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◆BOYS LIFE◆
作:春蘭



第16話 ギブアンドテイク



 外から射す穏やかなひだまり。開けた窓から入る少し冷たい秋風が、遥の頬を擽った。
 短く切った黒髪を弄び、何気無く寮の廊下を歩いていく遥。
 放課後のこの時間帯、部活などをやっていない遥は、いつも暇潰しに困っていた。

「趣味とかがあるわけじゃないし……」

 ひとり呟く。
 時折すれちがう寮生に、軽く挨拶を返しながら、とくにあてもなく歩いた。
 ――俺、だいぶ馴染んできたかも。
 クラスメイトも、寮生も、今では気兼なく話せる。喜ぶべきなのか、と遥は複雑な表情をした。
 小さくため息をこぼし、前を見る。すると、見慣れた人物が遥のもとへと手を振り走ってきた。

「疾風」

 赤茶の髪を揺らして、その度にチラチラと見えるピアスが、日の光で色合い様々に輝く。
 遥はそれを眩しそうに見た。

「よかった、いいところで会えて」

 遥の肩に手を乗せ、ニカッと無邪気に笑って。身長がたいして変わらない二人は、目の高さが同じなため自然と目があう。

「どうしたのさ、俺になんか用事?」
「ああ。そりゃもう大切なね」

 勿体ぶるような振る舞いに、じれったそうに見つめる遥。疾風は、睨むなって、と笑い

「寮長が呼んでたぜ」

 そう言った。

「寮長が……?」

 予想もしてなかった意外な言葉に、遥はつい聞き返す。疾風はこくん、と一回頷いてこう言った。

「寮長に呼ばれるなんて羨ましい。っていうか、呼ばれるようなことしたのか?」

 疾風は楽しんでる、と言ってるのと同じくらい、口角をつりあがらせる。

「…身に覚えは──」

 遥はそう言いかけたところで、あ、ともらした。
 ――まさか夜中に大浴場使ったのがバレた?
 いやだけど、と思う遥だが、一度気がつくとそんな気がするもので。
 遥は腕を組んで唸りながら考え込む。

「あ、やっぱなんかあるんだ?」

 悶々としている遥に、他人の厄介事が好きなのか、弾んだ声で尋ねる疾風。遥は僅かに表情を歪める。
 そんな遥に気付きもせず、疾風はバシッ、と勢いよく遥の背を叩き

「ま、とにかく伝えたからな。ちゃんと行けよ?」

 有難迷惑に、こってりしぼられてこい、とまで付け加え、遥の横を通り過ぎた。
 遥は鈍い痛みが残る背中を撫でつつ、ステップを踏んで離れていく疾風の後ろ姿を睨む。
 そんな遥の眼力が届いたのか、疾風はくるりと振り返りこう言った。

「なんの話だったか教えろよ〜!」

 ――ホント、調子のいい奴!
 遥はベッ、と舌を出してやったが、疾風はすでに走り去っていた。

「……やっぱ怒られるのかな」

 一人きり、肩をすくめて呟く。
 未だに寮長が苦手な遥は、盛大にため息をこぼしつつも、寮長室へと向かった。








   #

 寮長室の前で、しばらく静止する遥。手を握り、扉にあてる。

「……寮長、石井です」

 コンコン、と軽やかなノックの音を響かせ、そう伝えた。ドアの向こう側から低い声で返事が聞こえ、遥はそっと扉を押す。

「失礼します」

 控え目に呟いて、後ろ手にドアを閉めた。
 前を見ると、初めて会ったときのように、怜衣は相変わらず大きなソファに座っている。
 その威厳は、さすが上に立つ者とでもいおうか、とても堂々としていた。

「悪かったな、急に呼び出して」

 黒い髪に触れながら、遥を見てそう言う。双子だというのに、琉衣とまったく似ていない。
 目尻の下がった穏やかな瞳の琉衣とは対照的に、切長の鋭い光を放つ怜衣の目。
 片割れは柔らかいブラウンの髪なのに、漆黒ともいえる黒髪。
 ――そういえば、染めたんだっけ。
 日向に聞いた話を思い出す。

