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west sea side sunset
作:夕焼け



west sea side sunset 4




午後2時半過ぎ、 僕達は相変わらず東を目指して進み続けている。
約30分置きにどこかしらのコンビニか飲食店に寄りながら。
それにしてもよく食べるな、と僕は思う。
やはり妖精となると必要な栄養の量も違うのだろうか。

しかしもう食事の時間を抜いて2時間近く走っている。
まだその始まりの場所にはたどり着かないのだろうか。
でも夕焼けに聞くわけにはいかない。
きっとまた、あんたはせっかち過ぎる、と言われるだろう。

「さてと、この辺でいいかな」

と言うと夕焼けは突然車を止めた。
ここはどこだろう。
僕の知らない交差点。僕の知らない標識。
僕の知らない風景。

「あんた、準備はいいかい?」

「準備?一体何の?」

夕焼けはオーバーに驚いた表情をして、ハンドルをぱちんと叩く。

「あんた、これだけの時間があったのに準備できてないのかい?
はあ、先が思いやられるな。
ふむ、もう今日はあまり時間が残ってないな。
手っ取り早く済ましちまおう。
こっちだ、ついてきな」

僕達は雑居ビル街の隙間を縫っていく。
拓けてもいなければ、廃れてもいない、
ごく普通のどこにでもある街だ。
夕焼けは窮屈そうにビルの隙間を歩いていく。
どこへ向かっているのだろう。

「さあ、着いた。ここだ」

夕焼けが立ち止まったのは、もう使われていない廃ビルの前だった。
バブルの勢いで建ててみたけれど、建てた直後にバブルが弾けて維持できなくなったというような、そういったくたびれ方をしたビルだった。

建物自体は比較的新しくて綺麗だし、作りも悪くない。
だが致命的なまでに建物としての生命は衰弱しきっている。
そんな疲弊の色が、まだ新しい壁面にべったりとこびりついている。

「見て分かるとおり、
バブル全盛の頃にどっかの社長が調子に乗って建てたけど、
すぐにバブルが崩壊して僅か半年でその役目を終えちまった哀れな廃ビルさ。
都心からこんだけ離れてちゃ新しい買い手もつかない。
壊しちゃうのも勿体無いからって事でまだ残されてはいるけど、
正直こいつの魂はもうほぼ擦り切れちまってる。
目的を失った建物ってのは建てて1年でも信じられないくらい老朽化するのさ」

夕焼けの後を追うようにして僕もその廃ビルの中に入る。
中に入るとなおさらその疲弊の色は濃くなる。

「あんたは高度経済成長をその肌で感じて生きてきた世代じゃないものな」

階段を登りながら夕焼けが言う。
2階を通り越し、そのまま3階へと向かう。

「あの時代には2種類の人間がいた。
この波に乗って平和に豊かに一生生きてけるだろうって考えてた連中と、
これは近いうちにまずい事になるぞって感じてた人間だ。
もちろん俺は後者だった。
あんなもんは経済の急発達した国によくある御伽話なのさ。
ブックエンド。
夢は終わる」

僕達は3階も通り過ぎる。
最後の階へ向かう。

「ふう、着いた」

と夕焼けが言う。
彼はひどく汗をかいている。
僕もさすがに少し汗をかいた。
今時の建物にしては珍しいほど急な階段だったのだ。

「ここであんたはしなくちゃいけないことがある。
そうだな、30分ってところか。
時間がないからな。
あんたが移動中に準備を怠ったせいだ。
30分で済ませてもらう。
それ以上は時間を割けない」

「僕はここで何をすればいいんだろう?」

もちろん僕には分からない。

「そんなのは俺にも分からんさ。
俺に聞かれても困るよ。
俺はあんたがここに来る事が必要だって考えたから、
ここに連れて来たまでだ。
それが俺の仕事だからな。
あんたはここで何かをする。
そして万全の準備を整える。
30分でね。
とりあえず中に入りな。
俺はこの階段で待ってる。
30分経ったら出てくるんだ。
いいね?」

「うん」

夕焼けがバタンとドアを閉める。
僕は時計を見る。3時12分。
僕は3時42分までにここで何かしらの目的を見つけてそれをこなし、
そして準備を整えなければならない。

フロアを見渡す。
感じとしては1階とほぼ変わらない。
10畳ばかりの何もない部屋だ。
いや、窓辺に椅子が一つ置いてある。
木でできたアンティークのような椅子だ。
こんな廃墟と化したオフィスビルの4階に
何故こんな椅子があるんだろう。

