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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

ハズレ鬼

「私の可愛い子鬼ちゃん、人間に会ってはいけないわよ。彼処にある石の下で眠りたくなければね」

優しい声で鬼の子に言い聞かせる女。小さな鬼は女の言う事に理解をしないまま頷くと女が小さく笑み、鬼を抱きしめた。

本当の我が子のように人間の女が鬼の子を可愛がる。この様子を人間が見たとしたら、鬼を抱き締めている女を畏怖するのだろうか。

昔から、鬼というモノは悪い言い伝えばかりでその言い伝えを深く信じた人間から、邪悪な存在だと知らしめられ、いつも退治という名ばかりの虐殺されていた。

悪い鬼もいれば、良い鬼もいる。

悪い人間もいれば、良い人間もいる。

この事に傷付くのはいつになるのだろうかと子鬼の温かな体温を感じ取りながら、女が溜息を一つ吐く。そんな女の様子を子鬼は心配そうに見つめ、女の胸に顔を埋まらせる。

「子鬼ちゃん、大丈夫よ。私が守るから」

慈愛の気持ちを顔に浮かばせ、子鬼の為に子守唄を女が歌い始める。





竹籠を背負った女の後ろ姿を寂しそうに見つめる子鬼。そんな子鬼の視線に気付いた女は後ろを振り向き、子鬼を安心させるような笑みで言う。

「今日は山の木の実を採ってくるだけだから、すぐに帰ってこれるわ」

「本当に?」

「えぇ、本当よ。子鬼ちゃんが良い子にしてれば、帰ってこれるから」

「うん、良い子にしてるから、すぐに帰ってきてね」

「えぇ、じゃあ行くわね」

女は子鬼の頭を軽く撫でた後、立ち上がった。そのまま、戸を開き外に出ようと一歩踏み出すと子鬼の「いってらっしゃい」という小さな声が女の耳に届いた。

「いってきます」

子鬼の声に女が嬉しそうに返事をした。そして軽い足取りで上機嫌に女は歩き出す。

心細い気持ちが消えないままの子鬼は静かに女の背中を一直線に見つめた後、いつもより重たいと感じる戸を閉め、女から貰った手毬で面白くもなさそうに遊ぶのだ。シンっとする音の部屋が面白くないと感じさせるのに拍車をかける。

「…なんで人間と会っちゃいけないんだろう」

子鬼がポツリと口から零す。女から言われた事に疑問を持ち始めた子鬼は一人、考えた。

「僕が鬼だから、かな」

投げていた手毬が手から外れ、コロコロと床に転がる。興味がなくなったのか手毬を放置し、頭にあるツノを何度も触る。このツノが取れたら、どんなにいいものかと子鬼は毎日、思っていた。

