考えた事もなかった、気がついたらいつもその人は私の隣に居て、それが当たり前になっていた。ああ、私は多分……
私は、ふと目を覚ました。今の時間は7時少し前
「目覚ましより早く起きるなんてラッキー、目覚めも爽やか。ん〜、こう清々しいと、何かいい事ありそうな気がするな〜」
「皆も、すっきり起きられるとそういう気がしない?」
……
「何に独り言いってんだろう、わたし……早く着替えよう」
この、一人ぶつくさ言ってるのが、このお話の主人公、美子名 裕美理である。
「おはよう、お父さん」
「おう、おはようさん」
このさえない顔して、タバコを加えてる眼鏡のおじさんが、美子名 孝司私の父である。
「早くしないと、早瀬君外で待ってるよ」
「えっ、もうそんな時間?」
時計を見ると、そんなに余裕の無い時間になっていた。
「やばい、急がないと遅刻しちゃう」
(さっき部屋にいた時、のんびりしすぎた)
そう思いながら、急いで身だしなみを整えた。
「行ってきま〜す」
「おい、せめて牛乳位飲んでいったらどうだ?」
「時間ないも〜ん」
そういいながら、私は外へ出た。
門の所に見慣れた顔が一つ。
「おはよう、早瀬君」
「やあ、おはよう裕美理」
この、落ち着いた感じに優しい顔立ちをした少年は不動 早瀬家がお隣りさんで、幼稚園からの付き合い。いわゆる幼なじみと言うやつだ。
「それにしても、遅いようなら先に行ってていいって、いつもいってるのに……」
「まあいいじゃない、それより早く行かないと遅刻しちゃうよ」
そう言って歩きだす幼なじみ。
「あ〜、まってよ」
しばらくすると、学校が見えてきた。
初見ヶ丘高校これが、私達が通っている学校だ。私達は、この学校の二年生。もうすぐ春だから、三年になるのも桜が咲き誇るのも間近だ。
◆
キーンコーンカーンコーン……
「きょうつけ〜、礼」
4時間目の終わりのチャイムと共に、学級委員が号令をかける。それが合図のように教室中の生徒たちが立ち上がる。今は昼休みだ。私はというと、友達の、千尋、久美、蓮の3人と一緒に、お昼ご飯を囲んでいた。
「ねぇねぇ、知ってる? 2人とも。久美ったら昨日、谷田君とキスしたんだって!」
「ちょっ、ちょっと、千尋ちゃん。……他の人には言わない約束でしょっ」
「面白そうな話だな。続きを聞かせろ、千尋」
「私も気になる! 教えて、千尋ちゃん」
「蓮ちゃんも裕美里ちゃんも、恥ずかしいよぉ……」
今、顔を真っ赤にしているのが久美。茶化しているのが千尋。古めかしいしゃべり方をしているのが蓮。入学した時からの(私も含めて)仲良し4人組だ。
「久美ってば、廊下に1人でぼーと立ってたから声かけたの。そしたら今以上に真っ赤になって座り込んじゃったのよ! あの時はびっくりしたっ」
「やっ、やめてってばぁ……」
「それでそれで?」
「でね、『どうしたの?』って聞いたら、『谷田くんにキスされちゃった……』だって!」
「まことか? 」
「ホントだよ! ねっ、久美!」
……コクッ
千尋の言葉に久美が小さく頷く。
「久美ちゃんて前から谷田君とそういう関係だったっけ? 」
……フルフルッ
私の問いかけに久美は同じように今度は首をふった。
「……谷田くんとは、小学校から一緒で…お話しぐらいは、してるけど……」
「俗に言う、幼なじみというやつだな」
「ただの幼なじみから恋人に! そのありそうで無さそうなシチュエーションが良いよねぇ〜!」
千尋は目を輝かせながら、久美の羞恥心をさらにあおる言葉を言う。
「恋する乙女は美しきかな……」
それに続けとばかりに、蓮も噛みしめるように語る。
「良いなぁ〜。私も恋したいなぁ……」
私もポロッとそんな事を言ってはみたが、それは限り無くキレイなオウンゴール(自殺点)であった。
「何言ってんの? 裕美里にだっているじゃん!」
「えっ、私付き合ってる人なんて……」
「いやっ、確かに居るな。久美と谷田以上の時間を共に過ごした者が……。裕美里、お主にはな……」
「……?」
「まだわかんないの? 久美だって気付いてるよっ。ねっ、久美!」
……コクリッ
茹でダコみたいに真っ赤になって、黙りこくっていた久美に話をふる千尋。久美も小さく頷づきながら言う。
「不動くんの……事でしょ」
