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◆BOYS LIFE◆
作:春蘭



第8話 良いも悪いもタイミング




 203号室、そこが私と日向の部屋。そこには今、私が一人で居た。片付けられた部屋に、制服を脱ぎ散らかす。ブレザー、ネクタイ、ベルト……。

「日向がいないうちに着替えなきゃ…」

 ため息混じりに呟きながら、風呂に行ったルームメイトの帰宅を恐れて手早くボタンをはずす。女であることを隠している私は、着替えるのも一苦労だった。部屋では日向の存在、体育の授業ではクラスメイトの目がある。いつだってこの時間は、私にとってひやひやするもの。

「よいしょ…と」

 ややシワのあるシャツをゆっくりと脱ぐ。その途端、空気に晒される身体。といっても、紅葉の散るこの季節、部屋には暖房設備抜群なので、上半身裸の今の状態はむしろ気持ちの良いものだった。

「……ホント面倒くさい」

 白いさらしの巻かれた、たいして膨らみを主張できていない胸を見て、私は一言こぼす。さらしで潰しているため、もうほとんどペタンコだ。まな板だ。板チョコだ。
――心なしか、前より減ってるような…
 そう思うと、余計に悲しくなってくる。まさか女に戻れないのでは、と不吉な考えまでよぎる。

「──あれ?そういえば、俺いつになったら女に戻れるんだ?」

 すっかり板についた男言葉。バカ親にこの学校に入れられたところまではいいのだが(いや全然よくないが)、いつまで、なんて聞いていない。

「まさか無期限じゃないだろうな…!」

 あの人達なら充分有り得る。また引っ越すまでか、それとも卒業までか……。
――というか、この際女ってバラして退学しちゃえば良くない?
 本気でやろうかな、なんて思いながら、私は夜着に手を伸ばす。それを身体に纏おうとした時、コンコン、と扉を軽く叩くノックの音が響いた。
――日向…じゃないよね、ノックなんかしないし。疾風かな?
 頭に?マークを浮かべながら、結局は男なのだろうだから急いで服を着ようとした。が、

「来斗、遥ちゃん居る?」

 優しい澄んだ声。私は夜着を投げ捨て、ドアへとマッハで駆け寄った。
 ガチャ、バタン!
 派手な騒音をたて、私は勢いよくドアを開ける。目の前にいたのは、やはり予想通りの人物。

「どうしたんですか会長!!」
「あ、遥ちゃん。………え」
「もしかしてメガネの相談ですか!?私は換えないことをおすすめします!銀縁メガネこそ会長にぴったりです!あ、でも次は黒縁も見たいなぁ…なんて!!───あれ?」

 私一人highになってさわいでいたら、会長が私に寄りかかってきた。いきなりの展開に、跳ねる心臓。私の肩口に顔をうずめる会長をなんとか支え、

「か、会長!?」

と、呼びかけてみるが反応なし。雪のように白い肌した顔を、そっと覗いてみた。
――え?
 ややメガネがずりおち、あの穏やかな瞳は伏せられている。僅かだが、頬が淡い桃色に染まってた。

「…気絶してる」

 え、なんで?とか、どうして?とか疑問詞が次々浮かぶ。そしてやっと気付いた、己の格好。下は制服のズボン、上はさらしだけ……。

「──────ッ!!!」

 声にならない叫びを、絶叫した。






   #

「ご、ごめんね。取り乱して」

 意識が戻った会長は、困ったように笑ってそう言った。会長が気絶してるうちに着替え終わった私は、あーや、いえ…など、曖昧な返事を返す。だって他になんと言えばいいんだろう。憧れの人にとんでもない姿見せて……!!
――絶対バレた。いくら私の胸が男より胸囲ないといってもさすがに気付くはず。っていうか、気付かなかったらそれはそれで泣けるよ

「あの、遥ちゃん……」

 !! きたっ
 お互い正座で向かいあって、額に汗を溜め緊張した面持ちをする。会長がその口から発する言葉は、一体どんなものだろう。私の頬はひきつっていて、会長も同様、うつ向き加減で眉が八の字に下がっていた。落ち着けない私は何度も正座し直したり、自分の肩の位置の黒髪をいじったり。

「遥ちゃんは本当は「ごめんなさい!」

 会長の言葉を遮り、大きな声で謝罪の言葉を言い放った。会長がえっ、と目を丸くする。私はそんな彼を前に、頭を床につけ、生まれて初めて男の人に土下座した。そりゃもう、頭を床に擦りすぎて毛根が死んでしまうくらいに。