 無意識に強く見つめていた遥に気付いた怜衣は一瞬目を細める。だが、気にしないとでも言うように、ソファには腰掛けたまま、遥に向かい手招きした。

「……?」

 首をかしげつつも、怜衣に近づく遥。僅かな距離をおく遥に、怜衣は息を吐き、ゆっくり口を開いた。
 ――な、何言われるのかな。
 ドクドクと脈打つ心臓。

「お前、東条と仲が良いのか?」
「──は?」

 出てきた言葉は、そんな質問。
 遥は我が耳を疑う。

「えっと、すいません。なんか聞き間違えたので、もう一度お願いします」
「──だから、東条と仲良いのか?」

 面倒くさそうに、再度遥に言う。遥はそれを聞いて、しばらく思考停止した。
 ――ん、なに? 幻聴か? あ、それとも最近耳掃除してないせい?

「すいません、もう一度……」
「だから、東「そんなわけないでしょう」
「まだ言ってねぇ!!」

 頼まれて言ったのに遮られ、怒鳴る怜衣。だけど遥はそれにびくりともせず、否、怜衣の問いに意識がいっていた。

「馬鹿なこと言わないで下さい。俺と、あの東条が……?本気で止めて下さい。暇潰しに人が襲われてるのを傍観するような奴と、校内の、しかも図書室で平気で放送禁止なことするような奴と……!」

 わなわなと震え、握り拳を作って言う遥。事情をよく知らない怜衣は、怪訝な視線を送る。

「だいたいアイツ自分のこと闇夜とか言ってるんですよ!?ロマンチストか?自己陶酔者なのか!?」
「……仲悪いのか?」
「そういう次元じゃないです!一番関わりたくない奴ですよ!」

 表情をこれでもかというくらい歪め、そう叫ぶ遥。怜衣はそれを聞いて、そうか、と一言呟き溜め息をついた。
 ――え、溜め息つかれるようなこと言った?
 不思議に思い、小首を傾げる。そもそも、遥には怜衣の質問の意図が分からなかった。

