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用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第三章 船を待つ日々/前月

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66-決闘の後始末

 
 半ば予想していた結末に蔵人はふんっと鼻を鳴らした。
「まず、謝っておく。決闘を預かっておきながらこのような結果になってしまい、本当にすまないことをした」
 支部長は大柄な身体をテーブルに平行に曲げて、頭を下げた。
「あんたに謝られてもな。……事情くらいは説明してくれ」
 蔵人の怒りはすでに冷たく凍りつき、臓腑の底に沈められていた。
 腹立たしい怒りを感じてはいるものの、関わっても碌なことがない。出来るだけ距離を置くほうがいい。勇者と似たようなものなのだ。そう思うことにした。
 それにあの時、老人二人がファンフについた以上、あの場で勝者の権利の履行を執拗に求めれば、老人二人と蔵人が戦うことになり、おそらく呆気なく敗北していただろう。
 ファンフのことをラッタナ王国に告げるという方法もあるが、それをするとさらに老人二人が騒ぎ出して問題がどんどん大きくなって、結局蔵人が損をすることになる。主に蔵人の存在が誰かにばれてしまう可能性が跳ね上がる。
 支部長は頭を上げ、蔵人の無礼な言葉遣いを気に留めた様子もなく、話し出した。
「まず分かっていると思うが、この国では決闘すること自体は積極的に罪に問われることはない。しかし、決して推奨しているわけでもない。決闘という慣習が違法にならないという法律でしかない。
 魔法革命以降、民主制に移行した国々では貴族や旧冒険者三種のものであった決闘が一般市民にも伝わり、決闘が頻発し、人が死んだ。いや死に過ぎた。
 それを憂慮した政府によって現在は、苦肉の策ではあるが、死に至らせない決闘というものが奨励されている。
 それもあってか決闘で生死を賭けると言うのは随分と少なくなり、死者も減り、決闘自体も古臭いものとなりつつある」
「決闘の妨害は法的な罪にならないのか?」
 支部長は苦々しい顔で答える。
「ああ、さっきも言ったように、決闘裁判ではないからな。極めて不名誉な行いではあるが、公的な法的罰則はない。
 慣習を無視した、余程酷い妨害であるならば国に訴えれば処罰されることもあるが、今回は決闘の勝敗を覆すような妨害でもない上に、相手は成人もしていない少女だ。死に至らせない決闘を奨励していることを鑑みると、訴えてもおそらく警告止まり、実質的には不問になるだろう」
 王政から民政へ変わった後の混乱期であり、階級の壁が徐々になくなって文化・習慣が混沌としている時期である。
 蔵人は事情として分かりはするが、気に入らないと不機嫌そうな顔をした。
 それを見た支部長が語気を強めて続ける。
「だが、市民の決闘は古臭いなどと言われて廃れ始めたが、旧冒険者三種、特にハンターは違う。貴族のように決闘を神聖なものとまでは見ていないが、建前として、重大な約束事、契約と見る。
 例えば、依頼されて、命を賭けて魔獣を狩り、しかし報酬は反故にします。なんてことをされた日にはハンターはやってられない。最悪その依頼人を殺すかもしれん。殺さないとしても、二度と依頼は受けないだろう。
 まあ、騎士道と同じで理想通りにはいかないが、それでも決闘の妨害が称賛されることはない。たとえそれが少女を相手にしたものであってもな。決闘を妨害した奴は、他のハンターから白い目で見られることになって、臨時パーティなども組めずに孤立するだろう。
 協会としてもファンフのハンター資格は停止した。決闘の事情も勝敗も捻じ曲げられないように出来るだけ手を打つ。『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』にも厳重な抗議をする。だが、それしかできん。
 協会にはそれ以上、罰する権限がない。決闘はよほどの環境で行われない限り、私闘として扱われる。協会の職員が立会人になったのも、善意であり、決闘の証人という意味でしかない。そうでもなければ誰も決闘の立会人になんてならないだろう。
 ジョゼフ殿はトップクラスの探索者であり傭兵であるがハンターではないし、アガサ殿はある意味であれが仕事だとも言える。協会と『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の関係ではなかなか処罰もし辛い。
 ラッタナ王国にしても、何も出来ないだろう。仇討ち、決闘の報復を禁じた王国法は王国の外に出れば適用されないし、王国の外に出た一介のハンターと鳥人種の少女一人のことに構っている余裕はないだろう。無論、ラッタナ王国にファンフが戻れば粛清されるだろうがな」
「停止?除名の間違いじゃないのか」
「……アガサ殿がな、少女が再出発する時に生きていく手段を失くす気かとおっしゃってな」
 蔵人はあーと納得する。
「聞いておきたいんだが、俺とファンフの事情をどこまで知っているんだ」
