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用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第二章 灼熱の国で、奴隷を買う。

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59-ナバー

 
 ヨビはうらぶれた高床式の小屋を見上げた。
 そこがかつてヨビとナバー、そして死んだ子供が住んでいた家だった。


 ヨビは陸亀系獣人種の両親の元に生まれた。
 どこにでもあるような田舎の小さな村だったが、のんびりとした種であった陸亀系獣人種の両親は『蝙蝠系獣人種(タンマイ)』として隔世で生まれたヨビを捨てたり、虐待することなく愛情を持って育ててくれた。
 村の住人も全て陸亀系獣人種であり、やはりその気質からヨビを差別することなく温かく見守ってくれた。
 あとで知ったことだが、陸亀系獣人種自体が鳥人種や獣人種から侮られていたようだ。
 強者を尊重する鳥人種や獣人種にとって、腕力は強くとも争いごとを好まず、自己主張のない、のんびりとした気質の陸亀系獣人種は侮蔑の対象になりやすかった。
 陸亀系獣人種の両親の元で育った十二年はヨビにとって宝物であり、この十二年がなければ人を信じられず、世を呪って生きていたと断言できる。
 そうたった十二年である。
 ヨビが生まれて十二年後、村は怪物の襲撃(エクスプロード)で壊滅した。
 ヨビはたまたま生き残った。生き残ってしまった。
 それからは真っ当な生き方など望むべくもなかった。
 なんとか大きな街にたどりついたが、親戚などいるはずもなく。グシュティも知らず、スラムでゴミを漁ったり、小動物や魚をこっそりととって生き延びるしかなかった。そこを縄張りとしている者に見つかれば、痛めつけられるのはわかっていたので、必死に隠れてとった。
 精霊魔法を教えてもらう前に両親を亡くしたので、空を飛ぶ以外精霊魔法は使えなかった。そもそも自分の親和力など知りようもなかった。
 十五で探索者になったが蝙蝠系獣人種(タンマイ)、親和力は闇、そして風だった。ただでさえ蝙蝠系獣人種(タンマイ)として忌避されているのに、精霊魔法まで役に立たないとなるとパーティを組んでもらうこともできず、浅い階で稼げる僅かばかりの金では食べていくことすら難しかった。
 なんとか臨時に組んでもらえるパーティの前衛、つまりは体のいい肉壁兼囮として報酬をもらい、それもないときは遺跡の中で探索者相手に娼婦まがいのことをすることもあった。
 それでも他者から奪う生き方だけはしなかった。
 それが亡き両親の教えだった。
 そんな生活を十年続けたが、ある日いつものように肉壁として雇われ、運悪く見捨てられ、逃げることもままならず、どうにもならないところまで追い詰められた。
 その時、ナバーが救ってくれた。
 自らのパーティを率いて魔物の群れを一掃した。赤い孔雀の羽根を広げて飛翔するナバーが輝いて見えた。
 その日から生活は少しだけ変わった。
 ナバーは少し居丈高な言葉遣いではあったものの横暴なことをするわけでも、理不尽であったわけでもなかった。中堅下位の七級探索者でありながらもベテランからは一目置かれ、何事もオールラウンダーにこなし、リーダーシップに優れ、面倒見がよかった。初級探索者はヨビのように助けられたり、手ほどきを受けたりすることもあった。
 ヨビは他のパーティメンバーの手前、ナバーのパーティにこそ入ることはなかったがポーターとして雇われたり、ナバーが一人のときは一緒に遺跡に潜ったりもした。
 ナバーは差別しなかった。
 それを聞くとナバーは顔を顰めて、実家のようにはなりたくないとだけ言った。
 あまり語りたくないようだった。
 それから二十六歳の誕生日に初めてナバーと結ばれ、付き合うようになり、半年後には結婚した。そして、子供も授かった。