僕はそれに座ってみる。
座って部屋をもう一度見渡す。
くすんだ白い天井、
くすんだ白い壁、
くすんだ白い床、
くすんだ窓。
特に変わった事はない。

目を閉じると僕の意識はまたあの青く光るソファーの置かれた部屋へと引きずり込まれる。
彼女はいない。
僕はそのことに少しがっかりする。
そのソファーは今朝見たものと同じだけれど、
僕はそれを見てなぜかひどく懐かしい気持ちになる。

そのソファーに腰を下ろす。
椅子に座って目を閉じ、
そのイメージの中でまた腰を下ろすというのは少し不思議な気分だった。

彼女はどこへ行ってしまったのだろう。
きっとあのドアからどこかへ向けて出て行ったのだ。
彼女の意思で。
僕はその様を想像する。
とても悲しい気持ちになる。
それは本当に、とても悲しい事なのだ。

目を閉じて目を開ける。
とても長い瞬き。
一瞬の動作がどれも永遠のように思える。
目の前に彼女が立っている。
その首筋には僕が朝つけたはずのキスの後はない。

「やあ、こんにちは」

と僕は魂を失った彼女の肉体に挨拶をする。
彼女はゆっくりとした口調で言う。

「こんにちは」

僕が知っている彼女とまったく同じ口調だったが、
でもそれは細部まで綿密に作り上げられた贋作だ。
同じ絵の具で、同じ筆で、同じキャンバスに書かれた同じ絵。
しかし同じに見えても、同じ画家が書いた絵ではない。
どれほどそれらが似ていても、
そこに込められた感情すら完璧に再現されていたとしても
そこに意味などない。
僕は彼女の魂を取り返さなくてはならない。

「ねえ、コーヒーを飲みましょう」

彼女が言う。

「いや、僕にはまだしなければならないことがあるんだ。
悪いけど君とここでコーヒーを飲むわけにはいかない」

はっきりと、丁寧に言う。
彼女は少し悲しそうな顔をする。
そこに魂はなくても、僕はやはりその悲しげな顔を見て辛い気持ちになる。

「そう、残念。
じゃあこれを持って行って。
きっと何かの役に立つわ」

そういうと彼女は手に持っていた小さな丸い石を取り出す。
どこにでも転がっているような、何の変哲もない石ころだ。

ありがとう、と言って僕はそれを受け取り、じっくりと見てみる。
それは灰色で平たく、ほぼ円に近い形をしている。
大きさは直径が3センチ程度。
本当にどこにでもある石だ。

「また会えるといいわね」

彼女が僅かに微笑みながらそう言う。
僕はそれには答えない。

「おい、起きろ!早く!
夕日が沈む前に帰らなきゃならないんだ!
ぐずぐずするな!」

突然夕焼けの怒鳴り声が聞こえてくる。
僕は目を開ける。

「やあ」と僕は言う。

「準備はきちんとできたかい?」

「うん」

「そりゃあ良かった。
もう時間がない。
急いで街に帰るぞ」

「うん」

僕達はビルを出る。
夕焼けは非常に焦った様子で足早に歩いていたが、
彼の2歩は僕の1歩分程度だ。
でもその事に気づかれるとまた機嫌を損ねかねない。
僕も焦っている素振りでせかせかと歩く真似をする。

「さっきも言ったが夕日が沈む前に街へ帰らなければならない。
それは今日の出来事の中で何よりも重要な事だ。
俺達にはあんたらに到底理解出来ないいくつかのルールがある。
それを無視すると本当に悲惨な目に遭うことになる。
で、車はどっちに止めたっけ?」

僕は西を指す。
僕達はひたすら東を目指してきたわけだから、
きっと西にあるに違いない。

「あった。
あんたよく分かったな。
さすがだ。
あんたも妖精になれるかもしれんな」

僕達は車に乗り、来た道を西へ向かって走り出す。
帰りの道で僕は夕焼けに、さっきの石を見せてみる。

「よし、とりあえず始まりの石を手に入れる事はできた訳だ。
きっとそれがどこかの場面であんたを助けてくれる。
肌身離さず持ってることだ」

「うん」


帰りの道でもやはり30分おきに夕焼けの腹ごなしをする事になった。
そしてその代金ももちろん全て僕が支払った。














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