第1話:後悔
もし本当に神様がいるのなら、私の願いを聴いてください。
一日でいい。たった一日でいいから、私を置いて遠い世界に逝ってしまったあの人と、もう一度だけ逢わせてください。
どうしても伝えたいコトがあるんです。
とても蒸し暑い8月の夜、上司に残業をさせられたため、いつもより帰りが遅くなってしまった。早く家に帰りたいという気持ちから、私は一人で夜道を早歩きで帰っていた。
(あぁ、もう。もうすぐで12時じゃない。何で今日に限って残業なんかさせるのよ、バカ上司)
私は心の中で上司に悪態を吐きながら、時間を気にしていた。今日は、同棲して1年になる彼氏が、私のために料理を作るとはりきっていたのだ。今日は何かの記念日でも何でもないのに、どういう風の吹き回しだろうかと思っていたが、彼が嬉しそうに言っていたので、私も楽しみにしていた。
急いで帰ったのだが、着いたときには12時を少し回ってしまっていた。玄関のドアを開けると、部屋の明かりがついていた。待っててくれたんだと思うと、とても申し訳ない気持ちになった。ちゃんと謝らないといけないと思いながら部屋のドアを開けると、彼がソファに座っていた。
「ただいま。遅くなってごめんなさい」
「朝、料理作って待ってるって言ったのに……もう冷めちゃったよ」
彼はこちらを見ないで不機嫌そうに言った。
「ごめんなさい。今日、上司に残業させられて……約束してたのに遅くなって本当にごめんなさい」
「残業?そんなの断ればいいじゃないか。俺のほうが先に約束してたのに。そこまで働くコトないだろ」
彼の言葉で私は少しムッとした。暑さのせいもあってか、ついイライラしてしまう。
「仕方ないじゃない、断れるわけないでしょ。楽にフリーターなんかしてるアンタとは違うんだから」
「俺だって好きでフリーターしてるわけじゃないんだ。俺に合う仕事を探してるんだよ」
「探してる?一体いつから探してるのよ。もう半年も同じコト言ってるじゃない」
「お前には俺の気持ちなんか分からないよ」
「分かるわけないでしょ、分かりたくもないわよ。私たち、もう24よ。いい加減、まともな仕事みつけてよ」
しばらく口論が続き、イラつきが収まらない私は
「大嫌い」と一言だけ言うと、外へ出た。
マンションから少し離れた公園のベンチに腰を下ろすと、ため息が出た。
彼と喧嘩するたびに、私はこの公園でぼんやりしていた。そして、彼が迎えにくるのを待つのだ。仲直りはいつもこの公園だった。私は今日も、ココで彼が来るのを待っていた。
15分ほどベンチに座っていると、私を呼ぶ彼の声が聞こえてきた。声がする方を見ると、彼が走ってきていた。走りながら何かを言っていた。そのときの彼は、とても悲しそうな顔をしていた。
道路を歩いて横断しながら、彼は私に向かって言った。
「さっきはごめん。俺、今日はお前に……」
彼がそう言いかけていると、ものすごいブレーキの音が聞こえた。彼がブレーキの音のほうを見ると、すぐ近くに車がいた。
車は彼を避けるコトが出来ず、そのままぶつかり、彼はコンクリートに叩きつけられていた。
一瞬の出来事だった。何が起きたのか分からず、私はただ茫然とみているコトしか出来なかった。
(なに?今、車が……)
視線の先では、車の運転手らしき男が慌てて彼に近寄り、どこかに電話をしていた。騒ぎを知った近所の人も何人かやって来て、彼に話し掛けていた。
私はゆっくり彼に近づいた。身体が震えていて、なかなか思うように動かなかった。
彼は道路のうえに横たわっていて、周りにはたくさんの血が流れている。
「起きてよ……ねぇ、起きてよ」
震えた声で呼び掛けたが、返事はおろかピクリとも動かない。
私は彼が死んだと思いたくなかった。何かの冗談だろうと思い、彼が息をしてるか確認した。息をしていなかった。
(嘘だ……何かの間違いよ)
私は彼の胸に耳をつけ、心臓の音を確認した。抱き締めたときにいつも聞こえていた心地よい心臓の音も何も聞こえなかった。
彼が死んだ。そう実感したとき、私の目から涙が溢れてとまらなかった。私はその場で彼の名前を呼びながら泣き続けた。
どうして喧嘩してしまったんだろう。
どうして部屋を出てしまったのだろう。
どうしてココに来てしまったのだろう。
どうして大嫌いなんて言ってしまったのだろう。
どうして……。
私は、彼に最後に言った言葉を後悔していた。
遠くからサイレンの音が聞こえてきて、いつまでも私の耳に響いていた。
その音は、私を責めるかのように聞こえていた。 |