「ツノさえ無ければ、ツノさえ…」

ツノを触りながら、悲しい面持ちで下を向いていた子鬼がハッとし、ある事に気付く。

「そうだ、このツノを隠せば、鬼じゃない。そうだ、そうだ! 隠せば大丈夫なんだ!」

嬉々とした鬼は勢いよく立ち上がり、床に脱ぎ捨ててあった着物を拾い頭に被せると壁に掛けられている履物を手に取り、戸口まで走る。

「やった、やった!これで外に出られる!」

履物を履いた鬼は頭に被せた着物をギュッと掴み、喜びに満ちた心で飛び跳ねる。

「いっぱい、色んな所に行ける!ふふっ、いってきます!!」

子鬼は戸を開けると外に飛び出し、勢いよく道を駆けて行く。

長い一本道を道を息も切らさずにずっと駆けて行く子鬼の前に数個の藁葺きの屋根が見えてきたのだ。あれが村なのだろうかと子鬼は駆けながら考える。

「あれは人?」

子鬼は眉を寄せ、駆けていた足を止める。此方に向かって歩いてくる人間を見た瞬間、急に女の言葉が脳裏に浮かんだからである。

「人間に会っちゃいけない。でも、隠せば大丈夫」

子鬼は人間に恐る心を持ちながらもゆっくりと歩き出す。

「大丈夫、大丈夫」

深呼吸を繰り返しながら、鬼は自分を宥める。そうしている内に人間の男が子鬼の前にやって来た。

「子供? なんでこんなところにいるんだ?」

人間の男の問いに子鬼は狼狽えながらも答える。

「さ、散歩をしていました」

「散歩?」

男は子鬼の答えに首をひねる。

「そう散歩です!」

「へぇ、それにしてもおかしな格好で散歩してるな」

子鬼が被っている着物の事を言っているのだろう。怪しげな子供に男が顎に手を当てた。

「これは姉に何かあった時の為に被っておけと言われて」

「そうか、だがそんな格好じゃ村の奴らも不安がる」

渋った顔で男が子鬼に言う。

「そうなんですか? じゃあ、一度帰ろうと思います」

男と喋った事により、不安でいっぱいになった子鬼は帰ろうと後ろを振り向き、駆けようとする。だが、それは男の手によって止められてしまう。

「待て待て、この着物さえ取れば…」

「あっ」

男に強く着物を引っ張られ所為で子鬼の手から、掴んでいた着物がするりと抜ける。次の瞬間、男の顔は子鬼のツノを見た事で驚愕の色に染まり、子鬼の顔はツノが暴かれた事で恐怖の色に染まった。

