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女勇者セレス 作者:松宮星

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英雄の墓―――バンキグ編 5話

 審判はおそるおそる、試合場の外の女勇者の従者に声をかけた。シベルア語で意味不明な言葉を叫び、虚空を見つめていた子供は、今はぱったりと動かなくなっている。うつむき、床に目を落としている。
「早く試合場へ。国王陛下がお待ちかねだ」
 と、声かけると……
 子供は右腕で両目を覆い、おいおいと大声をあげて泣き出したのだった。
 審判は目を丸くした。この子供は、ルゴラゾグス王との対決を恐れ、恐怖のあまり精神に異常をきたしたのだろうか。
「何と……何としたことか」
 子供の叫びに審判は首を傾げた。聞き違いでなければそれはバンキグ語だ。しかも、ひどく古い言葉使いの。
「ユーリアよ、やはり、そなたは心美しい女人であったのだな。そして、シャダムよ……すまなんだ。ユーリアの強力な術にかかっていただけであったのだな。おまえの口から出た侮辱の全てが術に踊らされたものであった以上……もはや我が怒りは解けた! シャダムよ! 高潔なるペリシャの聖戦士よ! おまえの謝罪、しかと聞き届けた! 安らかに眠るがよい、我が友よ!」
 右腕と右手の小手で、ぐしっと涙をぬぐっても、後から後からこぼれてくる。おいおいと泣いている子供に、審判は声をかけた。
「試合場に上らねば棄権とみなすが、良いか?」
 鼻をすすってから、子供はじろりと審判を睨みつけた。
「気の利かぬ男め! わかった! 登ってやるわい!」


「うわぁ、何か大当たりが憑いたっぽいですねえ」
 ちっとも勝負が始まらないので、観客がしびれを切らし派手なブーイングをしてる。そのせいで、出場者控え席まで声は届かないのだが、目で見るだけでも充分にシャオロンがおかしいのはわかった。突然叫んだり、泣いたり、ふてぶてしい態度をとったり……霊が憑いたのは明らかだった。シャオロンの唇の動きから幾つかの単語を拾った武闘僧は、口元に笑みを浮かべた。
「シャオロン、バンキグ語を話してますし、『ユーリア』とか『シャダム』とか言ってますよ」
「え! それじゃあ!」
 両手を組み合わせ、セレスがパッと顔を輝かせる。
「ゲラスゴーラグン様ね! ゲラスゴーラグン様がシャオロンに憑依しているんでしょ?」
 その問いは赤毛の傭兵に向けられたものだった。シャーマン体質のこの男は、シャオロン以上にこの世の神秘を見通す眼を持っていた。女勇者に対しては答えるのも面倒とばかりに肩をすくめてみせ、アジャンはシャオロンに重なっているモノを見つめながら武闘僧に話しかけた。
「おまえがシャオロンの話を聞いて描いた似顔絵(モンタージュ)、かなり似ているぞ」
「おお、そうですか、それは嬉しいです」
「予想以上に小柄だ。シャオロンよりちょっと小さい」
「へぇぇ。小柄とは伺ってましたが、それほどとは」
 試合場に上がったシャオロンが、胸をそらせたまま審判に話しかける。審判は声を荒げたようなのだが、シャオロンの一喝におびえ、後ずさった。横からルゴラゾグス王が何か口ぞえをし、審判は不承不承頷き、両腕を高々と天へと向けた。
 会場が水をうったように静まり返る。
「勇者の従者シャオロン殿からの願いを、国王陛下が承認された! よって、特例ながらシャオロン殿の武器替えを認める! シャオロン殿は国王陛下に戦斧で挑まれたいとの事! 勇者の従者ナーダ殿! 斧を持って参られい!」
「あ? はい」
 ナーダは戦斧を右手に、『龍の爪』をしまう革袋を左手に試合場へと走った。私の斧はこの王宮からの借り物なんですがねえと、ぶつぶつ文句を言いながら。