瞬間、頭の中が真っ白になった。持っていたパンも落としたぐらいだ。
「…………えぇ〜!?」
思っても見なかった事を言われ、虚を突かれたのも相まって、私は大声を出してしまった。そりゃもう、隣の教室に聞こえたんじゃないかってぐらいに……。
「あ、……。ごめんなさい。何でもないです……」
とりあえず、クラスメートたちに謝罪をする。
図らずも、早瀬君と目が合ってしまった……。
「……ちょっと! いきなり何言い出すの!?」
椅子に座り直しながら、声を抑えて続ける。
「幼稚園からの付き合い。お隣さん。……これで、幼なじみでないなどとは、言わせんぞ」
「幼なじみは認めるけど、それ以上は何もないから!」
「そうなの? あたしはてっきり〜」
「てっきりなによっ?」
「うん。毎日一緒に登下校してるし」
「ちっが〜う!!」
話の話題はいつのまにか、久美から私に変わっていた。
「じゃあ、もう1人に聞いてみようよっ!」
「えっ?」
「それもそうだな。すぐ後ろに居る訳だし、その方が解決は早かろう」
「ちょっ、ちょっと!」
私の制止もお構いなしにさっさと後ろにいた早瀬君に千尋が声をかける。
「ねぇねぇ、不動君! 今ちょっと良い?」
「えっ、何?」
私たちの後ろでお昼を食べていた男子グループの中に、早瀬君はいた。
「1つ聞きたいんだけど、裕美里とはどういう関係?」
そんなど真ん中直球ストレートを投げ込まなくても……
私の心配を後目に早瀬君は質問に答え出した。
「えっと、……友達かな?」
そうそう、それそれ!
当たり障りのない答えを返してくれた早瀬君に胸をなで下ろした。
がっ、
「そんな簡単な言葉で済むの?」
千尋が重ねて質問する。それを真面目に返す彼。
「じゃあ、……親友ですかね」
言い過ぎだってば! 恥ずかしいよ、もうっ……
言い直した意味がないと思いつつ、私はそんな事を考えていた。顔は、嬉しいやら恥ずかしいやらで、久美に負けず劣らず真っ赤になっているが……。
さらに、それでもまだ物足りないのか、今度は蓮までもが、早瀬君に話しかけだした。
「いや。そんな答えは求めていない。もっとだ!」
ホントの事なんだから、それ以上に何求めてるのっ!
「そうだなぁ……」
私の心のつっこみは、当たり前に届かなかった。早瀬君は適当な言葉を探している。
「……あっ!」
答えにたどり着いたのか、いきなり声をあげる。みんなの視線が早瀬君に集中する。そして、その見つけた言葉を、彼は口にした。
「そうっ! 姉弟! しかも、スッゴく手のかかる姉」
上手い事言うわね。手のかかるは余計だけど……
「それじゃ、つまんないよ〜! 」
「つまんないって言われても、事実だし……」
「そうそう! 2人が望んでるような事は何もありませんからっ!」
「えぇ〜!」
「しかしなぁ……」
不満たらたらの千尋と蓮と、このどうしようもない空気を止めてくれたのは、
キーンコーンカーンコーン……
昼休みの終わりのチャイムだった。
「そういえば、次移動教室だよね? 早く行かないと!」
私はこのタイミングを逃さず、話題の切り替えを謀った。
「運の良いやつめ……」
蓮にボソッと言われ、
「今度は絶対聞き出してやる〜!!」
千尋に軽く悪態をつかれた。そのまま久美を引き連れ、先に行ってしまう。どうやら、私と早瀬君についての件は(今のところ)諦めてくれたようだ。私はもう一度、胸をなで下ろした。
「僕たちも参りましょうか? 姉上様っ?」
「姉上って言うなっ!」
肩に手を置かれながら、そう呼んでくる早瀬君。ちょっとムカついたので文句を言う。私は彼の後を追うように、教室を出た……。
姉弟みたいな関係だと早瀬君が言った時、何か胸に引っかかる物が私の中にはあった。私はそれが何なのか、その時には分からなかった。姉弟だと思われていても、今の関係のままが良い。これから先もずっと、これ位の距離で居られたらそれで……。
私はそう、考えていたのだから……。
◆
キーンコーンカーンコーン
「終わった〜、やっと帰りだ〜」
千尋ちゃんが大きな声でそう言うと、皆ざわめきだし帰りの準備を始めた。
「ふわぁ、それにしても月曜日の学校って最後の方だるくてしかたないよね?」
眠そうな顔をしながら、千尋ちゃんはそういった。