「…お、お前、物の怪か!!」

男は指を指し、思い切り叫んだ。その男の叫びに子鬼は勢いよく、駆け出す。

「おい、待て!」

逃げた子鬼に対し、男は追う。

「なんで、追ってくるの。どうしよう、どうしよう」

恐怖と不安で涙目になりながらも必死に駆ける子鬼。何度も後ろを振り向き、追ってくる人間の形相に鬼は「ひっ」と怯える。

「この、物の怪め!!」

道端にあった石を拾い上げた男は小鬼に向かって手に持っていた石を思いっきり投げ付けると小鬼の頭に当たり、その石の衝撃で子鬼は地面に倒れ込んでしまった。

「うぅ、いたい、いたい、いたい」

子鬼は生まれて初めて強烈な痛みに悶えた。手で石が当たった部分を抑え、泣きながら何度も痛いと呟く。

「悪く思うなよ、鬼」

グラグラとする意識の中、男が近付いて来る恐怖に何とか逃げようという意思が芽生える。しかし、思うように子鬼の体は動かない。

「どうして、どうして、僕をいじめるの? 僕が鬼だから? ひどいよ、ひどい」

涙声に鬼は話す。そんな鬼を見た男は悲しそうな表情で言う。

「お前が人を喰らう鬼だからだ」

「僕はそんな事はしない! 人間みたいに果物だって猪や鹿の動物の肉だって食べる! だから、僕は、僕は人間にだってなれる!!」

男をきつく睨み付け、叫ぶ子鬼に男は拳を震わせて叫んだ。

「鬼のお前は人間にはなれない! それを分かって死んでくれ!!!」

隠し持っていた小刀を懐から取り出した男は子鬼に振り落とす。しかし次の瞬間、男は現れた人物によって突き飛ばされる。

「ぐぁっ」

男が小刀を持ったまま道に倒れる。子鬼は目の前に現れた女に驚き、双眸を大きく開く。

「はぁはぁ、この子だけはダメよ!!」

男を突き飛ばした女は男に向かって息を切らしながら、小鬼を守るように手を広げて大声で男に伝えた。

「…なんで、ここに?」

子鬼が驚きのまま言うと女は振り向き、子鬼の目を見て話す。

「子鬼ちゃんの考えくらい、分かるわよ」

「なんだ、最初から分かってたんだ」

血がまだ流れ出ている頭を抑えながら、小鬼は立ち上がり笑った。

「いい笑顔。私、好きよ。子鬼ちゃんの笑顔」

「外に出たからだよ、お姉さん」

笑い合う二人を見た男はぐっと口を噛み締めて何かを決意するように目を瞑り、よろよろと立ち上がる。

「酷な事だな。だが、家族の為だ」

一つ男が呟くと小刀を持ち直し、余所見をしている女の体に小刀を突き刺す。

「えっ」

女は何が起こったのか分からないと言った様子で刺された部分を見つめる。ジワジワと熱を持ち始める傷に女は顔を顰めた。

「ね、姉さん!!!」

子鬼が叫んだ途端、男は小刀を素早く抜き、今度は子鬼を狙った。

「…くっ、ダメだよってさっきも言ったわ。 子鬼、逃げなさい!! 早く!」

刺された部分を抑えながら、女が子鬼の体を強く押す。小鬼を庇った事で女の背中に小刀が深く刺さる。

「あぁああっ」

女の腹部から漏れ出した、血が地面に数滴落ちたのを見てしまった鬼は恐怖で竦んでしまう。

「早く行って、行きなさい! ノウメ!!!」

怒号のような女の叫びに子鬼は竦む足を立たせ、駆けて行く。子鬼の背後に女の悲鳴が聞こえるが足は止められない。

怒り、悲しみ、憎しみが混ざり合う胸を押さて子鬼は走る。だが、徐々に口からは胸中の声が漏れ出してしまう。

「あ、うぁ、あぁあああっ、あぁあああああ」

酷い暗雲から、ぽつりと突然に降ってきた小雨は次第に大雨へと変わっていく。

容赦なく降り注ぐ雨に打たれながら、鬼は嘆きの咆哮を上げた。しかしその声は雨にかき消され、反響せず消えてしまう。


その日から、鬼は人を喰べ、同族をも喰べるハズレ鬼となった。





深い闇の中で唄いの声が聞こえて来た。声が聞こえる方へ、歩いて行こうかと思ったのだが足が動かない。一寸たりとも動かない。これは何かに足を押さえつけているのだろうか。

そうして考えている内にまた唄が聞こえた。


『鬼よ、鬼よ、鬼よ。

理に外れた鬼よ。

哀れなり、憐れなり。

此方へ、こいこい。

隠してあげようか。どうしようか。

さてさてさて。

鬼よ、鬼よ、鬼よ。

外れ鬼よ。

通らせんぞ。戻らせんぞ』


唄が終わった刹那、黒い霧に自身が覆われてしまった。その恐怖にびくりと体が大きく鳴り、目を覚ました。

「また、見てしまった」

激しくバクバクと鳴る心臓を押さえながら、汗を手で拭う。

恐怖の感情、それだけがまだ心に残っていた。ただの夢だと安心出来ない程、あの夢は寝る度に毎日出てきている。あの黒い霧に捕まったら、最後だと本能が感じている。だから目覚めた事に関しては心の底から、安堵ができるのだ。

「姉さんがいない分、この夢はとても怖いな。さて、もう夜か。人が鬼を喰らいに行こう」

薄笑いをした鬼は側にあった狐のお面を手に取り、立ち上がった。





揺ら揺らと持っている赤提灯が歩く度に揺れている。この提灯は初めて人を喰らった時に拾ったものだ。提灯が灯す光が凄く綺麗だった為に今も重宝している。

「本当にこれは何て綺麗なんだろう」

鬼は提灯が作り出している幻想的な淡く柔らかな光に魅入り(なが)らも軽い足取りで人か鬼を探す。

「あ、見つけた」

小さな人影を見つけた鬼の足が止まる。ニヤリと怪し笑みを浮かべ、その小さな(なま)()に近付いていく。

「こんばんは、小さな小さな人の子よ。此処で何をしているのかな?」

小さな人影の正体である子供を安心させるように鬼が優しい声で尋ねた。

「かかとととにここで待ってろって言われたから、待ってた」

子供が狐面の男を見ずに下をずっと見たまま言う。

「でも、君の母と父はいつ来るのかな?」

子供の目線に合わせて鬼が膝を降ると子供は顔を上げて答えた。

「わからない」

力なく子供は首を振る。

「そうか」

鬼は子供の言葉で子供の状況を理解した。子供は親に捨てられたのだ。つまり、この子供は捨て子なのである。

この場所は夜になると子供を殺してしまうのに適した場所に変わる。此処にさえ立っていれば、いつか物の怪か獣人喰われる可能性が高い。大事に育てた子をよくも簡単に捨てられるものだなと鬼は思う。

