47.誕生日には贈り物を 1
「おお!これは素敵だ。しかも大層可愛らしい。これでは誰も女王陛下だとは思いますまい」
急きょ呼ばれた美容師シシィの手により、リシェルは本来の少女の姿に戻っていた。珍しい黒髪はゆるいお下げに編まれてふわふわの白い毛糸の帽子が被せられ、外套もさほど高価なものではないが、矢張り白いウールのケープ付きで、小柄なリシェルにとてもよく似合う。女王の演技をしている時からは想像も出来ないほど、どこにでもいる普通の娘である。この落差にはいつも彼女を見ているオーガスタでさえ、毎回面喰わされる程だ。
「だって・・・私元々女王様じゃないし・・・」
浮き浮きと裏口へ向かう通路を抜けながら、リシェルははしゃいで言った。今日の街行きはアロウ侯爵も公認である。あれからオーガスタは迅速に様々な方面に手を回し、外出の許可を取りつけた。女王としてなら問題外の街歩きも、ただの少女としてなら何ほどの事もない。
才能なのか、生まれつきなのか、普通にしていればごく平凡な少女なのだ。人の中に紛れ込んでしまえば、ごく自然にその場に溶け込んでしまうだろう。
『そうですか、姫がそんな事を・・・ふむ、一日ぐらい構わないと思います・・・と言うか、我々がそれくらい、大らかに構えていないといけない事をすっかり忘れていましたな。情けなくも我ら大人達がすっかりあの小さな姫に頼り切っていた・・・。私から言うのも変ですが、この件の責任者として全て承知致しました。出向く場所をよく選定し、あなたが付き添うなら先ず大丈夫でしょう。但し余り警戒し過ぎるのも却って良くない。ま、あの朴念仁は悔しがるでしょうが。そこはあなたがうまく取り計らってくださいね」
オーガスタがアロウ侯爵にこの話を持っていった時、彼は感慨深げにそう言った。彼とてもリシェルの最近の多忙に責任を感じずには居られなかったのだ。
幾つかある裏口の一つから出るのは案外簡単だった。オーガスタも出入り口を守る警備の者達には顔が知れている。有能な軍人だった彼は、警備兵達からも尊敬を集めているのだ。一緒にいるリシェルも彼の仕事仲間くらいに思ってすんなり通してくれた。そこから車でエトアールの街まで数十分。
あっという間にリシェルは街の中に立っていた。
「すごい・・・大きな街だったんでんすね、エトアールって・・・」
大勢の人々と街の様子にリシェルは目を見張った。
様々な役割、職業、感情を持った老若男女が通りを行き交う。工夫を凝らした飾り窓を設えた商店が立ち並ぶ瀟洒な大通り。今まで車の中から眺めるばかりで、実際に街の空気を感じるのは今日が初めてだったのだ。
「ええ、大陸でも有数の大都市ですから。・・・さぁリシェル、どこへ行きましょうか?何がしたいですか?」
「はい!ええ~~と・・・お店屋さん等を覗いてもいいですか?冷やかすだけだから、大きな店じゃなくてもいいので」
「そう言われると思っておりましたので、街の人たちがよく行く大きな市場をご案内いたします。いろんな店がありますよ。10分ほど歩きますが」
「平気です!歩くのを苦にしていたら下街には住めないわ。連れて行って下さい!」
「・・・では・・・」
オーガスタはくすりと笑って腕を差し出した。リシェルは少し照れたが素直に腕を彼に任した。普段着のオーガスタを見るのは初めてである。黒っぽい服なのは普段と変わらないが、矢張り王宮のお仕着せと私服では雰囲気が大きく違って見える。私服の彼はいつもより砕けた印象でより親しみやすく感じる。細身の彼に長いコートが非常によく似合っていた。
「さぁ参りましょうか、リシェル?」
「はい!」
初めて名前を呼び捨てにされ、すっかり嬉しくなったリシェルは輝くような笑顔をオーガスタに向けると元気よく歩きだした。
「・・・・・・・・・!」
あいつら!腕なんぞ組みやがって・・・オーガスタ・・・貴様確信犯だな
背後で煉瓦塀を噛みしめているのは無論、アレクシオンである。彼も黒い皮のコートに身を包んでいるが、同時に黒い眼鏡に帽子までつけていて、見るからに危険人物の様相だ。おまけに、その体格と不審な態度で道行く人に漏れなく避けられている。
「くそ、何で俺が・・・」
彼は忌々しそうに眼鏡の下から、仲よく先を歩いてゆく二人の背中を睨みつけた。
その朝、今日の街行きの事をオーガスタから聞いたアレクシオンは当然自分が付き添うと言い張った。
「あいつの警護を任されているのは俺だ。街行きなぞ感心しないが、まぁ、あいつの気持ちも分からんではないからな。俺が行く」
「駄目ですね」
