第1話 さよなら私、こんにちは俺
「ここか…」
【石井遥】こと私は、自分より幾分か大きい門の前で一人立ちつくしていた。門に掲げられた看板には、『朱龍学園高等部・専用寮』と書かれている。
『朱龍学園』といえば、地元でも有名な『文武両道』を貫く、伝統ある私立男子校だ。
そして私は、その男子校にわけあって転校する事になった哀れなる16歳、性別女。
何故女の私が男子校に転校する羽目になったか、それは数日前にさかのぼる。
―――数日前――――――
「引っ越し?なんでまた突然…」
久しぶりの家族揃っての夕飯時、思わず聞き返してしまう単語を私の父は笑顔で言い放った。口に運ぼうとしていた人参が、箸の間から滑り落ちる。
「実は、父さんの仕事の都合で急遽移動が決まってだな、だか
「だったらお父さん独りで引っ越せばいいじゃん」
まだ言葉をつむごうとしてた父の声を遮り、淡々と私は言い返して先程テーブルに落とした人参を、再び箸ではさむ。
「こらこら、そんな冷たい事言わないの。お父さん泣いちゃったじゃない」
私達のやりとりを見てたお母さんが、体育座りして部屋の隅っこで縮こまる父を苦笑しながら指さして言った。
――いつのまに移動したんだあの人は。私が人参を口に入れた時か?その僅かな時間に、椅子から隅っこまで行ったのか?我が父ながら、気持ちわ…、恐ろしい。
我が父と言っても、血は繋がってないけど。
ん?ああ、私はお父さんとお母さんの養女だから。施設育ちなもので。
「ねぇ、遥ちゃん、私達は遥ちゃんを一人置いてくのは心配なの。私もこっちに残ってもいいんだけど…」
言葉を途切れさせ、お母さんは今だに膝を抱いている父を一瞥して、再度私に目を合わせる。
「お父さんを一人にする方が、もっと心配だからね」
…確かに。この人は料理に挑めばボヤを起こし、洗濯機を使用すれば爆発させ、掃除をやればもとより散らかすかなりの不器用。そんな人が一人暮らしなんてしたら、三日で新聞に載るだろう。
私は願うように見つめてくるお母さんとグスグス泣いている父を見比べ、諦めの意味を含んだため息をつく。
「お母さんの願いなら仕方ない。引っ越しでも転校でもするよ」
「本当かっ!?」
しぶしぶ了解したら、いきなり飛び付いてきた父。
立ち直り早っ!!!
「…で、その転校先の高校なんだけどね。すごいよ〜、私立の名門!」
やっと剥がせた父が、意気揚々にそう言った。私はフ〜ン、とさして興味無さげに答える。あ、この煮物おいしい。
「文武両道を大切にする学校でなぁ、学園長にも会ったが、とてもいい人だったぞ。まぁ、少し問題があるとすれば、男子校ってだけだな」
「へぇー。まぁ、そのくらいなら……って、えぇ!?」
男子校!!?
有り得ない言葉に、自分の耳を疑う。
「ちょっと父さんの手違いでなぁー。大丈夫、遥なら心配ないって!」
なにを根拠に言っているんだろうこの人は。頭の中を顕微鏡で見てみたい。アメーバとか見つかるんじゃない?
「って、そんな事より!男子校って…冗談じゃなくて?」
「父さんは冗談なんか言わないぞ〜。」
なおさらタチ悪いから!
「あんたは愛娘の貞操が大事じゃないわけ!?だいたい女の私がどうやって…」
「学園長には話してあるし、男装すればバレないさ。それに遥、もともと胸ないから隠す必要な───
「これでもBカップだぁーー!!」
――という、はた迷惑な理由で今ここに立っている。
女とバレない為に伸ばしていた髪は肩くらいに切り、胸にはさらしを巻いて、ここの学校の制服(もちろん男子用)を着たら、意外にも様になってた。もし私が男だったらモテモテLIFEだったかもしれない。
目の前に立ちはだかる門に、ゴクリと唾を飲み込む。あの親バカならぬバカ親は、私を寮にいれる手続きまでしていたのだ。
「止まってても、仕方ない…」
そっとため息を吐き、私は『朱龍学園高等部・専用寮』へ足を踏みいれた。
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