉座の前に血の海の跡と腐りかけた六つの死体を発見しました。勇者一行全員、全身から血を吹いて死亡していたのだそうです」
「そりゃ、また、悲惨な結末だな」
「大魔王は消滅していたので、フィリップ様が相討ちで倒してくださったんでしょうけれどもね……まあ、四天王が二人も残っていたのに全員無事に凱旋できた十代目勇者ウォルト様もいらっしゃいます。四天王を倒せなくても、或いは問題なく大魔王を討伐できるのかもしれませんが……全員が無事に生き延びられるよう、可能な限り心配ごとは減らしたいのですよ」
「なるほどな……だが」
 赤毛の戦士は、遠方をすがめ見るかのように瞳を細めた。
「……行かない方がいい」
 全てを見通す『シャーマンの眼』は王宮の岩壁を乗り越え、遥か彼方を見つめていた。
「俺達は東を目指すべきだ」
「それは、予知ですか?」
「ハッ! そんなごたいそうなもんじゃねえが……俺なら、今、絶対に、北東に向かわねえ。あっちは、ひどく歪んでいる」
「歪んでいる?」
「行けば、ろくな事にならない」
「……ケルベゾールドの本拠地がそこにあるのですか?」
「いや、違う。それならそれで、もっとぞっとするはずだ。大魔王様なら俺に身の毛もよだつ恐怖とやらを味合わせてくれるだろうさ。ただ何となく嫌な感じがする……たいして強い力ではないと思うが……」


 赤毛の戦士の危機回避能力に、勇者一行は信頼を寄せていた。彼の勘のおかげで、砂漠越えも樹海越えも難なくこなせてきたのだ。アジャンは自分にとって有益な道を本能的に見抜く目を持っているのだ。
 けれども、セレスは、今世の勇者としての義務感から大魔王四天王討伐の意志を翻さなかった。又、武闘僧ナーダの後顧の憂いをなくしたいという考えは、全員の納得がゆくものだった。
 危険があると承知した上で、女勇者一行はバンキグ北東部を目指した。


 北方の冬は長い。三月となっても、バンキグには白銀の雪世界が広がっていた。しかし、春が近づくと共に日照時間はどんどん長くなってきた。一月頃はケルティ南部ですら日照時間は六時間足らずだったのだが、今は内陸のバンキグ北東部すら十時間も日の光が差す。吹雪の頻度も下がり、日中の移動はかなり楽になっていた。
 勇者一行は、凍結した河の上を三台の犬橇で進んだ。ナーダの部下達はそのほとんどが情報収集の為、バンキグ或いはシベルアに散っており、ついてきているのは老忍者ガルバを含め五名だけだった。
 河は完全に凍結しており、ぶ厚い氷に覆われていた。バンキグ北東部で氷が解け始めるのは五月、氷が無くなって周囲に春が訪れるのは(それはすぐに短い夏と変わるのだが)六月になってからの事なのだ。
 狩猟民族の村に泊まり、村人の体に宿るゼグノスの残滓を浄化しつつ、一行は更に北東へと進んで行った。
 そして、ついに雪の積もった無人の広野にゼグノスの気を色濃く宿す者を追い詰めた。ある村のシャーマンの体をのっとっていたゼグノスは、次から次に次元扉を開き、下級魔族を召喚した。
 襲い来る下級魔族。どれも雑魚とよんでいいモノばかりだったがその数が多すぎた為、従者達は前へなかなか進めない。
 その中からセレスだけが一人、ゼグノスのもとに辿り着く。
 セレスは勇者として大魔王四天王と対決し、見事ゼグノスを倒したのだった。
 しかし……
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