「ちょ、ちょっと遥ちゃん!顔あげてっ!」

 手を顔の前でぶんぶんと振り、慌てた様子で私を止める。さすがに何度も床に叩きすぎ、額が痛くなってきた私は、目だけそっと会長にむけた。

「かいちょ──」
「遥ちゃん、ごめんなさい、は違うよ。大切なのは謝ることじゃない。僕が知りたいのは、理由だから」
「……はい」

 子供を諭すような、優しい落ち着いた声で言う会長に、私は頷く以外できなかった。会長の手が私の頬に触れ、ゆっくり上を向かされる。メガネ越しの瞳と視線が絡まって、頭の奥がチリチリした。

「話してくれる?」

 保育士とか、司祭みたいに穏やかな微笑みが私に甘すぎて、私は小さく首を縦にふった。





   #

 とりあえず簡潔に事情を述べた私に、会長はそっか、と一言呟いた。思ったより薄い反応。

「まったく、酷い親ですよ」
「でも仲良さそうだね」

 頬を膨らませる私に、会長はくすっと笑った。確かに私はお母さんのこと大好き。お父さんも邪険に扱うけど、まぁ一応好き。身寄りのない私を、引き取ってくれたんだから。…って、今はそんな場合じゃない。

「あ、あの、会長。この事なんですけど…」

 身を乗り出しつつも、遠慮がちに口を開く。そんな私を見て、会長はまたさっきみたいに微笑をこぼした。
――あ…
 なぜだか私は、その笑みを見てひどく安心した。心の奥の私が、この人なら大丈夫って言っている、そんな気すらした。そして、その通り会長は優しい表情で

「大丈夫、ばらそうなんて思ってないよ。だって遥ちゃんは、大切な生徒だからね。学園長も許可してるみたいだし」

 私の頭を優しく撫でながら、そう言った。私の感動は最高潮。この時、私には会長が天使に見えました。

「でも、そっか。男の子にしてはすごい可愛いなって思ってたよ」

 納得、納得と呟きながら、すっきりした顔する会長。

「──って、可愛い!?俺がですかっ!?」
「うん、なんだか妹みたい」
「あ…妹……」

 がくっ、とうなだれる私に会長は笑顔のまま、欲しかったんだ妹、と更なる攻撃をしてくる。この人きっと天然だ。
――できれば、ちゃんと女の子として、恋愛対象にしてほしかった
 なんて乙女みたいな事を思いつつ、さっきとは一変、小悪魔に見える彼をチラリと横目で見て、その笑顔にやっぱり胸ときめいた。

「重症だ……」
「ん?」
「な、何でもないです!」

 首をかしげる会長に、私は気付かないふりした。この気持ちは、まだ知られなくていい。


「あ、そういえば、この事来斗は知ってるの?」

 ふと思い出したように会長は言う。私はその質問に首をふり

「いえ、知ってるのは学園長と会長だけです」

 そう答えるとともに、私の頭を一瞬よぎったあの人、あの言葉。

(またな、お嬢さん)

 翡翠みたいな瞳、太陽に輝く金の髪、飄々とした雰囲気。私が襲われかけたあの日、耳打ちした言葉の意味は―…

「遥ちゃん?」

 数秒思考がとんでいた私を、癖なのか、会長が覗きこんできた。近い整った顔に胸が高鳴る。

「あ、す、すいません」

 たじろぎながら、私はサッと顔をそらした。
――考えすぎ、だよね…。女顔だからそう言っただけかもしれないし
 次から次へと不安要素、なくす術なんてわからない。

「会長、この事はどうか内密にお願いします。…日向にも」

 これ以上、重荷は勘弁。嘘をつくことが罪ならば、それでもいい。だって知らぬが仏、じゃん?

「いいけど…大丈夫なの?」
「ルームメイトが女って知られたら、きっと気まずくなりそうですし」

 ニコッ、と笑って言うと、会長は少しだけ寂しい表情をしたけれど、鈍い私はその僅かな感情に気付かなかった。

「でも、遥ちゃん。女の子だと色々大変だろうから、なにかあったら直ぐに相談してね?」

 栗色の髪を揺らし、心配そうに私に言った会長。本当に優しい。あの恐い寮長と双子なんて信じられない。私は嬉しくて、『はいっ!』と威勢よく返事した。



 その後、会長は戻ってきた日向と一緒にどこかへ行った。もともと日向に用があって、部屋に訪れたらしい。一人になった私の心は、例えようのない幸福感と切なさでいっぱいだった。
――そうだ、そうだよ。私がこの学校を出ていきたくない理由あったじゃん

「メガネ会長ラブ……♪」

 生憎突っ込んでくれる人はいなかった。




運命なんて気まぐれだろう?











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