 蔵人の質問に、支部長はざっくりと答えた。
 それはナバーが命を賭して仕掛けたストーリーではなく、おおよそ蔵人とヨビが主張していた事実だった。
「――まあ、そういうわけで表向き、即位パレードで起こった仇討ちと決闘は没落官位持ちの家に嫁いだ嫁が身を賭して真実を暴いて子の仇を討ち、夫が嫁への詫びと武門である実家に挟まれながらも名を背負って戦い、悪名高い北部人に敗れたとして話題性こそあったが、大した事件としては扱われていない。
 ファンフの実家、ルワン家が粛清されたのも民主化移行に反対する官位持ちの粛清に紛れてしまったらしいしな」
 随分詳しいなという蔵人の不思議そうな目に支部長は笑いながら言った。
「ベイリー・グッドマンは元気だったか?」
 蔵人はその名をすぐに思い出す。
 ラッタナ王国でまともに名前を覚えているものが少ないということもあったが。
「ああ、元気だった。うちの猟獣に一発ぶちこんでたな」
「ラッタナの猟獣登録は街の中に猟獣が入れるかわりに、審査が厳しいからな。ただまあ、イルニークは予想外だったろう、その時の顔を見て見たかったな。
 あいつとはパーティを組んでいたことがあってな。まあ、そうじゃなくても協会で起こった決闘だ、ラッタナ王国の支部に事情を問い合わせた。お前が十日近く顔を出さなかったものだから、調べる時間はいくらでもあったしな」
 面倒な事情ばかりだと蔵人はため息をついた。
「じゃあ、協会は――」
――コンコン
 蔵人の言葉を遮るようにドアがノックされた。
「ジョゼフ・バスター殿がおこしです」
 その声に支部長が蔵人を見た。
 蔵人は仏頂面して、しかし頷いた。
「入ってくれ」
 ドアが開かれて白髪の小柄な老人、ジョゼフ・バスターが支部長室を訪れた。
 小柄とはいっても平均的に大柄な白系人種と比べたときのことで、身長自体は蔵人と同じほどであった。ただ腰が少し曲がっているため、蔵人には小柄に見えた。
 曲刀のように曲がった杖をついているが、足が弱っているようには見えなかった。
「突然の来訪、申し訳ないの。クランド殿が協会に現れたと聞いて急いで来たものでな、不作法は許してくれ」
 支部長が自分の隣をジョゼフに勧めた。
 蔵人は苛立ちが顔に出るのを取り繕うこともなく、ムスッとした顔で座っていた。
 ジョゼフが、頭を下げた。
「すまないことをした」
 蔵人にとってはもう謝罪などどうでもよかった。
 そして何かを言って、このジョゼフという男と関わらねばならなくなるほうが厄介だったので、特に言うことはなかった。
 頭を下げ続けるジョゼフ。
 ジョゼフなどいないかのような反応の蔵人。
 間に挟まれた支部長は頭を抱えたくなるのをこらえつつ、間を取り持とうとする。
「ジョゼフ殿もこう言っていることだ、なんとか堪えてくれ」
「事情は知っているのか?」
 蔵人の問いにジョゼフが頭を上げた。
「知っている。持ってはいけない恨みだというのも分かっている」
「……なら、好きにしてくれ。ゴブリンにでも殴られたと思って諦める」
 日本語でいうなら犬に噛まれたとでも思って諦める、というところだろうか。
 蔵人はソファーから立ち上がった。
「待ってくれ、せめてお主に償いをさせて欲しい」
「いらない。特に欲しいものもない」
「ならば――」
「――ああ、一つだけあった」
 蔵人はドアに向かいかけていた足を止めて、ジョゼフを見た。
「二度と決闘を仕掛けるな。もし俺を、俺の関わりのあるものを傷つけたら殺す。それの邪魔をするな。協会にはこの約束の証人になってくれればいい。それだけだ」
 蔵人にとってファンフの命は、決闘を仕掛けられたときから『物』だった。自分の命を狙う相手を慮る余裕などないのだ。
 ジョゼフは蔵人の発しだした不気味な気配に眉根をかすかに顰めた。
「その約定を盾に取り、ファンフを殺すつもりではあるまいな」
 ジョゼフの殺気すら込めた物言いに、蔵人は苛立ちを募らせる。手の平にはじっとりと汗もかいているが、ここで引くわけにはいかない。
「何もしなければ、何もしない。俺を殺人鬼と一緒にするな。だがまた命を狙われて、その都度どこかの権力者に邪魔されたらたまらない。だからこんな当たり前のことをわざわざ言ってるだけだ。そんなに心配なら、俺の目の届かないところに逃がすか、四六時中あの娘を監視すればいいだけのことだろ。というか首輪でも付けて縛っておけよ、お互いのために」
 ジョゼフは真意を計るように蔵人から視線を外さない。
 そして、しばらくして、
「……よかろう」
 ジョゼフが頷いたことで、支部長もほっと息を吐いた。
「では協会がその約定の見届け人になりましょう」
「そうだな、誓約書を書いてもらう。そこに支部長とあんた、そしてあの女官長のサインをしてくれ。あのファンフとかいう奴にも書かせたいが無理だろうから今回はいい」
 蔵人の言葉に支部長がジョゼフを窺うように見る。
「……わかった。アガサにはわしから言っておく」
「明日から昇格試験の最終日まではこの街にいる。それまでに誓約書を三枚用意して、全員がサインしておいてくれ。最後に俺がサインして、一枚は俺、一枚は協会、一枚はあんたが持っていればいい」  
 そう言って蔵人は支部長室を後にした。