「あの子供……陛下に戦斧勝負を挑む気じゃな」
 小休止の時、ノリエハラスが話しかけてきた。老宰相は自由武器勝負が行われる反対側の試合場へと顔を向けていた。
「得意の爪武器で挑めば、万分の一でも勝ち目はあろうに。無謀な事よのぉ……」
 シャオロンが戦斧を使う? あの非力なシャオロンに戦斧を振るう体力も技量もあるとは思えなかった。が、ジライはその事は口にせず、静かに笑った。
「息が切れておられますぞ」
「……なに?」
「小休止の間は休まれるがよい。ご老体には厳しき長丁場ももう間もなく終わりまする。後十矢か、十五矢でござろう。ここまできた以上、最後まで外さずにゆきたいものですなあ」
「こんな至近距離……外す方が難しいわ」
 老人は強がっていた。が、忍の眼は誤魔化せない。ジライは相手の右肩の異常を見抜いていた。右肩の周囲に疼痛と痺れがあり、熱を帯びている様子。老大臣は無理をしすぎたのだ。疲労が蓄積した右肩が、矢を射る度に激痛を訴えている事だろう。気力で後何本、的中を続けられるか。
 斧勝負でシャオロンが勝てるはずはないのだが、シャオロンが勝利した場合は、不自然にならぬ形でわざと負けて、バンキグ国に勝ちを譲る事になっている。ノリエハラスの様子を見つつ、的中を調節する必要があった。