「そうだ、君の父と母が来るまで僕と過ごさないか?」

立ち上がり、手を子供の目の前に差し出す。

これはただの鬼の気紛れだ。もしも断れば、もしも飽きたら、殺して喰えば良いと鬼は考え、子供の答えをギラギラとした目で見ながら待つ。

「…うん、いく」

子供が鬼の手を取る。

そのまま二人は山へと帰って行った。赤提灯が照らす道を歩きながら。





パタパタと鶏と追いかけっこをしている元気な少年を鬼は静かに見つめながら、穏やかに微笑む。

「アオ、転ぶなよ」

「わかってる!」

今日の晩御飯を捕まえるのに必死な少年の姿は子供時代の時とは全く違う。その成長に驚きながらも鬼は考えに耽る。

本当よ始まり、頼りなかった人の子に名を授け、衣食住を与えた。

人の子との生活は静かでつまらなく、喰べてしまおうかと思ったが暮らしていく内に段々と絆されてしまい、時間が過ぎて行く度に思い出も増え、煩くなった人の子との生活が楽しくなっていた。

そして人の子との生活が記憶にずっと残っている女との思い出が蘇り、子供を喰うという考えが出来なくなったのだ。

「ボクも所詮は人間と変わらないのか」

ふっと自嘲し、鶏を捕まえるのに手こずっている子の元へ、アオの元へ行く。

「まだ捕まえられないのか?」

呆れたように言うとアオはムッとし鶏に指を指して叫ぶ。

「だって、早いし、突かれるから!」

アオは鶏に馬鹿にされているのが分からないんだと鬼は思い、笑った。

「いいよ、ボクが捕まえるから。アオは森へ行って木の実を取ってきて」

「でも、俺が捕まえたい!」

「アオ、ボクの言うことを聞け。木の実取りはアオの得意なんだろ? それともなんだ、木の実さえも取れないのか?」

アオの頭を手で掴み、意地悪く鼻で笑うとアオは顔を赤くして怒り、子供らしく言い返してきた。

「と、取れる! 取ってきてやる!」

庭に置いてあった籠を取り、森へとかけて行こうとするアオを「待て」と鬼が止め、いつも通りのあの言葉を言う。

「アオ、人間には会ってはいけないよ。あの石の下で眠りたくなければ」

無表情の鬼は低い声でアオに言い聞かせるとアオは静かに頷いた。

「分かってる。じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」

アオの後ろ姿を見送った鬼は女の面影を思い、目を伏せた。





木に実っている山葡萄を取り、籠の中へと入れる。
それを何度か繰り返し、ある程度籠に実が溜まったのを確認すると山を降りる準備をしようと地面に置いていた籠を背負い、アオは山を下った。