 支部長室から出て行った蔵人の背を見ていたジョゼフ。
 支部長が声をかける。
「心情としては理解できますが、いくらジョゼフ殿とはいえこういうことはこれきりにしてもらいたい。この街の恩人でもある貴方に恩を返せるのなら喜ばしいことだが、街の住人でもない彼には関係ないことです。公の場で少女に決闘を挑まれてはハンターとして逃げることもできないのですから、二度とこういうことはないようにお願いしたい」
「すまんのう」
「いえわかってくだされば。それで、あの少女は」
「今はアガサにこってりと絞られて、分神殿で生活しておるよ」
 分神殿はマルノヴァの端にあった。
「……もう手ほどきを?」
「いや、まだじゃ。曲刀も取りあげてあるでの、すぐにどうこうということはないじゃろ」
「曲刀を持ってるので、てっきりもう仕込まれたのかと」
「あれは鳥人種の正装じゃよ。仕込むのはもう少し先じゃの」
「ああ、そうでしたな」 
「困った娘じゃ。ちょっと目を離した隙にどこかに飛んでいったかと思えば、決闘なんぞをやっておるんだからの」
 ジョゼフの目は孫を見る祖父のそれであった。
「……街の中は飛行禁止ですので、十分に言い含めておいてください」
 支部長の苦言にジョゼフはそうであったなと苦笑した。