 幸せだった。
 両親との思い出以外で、初めて幸せを感じた。
 もう何もいらないとすら思った。

 しかしその幸せは、勇者が遺跡を完全踏破したことで綻びを見せた。
 ナバーは他の遺跡に対応できなかった。
 パーティメンバーも稼いで生きていかなければならず、ナバーから離れていった。
 ナバーはそれでも必死に頭を下げていくつものパーティに参加したが、結局その全てから断られた。
 そして無理をして、片翼を失くした。 
 たった半年もしない内に全ては崩壊した。あっけないものだった。 
 ヨビには頼るものもおらず、乳飲み子から手を放せなかった。
 ナバーが翼を失い、空から落ちゆくさまを見ていることしかできなかった。


 ヨビはボロボロの家を見上げながら、かつての幸せを走馬灯のように思い返していた。
 たった三日で、何もかもが変わってしまったように感じていた。他人の家のようにも見えた。
「……少し、いいですか?」
 蔵人は頷いた。
 ヨビは家に上がる粗末な木の梯子ではなく、家の軒下に向かう。
 薄暗い軒下にぽつんと粗末な木の杭があった。
 お墓だった。
 ヨビはその前で膝をつき、手を合わせた。
 後ろにいた蔵人がおもむろに土精魔法で作ったコップを水で満たし、まだ残っていたフランスパンのような携帯食をナイフでクッキーのように切り分けて土の皿にのせ、供えた。
 そして蔵人も手を合わす。
 ヨビがかすかに頭を下げ、無言で我が子の墓と向きあった。

 しばらくしてヨビが静かに立ち上がって、蔵人を見た。
「……ありがとうございます」
「余計なことじゃなかったか?」
「いえ、弔ってくれる人などいませんでしたから。ありがとうございます」
「そうか。じゃあ、いくか」
 ヨビは頷いた。
 雪白は軒下で待つらしく、ヨビと入れ替わるように墓の前で横たわった。
 素知らぬ顔で目を瞑って横たわっているが、その長い尻尾は粗末な木の杭や墓の周りの埃を払っていた。
 ヨビは雪白にも黙礼し、軒下を出て梯子に向かった。

 蔵人がドアを叩く。
「誰かいないのかっ」
 何度もドアを叩き、蔵人が声を張り上げても反応はなかった。
 蔵人があってないようなドアを引くと、ドアはあっさりと開いた。
 蔵人はドアから首を突っ込んで室内を確認し、中に足を踏み入れた。
「いるんなら、返事くらいしたらどうだ」
 室内は荒れ放題だった。
 安酒のひどいアルコール臭が鼻についた。
 粗末なイスに座り、テーブルに一人の男が突っ伏していた。
 伸び放題の髪は乱雑に後ろでくくられ、無精ひげが伸びてはいるが、三〇代中盤の鋭い印象のある秀麗な男だったことは容易に想像できた。背は高く、ヨビが着ることの許されなかった孔雀系鳥人種の使者が着ていたローブのような服を着ていたが、それよりも遥かに粗末で、垢じみていた。
 この男がナバーのようだった。
「……なんだ、おまえは」
 男は億劫そうに身を起こし、蔵人を、そしてその後ろにいたヨビを見つけた。
「……ああ、どこかの奴隷になったんだったな。なんの用だ、もう金はないぞ。スッちまったからな」
 ナバーはヨビの首に嵌まった首輪を見ながら、そう言った。
 蔵人はヨビに場所を開け、家の壁に背を預ける。
 ヨビは黙って、ナバーを見つめていた。
 色々な感情が複雑に絡まり合い、言葉が出ないようだった。
「何しに来た。……ずいぶんといい買い手にあたったらしいな。十万パミットとは恐れ入った」
「……ええ、よくしてもらっています」
「なら、なんのようだ」
 開けてはならない箱を前に逡巡していたヨビだったが、開けると決めてここに来たのだ。ならば開けねば、先には進めない。
「……ダーオが誰に殺されたか知っていますか?」
 ヨビは絞り出すような声でナバーに聞いた。ダーオとは死んだ息子のことだった。
「――ああ、知ってる」
 ナバーは思いのほかあっさりと答え、ヨビは表情を失くした。
 信じたかった。
 まだナバーを愛していた。信じていた。
 ルワン家の監視の言葉を聞いても、信じられなかった。その言葉を聞いて、逆上して、殺してしまったくらいだ。だがダーオの仇でもある、後悔はしていなかった。
「なんだ、そんなことが知りたかったのか。聞けば、いくらでも教えてやったのに」
 そういってナバーは足元の酒壺から木の器で酒を汲んで一息に呷る。
「――うぷっ。あの日は親父によばれてな。どうせいつものようにお前と別れろと言われるのはわかっていたが、酒を買う金もなかったから行ってやった。だが、親父が珍しく小金をよこしてな、今日は家に帰るなと言いやがった。そこまで聞けば、何をするのかはわかった。まあ、どうでもよかったからな、金を受け取ってカジノに行って、帰りは酒場で呑んでつぶれてた。まあ、そのあとはお前も知っての通りだ」