「あの、なんでそんな事聞くんですか?」

 さっきの威勢はどうしたのか、急に遠慮がちになる。怜衣はそんな遥を一瞥し、相変わらずの低い声で言った。

「いや、噂で石井と東条の事を軽く耳に挟んでな」
「噂……」

 おそらく、あの食堂での出来事のせいだ。あれだけ騒げば、噂にならないほうがおかしい。

「でも、それと寮長がなんの関係があるのですか?」

 まさか興味本意でわざわざ呼んだわけではないだろうに。
 疑問をぶつけてくる遥に、怜衣が仏頂面──いつもの表情だが──で口を開きかけたとき

「そういう事はギブアンドテイクですよ〜?」

 まのびした声が、遥の首筋にあたった。

「ーーーっ!!」

 悪寒が全身を駆け巡る。遥は背後からの息が触れた首元をおさえ、バッと後ろを振り向いた。その者はおっと、と言い、軽く身構える。

「あ、あんた、図書室の──!」

 そう、以前図書室で会った男。名前は確か……

「えっと、星影…先輩?」

 三年生と言っていたことを思いだし、語尾に『先輩』とつけた。星影はにこっと笑い

「覚えていてくれたんですか。これは涙を流して喜びますね〜」

と言って、自分を指さして慌てる遥の頭を優しく撫でる。

「……星影、いつからいたんだ」

 ソファに座ったまま、しばらく遥と星影を見ていた怜衣が、不意に声をかけた。不機嫌に見える表情は、変わらない。

「悪かったな、からです♪」
「最初からじゃねぇか」

 呆れたように溜め息をつき、額に手をあてる怜衣。
 星影はえへへ、と照れたように微笑む。大きな図体でそんな仕草をしても、全然可愛くないが。

「偶然通りかかったら、丁度遥さんがここに入っていくを見たので、私ちゃっかり御一緒しちゃいました♪」

 遥の短い髪を慈しむように触れながら、聞いてもいないのに、サラサラと弁舌さわやかに説明する星影。
 怜衣は低い声で、何がちゃっかりだ、と呟いた。

「あの、ギブアンドテイクって……?」

 髪の間に指を差し入れられ、くすぐったそうに身をよじりつつ、話を戻す遥。
 星影は、ああ、と抜けた声色を出してポンと手を叩いた。思いだしたときによくやるあの動作だ。

「知りたいならば、自分のことも話す、という事ですよ」
「えっと?」
「つまり、怜衣ちゃんの問いの意図が知りたいのなら、それに見合った情報を提供しないといけません」
「…………」

 怜衣ちゃんって、と喉元まで突っ込みが出たが、話が脱線しそうなので、なんとかおさえた。

「おい」

 なんとも言えない顔をしていた遥を見るに見兼ねて、怜衣が間から口を出す。呼び名についてはとりあえず無視。

「なんですか?」
「なんですか、じゃねぇだろ。別に俺は石井の情報なんていらねぇよ」

 ――失礼な。
 声にこそ出さないけれど、ムッと口を尖らせる遥。

「怜衣ちゃんが興味なくても、私には大切なことなんです」
「じゃあ俺を巻き込むな」
「利用できるものは利用しないとー♪」

 よくもまぁぬけぬけと。厚かましさに、開いた口が塞がらない。
 しかも、前のように背後から覆うように遥を抱きしめる。ただ手をまわされてるだけの柔らかい抱擁なのに、どこか抵抗を許さない包み方だ。
 ――…まぁ、いいか。
 あまり不快ではなかったので、気にしないことにする遥。

「しかし、怜衣ちゃんの言う事も一理ありますねぇ」

 そう言って、遥を覗きこむ。

「……なにがですか」
「私、可愛いものが大好きなんです」
「は?」

 意味がわからない、と首を傾げる遥に、星影は相変わらず薄笑いを浮かべる。これはこれで、逆に表情が読めない。

「決めました私。今日は夜を共に明かして、とことん語り合います」
「……誰と?」

 勝手に決意する星影に、だいたい予想はつくが、あえて尋ねる遥。

「遥さんと」
「………」

 予想通り。星影は語尾にハートがつくだろう言い方で答えた。心なしか、抱きしめている腕に力が入ってる。

「そうと決まったら話は早いです!早速私の部屋に行きましょう!禁断のエデンの園に一緒にカム・インです♪」
「丁重にお断りします」
「照れなくていいんですよ」
「照れてません!」

 否定する遥に、星影はニコニコと表情を崩さない。遥は下から彼を睨みつけた。

「……鍵が見付かるかもしれませんよ?」
「え」

 唐突に呟かれた言葉。
 ――鍵?
 言いたいことが理解できず、眉をしかめる。

「ふふ、なんでもありません。それに安心して下さい。私、一人部屋なのでルームメイトはいないです。だから心置きなく暴露できますよ」
「先輩、それは安心ではないです」
「不服ですか?」

 とっても、と顔で伝える。星影はやっぱり薄笑いのまま、それは悲しい、と言った。
 ――全然悲しそうじゃないんだけど。
 表情が乏しいわけではないのだろうけれど、と遥は思った。なにが楽しくて、いつも笑っているのだか。
 ――感情が顔に出ないのかな。いや、出さないのかも。

「では、遥さんお借りしますね」

 呆れた目をしている怜衣にむかい星影はそう言って、遥の腕をひく。なにがではなんだ!という反論はあっけなく無視された。
 それ以上口応えする隙を与えず、星影は遥を寮長室から連れ出す。

「…オーイ……」

 一人となった室内で、怜衣の呼び掛けが虚しく響いた。




利益か、無償か。貴方が求めるのはどっち?











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