 協会を出て、蔵人は通りをぷらぷらと歩いていた。
 蔵人の歩く石畳みの街路の脇には太い水路があり、そこを長い櫓を操る人種の小舟がすいっと追い抜いて行った。
 これ以上何も起こさないならファンフなどどうでもよかった。
 横槍を入れてきた二人の老人は気に入らなかったが何かできる相手でもない。
 ぐぐと蔵人の腹が鳴った。
 昼食というほどでもないが、安宿に泊まったため朝食を食べていないことを思い出した。
 懐かしい匂いがした。
 塩の焼ける、海産物の焼ける匂いである。
 海の家を、思い出す。
 蔵人はその匂いに釣られるようにふらふらと歩いて行った。
 すると大きめの広場に出る。
 円形の広場に沿うように屋台が立ち並び、木箱を持った売り子も歩き回っていた。
 蔵人は匂いの元に辿り着く。
 マカロニのようなパスタと数種類の海産物をぶつ切りにしたものを薄い緑の油と塩、バジルのような香草を鉄板の上で混ぜ合わせて焼いただけのものだ。
 それでも蔵人にとっては久しぶりの海産物である。
 オスロン、ラッタナと海産物があってもおかしくはなかったが、巡り合わせが悪かったのが食べることはなかった。雪白と一緒にいると肉系が多くなるので仕方ないともいえた。
 椅子に座り、日に焼けた恰幅のいい白系人種の中年に海鮮パスタモドキを一人前とアルコールのない飲み物を頼む。
 威勢のいい返事を返すおっさん。
 少し耳が痛いほどだ。
 蔵人は料理を待つ間、ぼーと広場を見渡していた。
 上品な港町だったオスロンとは違っていた。
 石畳みや建物、水路は歴史を感じさせるが、重々しい印象はない。地べたに座ってギターのようなものを演奏していたり、それに合わせて踊り子が踊っていたり、中年の女どもが集まってかしましくしていたりする。
 蔵人の前を売り子の少年が通りかかる。
 売っているものは新聞らしい。
「いくらだ?」
「二十五ルッツさ」
「……高いな」
 木箱の押し車に入った新聞はどうみても薄い。
「そうなんだよね。でもハンターや探索者、船乗りなんかは買ってくれるよ」
 蔵人はそうかと言いながら金を渡す。
「いいのかい?白月の頭には新しいのが出るよ」
 随分と正直なことである。
「構わない。ああ、釣りはやる」
 といっても払ったのは十ルッツ紙幣三枚、三十ルッツだ。
「ほんとかい?毎度ありっ」
 それでも少年は嬉しそうに蔵人に新聞を渡して、次のお客に売りに行った。
 蔵人が新聞を開こうとすると、
「あいよ、お待ちどうさまっ」
 威勢のいい声がした。
 蔵人はとりあえず新聞を屋台のテーブルの脇に置いて、フォークを持った。
 モチモチとした触感のマカロニ。
 海鮮の旨味がしみ出した油。
 ぶつ切りにしたエビや貝のプリプリとした歯ごたえ。
 鼻に抜ける潮の匂いと香草の香り。
 そして酸味のあるレモン水のような飲み物。
 蔵人は久しぶりの海産物に言葉もなく、食べ続けた。
 雪白に付き合っているせいなのか、それとも魔力と身体を鍛えたせいなのか、蔵人は日本にいた頃より大食いになっていた。それも肉体労働者だと考えればおかしい話ではないと蔵人は気にしていなかったが。
 蔵人は一人前をペロリと食べると、もう一人前を注文し、脇に置いておいた新聞を手に取った。
 サレハドはど田舎で新聞があったかどうかなどわからなかったし、オスロンはすぐに出発してしまった。ラッタナには新聞などなかった。
 蔵人はどこかワクワクしたように、久しぶりに新聞に目を通し始めた。
 新聞はおよそ五十日に一度発行されているようで、版元は政府広報というわけではないが、政府が半分ほど出資している新聞社のようだった。
 だが一面を見た蔵人は、頬をひくつかせた。

『勇者、マルノヴァ近くの竜山より飛竜の卵の奪取に成功』
 ユーリフランツより竜山を登った勇者のパーティは、近年に稀にみる大きさの卵をアルバウムの勇者が奪取に成功する。近く史上初めて勇者の竜騎士が誕生する模様で~。

 蔵人は顔を顰めながら一面を流し読みし、他の項目にも目を通していく。
精霊撃球(スピリト・ボール)、各地で浸透する。近く国際親善試合も~』
『ユーリフランツで海賊・盗賊の動きが活発化。南部は要注意。賞金首も確認され~』
『原初の浮島がアルバウムに一分ほど姿を現す。熊の死体を落とし、再び姿を消す。やはり魔獣ではないらしく、貴重な原始動物として研究機関に送られることに~』
『勇者の発明した女性下着が爆発的ヒット。ドワーフの奥方の協力の元で生産されているが、生産速度が注文に追い付かない模様。裁縫の得意な~』
『アンクワール諸島、キングに率いられた魔獣の暴走(スタンピード)に苦戦を強いられるが、派遣された勇者、集まった高ランクハンターにより、盛り返し~』
『ラッタナ王国で即位パレード中に、新王による民主化宣言。今後の混乱が予想され~』
『精霊教国レシハームに再び攻撃があり、レシハーム側死者五名、反抗勢力側は死者百名と見られ~』