「ふふ、早く帰っていっぱい取れたことを自慢しに行こう」

山を下る途中、同じような籠を背負った人間が此方に向かってくるのを見つけ、アオは眉を寄せて軽かった足取りを止まらせた。

「……人間」

アオは鬼の言葉を思い出し、即座に別の道に行こうかと決める。下山して来た道を戻ろうとした時、背後から大声で呼ばれた。

「待ってくれ! 君と話がしたいんだ!」

山に用事があったのかと思ったがそうではないらしい。アオは嫌そうな顔で声がした方を振り返ると男が此方に向かって走ってきた。

「俺に何の用だ」

警戒しながら、アオが早口で言うと男は真面目な顔を付きで答える。

「…君は水吉という名前の人間じゃないのかと思ってな。子供の頃の水吉と一緒の風貌をしていたから」

悲しそうな顔付きでアオを見る男にアオは首を振り、否定した。

「俺は水吉という人間じゃない。アオという人間だ」

「違う、君は水吉だ。水吉は村の飢えの所為で捨て子にされたんだ。今はもう飢えも何もなくなった。それで君の両親も後悔をしてずっと探している。子を捨てたことは許されない事だ。だが、村に戻ってきてほしい。水吉、頼む、お願いだ」

「俺は水吉とかいう名前じゃない」

頭を下げる男にアオはもう一度、素早く否定をし、男の返事を待たずに鬼が待つ家へ駆けて行った。

それから何も考えずに家に帰ってきたアオは摘んできたばかりの山葡萄が入っている籠を外で待っていた鬼に渡すと黙ったまま家に入り、床に寝入ってしまう。

鬼は何かしたのだろうかと思ったが声をかけない方がいいだろうと考えて黙る。

そうしてその日から、山に行く度に村人が待ち伏せをしていて何度も何度も同じ事を言われるのだった。

アオは違うと否定していたが何度も言われる内にアオは村人の言うことに対して自分が水吉なのではないかという思いを持つようになった。

その気持ちもあった所為か村人の言葉に一つ頷いてしまう。

「別に村に行ってもいい」

鬼に黙り、アオは初めて人里へと村人と共に降りて行く。

「おかえりなさい、水吉」

村で待っていたのはアオの両親だった。アオは複雑な感情を持ちがらも嬉しいという気持ちを心に芽生えさせる。

「ごめんね、かかは悪い親だった。本当にごめんなさい」

「ごめんな、水吉」

二人の両親に抱き締められ、水吉は本当の家族の温もりを知った。何度も何度もアオに謝る二人。それを見ていた周りの村人は涙を浮かべている。

その光景を見たアオは人間としての当たり前の気持ちが少しずつ目覚めてくる。

「それにしてもアオ、お前はどうやって生き抜いていたんだ?」

「アオ、本当は私達もう生きていないと思っていたのよ」

二人は似たり寄ったりの質問をして来る。その質問にアオは困りながらも正直に答えた。するとアオの両親、村人も一同に驚愕の表情に変わる。

「アオ、アオ、それは本当なの?」

「外れ鬼が私の夫を喰った鬼がいるのね」

「あぁ、やっと見つけた」

「アオ、よく無事だったな」

「早く、殺さねば」

「妻の仇を取らないといけなくなった」

「アオ、お前の気持ちもあると思うが鬼は悪い事をし過ぎているんだ。退治しないといけない」

「鬼が外れ鬼となったのは村長の息子の所為だ。早く殺しておけばよかったものを」

「そう言えば昔、一人の女が鬼を匿っていたそうね。村長の息子さんが殺してしまったと聞いたけれど」

「外れ鬼、村の男達がやってくれるのね。やっと安心して眠れるわ」

騒然となった村にアオは戸惑い、まずい事をしたのでは無いかと焦り、後退る。

「騒々しい。何事だ」

威厳溢れる一声に村人達が一斉に黙る。アオは自分に近付いてくる人物を視線を向けた。厳かな声の主は豊かな白ひげを生やした老人であった。

「村長」

「なんだ、柳之介」

「外れ鬼がこの山の近くにいます。いますぐ退治の命令を」

「何故、外れ鬼が分かる」

