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7.遠い身内 2


「なん・・・何をおっしゃるんですか?」

リシェルはどうにかして言葉を繋いだ。なんで目の前の老人は、こんな驚くべき事をさらりと云うのだろう?ついさっきまでとっても楽しいお爺さんだと思っていたのに。

父の国からきて、父の事を知っていると言うこの人は、一体誰で、自分に何を望もうと言うのだろう。

「驚かれるのも無理はない」

見開いた大きな瞳に、理解ある眼差しを返して老アロウは言った。

「ああ、そうか・・・この先は、貴女一人では心もとなく思われるでしょう。ここは矢張り伯父上に来ていただこうかな?私とした事が気が利かぬ事を。一体何のために年をとっているのやら。・・・ああ、いやいや、私が行きます。廊下で控えている給仕に頼めば直ぐに呼んできてくれるでしょう」

伯父と聞いて、腰を浮かしかけたリシェルを制し、アロウ侯爵は身軽に部屋の外に出て行く。



つかの間、この小さな部屋にはリシェルとアレクシオンの二人だけとなった。



「・・・あのぅ」

たっぷり二呼吸置いて、リシェルが難しい顔をしている青年におずおずと話しかけた。初めて話しかけられた事に気づいた灰色の厳しい瞳がじろりと娘に流される。それはまるで怒っているように見えた。

「あなたはご存じなかったんですか?・・・そのぅ・・・父さ、・・・父の事」

「知らん」

そっけないいらえ。

「あの・・・影武者って・・・」

「ありえない」

まだ言い終わってもいないのにぴしゃりと封じられる。リシェルは思わず首を竦めた。



――こわ・・・


その様子をどう見たか、彼はリシェルをじっと見据えたままゆっくりと続けた。

「女王の役割は激務だ。それに陛下は高貴の女性だ。いくら血が繋がっているとは言え、お前に身代わりが務まるとは思えない」

青年は相手が自分の言葉が理解したかどうか吟味するように見つめている。



――って、イキナリお前呼ばわりですか・・・まぁ、いいけど



初めてまともに目があったと思ったらこれかぁ、とリシェルは少々がっかりした。砂色の髪と瞳、整った鼻梁に唇。ほんの少し微笑んだら、きっとすごく素敵な人のように思えるのに。しかし、きっと彼は高位の貴族で、身分に厳しく育てられたので自分みたいな小娘にはお前で十分と考えているのだろうと勝手な解釈をつけ、リシェルは納得した。

いくら父親が隣の国の元王子だからって、自分は大工の父しか思い出せないし、ましてや王子の頃の彼など想像もつかない。父はいつも陽気で調子が良く、仕事と趣味を生きがいにし、友人達と母を愛していた。だから―――

当然その娘である自分も庶民だ。庶民で結構、庶民万歳!とリシェルは胸を張って言いたい。しかし、この気難しそうな青年には、女王の影武者に等、間違ってもなれない薄っぺらい存在に見えるに違いなかった。

「そ・・・うですよね」

素直にリシェルは頷いた。多分これはきっと何かの間違いで、きちん訳を話したらきっと分かってもらえる。この人に直接は無理でも、さっきのお爺さんならなんとか話が通じそうだったから。

砂色の瞳がずっと自分を見つめている事にも気付かず、リシェルがそう考えを決めた時、扉が開いてアロウ侯爵とアンゼル伯父が入ってきた。



「リリ!」

「伯父さん」

リシェルが胸に飛び込むのを受け止め、アンゼルは優しく抱きしめる。

「侯爵さまから話は聞いたよ、・・・もっとも私も驚いたが」

「ええ、でも、こちらの方が私には無理だっ・・・て・・・」

リシェルはそう言うと、背後を振り返り・・・・・・固まってしまった。長身の青年の顔が一層厳しくなったような気がしたからだ。鋭い瞳は刃のようにリシェルを通過する。

こんなに不機嫌そうな様子の人物を今までリシェルは見た事がなかった。

「おや、あんたはそう思われるのか?シュトレーゼル伯爵?」

アンゼルの後ろからひょいと顔を出したアロウ侯爵は、口元に意味不明な頬笑みを浮かべたままアレクシオンに訪ねた。

「何故?」

「何故って・・・ご老人、分かり切った事ではありませんか。あなたがお調べになったんなら、このむす・・・こちらのお嬢さんが、かつてのラウリアス殿下の姫君であらせられる事は間違いないのだろう。だかしかし、この・・・」