 ヨビとダーオしかいない家に二人組の強盗が押し入った。
 ささやかに、本当にささやかにダーオの誕生日を祝っている夜のことだった。
 ヨビは必死でダーオをかばったが、獣人種らしき強盗のほうが遥かに強かった。
 何か所も斬られ、殴られ、ダーオの泣き声が遠くなり、ついに気を失ってしまった。
 目が覚めた時はすぐには動けなかった。全身が硬直していた。もしかしたら仮死状態になっていたのかもしれない。それでもなんとか自己治癒で応急処置だけして、ダーオを探した。
 位置は何故かなんとなくわかったが、ダーオは動いていなかった。
 ヨビは這うようにダーオの元までいく。
 ダーオは血まみれだった。
 心臓の音は聞こえていなかったが、治癒を施した。
 上手くいかない治癒が歯痒かった。
 いや治癒が上手くいったとしても、ダーオがすでに助からないことはわかっていた。
 わかっていたが、わからなかった。わかりたくなかった。
 そして、ぷっつりと意識が途絶える。
 魔力切れだった。
 死んでいたかもしれない。応急処置を施しただけの身体で魔力を振り絞ったのだから。
 そうであったなら、よかった。
 だが、生き残ってしまった。
 ナバーが帰ってきたのはヨビが再び目を覚まし、ダーオの死が現実のものであると認識し、その亡骸を抱いて泣き続けていたときのことだった。
 ナバーは淡々とダーオの亡骸を燃やした。遺体は焼かねばアンデットになると信じられていた。
 そして遺灰を軒下に埋めた。
 それだけだった。
 ヨビと同じくダーオにはグシュティがないため、死んだ後の行き場がなかった。街の外に埋めれば『骨喰らい(ドゥキン)』という魔獣に汚されてしまう。埋める場所は家の軒下しかなかった。
 だが、埋めるだけとはあまりに不憫だった。
 ヨビはダーオを埋めた場所に粗末な木の杭を差し、墓標とした。
 そんなことしかしてやれなかった。
「で、それを知ってどうする?俺を殺すか、親父を殺すか。まあ、どうでもいいことか」
 ナバーはまた酒を掬って、呷った。
 投げやりな、何もかもがどうでもいいという姿勢のナバーを見てヨビが言った。
「……ダーオの仇を討つために、父親を訴える気はありませんか」
 ヨビにとって、ギリギリの決断だった。
 ナバーへの愛も、ダーオへの愛も比較できるようなものではなかった。それぞれが暗闇の中にいたヨビを灯のように照らしてくれたのだ。ナバーを殺すことはできそうになかった。だが、許すということもできそうになかった。
 ならせめて訴え出てくれれば、ダーオへの愛情を示してくれればナバーを許すことができるかもしれない。許せないまでも、憎まなくて済むかもしれない。
 ヨビは願うようにナバーを見たが、ナバーはそんなヨビを気にとめることすらなく、冷たくいい放った。
「なんで今更そんなめんどくさいことをしなきゃならないんだ」
「……種こそ違えど、あなたの子供ではないですか」
「種なんざどうでもいいが、おれはいまさらそんなことをする気はない、うっぷ、面倒だ」
 ナバーはまた、酒を掬った。
「……では、なぜ私と別れなかったのですか。私を守るためではなかったのですか?」
「ただの金ヅルだ、黙っていても金が入って、酒が買える。それに別れるのも手続きがいるから面倒だったしな」
 言葉もなく立ち尽くすヨビ。
 それでもまだヨビの中にはかつての幸せの残滓があり、ナバーを憎み切ることができないでいた。ナバーが落ちていくときになにもできなかったことが負い目になっていたのかもしれない。幸せだった頃の思い出を壊したくなかったのかもしれない。
 ヨビは弱い自分を呪った。
 我が子のために、非情になれない自分が不甲斐なかった。
「……」
「用がないならもう帰れ。おまえとはもう他人だ。ああ、それともなにか、いい買い手にあたった奴隷さまがこのろくでなしに酒でもおごってくれるのか?」
 だらしなくヨビをみるナバー。
 ヨビはそのまま、とぼとぼと家の外に出てしまった。
 残された蔵人自身は、ナバーに用はなかった。
 ナバーはヨビとダーオが殺されるのを黙認しただけで、蔵人に敵対したわけではない。ヨビが手を下さないなら、蔵人には関係がなかった。ここでヨビが手を下そうとするなら止めていたが、ヨビはそこまで愚かではなかった。街中でそんな事件を起こせば、ルワン家への復讐は出来なくなる。
 無言で家を出ようとする蔵人にナバーが声をかけた。
「……近いうちにあんたも後悔するだろうよ。なんであんな訳あり女を買ったんだとな」
 蔵人は立ち止まって、振り返る。
 ナバーは蔵人も見ずに、ただ酒を呷っていた。
「あんたは後悔したんだな」
「……はんっ」
「一緒にするな」
「どうだかな。あんたもおれと同じだ。同情して、善人面して女を救った気になって、立派な偽善者さ。頼られる、感謝される、それが心地いいだけさ」
「それの何が悪い。だが偽善かどうかを決めるのは、ヨビだけだ。それ以外はなんの意味もない。聞く値もない、雑音だ」 
「くっくっくっ、勇ましいこった」
「あいにく勇ましさとはほど遠い生き方をしていてな。いざとなったら失わないように逃げ出すだけだ。あんたと違って、死んだように生きる趣味はない」
「……逃げる場所なんてねえよ」
 ナバーは木の器に入った酒の表面をじっと見つめていた。
「恥も外聞もやり方も気にしないで、死にものぐるいで逃げればいい。情けなくて、胸を張っていうことでもないがな。だがまあ、確かに逃げられないこともある。……そのときは、死なば諸共だ。自分だけ死体になってたまるか、原因もろとも死んでやるまでだ」
 蔵人はそれだけ言って、部屋を後にした。