 妙な子供だと、ルゴラゾグス王は赤銅色の髪を描いた。
 勇者一行の中で間違いなく最年少の子供が、駆け寄ってきたインディラ人の仲間を怒鳴りつけ、召使のようにこき使っている。自分はその場に立ったまま何一つ動かず、己の爪武器を両腕から外させているのだ。
 二人はバンキグ語で話していた。が、もれ聞こえる言葉からすると、インディラ人は子供に対し敬語を使っているようなのだ。
「重い! 重いぞ! 斧をこれほど重く感じるとは! まこと未成熟な体よ! そなたの体を用いた方がまだマシじゃ!」
「そういうわけには参りません。その子供がこの勝負の選手です。どうぞ、そのまま……」
「ええい! 今だけじゃぞ!」
 何の話をしているのだろう? 国王は首を傾げた。
 インディラ人を試合場から下がらせ、子供は国王と向き合いニヤリと笑った。
「そなたの母方の曾祖母は、ハンセン家の血を引く女だ」
「?」
「ハンセン家も我が家系同様、数百年前に途絶えておる。家系図も残っておらぬゆえ、そなた知らぬようだが、ハンセン家には我が娘ゲラスグレーテが嫁いでおる。喜べ、王よ。そなたの体には、我が血が流れておる。そなたは我が子孫だ」
 何を言っているのだ、この子供は? ルゴラゾグス王は対戦相手を眉をひそめつつ見つめた。子供とは思えぬほど威風堂々と歩み寄って来る相手を……
「私語は慎まれよ」
 審判に注意されても、意に介した様子もなく、語り続けた。この数百年、投げ斧こそ重宝されたが、両手を使用する戦斧は好まれず片手剣を好む輩が増えるばかりで嘆かわしく思っていただの……戦斧の使い手の国王が即位したおかげで、戦斧を見直す気風が生まれたのは喜ばしいだの……
 口を閉ざさねば失格にする! と、怒鳴った審判は、子供に一睨みされ、震え上がった。眼で人を殺しかねない、凄まじい眼力があるのだ。
「うるさきこわっぱめ! 望み通り始めてやるわ! さあ、参れ、王よ! 最初は軽く相手をしてやる!」
 小柄な子供は腰を落とし、斧頭を持ち上げ、刃を見せて構えた。
(うっ!)
 国王は我が目を疑った。一見、何気なく構えているようなのだが、子供からは他を威圧する気が広がっているのだ。
「始め!」
 審判の合図が聞こえてもルゴラゾグス国王は動けなかった。下手に踏み込めば切られるからだ……
 悠然と斧を構えている子供は、踏み込めずにいる王に対しニカッと笑った。
「我が実力を察したようだな。嬉しいぞ、そなた、見込みがある。鍛えてやろう……」
 斧を構えたまま子供は走り、高々と跳躍した。重い斧を振り上げて!
 振り下ろされた刃を、ルゴラゾグスは斧で受け止めた。
 稲妻のような一撃だった。ルゴラゾグスの腕にしびれが走った。が、休んではいられない。着地と同時に右へ左へと斧を振り回す子供。その刃を払い、受けねばならなかった。
 子供は、上段・中段・下段と技をふりわけ、時にはバトンのように斧を回転させ柄で攻撃を仕掛けてきた。変幻自在の攻撃だ。その上、ルゴラゾグスからの反撃は軽く横に流すか、体術でかわしてしまう。
 バンキグの戦士達は固唾を呑んで勝負を見守った。バンキグ一の戦斧の使い手が、子供に押され、良いようにあしらわれているのだ。信じられなかった……
 子供は余裕の笑みを浮かべていた。
「足さばきが悪く、下半身の柔軟さに欠け、技も単調。だが、良い教師のおらなんだこの時代に、独学でよくここまで己を鍛えた。褒めてやろう」
 ルゴラゾグスはギリリと歯を食いしばった。己の腕ではかなわない相手である事はわかっていた。が、負けるわけにはいかなかった。国王として……国一番の戦斧の使い手として……
「王よ、褒美に我が得意技を披露してやる。乱戦向けの技だが、座興代わりじゃ。《雪嵐》という」
「《雪嵐》!」
 ルゴラゾグスは声を張り上げた。
「その名だけが伝承に残っている、ゲラスゴーラグン様の秘技ではないか! まさか、おまえは!」
「さよう! わしはゲラスゴーラグンじゃ!」
 東国の子供は……いや、東国の子供の体を回転させ、ゲラスゴーラグンは己の気を斧にこめて放った。刃からまばゆい光の気が広がり、竜巻のごとき強風が試合場に吹き荒れた。
 ルゴラゾグスの巨体が床に叩きつけられた。だが、王にも意地がある。戦斧を手放すまいと国王は柄を握り締め、反撃に立ち上がろうとした。
 けれども……
 立ち上がりかけていた王の額に、ぴたりと刃が突きつけられる。ルゴラゾグスは斧の刃を向ける相手を見つめた。東国の子供の内に宿っているものは……間違いなく『戦斧の神』と敬い慕い続けた伝説の戦士――ゲラスゴーラグンなのだろう。そうでなければ納得がいかない。あの技、この風格……
「……参った……いえ、参りました!」
 国王は憧憬の瞳を子供へと向けた。
「手合わせをしていただけたのは、まさに僥倖(ぎょうこう)! このルゴラゾグス、あなた様を神と崇め、戦斧に精進してまいりました! どうか、この未熟者に戦斧をお教えください! ゲラスゴーラグン様!」