「本当にねぇ、特に古典とかくると、もう起きてろなんて無理な相談だよね」
私はうんうんと頷き、千尋ちゃんと内容の薄い会話を続けていると、担任の教師が来た。
「特に話すことは無い、解散」
この言葉でみんな出口に向かう。
「早瀬君、一緒に帰ろう」
「ああ、構わないよ」
そう言って帰ろうとしている時に、また千尋達が
「ヒューヒュー、熱いねぇ、お二人さん」
や
「やはり、二人は付き合ってるのではないか?」
など、好き勝手言ってくれる
「違うっていってるのにぃ〜」
「もう、そんなに照れなくてもいいのに」
私は後ろで冷やかしの言葉を続ける千尋ちゃんを無視して教室を出た
「はあ、何て言えば私達がそんな関係じゃないって、わかってくれるんだろう」
げんなりしている私に早瀬君は心配そうに
「それなら、これからは少し裕美理から距離を置こうか?」
と言ってくれたが、むしろそんな事したら逆に色々聞かれるはめになるから『いいよ』と断った
「それより駅前のケーキ屋さんに新作が出てたんだけどこれから行かない?」
「あー、ごめん、このあと父に呼び出されてるんだよ」
「む〜、家族絡みなら仕方ないね」
と残念そうな顔をしている私に早瀬君は
「じゃあ、次誘ってくれた時は御馳走してあげるよ」
「本当? 約束だからね」
顔を輝かせて喜んでいる裕美理に早瀬は笑顔で
「ああ、約束だ」
と言いながら、二人は指切りをした
家の方に着くと、なぜか引越業者のトラックが早瀬君家の前に停まっていた。
「あれ?何で僕ん家の前に引越のトラックが停まっているんだろう?」
私は何となく嫌な予感がした、がすぐにその考えを振りほどき、
「きっと、他の家と間違えてるんだよ」
と自分に言い聞かせるように言いい、早瀬君と別れ家に戻った
だが、このあと残酷にもその嫌な予感が的中してしまう
私が夕食の支度をしていると、父が帰って来た。
「ただいま。さあどうぞ入った、入った」
「お邪魔します」
「おう、お邪魔する」
など、様々な聞き覚えのある声が聞こえて来たので私は、料理を一端やめて玄関へ向かった
そこには、予想通りの人物が立っていた。父と早瀬君と早瀬君の父、不動 隆二さんだ。
私は嫌な予感を抑えながら、必死に平静を装い話を続けた
「おかえり、いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「ああ、お別れの挨拶を言いに来たんだ」
早瀬君のその言葉に、私はどうにか思考を働かせようとしたがうまくいかない
「えっ、なに? どういう事?」
意味がわからなかった
「父の仕事の都合上大阪に住む事になったんだ」
早瀬君は冷静にそう告げたが、逆にその冷静さに私を慌てさせた
「ど、どうして……、いくらなんでも急すぎるよ」
困惑している私に隆二おじさんは
「ごめんな、確かに急すぎるんだが、結構前から大阪の本社に転勤しないか、と話を持ち出させれていたんだ。ただ、確定的な話ではなかったので今まで話していなかった。だが今日の朝、本社から連絡がきて転勤を命じられたんだ。ごめんな」
そういって、隆二おじさんは静かに謝った。
…………
その、小さな沈黙を破ったのがお父さんだった。
「なに言ってんだよ、栄転じゃないか、謝る必要なんかどこにある? それに、今生の別れでもあるまいし、また遊びに来ればいいじゃないか」
そう言いながら、お父さんはおじさんの肩を叩いた。そこに、早瀬君も
「そうだよ、たまにはこっちに遊びに来るし、手紙も書くよ。だから……」
そこに、大きな声が早瀬の言葉を遮った
「そういう問題じゃないの!! 」
また、辺りが静まる
「何でそんなに冷静なの? もう、今までみたいに一緒にいられないんだよ?」
違う、私は笑顔で送り出さなければいけないのだ。しかし、考えとは裏腹に言葉を続けてしまう
「早瀬君は私と離れてもなんとも想わないの?」
いや、止めてそんなばすないのに。いつだって早瀬君は私と笑顔で居てくれた
「早瀬君は、みんなの事なんとも思っていなかったの? 」
だめ、私は早瀬君に心配させないように、いつも通りにしなければいけないのに……
「早瀬君は、……ぐすっ私の……事、ひっく……な、なんとも想って……」