 梯子を降りたところにヨビはいなかったが、軒下にいた。
 墓の前で膝をつき、拳を握りしめて、かすかに震えていた。
 ヨビに近づき、その頭をゆっくりと撫でる。
 何度か撫られて、ヨビが潤んだ瞳を向けた。
 雪白に。
 雪白の尻尾がヨビを撫でつづけていた。
 それを見ていた蔵人は粗末な梯子に腰掛け、ヨビが落ち着くのを待っていた。


 ヨビが落ち着きを取り戻し、協会にでも向かおうかと往来を歩いていたときのことだ。勇者の思想に浮かされた連中がまた絡んできた。
 蔵人たちは十数名の外北部人たちに囲まれる。
 そこに一人、以前コニーと名乗った金髪碧眼のやせぎすの女が蔵人に話しかける。
「――こんにちわ。解放する気になりましたか?」
「……だからなんで俺に絡む。王政府に――」
「今朝方、王が崩御なさいました」
 女のその言葉に、蔵人は眉をひそめる。
「……なんでお前がそんなことを知っている」
わたくしの父はカジノの経営にも携わっている商人ですから、それくらいは当然のことです。それにしばらくすれば、街中が知っていることです」
「で、それがどうした」
「王子が即位なされました。明日にでも葬送の儀とともにお披露目のパレードが行われるでしょう」
「だから、どうした。用件をはっきりさせてくれ」
「王子はわたくしたちと同じように、ミス多嶋の薫陶をお受けになられました。それはもう熱心に質問され、ミス多嶋も飲み込みがよいとおっしゃっていました。そんな王子が、新王として立たれるのです。奴隷制を廃止され、女性の権利を守り、そして最後は自ら王政を廃止されて民主化を促すでしょう」
 あなたの負けですよ、とでも言いたそうに誇らしげなコニー。
 だが、蔵人としてはどうでもよかった。
「そうか、よかったな。で、それと俺がヨビを解放するのがどうつながるんだ?」
 蔵人の言葉に一瞬ポカンとしたコニーだったが、
「でっですから――」
「――まあ、どうでもいい。ヨビが解放してくれといわない限りはどのみち解放はしない」
 コニーは口をパクパクさせていたが、標的をヨビにかえる。
「貴女は、解放されたくないのですかっ」
「……わかりました。解放していただきます」
「ですから、貴女のためをっ――えっ?」
「ですから、いい機会ですので解放していただきます」
 ヨビの言った意味をようやくのみ込んだコニーは勝ち誇ったような顔を蔵人に向ける。
「どうです。これでも――」
「――わかった。約束だ」
 まったく表情もかえず承諾する蔵人に、コニーはどこか拍子抜けするが、この機を逃してはならない。
「ではさっそく奴隷局に行きましょう」
 コニーはヨビの手をとって、ずんずんと奴隷局に向かった。


