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◆BOYS LIFE◆
作:春蘭



第18話 交錯する想い




「日向」

 浴場から出て、自室に戻ろうとしたところで、呼びとめられた。聞き覚えのあるその声に、胸が音をたてて軋む。
 誰が開けたのか、廊下の窓から冷たい夜風が吹きこんだ。濡れたままの髪が冷えていく感触に、身震いする。

「……東条」

 ゆっくり振り返り、口から出た声色は自分が思った以上に低い。金髪に緑の瞳をした不敵に笑う男。俺との距離は、約2メートル。
 ──苛々した。

「そう睨むなよ」

 東条は挑発するような口調で言い、一歩近付く。俺は動かず、顔を歪めた。

「俺に、何の用だよ」
「警戒心の強い奴だな。……来斗」

 ――だめだ、苛々する。
 ぎゅっと拳を握った。大して長くない爪なのに、手の平に食い込んで痛い。
 喉が渇く。濡れた髪が顔に張り付いて気持ち悪い。雫が輪郭に沿って伝う。
 火照った身体が、風によって冷えていった。

「近付くな」

 凄んでみせても、東条は笑みを浮かべて距離を縮ませる。なにかが崩れる音が聞こえた。
 消えない過去。
 沸き上がる感情。
 忘れられない記憶。
 許されぬ罪。

「まだ根に持ってるのか」
「──ッ!」

 沸点を越えた。

 先程まで言っていた言葉とは裏腹に、彼の胸ぐらを乱暴に掴み引き寄せた。一気になくなる距離。

「東条……!」
「お前、いつから俺の事名字で呼んでいる?」
「黙れっ」
「熱くなるなよ」

 ――煩い、煩い、煩い。
 その口を塞ぎたい衝動にかられる。
 ぎり、と唇を噛んだ。これ以上余計なことを言いたくない。感情が制御できないなんて、不快すぎる。
 突き放して、さっさと背を向ければいい。何事もなかったように、こいつの存在なんか無視すればいい。
 なのに、手の力は増すばかりだ。

「もう一年前のことだろ? そんなにあいつが大切か。だからそいつを傷つけた俺が憎い? ずいぶんと優しいお「日向?」

 俺が殴ろうと手を振り上げたのと、名前を呼ばれたのは同時だった。男にしては少し高い声。俺と東条は声のした方に振り向いた。

「…ハル……」

 ハルはきょとんとした顔で、俺たちをまじまじと見つめる。その視線は、なにしてるんだ?と、問いかけていた。
 堪らなく居心地が悪くなって、俺は東条を掴んでいる手を放した。ものすごく気まずい。

「なんで日向と東条が……。喧嘩?」
「なんでもないよ」

 諭すように言って、俺はハルの腕をひいた。戸惑った雰囲気が伝わってきたけど、後ろめたくて、ハルの顔が見れない。

「俺寮生になった」

 不意にかけられた言葉。その意味を理解した途端、俺は勢いよく振り返った。ハルも同じ様に驚いている。

「よろしくな、遥」

 東条が薄笑いをすると、ハルはムッと口を尖らせた。

「よろしくされたくない。あまり俺にかまうと、星影先輩に言いつけるから!」

 ハルは叫ぶ勢いで吐き捨て、今度は彼が俺の腕を引っ張る。最後に見えた東条は、かなり嫌そうな顔をしていた。

「やっぱりあいつ、先輩のこと苦手なんだ……。可哀想に、星影先輩片想いじゃん」

 ぶつぶつと呟くハルの言葉の意味が、よく判らなかった。









  #

「ねぇ日向」

 部屋に戻ったら早速とでもいうかのように、ハルが話しかけてきた。なにが聞きたいかなんて、愚問だ。
 時計を見れば、11時近い。生乾きの髪は、かぶりをふると水しぶきが飛ぶ。

「なんで無視するのさ」

 不愉快な声色。だけど、だめだ。今の俺じゃ、上手く誤魔化せる気がしない。口を滑りそうで怖い。

「日向」

 焦ったみたいに俺の名前を呼ぶ。俺はため息をひとつ吐いて、ハルの顔をみた。眉間に縦皺を刻み、上目に睨む。つい苦笑がこぼれた。

「ちょっと口喧嘩してただけ。大丈夫、ハルの心配するような事はなにも無いから」

 笑って言い、ハルの頭をぽんぽんと優しく撫でる。ハルはまだ不満気な表情だったけど、それ以上なにか聞いてくるそぶりはしなかった。
 ――思いやり、かな。

「電気消すね」

 そう言って、ハルから離れる。おやすみ、と言うと、小さくおやすみ、って返ってきた。
 ――ごめんねハル。でも、話したくないんだ……。
 結局眠れたのは、ずっと後になった。




なにも言わないで。この心は誰にも知られなくていいから











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