「なんだと!?」
自信満々で述べた意見に素気無い返事を返され、思わず噛みつく。オーガスタはやれやれと頭を振った。
「女王陛下としての公式行事ならともかく、街中では駄目です。あなたは意外と目立つんですよ。御家柄か、顔も結構売れているし。それにあなたでは姫の好まれるような場所にご案内して差し上げられないでしょう?」
「失敬な!俺だって小娘の好みそうな場所くらい分かるわ!小洒落た甘味処やら、宝石なんかを扱う店に連れて行けばいいんだろう?お前なんかに・・・」
「シュトレーゼル伯爵では無理です。これは私の判断です」
非常に有能な情報将校でもあったオーガスタが、ひやりとした目つきで断言する。
「・・・っ!」
「・・・やれやれ、そんなに姫の事がご心配ですか?(ご本人にそう言えばいいのに)私も無能ではない筈なんですがね」
「そうじゃなくて・・・」
お前だから心配なんだとは流石に言えず、アレクシオンは益々眉間の皺を深くした。
「ま、目立たないようにするなら背後の警戒をお願いし(てあげ)ますから。ここは私にお任せ下さい」
二人は仲良く腕を組んで様々な店先を眺めたり、品物を手に取ったりして、そぞろに歩いてゆく。その姿はどう見ても仲の良い恋人同士だ。リシェルが感心したように衣料品店のショーウインドウを見ている。それは花嫁衣装を扱う店で、娘たちの喜びそうなディスプレイで純白の美しい衣装が飾られていた。
・・・と、オーガスタが耳元で何か言ったらしく、リシェルは弾けるように笑いだす。
「・・・あいつら・・・」
アレクシオンは思わず駆けよって二人を引っぺがしたい気分が込み上がるのをぐっと抑え、立ちあげた襟に顔を埋めて後を追った。
リシェルの長いお下げが白いコートの上でぴょんぴょん跳ねている。数日前に降った雪はきれいに道の端に除けられてはいるが、石畳は濡れていて滑りやすい。小さな手がオーガスタの腕に縋っているのはその所為だ、とアレクシオンは自分に言い聞かせる。
尾行の鉄則は追っている相手を注視しない事である。目的を視界から外してはいけないが、余りに注目していては却って第三者に気取られてしまう。まぁ、この事は予め想定内の事だったので、抜け目のないオーガスタは警備については別の手を打ってあるから、アレクシオンはただの道化なのであるが。
あ~あ、教えた事が全く身に付いていない。比較的優秀な人材だと思ったのですがねぇ・・・余程頭にきていると見える。これでは姫様を任せられませんな。
「どうかした?」
向かい合って座るカフェで休憩しながら、リシェルは皮肉な微笑を浮かべたオーガスタに訪ねた。
気候の良い季節ならオープンカフェになると言うその店は混んでいたが、オーガスタが何やら耳打ちすると、店主は窓際の観葉植物の鉢をずらし、二人分の席を設けてくれた。あれ?と思ったリシェルだったが、ありがたくその好意を受ける事にし、好物の濃いチョコレートを頼んだ。
「いえ、どうもしませんよ。楽しんでおられますか?」
「はい、とっても。色んなものがあって凄いなぁ。流石大国の首都です」
「その割には何も買っていらっしゃっておられませんが」
その通り。リシェルのバッグはぺちゃんこである。
「だって、目移りしちゃって・・・」
「お気に召した物、全部買われればいいじゃないですか。侯爵様からお小遣いは頂いていらっしゃったのでしょう?」
「ええ、だけどあんなに沢山使えないし。それに別に買わなくてもいい物ばかりだし、見ているだけで楽しいです」
「リシェル様は本当に御欲が無い」
「違いますよ~。普通の女の子って案外こんなもんですよ、あれ可愛いなぁとか、これ素敵とか言い合うだけで、そんなに何でも買っちゃったりはしませんよ」
「そうですか?」
普通の時ならともかく、普段自由を極力制限されているのだから、こんな時くらい贅沢をすればいいのにとオーガスタは思ったが、リシェルはただ楽しそうに道行く人を眺めながら暖かいチョコレートを飲んでいる。彼女から死角になっている通りの向こうで、ばりばりと歯噛みしている青年がいる事に気づきもせずに。
エトアールの繁華街は今日も賑わい、そして平和であった。残念ながら晴天とは言えないが、冬の曇り空もそれはそれで似つかわしい。
リシェルはその後もオーガスタと仲よく、冬の通りを歩きながら大道芸を見たり、オーガスタ推薦のレストランで昼食を摂ったりしながら短い休暇を楽しんだ。
楽しい時間の過ぎるのは早い。日暮れ前には白薔薇宮に戻らなくてはならない。オーガスタから言いだすのは気を遣わせるだろうと、リシェルが自分から帰路に就く事を口に出しかけた時、一軒の店が目に入った。