 バカでかい声の国王の降参宣言と『ゲラスゴーラグン様』と、過去の英雄の名を高らかに叫ぶのが聞こえた。
 驚愕と失望の混じった喚声が場内に響き渡った。
(シャオロンが勝つとは……)
 意外に思いながら、ジライは弓を引き絞った。丁度これが最後の一矢だった。シャオロンが勝った以上、これを外し負けねばならない。
 ノリエハラスが気力で的中の数を伸ばしているので、ジライも彼に合わせて的中を続けていた。あまり大きく外してはわざとらしい。右手がすべったような演技をし、的中の緑円ではなくその外側の赤い円を狙った。
 しかし、矢を放ってから、ジライは目を見張った。同時に放ったノリエハラスの矢が標的面から大きくそれてゆくのがわかったからだ。
 射終えると同時に、ノリエハラスは右肩を押さえ蹲った。とうに右肩は限界を越えていた。気力勝負を続けていた老宰相に、国王敗北が耐えられない事実として重くのしかかったのだろう。
 ジライ、赤的命中。ノリエハラス誤射。
 弓審判が弓勝者の名を高らかに口にしようとした時、
「この勝負は無効じゃ!」
 東国忍者が審判に詰め寄ってきた。
「最後の一射は、二人共に精神を乱し、弓の調和を乱した! 誤射にて勝者となるは耐えられぬ!」
「はぁ?」
 目をぱちくりとさせる審判に、ジライは畳み掛けた。
「弓道で、真に対決すべきは他者ではなく自己! 正しき精神、正しき呼吸をもって心身を統一し、己自身を射当てる境地に達して初めて弓は成る! 無射無心! 有射有心は小人の弓なり!」
「あの……」
「つまり、最後の一射は無効だと申しておるのだ! それまでの的中は同数……引き分けにせよ!」
 勝つわけにはいかない! 負けられないのなら、せめて引き分けにする! 東国忍者の凄まじい剣幕に押され、審判はノリエハラスに助けを求めた。
 右肩を押さえたまま、老大臣はジライに話しかけた。
「その方の弓道の美学はわかった。が、勝負は勝負。いや、試合は試合と言った方がよいか。わが国のルールに則れば、その方が勝者じゃ」
「見苦しき勝利などいらぬ!」
 ここぞとばかりに、ジライは怒ってみせた。
「我は棄権いたす! 勝者はそちらで勝手に決めればよかろう! 我以外にな!」
 懐から取り出したものを、ジライは床にたたきつけた。
 ボン!と、黒煙が広がる。
 すわ、火事か! と、観客席前列に待機していた宮廷魔術師が水の魔法を使った。が、忍者が使ったのは、ただの目くらましの煙玉だった。黒煙が晴れた時には、忍者の姿は弓競技場にはなかった。
 当然のことながら、ノリエハラスも勝者となる事を拒んだ為、審判団の話し合いの結果、弓勝負は勝者無しの無効試合という事で決着がついた。


 弓競技場の騒動に気づいた者は少なかった。会場に居た者ほとんどが、ルゴラゾグス王と勇者の従者の少年のやりとりに心を奪われていたからだ。
 国王は少年の前に恭しく跪いている。国王はこの少年の体にバンキグの英雄ゲラスゴーラグンの魂が降臨したのだと信じているのだ。
 少年は会場中に響き渡る朗々とした声で、バンキグの戦士達に語りかけた。
 六百年以上、死後に慰霊塚に納められた『狂戦士の牙』の後継者を求め、バンキグを彷徨っていた事。
 死後も、勇者の従者仲間の魔法使いユーリアの無実を証明する手立てを求め、心を痛めていた事。
 この肉体の所有者――東国の少年が、従者仲間のシャダムの霊と出会い、自分に真実を伝える為、シャダムの使いとしてこの国を訪れていた事。
 女魔法使いユーリアが仲間を守る為に、大魔王を自分の内に封印し、悪役を演じてわざと勇者ホーランに討たれた事。
 正義の為に犠牲となった彼女こそ、真の英雄である事。
 大魔王討伐後に、シャダムがユーリアの悪名を広めたのは、真実を隠そうとしたユーリアの術に踊らされた為で、シャダム自身は生涯友を愛する高潔な人物であった事。
 少年の口を借りてゲラスゴーラグンは語った、時には感極まって涙を流しながら。
 しかし、シャダムとユーリアの間に恋愛感情が芽生えていた事実は隠した。ペリシャ教において、売春は許されざる罪。売春婦であった過去を持つ女性を愛したシャダムは、己の信仰を捨てる覚悟をしたのだが……ユーリアは彼の堕落を望まなかった。彼の自分への愛を呪で封じ、自分を憎ませる事で、シャダムの輝かしい生き方を守ろうとしたのだ。ペリシャ教聖戦士シャダムの名誉を守らねば、ユーリアの思いを踏みにじる事となる。
 バンキグ国では、ペリシャの聖戦士シャダムは不実な男として軽蔑されている。生涯、ゲラスゴーラグンを侮辱する発言を続けたからだ。だが、全ては仲間を思う女魔法使いの優しさから生まれたことなのだ、この機会にバンキグにおけるシャダムの名誉回復も望みたいと、ゲラスゴーラグンは国王と戦士達を見回した。
 ルゴラゾグス王は、魔法使いユーリアの真実と北方とペリシャの英雄の友情の物語を、詩歌や芝居、本にして広く国中に広める事を約束した。
 戦士達も、次第に、少年の内に宿っている者に魅了されていった。王者にふさわしい威厳にあふれながら、情に厚く、涙もろい。信義を重んじ、戦斧をこよなく愛する戦士――尊敬に値する人物、王の中の王だ。
 ルゴラゾグス王は頭を深く下げ、戦斧の技の伝授を強く願った。
 けれども、少年の顔は渋いものとなった。
「わしとしても、そなたに技を伝授し、『狂戦士の牙』を受け継ぐにふさわしき人物となってもらいたい。だが、この体では無理だ。非力すぎる。全ての技は教えられぬ」
「あ、なら、良い器があります」
 と、言い出したのは、試合場の外で『龍の爪』を入れた革袋を持ったインディラ人だった。
「出場者控え席にいる赤毛の戦士。あの男でしたら、腕力も体力も抜群ですし、シャーマン体質なので憑依にも最適ですよ。自在に体を操れる事を保障します」
 ゲラスゴーラグンは出場者控え席に視線を向け、推薦された男をじろりと見つめた(本人は話題にされている事に気づいていないようで、すぐそばの鎧姿の女性と話をしている)。確かに筋骨逞しい。だが、その外見よりも、むしろ、あの男の所持する聖なる武器の大剣が気になった。大剣には、あの男の先祖の霊が宿っている。邪なものがあの男に憑依しようとしても、大剣が阻み、邪気を断つだろう。けれども……
「おお! あの男、ケルティのアジ族ではないか。アジ族ならば血縁だ。母がアジの女なのでな。アジの血を引くわしならば、あの体、借りられるであろう」