「お待ちどうさまっ」
 店主の威勢のいい声に蔵人は新聞を脇に置き、再び海鮮パスタモドキを食べ始めた。
 蔵人は結局、海鮮パスタモドキを三人前食べた。
 満腹になった蔵人は絵の道具、楽器、魔法具、雑貨屋、食料品などをぷらぷらと買い歩くが、途中秋のような肌寒さを感じてフード付きのローブを買い、それを着て、顔を隠すようにフードを目深に被り、また散策を始めた。
 笛はもう諦めた。良いものがないというより、蔵人の感覚に合うものがなかった。口笛の延長線上にあるような、そして低音の聞き心地がいいものを探していたが、そんなものはなかった。
 少しがっかりし、適当に歩いていて見つけたのがその寂れた武器屋だった。古い区画なのか周囲の石造りの建物も老朽化していた。
 ドアを引いて店内に入ると、薄暗いカウンターの奥に小さいがゴツイ背中が見えた。
 蔵人はゴルバルドのようなドワーフを想像し、気分を持ち直す。
「す――」
「――帰えんな」
 ドワーフらしき親父は蔵人を一瞥するなり、言葉も待たずにそう言って背を向けた。
 一瞥した時に見えたドワーフが研ぐ長剣は、遠目から見ても分かる逸品だった。
「少し見せてもらえないか?」
 武器屋の店内なのに武器は並んでいない。
 今研いでいる長剣以外の武器も見てみたかった。
 だが、ドワーフは返事もしなかった。
 蔵人は勉強がてら長剣の研ぎをしばらく見ていたが、ドワーフの反応がないことからさらに落ち込んだ気持ちで武器屋から出て行った。
 このドワーフは派遣ドワーフではなく、流れのドワーフだった。
 気に入った者にしか武器を打たないといわれ、マルノヴァ、いやユーリフランツで一番、ドワーフの中でも指折りな鍛冶師で、有名なところではジョゼフの曲刀を作ってメンテナンスも手がけ、最近では勇者にも槍や長剣を作ったらしい。
 まあ、そんなもんさ。
 後でこのことを知った蔵人はそう思い、理由が知れてむしろ晴れ晴れとした顔をしていた。
 しかしこの時の蔵人はそんなことを知るわけもなく、無為に迫害された気分でモヤモヤし、そのまま宿に帰って行った。

 翌朝、朱月の九十五日。
 蔵人は昇格試験の講習を受けるために、朝から協会に来ていた。
 受付で聞くと二階の一室に通される。
 木製の長机と長椅子があるだけのその部屋にはすでに十人ほどが席につき、蔵人の後ろからもまた一人、ハンターが部屋に入ってきた。
 二人組、三人組などいくつかのグループもあるようだが、蔵人のように一人というものも少なくない。
 そして全員が仲間以外の者を無言で牽制し合っているような雰囲気だった。
 全員が椅子についてしばらくして、中年の白系人種の女性職員が一人部屋に入ってくる。
 気の強そうな、お局様とでもいわれていそうな女性職員だった。
 職員は冊子を十二人に配ると、全員の前に立った。
 冊子は使いまわしのようで、少々痛みがあった。
「それでは『七つ星(ルビニチア)』昇格試験の講習を始めます。私はベラ・マルケッティ、本講習の講師を務めさせていただきます。なお講習終了後、冊子は回収し、再び昇格講習で使いますので丁寧に使用してください。回収した冊子の損傷具合も昇格の判断材料となります」
 なめきった目でベラを見ながら、冊子を粗末に扱っていた者たちがぎょっとする。
「そ、そんなの関係ないだろうがっ」
 終始周囲を威嚇するような振る舞いをしていた若い男が不満の声を上げる。
 しかしベラはそんな若いハンターの恫喝など野良犬の吠え声ほども気にしていないのか、厳しい目をして言った。
「これは私ども協会からの依頼だと考えてください。依頼の条件を守れないならばペナルティは当然のことです」
 有無を言わせないベラになおも食い下がろうとした若いハンターだったが、ベラの次の言葉で黙ることになる。
「私も試験官の一人という扱いになっています」
 おわかりですねという視線に、場は静まり返った。
「厳しいことを言いましたが、これまでハンターとしてやってきた皆様にはそれほど難しいことではありません。四日目にある筆記試験では基本的なハンター共通法、規則、慣習を丸バツ形式で出題しますので、それを念頭に講習をお受けになってください。それでは始めます」
 ベラという女性職員が冊子を読み上げ、質問がないか確認、また読み上げる。
 蔵人のようにメモを取るものもいるが、そうしないものもいる。
 やり込められたハンターは不貞腐れた顔で、聞いているのか聞いていないのかわからないような態度をしていた。
 講習内容はベラがいうようにそれほど難しくはない。丸バツ形式ならなおのことだろう。
 ハンターの武器を盗むのは重罪、といった魔獣を狩る貴重なハンターを保護するような法律や規則がある一方で、街の中でのハンターの理由なき暴力行為を一般人の暴力行為より重くするようなハンターの力を制限する規則もある。
 他に魔獣の暴走スタンピードなどの強制依頼で中位ハンターである『七つ星(ルビニチア)』が下位ハンターを指揮する場合があり、その時の注意事項なども説明された。とはいえ、その上に高位ハンターがいて中位ハンターの指揮する小隊を複数指揮する場合がほとんであり、それほど難しいことではない。
 ようするに中間管理職としての立場を教え込まれたようなものだ。
 上から叩かれ、下からせっつかれる。どうやら『七つ星(ルビニチア)』とは、中位ハンターとはそういう立場らしい。
 蔵人はげんなりしながら講習を聞き続け、昼の休憩を挟み、午後三時頃に講習は終わった。
 身体を動かすことを生業としているハンターは慣れない長時間の座学に、疲れ切った表情で協会を去っていった。
 蔵人は現代人であり、一応大学まで進んでいる。
 講習内容にはげんなりしたが、講習自体はそれほど苦ではなかった。
 他の講習者よりも軽い足取りで蔵人は協会を出て行った。