その店は大通りから少し離れた小道にあった。
リシェルはその脇道の鄙びた感じが気に入って大通りから何の気なしに折れてみたのだが、そこは古い物を扱う店が多く、伯父のアンゼルがそういう物が好きな所為もあってつい目が行ってしまったのだ。そしてリシェルの目を引いたのは一軒の小さな雑貨店だった。
「ああ、ここは古物通りと言われています。昔の家具や衣服を扱う店や、それを修理する職人たちの多く住む所です。ご興味がありますか?」
「少し。ちょっとだけ見てもいいですか?伯父さんにお土産とか買いたくなって・・・これで帰りますから」
「まだそんなに急がなくてはいけない時間ではありませんから、ごゆっくり」
オーガスタがにっこり笑うと、リシェルは嬉しそうに頷いて店の中に入ってゆく。そこは年代物の硝子を扱う店だった。窓に嵌めこむ色鮮やかなステンドグラスや古風なランプなどに混じって、アンティークビーズの飾りものがたくさん並べられている。
「うわぁ、きれい・・・」
繊細な硝子細工のネックレスやチョーカーは決して派手ではないが、不思議な温かみがあり、リシェルの目を惹きつけた。
「それは昔の細工物等のビーズを集めて私が作り直した品々なんです。お気に召した物がありましたらどうぞ、お手に取ってください。鏡はこちらに」
店主は丸い眼鏡をかけた職人風の青年で、体を折って棚を覗きこんでいるリシェルの後ろから声をかけた。
「ありがとうございます。とっても素敵ですねぇ・・・」
リシェルは尚もうっとりと細工物を眺めている。
と、目に入ったのは葡萄を意匠にした髪留めだった。思わず手に取ってみる。
古い紫色の硝子を嵌めこんだそれは、リシェルの掌にちょこんと乗るくらいの大きさで、バネのついたピンで留めるようになっていた。葡萄はリシェルの好きな意匠の一つである。
「これ・・・きれい」
翳してみると陽を透かして紫色がぐっと明るくなる。細かい泡粒が入っているのもアンティークガラスの特徴だ。
「随分お気に召したようですね。つけてさしあげましょうか?」
あんまり長い事眺めているので、オーガスタが優しく促した。
「是非そうなさいませ、お嬢さん」
完全にオーガスタをリシェルの恋人と思いこんだ店主は、にこにこと勧める。
「え?でも、私今髪を編んでるし・・・」
「解けばいいのです。そら、じっとして・・・」
ひょいと白い帽子を取り去ると、オーガスタは器用にリシェルの髪を解き始めた。今まで編まれていた髪は緩くうねりながら背中に広がる。彼はリシェルの顔の両脇から髪を掬うと、頭の後ろで束ね、髪留めをそっと留め付けた。
「よくお似合いです。リシェル」
「・・・」
店主が持ってきた手鏡で合わせ鏡にしながら、リシェルは自分の黒髪に映えて輝く紫色の髪留めを眺めた。
「お嬢様の珍しいお髪の色にぴったりです」
「えへ・・・そうかな」
「これがいい。ご主人、これを貰おう」
照れてはにかむ少女を微笑ましく見ながらオーガスタは店主に言った。
「ええ~~~!?いいですよ。て言うか、自分で・・・」
「野暮ですよ」
コートから財布を出したオーガスタが、慌てるリシェルに咎めるように片目を眇め、人差し指を唇に当てる。驚いてリシェルは黙った。
「お誕生日おめでとうございます」
「え?知ってたんですか?」
リシェルはぽかんと小さな口を丸く開けた。
「当然です。だから、私に贈らせて下さい。リシェル?」
オーガスタはそう言って優しく微笑んだ。普段から淡い微笑みを浮かべているような口角が更に解れて、白い歯が覗く。この男が冷酷な命令も下せる優秀な軍人だったと言う事がリシェルには信じられない。
「お包みいたしましょうか?それともつけたままになさいますか?」
黒髪の少女が可愛くてならないように見つめる青年に店主はにこやかに尋ねた。
「勿論つけたままで」
涼やかな顔でオーガスタは頷く。
「あの・・・あ、ありがとうございます。こんなに素敵なものを・・・」
「お気に召していただいてよかった。私の姫君」
そう言うと、オーガスタは少女の天骨に軽くキスを落とした。
オーガスタ、勿論確信犯。
天骨:生まれつき備わった姿や性質。又は 生まれつき備わった才能や器用さ。(大辞林)
ですが、ここでは頭のてっぺんと言う意味に使っています。そう言ういい方も一部であるようです。いい加減でスミマセン。
+注意+
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