 突然、フッと体から力が抜ける。倒れかけた少年の体を急いで支えたのは、試合場に駆け上ったナーダであった。
「……ナーダ様?」
 焦点の定まらない瞳で自分を見つめる少年に、ナーダは微笑みかけ今までの出来事をかいつまんで説明した。ゲラスゴーラグンは国王との勝負に勝ち、シャオロンと同化して知りえた事実――女魔法使いユーリアの真実とシャダムの友情を国王や戦士達に教え、女魔法使いユーリアの名誉を回復したのだと。
「ゲラスゴーラグン様はご自分の愛武器『狂戦士の牙』をルゴラゾグス陛下に託すべく、陛下に修行をつけられるお体にお移りになられ、あなたは解放されたのです」
「陛下に修行をつけられる体……?」
 まだ意識が朦朧としているシャオロンの頭を、大きな手がくしゃくしゃに撫で回した。見上げると、赤毛の戦士の笑顔が見えた。(アジャン)ならば絶対に浮かべないであろう、人懐っこい、何処か子供ような笑みだった。
 アジャンのすぐ後ろにセレスが居た。突然、豹変してにこやかになり、わけのわからない言葉(バンキグ語)をしゃべりまくっている仲間を心配して後を追って来たようだ。
 ルゴラゾグス国王や試合場まで下りて来た戦士達は、ゲラスゴーラグンが肉体を取り替えた事実をきちんと把握しているようで、赤毛の戦士に尊敬の眼差しを向けていた。
 アジャンの体に宿った者は、豪快な声で笑い、何かシャオロンに話しかけてきた。だが、何と言っているのか、シャオロンにはさっぱりわからなかった。
「『礼を言うぞ、少年! シャダムの心、しかと受け取った!』だそうですよ」
 と、ナーダ。
「ゲラスゴーラグン様……」
 シャオロンの頬をポロポロと涙が伝わった。
「お役に立てて……本当、嬉しいです。シャダム様も、きっと遠い地でお喜びになっていると思います」
 シャオロンの言葉をナーダがバンキグ語に直す。ゲラスゴーラグンは真面目な顔で何かを言った。
「『まこと、シャダムの言う通りだ。戦士としての技量、魔法力、智謀など、勇者の従者にとって、それほど重要ではない。共に戦う仲間を信じ、友が闇に堕ちたように目に映ったとしても信じ続ける事……それが何より肝要なのだ』」
 ゲラスゴーラグンはシャオロンの右手を握った。
「『そなたの旅の成功を祈る。そなたの勇者を、仲間と共にしかと守るのだぞ』」
 シャオロンは力強く頷いた。
「はい! ゲラスゴーラグン様!」


