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俺には声優をやっている姉が6人いるのだが、全員ブラコン過ぎて困る! 作者:松葉葉志

しろみそテクニック編

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259話 ハバネロ将軍

 この時期に東京の空でこれほどまでに綺麗な、まるで完熟したマンゴーのような夕日を拝むことは珍しいのだろうか。
 青空とはまた違う、幻想的で吸い込まれそうなほど綺麗な夕空の下、幼馴染の弓野と別れて帰路に着き、気付けば自宅の前。駅から歩いてほんの数分、世田谷の中でも低層か良くて中層家庭が目立つこの地に似つかぬほど大きな豪邸が広がっている。
 人とは、疲れると普段日常的に目に映るものですらどこか秘めやかに感じてしまうのだろうか。確かに我が家は大が付く豪邸だろう。俺と姉たちの六人で生活するにも広過ぎる。しかし姉たちはそれぞれ声優業をしており中には売れっ子と呼ばれるほどの者もいる。実質俺一人という場合か、それに姉が一人か二人いることが多いため日常の生活をするのに持て余すのは尚のことだ。
 そんな我が家には漫画やアニメなどの所謂二次元の世界で登場するようなメイドや執事、ドラマのような家政婦がいるわけではない。そういう雇われた人物がいてもおかしくはない敷地を有しているが、アニメに出てくるような城のような豪邸ではなく、実在するような金持ちの豪邸をイメージしてもらえればわかりやすいだろうか。だから癒しの出迎えもない。たかが学校から帰ってきただけで深々と頭を下げてくれる人など一人もおらず、やけに重く感じるドアを開いて玄関を後にするだけだ。


 そして、何気なしにリビングルームへ向かう。喉の渇きを覚え、自然とそこへ向かう。待っていたのはメイドでも執事でもなく、乾いた喉に潤いを与えてくれる癒しのオアシスの水でもなかった。

「おかえり、拓弥」

 そら姉さんが普段着姿で冷蔵庫の前に立っている姿が飛び込んで来た。声だけなら清涼感がありどこか瑞々しくさえ思えるのだが、その涼しさは今の俺の渇いた心に染み渡ることはないようだ。

「ああ……ただいま」
「うわっ、テンション低いね……。心なしか疲れてるように感じるけど、なんかあったの?」
存外ぞんがいだな。俺が疲れてることを心配してくれる優しさがドSの姉さんにあったなんてな……。弟が疲弊していることに気付いてるけどそれを見て愉しんでるのかと思ったよ」
「むうっ、相変わらずお姉ちゃんに対する毒には躊躇しないわね……。まあ、そこが良いんだけど。で、なんでそんな疲れてんの? 見た感じ身体の疲れというより心の疲れって感じかな」
「……白味噌」
「はっ?」
「白味噌についてすげーレクチャーされたんだよ。思い出したくないまでにな」

 その詳細だが……割愛しよう。振り返りたくもないのだ。料理作るんだよね、俺たち。あくまで料理のためのレクチャーのはずなのになんであんなに……ダメだ、思い出したくない。

「それって、どんなレクチャーだったの? てか、白味噌って? 学校で料理でもすんの」
「部活だよ、部活。俺たちの部と料理部がわけあって今週一緒に料理作ることになったの。そんで、その料理に白味噌使うことになったんだ……もう訊くな」

 自分でもわかるほどいい加減な口調で返答し冷蔵庫に近づく。弟を虐めるのが好きなこの人も察したのか、俺が近付くと冷蔵庫の前から退けるようにして距離を置きた。冷蔵庫を開きよく冷えた天然水のペットボトルを取り出し、そのままコップを取り出すため冷蔵庫から少し離れる。

「学校で料理かぁ……あっ、そういえば昨日さっちゃんと勝手に私の鷹の爪使ったでしょ! まだ許してないんだからね!」
「今朝も聞いたよ、それなら……。俺だって被害者だぞ。文句言うなら紗千花に言えし。そういえば紗千花は今日帰りが遅いんだっけ?」
「事務所に寄るんだってさ。さっちゃんも最近売れ出してきたっぽいよ」
「ほう、そりゃ俺にとっても朗報だな。あいつと過ごす時間が減る」
「それ、さっちゃんが耳にしたら悲しむよ」

 コップに水を注ぎ、それを勢い良く流し込んだ。ゴクゴクと音を立て、一気に喉を潤す。渇いた地が湿る如く口内や喉だけでなく身体の隅々までが包み込まれたかのような爽快さを覚えた。
 一杯の市販の天然水を飲み干しただけでこんなにも生きた心地に満たされるとは、今日という日はよほど疲れるものだったのだろう。そう改めて二杯目を注ぐと、いつの間にか俺の背後にまで迫っていた空姉さんがぽんぽんと肩を叩いてきた。

「なんだよ」

 苛立ちが声に出る。しかし、当の本人は少し笑っている。

「責任、取ってよね」

 その言葉とともに見せる笑顔は晴れやかなものではなく、明らかに含みのある怪しいものだ。空姉さんが微笑むときは大体そうだ。

「何の責任だ」
「もうっ、だからさっきも言ったでしょ。私の鷹の爪勝手に使ったじゃん。その責任を要求します」
「今朝謝っただろ、俺は悪くねえけど」
「なんだかんだで拓弥も食べたんでしょ? 作ったのはさっちゃんだとしても同罪だよ同罪だよ! それに今はさっちゃんいないし、これは弟くんがお姉ちゃんに奉仕するしかないよね、うん!」