青年が言い澱んだのを、自分の事を何と呼んでいいのか図りかねているからだとリシェルは思った。

「・・・こちらのリシェル嬢は、生まれてずっと市井しせいで暮らしてこられたのだ。今更影武者と言うか、聖王家の一員になどなれる訳はない。第一ちっとも似ていない。絶対に無理です」

「ふ~~む。それがあんたの考えかね?」

老人は問うた。相変わらず何を考えているのか分からない水色の瞳にアレクシオンは苛立つ。

「・・・そうです」

低く、しかし断固として青年は老人に向き合った。

「ほほ・・・まず後の理由から紐解こうかの。あんたはイマドキの若いモンにしてはなかなか優秀だよ。しかし、芸術とか女性の美醜になると、まったくの朴念仁だ。その事はよぉく知っとたが、まさかここまでとはの。将来を嘱望されるキレ者伯爵も・・・・・・には盲目となるか・・・」

どういう訳か、明快な老人の言葉の最後が良く聞き取れなかったが、皆それどころではなかった。

「あんたはこの娘と我が陛下が似ていると申されるのか!?」

「うん」

「・・・!!」

「確かに陛下と姫君では持っている雰囲気が大きく違う。それはまぁ無理もない。今まで暮らされてきた環境が全然違うし、そもそもお歳も離れておられる。環境や生活年齢とは顔や態度に出るものだから、伯爵が似ていないと指摘するのもまぁ、一理はある。だがね」

アレクシオンもリシェルとアンゼルも一様に瞠目している。それへ、得意気に頷きながら老アロウは言葉を続けた。

「人間の顔には、どんなに上手く取り繕ってもごまかせない部分がいくつかあってねぇ。まず頭蓋、頬や顎の輪郭線、耳の位置、目の間隔。これらはただの化粧などではなかなか造り変えられない。骨相学のキホンじゃよ。そこへ行くと、流石はお従姉妹同士と言うか、陛下とリシェル嬢はその辺りはまるで一緒だ。おまけに髪の色もこの国では珍しい黒髪。・・・あんたもよく知っているように、これは聖王家のみに良く見られる遺伝で、ご丁寧に緩く巻き毛が掛っていることもそっくりだし」

「・・・」

こんな事にも気がつかなかったのかと憐れむような視線が流される。アレクシオンは思わず目を逸らした。これまた珍しい事だった。

「後は表面的な違いばかりだよ。腕の良い美容師にかかればどうだな?・・・わしの目に狂いはなかろうて?ああ・・・お芝居に携わってこられたあなたならお分かりになるでしょう?舞台と言うものは総合芸術だから。アンゼル殿?」

「いや・・・それは・・・理屈としては分からなくもないですが・・・しかし、ちょっと待ってください」

アンゼルはかわいい姪の両肩に手を置いて隣国の元宰相に向き合った。

「私の義弟の前身がどんな身分であられたか、どういう経緯で国を出奔されたかと言う事は私も彼の口から聞いて知っています。・・・最初はそりゃ驚きましたが、直ぐに受け入れた。彼はいい奴だったし、私の妹をそれは愛してくれたし・・・彼らの娘であるリリ・・・リシェルは実の娘同然です。しかし、我々はあくまで我々のテリトリーでしかものを考えられません。リリがエイティス聖王家の血を引くと言う事も知ってはいますが、そういう見地で彼女を見た事がない」

「わかります、すごくよく分かります」

「アディーリア聖王陛下のことは私も印刷された肖像を見た事がありますが、私にした所でそういう目で見ていなかったものだから、髪以外はリリとさほど似ているとは思えなかった。こちらの方がおっしゃるように無理ですよ・・・そもそもなんで陛下に影武者が要るのです?何か事情があるのでしょう?」

「事情はね・・・あります。確かにもの凄い事情が」

「侯爵!」

遮る声にも動じず、老人は平然と言い放った。



「陛下はね・・・死にかけておられるんですよ」






  




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