 アジャンに宿ったゲラスゴーラグンはルゴラゾグス王を伴い王宮を後にした。聖なる武器『狂戦士の牙』が眠る地まで王を案内し、戦斧修行に集中する為だ。
 その間、アジャンを除く勇者一行の四人は王宮に滞在した。
 女勇者一行の行動の自由はノリエハラス宰相が許可してくれたので、サヴォンオラヴィ近郊の魔族退治をし、シベルア司教や宮廷魔術師達と面会し大魔王復活後のバンキグでの魔族の動きを調査した。
 ノリエハラス大臣との話し合いの場には、ナーダは必ず忍者ジライを同席させた。老宰相からの強い希望(リクエスト)なのだ。大臣は古風で奥ゆかしくファンタスティックな東国の弓使いをとても気に入り、勇者一行にさまざまなサービスをしてくれた。もっとも、老大臣の過剰な好意に、ジライは辟易としているようだったが。
 王宮の戦士達とも触れ合い、武を競い合った。カラドミラヌは毎日のようにナーダに戦斧勝負を挑んでは返り討ちにあっていた。ナーダは説教半分修行半分でカラドミラヌにつきあっていた。おかげで、若者はめきめきと実力をつけていった。
 シャオロンは戦士見習いの少年達から尊敬の目で見られ、教えを乞われてびっくりした。が、東国の格闘を彼等に教える事に喜びを感じ、彼等ともっと話がしたいと思って懸命にバンキグ語を勉強した。
 又、年長の戦士達は、シャオロンに短所である筋力の弱さを鍛えるのも大切ではあるが、長所である敏捷性を伸ばす修行の方がむしろ必要であると助言した。戦士達と共に武の稽古をつむ生活は、故郷の村の道場を思い出させ、少年の心を和ませた。
 セレスにとっても、多少、前進はあった。毎日、武の鍛錬をつみ、魔族退治を続けたおかげで、『勇者の剣』の重量が子供の体重並まで減ったのである。あいかわらず話しかけても無反応だし、魔法を願っても黙殺されてしまうが、少しづつでも許しを乞い仲良くなっていこうとセレスは思った。
 一ヵ月後、聖なる武器『狂戦士の牙』を手にした国王が帰還した。ゲラスゴーラグンが離れ、ただ人に戻った赤毛の戦士を伴って。王宮の人々は祭りのように賑わい、国王を祝福し、勇者一行に感謝を捧げた。


 武術大会録をめくる赤毛の傭兵は不機嫌だった。
 武術大会における勇者一行の成績は、三勝一敗、無効試合一……だが、記録上、無効試合となっている弓部門においても、本当は勇者側の勝利である事が王宮の武術大会録に記載されている。つまり、四勝一敗なのだ。
 一敗……
 その一敗を喫したのは……
「くそぉ!」
 赤毛の傭兵は髪をかきむしった。ゲラスゴーラグンに憑かれている間に、農夫のアガナホーゲルは家に戻ってしまっている。再試合がしたかったが、アジャンの帰還を待っていた勇者一行はそんな我がままを許してくれなかった。戻るなり明日には魔族退治の為、バンキグ北東部へ向かうと言うのだ。
 武術大会録には勝者の言葉も載っている。
 勇者としてたいへん立派な言葉を述べているセレス(間違いなくナーダの検閲が入っている)、バンキグ国の戦士と親交を結べた事を喜び武術大会に参加させてもらった栄誉に感謝するナーダ、『自分が戦ったのは初戦だけで、優勝はゲラスゴーラグン様の御力です。オレもゲラスゴーラグン様みたいな一流の戦士になりたいです』というけなげなシャオロン。
 見るだけで、アジャンはムカッ腹が立った。東国の少年が北方で高く評価されたこと自体は嬉しいのだが……
 気が紛れるのは、二点のみ。
 一つは、ジライのコメントが無い事。弓は無効試合となったので、実質勝者であっても、忍者は記録上はたんなる参加者だ。あの忍者にまで『勝者の一言』を残されていたら腸が煮えくり返ったことだろう。
 もう一つは、アガナホーゲルのコメントがたいへん謙虚であった事。それどころか『決勝戦四本目の試合で、対戦相手の秘術によって気絶した。あの勝負の真の勝者は対戦者だ』と、アジャンの名誉を回復する発言を残してくれている。あの男は善良で朴訥な農夫なのだ。それはよぉくわかる。わかっているのだが……
 それだけではデブの下敷きとなった屈辱は忘れられない。大衆の面前でアガナホーゲルを投げ飛ばすか、大剣勝負をしてセレスさえ破り誰が真の実力者か広く知らしめねば、心は晴れそうになかった。
「ちくしょう! 大剣に出てりゃ、俺が優勝だったのに! 『勇者の剣』のないセレスなんざ、へでもない! くそぉ! 二度とレスリングなんかするもんか!」


