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1.芝居小屋で見つけたものは 1



100席ほどの客席は満員だった。

アンノワール劇場は下町の小さな芝居小屋である。厳密に言うなら、小屋と言うよりはマシではあるが、元は倉庫だったと言う石造りの古い建物を改築しただけの庶民の劇場である。

桟敷席や貴賓席などはなく、舞台に向かってやや傾斜しているだけのフロアは人工の闇に満たされ、うまい具合に建物の古さと汚れを隠している。座席は体格のいい者にとっては非常に狭く、前の席の背に膝が突いて座りにくい事この上ない。

一流の劇場や、ふかふかの座席に慣れた貴族だったら、嫌悪の唸り声の一つもあげてさっさと退散するだろう。そんなささやかな芝居小屋。



なのに―――



さして広いとも言えない舞台が、まるで一つの世界に見えていた。照明はやや青い。



世界は海。

そして船。



頭の後ろできつく編みあげても腰の下まで届く黒髪を翻し、小さな海賊が高らかに笑う。

「勝った!我らの勝利だ!見よ、敵の船はしっぽを巻いて逃げてゆくぞ!」



背景の描きわりが舞台の袖で巻き取られてゆき煙を上げた船が遠ざかってゆく。仕掛けは陳腐ながら、なかなかの演出効果を上げていた。



「者共!勝鬨かちどきを上げよ!我らが母なる海の女神に感謝を捧げよ!」

「オオオオオオ!」

変声前の少年のような澄んだ声音に、野太い男達の胴間声が重なった。手に手に物騒な曲線を描く蛮刀を高々と突き上げる。

「万歳!女神エローラン!万歳!我がキスリング号!」

大きな瞳がきらめく。照明の光を受けて黒いと思っていた瞳が実は、夜の海のような深い藍色だった事に幾人かの観客は気がついたはずだ。

「万歳!万歳!我らが船長、勇敢なるリュドミラン・シードール!」

目に染みるような金髪の美青年が、華奢な体に少し大きめの上着をつけ、赤いサッシュを腰に巻いた少年リュドミランを肩に抱きあげる。手下達が歓声があげる甲板中を彼らは華々しく練り歩いた。

高々と持ち上げられた海賊の少年は腰にさした剣を抜き放ち、子分たちの頭上でぐるぐると振り回した。

「万歳!我らが勝利に!」

海賊たちが一斉に唱和した。



―――暗転。



あっという間に威勢のいい甲板の風景は掻き消えた。

そうして徐々に浮かび上がってきた青い光。

ここは海の底なのだ。



ゆっくりと立ち上がったのは海の女神エローラン。波打つ長い黒髪が白いレースの長衣の上に滝のように流れている。

女神はゆっくりと顔を上げ、同時にその瞼を持ち上げた。びっしりとした睫毛の奥の瞳は今は黒く見える。

静まり返った劇場内に細い歌声が流れた。



――誰そ彼れ?


――人ならぬこの身の心を打ち震わすは?


――黎明の光の中に佇むは?


――我と同じ海に染められし瞳を持つ君


――己が名を呼びし者よ


――おお何時か、その腕を絡め取り、我が元へいざなわん


――愛しい・・・リュドミラン・・・




その声は決して豊かな声量も、巧みな技巧も無かったが純粋な”音”として聞き入る人々の耳に染み入った。女神が人間の若者に捧げる恋の歌を歌い終わり、舞台がゆっくり闇に沈んでも人々は暫くその音の余韻を探すかのように静まり返り、やがて拍手と共に立ち上がった。



「ブラボー!リシェル!」

「海賊リュード!」

「エローラン!今の歌をもう一度!」

「リシェル!リシェール!」



舞台が再び明るくなり、出演者が舞台に勢ぞろいした。観客は惜しみない拍手を俳優たちに与えた。総立ちである。先ほど主役を肩に抱えた金髪の美青年が登場すると、観客のほぼ半分を占める娘達の黄色い歓声が一段と高くなった。

「きゃあああ!フェビアン様」

「フェビアーン、愛してる!」

多くの娘たちは感極まった様子で泣き出し、もっと勇気のある何人かの娘は花束や小さな贈り物を手に舞台に走り寄った。美青年は慣れた様子で、娘達から品物を受け取り美しい頬笑みと投げキッスを返している。横に控えた他の俳優達もいつもの事で慣れているのか、ニヤニヤしながらその様子を見ていた。

そして最後に女神と海賊の二役を演じた女優リシェルが登場した。フェビアンに送られたものより低い声の歓声が上がる。彼女は恥ずかしそうにお辞儀をした。しかし、あんなに活躍した主役だと言うのに、芝居が終わってからはどちらかと言うと目立たない印象であった。

一人の子どもが舞台の前に進み出、おずおずと主役を演じた黒髪の娘に花束を差し出す。リシェルに物を捧げたのはその子供一人だった。しかし、娘は嬉しそうにそれを受け取り、照れたような笑みを返した。





「・・・坊や、ありがとう」












  




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