「――なんですか、その法外な額の借金はっ!」
 奴隷局に到着し、解放手続きと借金の返済方法を話し合っていると、コニーがまた甲高い声で口を挟んできた。
「買った時の価格が十万パミット、装備でおおよそ十万パミット、税金や労力で五万パミット、合計二十五万パミットだ」
「この国で二十五万パミットといえば莫大な金額です。貴方は解放すると言いながら、借金でもって彼女を縛りつける気ですね」 
 蔵人が鼻で笑う。
「なら一つ聞くが、あんたの父親はカジノにどういう形で関わっているんだ?国と何人かの商人が金を出しあい、出た利益を出した金の割合で受け取っているんじゃないか?」
 いきなり話がかわったことにコニーは戸惑う。
「なぜ貴方がそんなことを知っているのですか」
「少し考えればわかるだろ。馬鹿にしすぎだ。でだ、あんたの父親はなんの儲けもなしにその金を諦めたりするのか?国がどうか手を引いてくださいとお願いしたら、今すぐにでも出した金を諦めてくれるのか?」
「そんなことはしません。出したお金の分すら回収せずに儲けを放りだすなんてしません」
「ならあんたの父親はこの国を金でもって縛りつける極悪人なわけだ」
「父のは真っ当な商売ですっ。貴方に非難されるいわれはありません」
「そうだろうな。金額は違えど、俺もあんたの父親と一緒だ。俺も元手と装備の代金、それに労力分を借金にしているに過ぎない。無茶は言ってない。無利子で、長期返済でいいって言ってんだ。あんたの父親はこんなことするか?」
 コニーはそれでぐっと黙らざるを得ない。
 実際、かなり良心的だった。商売人からすると甘いといってもいい。二十五万パミットに利子までついたらこの国にいる限り、おそらく一生かかっても返せないのだ。それはつまり利子だけで儲けを生み続ける金の卵だ。普通の金貸しはそう考える。
 蔵人はうるさいコニーを黙らせ、ヨビをみた。
「いま言った条件で、返済は協会経由にしてくれ」
 自己破産制度などないため返済が滞ったり、借金を踏み倒せば国に罰せられるのはもちろん、ハンター協会などの組織からもペナルティを受ける。そもそも金を借りた人間が借金を踏み倒したり、夜逃げでもしたなら金を貸した人間に何をされても自業自得とされていた。
「……ありがとうございます」
 ヨビは目を伏せて、蔵人を見なかった。
 そして黒い首輪が外され、ヨビは自由になった。
「さあ、これで貴女は自由の身です。家に帰ってもいいのですよ」
「……家はちょっと。どこか適当な宿を紹介してくれませんか。私はこの通り蝙蝠系獣人種(タンマイ)ですから、一人では宿にも泊めてもらえません」
「……ええっ、もちろんです。さあ、いきましょう」
 ヨビを連れ、蔵人に勝ち誇った顔を向けるコニー達。
 蔵人はコニーなど視界の端ですらとらえず、ヨビをみる。
 蔵人は頭こそ冴えているほうではないが、こと情緒面において鈍くはない。
 ヨビは復讐を遂げる気である。
 今のヨビにあるのは、ダーオの弔い、復讐しかない。
 ナバー相手には多少気持ちが鈍ったかもしれないが、子供の殺人を指示した者を許すことはない。
 そのため所有者である蔵人に復讐の余波で迷惑をかけないように、外北部人を挟んで不正など一切ないと証明するように解放手続きを行った。奴隷が法を犯せば、その所有者が罰せられるからだ。
 そこまで覚悟しているなら、蔵人は解放してやるしかない。
 蔵人は、復讐を止める気はなかった。
「――忘れるなよ。全てが終わったらお前は俺の忠実な奴隷になるんだ」
「……」
 ヨビは何も言わず、目を伏せたままだった。
 コニーたちは軽蔑の視線を蔵人に向けた。
 性懲りもなく、未練がましいとでも思っているのだろう。
 人の妻を欲し、金にあかせて奪い、脅迫していうことを聞かせている人種の男としか見ていないなら、蔵人の言葉は奴隷から解放したところで、お前に自由はないとでもいっているように聞こえるだろう。
 ヨビはコニー達に連れられ、奴隷局から出て行き、蔵人はその後ろ姿を見つめていた。