 そして翌日、朱月の九十六日。
 蔵人たちは早朝から北を目指して、魔獣車に乗っていた。
 マルノヴァの東は海、西は竜山、南はバルーク自治区、そして北は街道近くに鬱蒼と茂る森があった。
 高ランクハンターから低ランクハンターまでマルノヴァの多くのハンターが通うこの森は、奥に行くほど強力な魔獣がいるが、浅い位置ならば十つ星(ルテレラ)でもこなせるような豊かな森である。
 そこで今回の昇格試験が行われるという。
 蔵人は青白い顔をしながら、幌のついた魔獣車の一番後ろの席で風に当たっていた。
 車酔いである。
 竜山からマルノヴァに来るときにのった魔獣車は高級な部類に入っていたらしく、今乗っている魔獣車よりも揺れず、そして早かった。
 しかしこの魔獣車は大型で、それでいて乗合のため安価であり、ハンターにとってはなかなか有用だったが、蔵人にとっては頑丈さだけが売りのようなこの魔獣車は地獄だった。
 いっそ走らせてくれと何度言いそうになったことか。
 こみ上げる吐き気。
 すでに吐く物もなくなった蔵人の胃は僅かばかりの酸っぱい胃酸を吐かせようとする。
 強引な嘔吐は、胃に鈍痛を生んだ。
 蔵人は以前の二日酔いに引き続き、この世を呪った。
 ちなみに船酔いも酷かったが、介抱してくれる者たちがいたため、呪詛には至らなかったのだ。


 試験官により、探索を行うチームは決まっていた。
 四人一組になって、北の森で決められた課題をこなすというものだ。
 討伐、採取、捕獲を行う。
 そしてそれぞれのグループに試験官がついていた。
 ある試験官はクランドというハンターに注目していた。
 決闘を邪魔された彼について、支部長からも依怙贔屓にならない程度に便宜をはかってやれとも言われている。
 その上、今までこなしてきた依頼が高ランクの塩漬け依頼など下位ハンターでは考えられないものばかりで、その実力には期待が持てた。
 しかし彼はイルニークという魔獣を知らなかった。
 ある意味、エルロドリアナの幻ともいえる知る人ぞ知る魔獣なのだから、生粋のマルノヴァ人であり、地元に定着してハンターをしていた彼が知るはずもなかった。
 もしイルニークを知って入れば蔵人に過度な期待は持たなかっただろう。

 こうして蔵人は、この昇格試験の中でも特に有望な者たちが集められたチームに組み込まれることになる。 
+注意+
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