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用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第一章 雪山で、引きこもる。

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6-魔獣④

 
―みーみーみーみーっ
―みーみーみーみーっ
 しつこいくらいの鳴き声で蔵人は目を覚ます。
 いつのまにか地べたに横になって眠っていた蔵人の顔に仔魔獣が顔をこすりつけてきた。
 蔵人が目を覚ましたことに気付いた子猫はなんとも頼りない足つきで部屋を出ようと歩き出した。
 魔獣のお腹で寝ていたはずがと首を傾げる蔵人に仔魔獣が振り返り怒ったように「みーみー」と鳴いた。
 一緒に来いということか。
 親魔獣がいないがの気になるが、蔵人は立ち上がると仔魔獣の腹に手を添えてひょいと抱き上げ、洞窟の外に向かう。
 通路の中ほどから外の様子はすぐにわかった。

 親魔獣が洞窟を背にして座っていた。
 暁の朝靄の中で、尻尾が大きくたゆたう。
 濃い朝靄に大きな雪豹は消え入りそうであった。
 それが蔵人には老いた背中に見えた。
 最後に見た親の姿が浮かんだ。

 蔵人が洞窟と外の境界線に差しかかると、親魔獣がくるりとこちらを向いた。
 仔魔獣を見つめている。
 優しい瞳であった。
 尻尾が巨体の背後で凛と伸びきる。
 すると親魔獣が蔵人を一瞥した。
 瞬きの間のことだった。
 親魔獣はグオンっと一声鳴いて身をひるがえすと、向かいの山に滑空していった。
 洞窟の入り口が蔵人の首あたりと上部まで土が盛り上がり、顔の幅の分だけ外を覗けるような土壁になっていた。
 子守りをさせている間に狩りにでもいくのかと蔵人は考えながら、なにをどうやってもびくともしない土壁に手を添えながら外を眺める。本格的に子守り兼非常食かなと苦笑いした。
―ミーッ
 ひときわ強く鳴いた仔魔獣が腕から抜け出して、土壁の上につたっていった。
 蔵人は反射的に手を伸ばすが、仔魔獣は土壁に座っただけであった。

【グォオンッッ】

 鼓膜を通り抜けて心臓まで圧迫する咆哮。
 山肌を殴りつけるかのようであった。
 蔵人が咆哮に身構えながらも顔を覆った腕の隙間から、千年樹のような太さの火柱がごうと立ち昇ったのを見た。親魔獣がいつも寝そべっていた岩棚が一瞬にして炎に包まれていた。
 火精は他の精霊に比べて大喰らいでわずかな火精でも与えられた魔力量次第で大きくなると蔵人は机上で学んではいたが、あれほどとは考えていなかった。
 蔵人は思わず初めて見た自分以外の、この世界で初めての魔法に見入った。

―ミーッ
 憤慨する仔魔獣の声にはっとなって風精に声を拾ろうように頼み、蔵人自身は目の機能を自律魔法で補った。

 鎮火しつつある火柱に対して扇状に十二人の人間がいた。
 岩の転がる足場の悪い斜面の上に立って各々槍や弓、杖を構えていた。
 男も女も、耳の尖ったのもいて随所に装備が違ったりするが、一様に身体の線に沿って密着したシンプルな揃いの白鎧を身につけている。腰から上の胸腹部覆う胸甲板と呼ばれるその白鎧には、槍をくわえた赤と白の双頭馬が小さく刻印されていた。
 彼らはエルロドリアナ連合王国専属狩猟者であったが、蔵人は当然そんなことは知らなかった。魔法教本で見たような気がするという程度である。

「来るぞっ」
 一番先頭で大盾を構える男の警告。
 同時に斜面を逆走して、三メートルはありそうな身体が盾ごと弾かれる。
 そのまま後方との中間地点まで一気に押し込まれた大男だったが、体勢も視線も揺らがない。
 大男が見据えるその先には、一度の突進で自らを吹き飛ばした規格外の魔獣が、強靭な四肢を大地につけて敵対者である自分たちを睥睨していた。

 体毛の一本一本に雪を纏っているのか長尾の先まで黒い斑紋はなくなっていた。その周囲には薄い白煙と雪の飛沫が漂い、暁の端を塗りつぶし始めた白光を受けて輝いていた。

「ンッ、氷精と融合を確認、撃ちますっ」
 三本の火線がわずかな時間差でもって光線のように奔る。
 殺到する火線をその巨体でもって縫うように走る親魔獣。
 避けるたびに漂っていた雪の飛沫が音もなく消滅した。
 何度目かの火線を避けながら親魔獣が身をよじりわずかに身を止めたその刹那、交差するように火線が三本迫る。
 しかし、ゆらりと振るわれた長尾が信じがたい速度で全てを撃ち落とした。
 返す刀で雪を纏ってさらに長大になった尾が周囲を薙ぎ払う。白煙輝く空間に踏み込まんとしていた数人の構えた盾が甲高い金属音をあげると、その表面は削り取られたようになっていた。
 親魔獣の後脚に力が込められる。
 狙いは正面後方。杖の構えと魔法の発動がわずかに鈍い奴だ。
 一息に跳躍した。
 正面の術師が息をのむ。それでも数瞬の遅れを取り戻さんと杖をかざした。
 火線が半ばまで発動した瞬間に、白煙を纏った大爪が振り下ろされた。
 カシャンと薄いガラスが割れるような破砕音と一緒に術師は尻もちをついた。
 火炎ごと薙ぎ払われた術師は物理、魔法障壁を一度に破られながらも体勢を崩すだけで済んでいた。それがなければ間違いなく肉塊になっていただろうと術師は瞬時に悟る。
 ドラゴンは二度火を吹く。災禍を凌いでも油断してはいけない。
 それを忘れたわけではなかったが、あまりのことに術師は一瞬呆けてしまった。
 もう一方の白爪が術師の足下より振るわれる。
「イルニークよ、足らんぞっ」
 獰猛な笑みを浮かべた大男が親魔獣の横腹を先端が杭のようになった片手鎚で殴りつけた。
 雪の衣を砕いてなお衰えない衝撃にイルニークと呼ばれた親魔獣は爪を振り切ることなく飛びずさった。
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