「水吉がその外れ鬼に育てられたと言っていたからです」

「そうか、水吉が」

此方を一瞥する村長にアオの身が緊張で引き締まる。

「水吉よ、村に戻りたくば外れ鬼を村人共に殺してきなさい」







『憐れな。

鬼よ、鬼よ、鬼よ。

理に外れた鬼よ。

哀れなり、憐れなり。

此方へ、こいこい。

隠してあげようか。どうしようか。

さてさてさて。

鬼よ、鬼よ、鬼よ。

外れ鬼よ。

通らせんぞ。戻らせんぞ』






松明のパチパチとなる音が夜の闇に響き渡る。

どくどくと脈を打つ心臓が余計にこれならする事を更に緊張させる。どうしてこうなったのだろうかとアオは思い、鬼に罪悪を募らせる。

「もうすぐだ、もうすぐで」

村人達は狂気に染まっている。もし此処で逆らえば、殺されるのではないだろうかとアオが体を震わす。

「あれが家か」

村人の声にアオはハッとし、コクリと反射的に頷いてしまう。

「そうか、なら行くぞ」

そして次の瞬間、獣の様な声を上げた村人達が一斉に家に駆け込んだ。一瞬、鬼の叫び声がアオの耳に届く。アオはその声に自分が何をやったのかという現実の重大さに気付き、家の中に走って行く。

「ふざけるな!! 人間共! アオを誑かし、オレを殺そうとするとは!!!」

家の中に入った途端、アオは目に入ったものに愕然としてしまう。腹部から血を流しながら立つ鬼は怨讐の思いを顔に浮かべ、村人に激怒して叫んでいた。

「鬼だ、あれが本物の鬼だ!」

「喰われる!!」

「逃げろ!」

「ひぃぃっ」

その余りにも恐ろしい鬼の憤りに村人達が一斉に家から、逃げ出してしまう。

家は村人が逃げたした事で青と鬼の二人きりになる。シンっと張り詰めた冷たい空気にアオは下を向き、唇を強く噛み締めた。

「オレを裏切ったな、人の子」

冷ややかな鬼の声にアオがびくりと体を震わせ、「ごめんなさい」と小さく謝罪する。小さな体を更に小さくしたアオに鬼が溜息を吐き、眉を下げ言った。

「だが、オレはお前を怒り、責めることは出来ない。だから、お前の謝罪もいらない」

「…それは、どういう」

恐る恐る顔を上げて鬼を見つめるアオに鬼がふうっと息を吐き、

「お前とオレは本当に似た者同士だな」

と笑った。

「ごめん、ごめんなさい、ノウメ」

ボロボロと大粒の涙を出して泣くアオに鬼、ノウメは近付いて抱き締める。

「ボクが鬼だったから良かったものを」

「うぅ、ごめんなさい」

「だから、謝罪はいらん」

アオを安心させるように何度も頭を撫でるノウメ。そんなノウメにアオはどんどん泣いてしまう。

「アオは本当に泣き虫だ」

「う、うるさいっ」

ずずっと鼻をすすりながら、アオが涙声になりながら言い返す。

「言い返せる元気があるのなら、大丈夫だな」

「まだまだ、大丈夫じゃないよ」

涙を手で拭い、アオはノウメの胸元を軽く叩く。

「ボクが大丈夫と判断したんだから、大丈夫だ」

ノウメがアオの頭をポンポンっと軽く叩き、柔らかく微笑む。

「横暴だ」

「何とでも言えばいいさ」

「鬼の余裕だね」

「それは本当だ」

二人で顔を見合わせ、笑い合う。

これが本当の幸せなのだと鬼と人は思うのだった。






これが鬼と人との物語の終わり。

人間に育て親である女を殺された事で憎しみに駆られた外れ鬼を助けたのは皮肉にも人だった。

昔も今もやはり鬼を助けるのは人だ。これこそ、運命というのだろうかと山をずっと見守り続けた存在は思い、唄う。

『鬼よ、人よ。

理に外れた鬼よ。

理に外れた人の子よ。

悲しき、愛しき、共々よ。

此方へ、こいこい。

隠してあげようか。どうしようか。

さてさてさて。

鬼よ、人よ。

外れ鬼よ。

外れ人よ。

通らせんぞ。戻らせんぞ』

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