気がついたら、私は泣いていた。もう、自分でも何を言っているのか、分からなくなっていた。そんな私に早瀬君は優しげな瞳を向けて
「そんなはず、ないじゃないか」
と言いながら、私の頭を優しく撫でてくれた
「だけど、僕まで泣きそうになったら、裕美理をより悲しくさせていまう」
早瀬君は続けた
「大丈夫、またすぐに会えるよ。だから裕美理、笑顔を見せてよ」
優しい瞳でそう言ってくれた早瀬君、しかし私は
「違う、違うよ、会えなくなるのが嫌なんじゃない。離れてしまうのが嫌なのに」
「へっ?」
困っている早瀬君、それは当然だ。言っている意味が分からない。それでも私はそう思ったんだ。
しかし、わかってくれない早瀬君に私は怒りをかんじた
「早瀬君のばか、もう知らない」
私は、急いで部屋に戻った
「裕美理……」
唖然とするその場だったが、孝司が
「悪いな、早瀬君。裕美理にはしっかり言って、明日の朝見送りさせるから」
と、場を紛らわすように言ったが、早瀬は
「いえ、いいですよ。明日、朝早いですし。ごめんとだけ伝えておいて下さい。それではお邪魔しました」
そういい、不動親子は外へ出ていった
あれから、夜は一睡も出来なかった。しかし、覚悟はできた。笑顔で送り出す事も出来る。気合いを入れ私は自分の部屋をでた。
「おはよう、お父さん。昨日はごめんね、ちょっと早瀬君達を見送りに行ってくる」
しかし、その瞬間私は信じられない言葉を耳にした。
「何言ってんだよ、もう、不動さん達はずいぶん前に出発したよ」
「へっ?」
驚愕の一言に私は心臓がどくんと跳ねた
信じられない、と思う前に体はすでに外へ向かっていた……
そこには……空の家しかなかった…………。
家に帰るとお父さんが凄く心配していた。が、特に覚えていない。
通学路、いつもはあんなに楽しく、光輝いていたのに、今はすべて色あせて見えた。
私には……なにもかもいろあせてみえた……
◆
「突然だが、不動は父親の都合で、大阪の学校に転校することになった」
先生の言葉に教室中がざわつく。
「それと、不動の奴は今朝早く出発した。みんなに挨拶出来なくてごめんだそうだ」
続けられたその言葉が、教室のざわめきは一気に膨れ上がらせた。皆口々に理由を聞いたり、不満をたれる。そんな中私は、当たり前の事のように、静かに黙っていた。
「とにかく、伝える事はそれだけだ」
先生はそう言って、朝のHRを終わらせた。それと同時に千尋、久美、蓮が私を取り囲んだ。
「ちょっと裕美里!? どういうこと?」
「どうって、そのまんまだよ。昨日の夜、挨拶してすぐさようならだったから」
千尋の質問に素っ気なく返す。
「なんで、こんないきなりなの?」
「おじさんが転勤になったんだって。」
久美が心配そうに聞いてきたが、特に考えもしないで答える。
…………
沈黙が広がる。3人共私に気を使っているのか、何も喋らない。
「ちょっと、暗いよ! しょうがない事でしょ? さぁ〜、授業授業!」
「……裕美里、本当にそれで良いのか?」
次の授業の準備を始めた私に、蓮が口を開く。私は蓮の言葉に手を止めてしまった。
「お主は、不動と離れて何ともないとでも言うのか? 15年以上も一緒にいたのだろう? なぜそんな事が言える? 涙を流さぬ? 昨夜枯れるまで泣いたとでも言うのか?」
「ちょ、ちょっと、蓮! 止めなよっ」
「止めるな千尋。私は今、裕美里と話している」
裕美里を攻める蓮を止めようと、千尋が横槍を入れてはきたが、呆気なく叩き折られてしまった。久美は相変わらずオドオドしている。
「……」
「黙っていては、何も始まらない」
「……」
「……そうか。……わかった。もう良い、好きにしろ!」
蓮は声と共に立ち上がり、ドアの方へ向かう。廊下に出る刹那、私に向かって一言呟いた。
「……友とは、喜怒哀楽を共に分かち合えるものだと、私は思っている」
それだけ言うと蓮は、勢い良く教室を飛び出した。
「蓮! ……裕美里。あたしも、今のあんたはあんたらしくないと思う」
千尋はそう告げると、蓮の後を追う。
「2人共っ。……裕美里ちゃん、私たちは裕美里ちゃんの友達だからね」
久美もそんなことを言って2人の後を追って行った。
「……」
教室には、私だけが残った。いつの間にか、教科書を出すために開きかけていた鞄の縁を、堅く握り締めていた。