 ナバーは尿意を感じて目を覚ました。外は日が落ちて、轟々と雨が降っていた。
 ふらつく足取りで家の裏にある厠に向かう。
 厠で用を足して戻ってくると、椅子に座った鳥人種がいた。
 親父だった。
 自然と顔を顰めていた。
 金をせびりはするが、それ以外で会いたいとは思わなかった。 
 ナバーはテーブルの足元にある酒壺を片腕で持ちあげ、外に出ようとした。
「――待て」 
 イグシデハーンの重々しい声にナバーは子供の頃の条件反射で足を止めてしまう。それが腹立たしかった。
「さすがに王の崩御くらいは耳に入っているだろう」
「……」
「いつまでくすぶっている気だ。新王が立てば、一門の再興もありうる。いや、ある。我らの力ならば、必ずや王のお役に立てる。そして北部人どもをラッタナ王国から、アンクワール全体から追い出すのだ。片翼を失ったとはいえ、お前にもやることはある」
 ナバーには父親が妄執に囚われているようにしか見えなかった。
 確かに自分は落ちぶれた。酒に溺れ、バクチにのめり込んだ。
 だがそれだけに北部人も、ラッタナ人もよく見えた。
 もはや力だけがあればいいという時代ではない。
 カジノを見ていればわかる。マストが何本もある専用の船に腕のいい水夫と精霊魔術師をのせてアンクワールに乗りつけ、湯水のごとく金を使う北部の商人。ラッタナ人が一生かかっても稼げないような額を一度の勝負でポンと使ってしまう。
 その金で根こそぎ奴隷を買っていけば、戦わずしてアンクワールを手中におさめられるのではないかと錯覚してしまうほどだ。
 いまさら北部人を追い出すなんていうのは、非現実的なことでしかない。
 王子は英邁ときく。親父のような妄執にとらわれた人物を登用することは間違ってもないはずだ。
「……お前の醜聞スキャンダルなら気にすることはない。まだ連絡はないが、すでに始末した」
 その言葉に、ナバーは笑いがこみあげてくる。
「くっくっくっ、アハハハハハハ」
「……何がおかしい」
「アハハハハ、いやさっき会ったのはアンデットだったのかと思ってな」
「なんだと」
 心底可笑しいとでもいいたげに笑いつづけるナバー。
「くっくっくっ。どうやら面白いハンターに買われたらしいな。昼時の少し前くらいか、北部人にしちゃあ背が低いハンターらしき男とスック……いやヨビとか呼ばれてたな。そのヨビがここに来た」
 イグシデハーンの眉根が深く、険しくなった。
「あんたのそんな顔、初めてみたかもな。あんたのことだ、大かた解放奴隷でも送り込んだんだろうが、何人だ?」
「……十人だ。監視も戻っておらん」
「くっくっくっ、解放奴隷十人に若いの一人を返り討ちか。青臭さの抜けないとっぽい北部人かと思いきや、とんだ食わせもんだったらしいな。親父に匹敵するんじゃないか?」
「黙れっ!あと少し、あと少しだというのにっ。奴らは何をしにきたっ」
「……ダーオの墓参りさ。俺に会ったのはついでだ、もう他人だからな」
「……もう時間がない。奴らのことは後回しだ。いいなっ、お前も準備しておけ、明日はパレードだ。お前も並ぶんだっ」
 イグシデハーンは乱暴に椅子から立ち上がると、足早に家から出て行った。
 やれやれとナバーは倒れた椅子を元に戻し、そこに座る。
 持っていた酒壺から酒を掬おうとして手を止め、酒の表面にうつる自分を見つめた。
「……死なば諸共、か。そんなことを言う北部人がいるとはな」
 ナバーは酒壺をもって、外にでた。
 外はまだ雨が降り続いていた。
 ナバーは雨に打たれるまま階段を下り、軒下をくぐって、ダーオの墓の前に立つ。
 墓は綺麗に掃除され、土製の器に水と焼き菓子のようなものが供えられていた。
 ヨビ、そしてあのハンターが供えたのだろう。
「……いつか一緒に飲めるかと思ったんだがな。いや、お前を捨てた愚かな父親が言っていいセリフじゃなかったな。おれが弱いばかりにすまないことをした」
 木の杭に酒壺から酒を少し垂らす。
「……後はいつかあの世に行ってからだ。父祖神霊のいる場所も分からず、彷徨っているだろうお前を捕まえるから、謝らせてくれ。許されようとは思わん。お前の父祖神霊が見つかるまで、いつまでも付き合わせてくれ」
 グシュティの元で父祖神霊に送られなかった死者はいつまでも彷徨い続けると言われていた。
 ナバーは酒壺を墓の前に置き、そのままそこで立ち続けた。