 バンキグ北東部に向かう女勇者一行に、王宮中の人間が別れを惜しんだ。
 ルゴラゾグス王は、女勇者の望みには国をあげて協力する事を固く誓い、旅の便宜をはかってくれた。
 バンキグ国と女勇者の間には、深い友好関係が結ばれた。女勇者セレスは、ケルティの上皇に続き、ここバンキグでも協力な味方を得たのであった。



『この戦いが終わったら、わしの嫁になってくれぬか?』
『もう。そのお話ならお断りしたはずよ、ゲラスゴーラグン。あなたに私は似合わないわ』
『それはそうであろう、わしはこの通りチビで髭もじゃの醜い男だ。美しいおまえとは釣り合わん。それは、よくわかっている』
『馬鹿ね、あなたが醜いものですか。戦斧を持って駆け巡るあなたは、稲妻のように美しいわ。とても逞しくて素敵よ』
『惚れるであろう?』
『ふふふ、そうね。惚れちゃうわね……でも、結婚は駄目。もっと他のいい人を探してちょうだい』
『おまえより良い女が他にいるものか。おまえの気が変わるまで、わしは求婚を続ける。何百日でも何千日でも何万日でも言おう、愛している、ユーリア、わしの嫁となれ』
『もう、いやぁねえ、冗談ばっかり』
『冗談ではない! 真剣だ! 愛しておる、ユーリア。おまえの美しさも賢さも愚かさも優しさも、全て愛している。わしが喜びの野に旅立つまで、共に生きてはくれまいか?』
『………』
『心からおまえを愛している! おまえだけを愛する! (めかけ)も持たん! 約束する! 生涯、おまえ一人だけを愛し続ける!』
『ありがとう。ゲラスゴーラグン……そこまで思ってくれてるだなんて嬉しいわ。でも、ごめんなさい。結婚はお受けできないわ。この前、わかったでしょ、私が昔、どんな商売をしていたのか……』
『娼婦のことか? 恥じる必要はない。結構ではないか。経験豊富なおなごの方が抱いて楽しいぞ』
『もう……冗談はやめて』
『冗談ではない! そんな些細な事は気にするな! わしは全く気にせん! わしの評判を落とすとか、要らぬ事は言うなよ? おまえの事を悪しく言う輩はわしが一人残らず叩きのめしてくれるわ!』
『ゲラスゴーラグン……』
『わしの嫁になれ! 必ず幸せにする!』
『………』
『ユーリア、どうした? 泣くな、どうしたというのだ?』
『ごめんなさい……ゲラスゴーラグン、あなたの事は好きよ……でも、私は……』
『あの朴念仁への愛を捨てられんのか?』
『!』
『わしは、いつもおまえを見ていた。おまえの目が誰に向いているかは知っていたわ』
『……ごめんなさい』
『だが、それはかなわぬ恋だ』
『ええ……』
『あの男はペリシャ教徒だ。おまえを伴侶には選ばぬぞ』
『ええ。私、罪の女ですものね』
『大魔王を倒した後、どうするのだ? おまえはペリシャでは暮らせん。側にいる事すらできないのだぞ』
『わかっているわ。ペリシャの聖戦士のあの人は英雄として国に帰還する……私は、この身が許される限りできるだけ近くで光輝くあの人を見守るわ。あの人に闇が近づかないように……守ってあげたいの』
『……ならば、わしは、待とう。おまえの恋が成就するか、おまえがその恋に疲れ果てるまで』
『え?』
『恋が成就すればよし。わしはシャダムを二、三発殴ってから、自棄酒をかっくらって寝る。それで全て忘れ、二人を祝福しよう。だが、おまえがズタズタボロボロになって疲れ果てたら、わしを頼って欲しい。わしの正妻はおまえ以外ありえぬ。跡取りが欲しいゆえ妾は持たねばならなくなるだろう。だが、正妻はあけておく。いつでもおまえを迎えよう』
『やめて……ゲラスゴーラグン……なんで、そんな……あなた、そこまで、私を……』 
『惚れておるからに決まっている。おまえはわしにとって、ただ一人の女だ』
『……ありがとう、ゲラスゴーラグン……私、幸せだわ……今、あなたと一緒にいられて……』
『ユーリア……』
『私の過去を知っても、ホーランもマハラシも今まで通り接してくれる。シャダムも教義に触れるだろうに……私を仲間として遇し、話しかけてくれる……私、幸せよ……あなた達と出会えて……あなた達と誓い合って共に戦えて……ああ、今が……今が永遠に続けばいいのに……』