「……じゃあ私は、どうすれば良かったの? ……」
1人呟く。答えを待っても帰ってこない。そんなことはわかっていても、私は呟いていた。
その後、蓮は学校が終わっても一言も口を聞いてはくれなかった。千尋と久美は私のそばに居てはくれたが、あまり会話は弾まなかった。その原因は、空元気のみで踏ん張っていた私が、蓮の一喝で脆くも崩れさってしまったからであって……
私は、靴を履き替えながら反省していた。蓮が悪い訳じゃない。むしろ落ち度があるのは私の方だ。早瀬君の事がまだ吹っ切れていない気持ちを、明るく振る舞って忘れたつもりでいた私に、蓮が気付いただけなのだ。なのに私は……
「じゃあね、裕美里。元気出すんだよ!」
「うん。ありがとう、千尋」
「また明日、ね」
「久美も、ありがとね」
最後まで励ましてくれた2人と別れて、私は家路についた。いつも2人で帰っていた道を、今は1人で歩いている。寂しさがこみ上げてきた。明るく振る舞う事は出来ても、蓮の言う通り悲しみは消えることはない。でも、お母さんが亡くなった時は確かに悲しかったし、寂しかった。それでも、ここまでショックに打ちひしがれた記憶はない。お父さんが居たから? それもあるけど、やっぱり早瀬君の存在は大きかった。
今は?
早瀬君がいなくなっちゃった……
頼れる人も支えてくれる人も、今はもう……
そのとき、
「裕美里。……答えは出たか?」
蓮の声が後ろから飛んできた。私はその声に振り返る。
「蓮ちゃん……」
そこには、蓮の真っ直ぐな瞳があった。眉一つ動かさずに、直立不動を保っている。
「答えは出たのか?」
もう一度、蓮が同じ事を聞いてくる。蓮が求めている答え。私の早瀬君への想い。
あぁ、そうか……
もう気付いていた。
私は……
なぜこんなにも、私がショックを受けているのか。
早瀬君の事が……
瞼が熱くなる。視界が歪み、蓮の顔も空も世界も、全てが輪郭を失っていく。もう枯れたと思っていたのに……。我慢が出来たのも、そこまでだった。
「……蓮ちゃん!」
私は蓮の胸に飛び込んでいた。蓮は優しく私を受け止める。嗚咽が漏れるのを、止めることも出来ず、ただただ私は蓮の胸で泣いた。
「答えは、見つかったようだな」
コクッ
「言ってみろ」
小さく頷いた私に、蓮は答えを促した。
「私は……早瀬君の、ことが…………好き」
言葉にすると、より一層涙が流れた。
「だから……こんなに……悲しいんだ」
私の口は私の意志に反して、どんどんと言葉を紡ぐ。
「ヤだ……嫌だ。……離れたく、ない」
どんどん
「一緒にいたい……」
どんどん
「まだ、気持ち……伝えて、ない」
どんどん
「わたしは……」
「裕美里、もう良い。わかったから……」
蓮の言葉に、なんとか口を止める。だが、涙を止めることは出来ない。
「……ェェエイ! お主ら、隠れてないで手伝わんかっ! 私はこういうことに慣れていない!」
蓮は後ろに向かって叫ぶ。電柱の影から千尋と久美が出てきた。
「あちゃ〜、バレてたか」
「良いから、さっさと手伝え」
「裕美里ちゃん、いっぱい泣いて、良いからね」
「そうそう! ため込むのは良くないよ!」
励ましてくれる千尋。泣くことを許してくれる久美。受け止め続けてくれる蓮。私には、こんなに良い友達がいる。悲しみに押し潰されそうになっても、みんながいれば、耐えられる。そんな安心感と安堵の中、私は大きな声で泣いた。
思いっ切り泣いた事と、大切な友達がいる事を知ったのもあって、私の気持ちはスッキリしていた。でも、悲しみが消えた訳じゃない。それでも私は幸せだった。
大丈夫。早瀬君がいなくても、私には……
泣いてる所を見られた恥ずかしさもあって、私は泣き止むとすぐ3人にお礼を言って、逃げるように、家へと向かっていた。
「今日の晩御飯、何作ろうかな?」
独り言を呟きながら歩いていると、家にはあっという間についてしまった。
「……」
横を見やると、宿主を失った家が寂しそうに建っている。
「あなたも、私と同じね……」
気持ちが挫けかける。せっかくみんなのお陰で持ち直したのに、こんなでは意味がない。私は頭を数回振って、挫けそうになる気持ちを脱ぎ捨てた。
頑張れっ、私!