 昨夜の雨など嘘のように、空は晴れ渡っていた。
 金色の尖塔が朝日に輝く中、昨夜から続いていた葬送の儀が終わり、新王の即位パレードが始まった。
 数十名の武官と三将三官に囲まれた海狼(ターレマーパ)父王母妃(ふおうぼき)が牽く大狼車が王都を巡る。
 大狼車は上部が露出して、一段高くなっており、新王の姿がはっきりと見えた。
 英邁と噂されるに相応しい理知的な表情かおと見る者が見ればわかる隙のない仕草、朱金の美しく長い髪を結い上げ、純白の生地に金糸の刺繍と縁取りがされた鳥人種のローブを羽織り、その隙間からはガルーダの証ともいうべき朱金の翼がのぞいていた。
 沿道には途切れることなくラッタナ人である鳥人種や獣人種が並び、声を上げて新王を歓迎していた。その中に人種もいるが、少なかった。
 沿道から出ない限り、今日だけは跪くことなく王を見ることができ、手を振ることも、声を上げることも許されていた。並ぶ場所が決まっているとはいえ、今日ばかりは奴隷階級の者も王を見ることが出来た。
 民衆にとって王は絶対の崇拝対象であったが、死んだ先王は北部人にいいようにされる愚王だった。それだけに民衆の新王への期待は大きかった。
 この日ばかりは名誉官位持ちも一族を上げて、家の近くの王の順路を飾りつけ、家の前に並び王を待ち構える。パレードの際、新王は官位持ちに一声かける慣習であった。その機会に顔を覚えてもらおうと、官職をもたない官位持ちは必死だった。
 王都はまさに上から下まで狂騒といっても過言ではなかった。

 そんな狂騒の中、パレードは進む、太陽が中天を超えたとき、新王の大狼車がちょうどイグシデハーンたちルワン家の一門が並ぶ一角に差しかかった。
 慣習通り、新王がイグシデハーンに声をかけるべく、大狼車から降りようとしたときのことだ。
 ボロ布を纏った女が、新王とイグシデハーンの間に滑り込んだ。
「無礼も――」
「――無礼を承知の上で、仇討のお許しをお願い申しあげます」
 ボロ布を纏った女が頭に被った布をめくり、武官の制止を遮りながら口上を上げ、新王に跪いた。

 その女こそが、ヨビだった。

 
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