 ゲラスゴーラグンの慰霊塚。雪に埋もれたそこより掘り出された『狂戦士の牙』はルゴラゾグス王の手に渡っている。
 納めるべきものが無くなった空っぽの塚の前に、大魔術師カルヴェルが佇んでいた。
 カルヴェルは過去を教えてもらった礼を述べ、英雄の魂を霊媒役の魔法人形から解放した。光り輝く戦乙女達が偉大な王を迎えに来ている。彼女らに囲まれてゲラスゴーラグンの魂は天を目指して昇って行った。
「お気の毒に……ユーリア殿は愛する者や仲間と共に永遠にありたいと願う心をつかれ、大魔王の消滅を望まぬ心を……悪心を目覚めさせられ、その体をケルベゾールドに奪われたのか。大魔王は、さまざまな手で邪法を仕掛けてくる……」
 自分は対応しきれるのだろうか?
 いや、対応するのだ。何としても……。セレスにもその従者達にも、悲劇を味合わせてはいけない。大魔王を倒した後も、彼らに光の道を歩かせてやるのだ。
 それが友との約束なのだ……
 カルヴェルは魔力を高め、別所へと渡っていった。
 後には、雪風と主人が消えた慰霊塚だけが残っていた……
『英雄の墓――バンキグ編』 完。

+ + + + +

次回は……

* 十八歳以上で男性の同性愛話でもOKという方 *
 ムーンライトノベルズの『女勇者セレス――夢シリーズ』をご覧ください。
 『夢と知りつつ……』。舞台はバンキグ。ナーダとジライの話です。夢シリーズのメイン・ストーリーは『夢と知りつつ……』で完結します。

* 十八歳未満の方、男性の同性愛ものはパスという方 *
 このまま『小説家になろう』で。
 次回は『五つの道』。舞台はバンキグ。 
 大魔王四天王ゼグノスはまだ滅びてはいなかった。雪の広野でセレスはゼグノスの残滓と対決する。しかし、そこでセレスは……

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 次回の『五つの道』で『女勇者セレス』も100話目です。セレスの旅もあともう少し。
 PVは12万7000、ユニークは1万500を突破しました。お気に入り登録も115件を超えました、ありがとうございます。
 夢シリーズの方もPVは2万4000、ユニークは3300を突破しています。
 多くの方に見ていただいているのだと思うと、嬉しいです。元気がでます。ありがとうございます。
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