気合いを入れ直す。私は視線を前に戻した。
「ただいま〜」
誰もいない家に向かって言う。返事が欲しいのではない。ただ、日本人としての礼儀だと思っているからだ。そのままドアノブに手をかけたその時、
「おかえり」
瞬間、私の時間は止まった。回復するまで、かなりの時間を要したが、なんとか振り返る。私の耳はその声が誰なのかを特定していたが、驚くしかなかった。
「……」
そこには
「……早瀬、君……」
早瀬君の姿があった。
「……どうして?」
「ちょっと、忘れ物があって」
私の質問に彼が答える。もう出来ないと思っていたやり取りが、今この瞬間起こっている。
「じゃあ、忘れ物を取ったら……」
「うん。……戻らなくちゃいけない」
やはり、大阪への転居は変わらないらしい。
「何を忘れたの……?」
「物って言うか。……これ」
早瀬君はそういうと、後ろ手に隠していた物を取り出す。
「……! それって」
「駅前のケーキ屋の新作ケーキ。ほら、奢るっていったろ。その約束を果たしに」
そう言って、ケーキの箱を差し出す。
「……ありがとう」
「それと、もう一つ」
「え……?」
そう言うと彼は俯き、逡巡してから顔を上げ、私に言った。
「僕は……裕美里の事がずっと前から好きだった。だから、約束がほしい」
止まっていた私の時間が動き出す。心臓が激しく動き出し、顔の熱も上がると同時に瞼が熱くなった。
「やっ、……約束って?」
気持ちを抑えて、言葉を続ける。
「離れていても、また会う日まで、お互いを想い続ける事」
言いながら、一歩、また一歩と近づいて来る。彼の右手が上がり、私の頬に触れる。顔がどんどん迫ってきて、
「待って!」
「え?」
「……私、まだ返事してない」
間一髪の所で声が出た。私も気付いたんだ。私の本当の気持ちに。
「……私も、早瀬君の事が……」
嗚咽に邪魔されて、次の言葉が出てこない。私は大きく息を吸うと、言葉を紡いだ。
「……好き」
それだけ言うと、私は耐えられなくなって、泣きながら彼の胸に飛び込んだ。何度も何度も、『好き』『離れたくない』『一緒にいたい』と言う私を早瀬君はしっかりと抱きしめてくれた。『ごめん』『おありがとう』を何度も繰り返し言う彼は、それでも私の頭を優しく撫でてくれた。私は嬉しいのと悲しいのとに挟まれて、何が何だか分からなくなっていたが、彼の熱だけはしっかりと感じていた。
それから、何分たったか分からない。急に早瀬君の腕の力が弱まり、私の体は彼から少し離れた。黙って見つめ合っていると、彼の唇が私の唇に近づいて来る。
あぁ、彼が欲しかった約束はこういうことだったんだ……
彼の唇が私の唇に優しく触れる。私は彼に身を委ねた。
キス……
……
何度目かのキスを終えると早瀬君は私から離れた。
「責任、とってね」
「うん。そのためのキスだし」
「ちゃんと、帰ってきてね」
「うん」
最後にもう一度キスをして、2人は離れる決意をした。
春。私は無事大学入試をクリアし、はれて今日から大学生である。もちろん、千尋、久美、蓮の3人も、同じ大学に入学する。3人がいなかったら、私は浪人していたかもしれない。
「ん〜! 良い天気。何か良い事ありそう!」
桜並木を歩く。初見ヶ丘高校とは違う通学路。今日から新しい日々が始まる。
「良いことって例えば?」
「ぅんとねぇ〜……優しい誰かが駅前のケーキ屋の新作ケーキを奢ってくれるとか!」
「それは、振りか?」
「かもねっ!」
ちょっと遠回りしてしまったけど、またここから始めればいい。私のとなりにいる、
「行こっ、早瀬君!」
幼なじみの恋人と…… |