 一杯目の感動はどこへ行ったのか、全く同じはずの二杯目の水でもこうも違うとは。何一つ感動的なこともなくただ口に含みただ流し込んだ。
 空になったコップを唇から離しやや乱暴に置く。小さな音が立つのとほぼ同時に目の前の姉に対し目を細める。

「うわっ、すっごく不満そうなんですけど……」
「帰ってきていきなりわけわかんねえこと吐かしやがる姉がいたら、弟くんはそういう顔になるもんだと思いますけど」
「そんなんじゃ拓弥、将来結婚したら大変だよ。奥さんの愚痴や要望一つ聞いてあげないと旦那さんはますます肩身の狭い思いをするんだよ」
「わかった、じゃあ俺は旦那が帰って来ても姉さんみたく馬鹿なこと言わないで尽くしてくれるいい女を嫁にするよ。そういう人と結ばれるように頑張るよ」
「そんな都合の良い女なんて実際にはいないよ……私は別にいいけど……ちらっ」
「姉と弟で結婚する方が実際にねえだろ。アニメの見過ぎだろ」
「見過ぎじゃないよ、出過ぎの間違いだよ! 私も最近人気出てきた声優だしね!」

 うわぁ……すげえ腹立つドヤ顔された。控え目に言って干されてほしい。なんか血迷って『実は私、結婚します』とかイベントで突然言い出してネットとかでボロクソ叩かれてほしい。声優ってホントアイドルだわ……本物のアイドル以上にアイドルだわ。

「そんなお姉ちゃんとこれからデートするんだから、そう怪訝そうな顔してくれないでほしいんだけど」
「デート? 夕方からどこ行くつもりだよ。飯でも食うのかよ」
「ピンポーン! さっすがは拓弥! 中学時代数学と英語で都内一位になっただけあるーー!」
「お、おう……ありがとう」

 なに礼を言ってんだ、俺は……。まあ、事実なんだけど。

「付き合ってくれるんなら鷹の爪のことはチャラにするよ。弁償しろとか代わりに拓弥の爪よこせとか言わないから」
「おい待てや、弁償しろならまだわかるけど俺の爪を手に入れてどうする気だ」
「東大生の爪の垢だっけかな……それを煎じて飲むと頭が良くなるみたいな雑誌の企画を昔読んだ気がする」
「馬鹿だなその雑誌、それと真に受ける姉さんも」

 そもそも弁償もしたくねえよ。痴漢してないのに痴漢呼ばわりされて悪者扱いされて払う必要もないものを払わされる被害者の気分だぞ。これだから冤罪とか当たり屋とか怖いんだよ。あと、ネットの画像で見たけど痴漢についてインタビュー受ける女性ってどうしてあんなにもブサ○クなおばさんばかりなの。もっとこう、弓野みたいなタイプの女子に聞かないのかな。

「お願いーー! 久々に拓弥と美味しいご飯食べたいのーー! 他のみんなも今日は帰り遅いらしいからさ」

 駄々を捏ね始めたぞ。こいつは厄介だ。小さな子供の駄々なんて案外簡単に黙らせられるものだが、歳上の姉がそれをやるとタチが悪い上に弟からすればたとえそれがアイド扱いされる人気声優であっても気持ちが悪いだけ。

「あぁーー、わかったから! 駄々こねんじゃねえよ、たくっ……」

 言うと無邪気なくしゃっとした笑顔を浮かべて「やったーー!」と両手を挙げる空姉さん。ある意味異様な光景は、俺にとっては異様とすら感じられないほど珍しいことではない。
 自分の甘さに反吐が出そうなのだが、鷹の爪の件を紗千花一人に背負わせることが出来るのならば安いと判断したまでだ。

「で、その夕食デートの場所は」
「近くだよ。新宿に出来た新しいラーメン屋さん。拓弥ラーメン好きでしょ」
「ああ、好きだけど……」

 あくまでイメージであるが、空姉さんがラーメンを食べたがることが少し意外に思える。ラーメンのような重たい食べ物は食いしん坊の彩那あやな姉さんが口にするイメージがある。だってあの人、ラーメンの残り汁が好きなんだぜ。

「女の人って一人だとラーメン屋さんに入るのに抵抗あるでしょ。だから拓弥と二人なら入りやすいじゃん」
「ああ、なるほど。そういうことか」

 それなら納得できる。
 男でも、たとえば若い女子たちが並ぶ原宿のクレープ屋の前に身体の大きなおっさんが並んでるのって目立つし、それ以前に女子だらけのところに男子がぽつんとしてるのは確かにキツいかもしれない。女の場合でもラーメン屋に入りたくても一人ではなかなかという人は少なくないか。
 そして何より、姉さんにそんな友達はいないのだ……かなしい。

「スマホで調べたんだけどさ、この【ハバネロ将軍】ってのが気になるの!」
「はっ……」

深夜ですが投稿します。
余談ですが僕もラーメン好きで、しょっちゅうではないですがよく食べます。都内や千葉、埼玉に好きなラーメン屋さんがあるので行きます。辛いのは苦手ではないけどあまり好きではないのでそんなに食べないですね。
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