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用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第一章 雪山で、引きこもる。

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4-魔獣②

 
 吹き溜まりにたまった雪に蔵人は片足を腰まではまらせていた。
 何度目かの溜息をつきながら蔵人は斜面を這うように抜け出す。
 つま先やカカトに力を込め過ぎず、膝から上全体を使って雪の上を泳ぐように抜け出す。雪国出身者の雪中技能であった。なんとも情けない姿ではあるが。
 着ているものは召喚されたときと変わらない。首元にタオルを巻いて、作業着をボタンまで締めてきっちりと着こみ、長靴を久方ぶりに履いていた。
 まとわせている火精魔法のおかげで放射冷却の刺すような外気の冷たさや作業着に入り込んでくる雪を気にしなくてもいいのが唯一の救いであった。

 山の斜面は所々で雪を押しのけるようにして岩が突き出て、地肌が露出していた。
 この山の吹雪は短い時では数分単位で、まさしく文字通り縦横無尽に風向きを変えていた。そのためか雪は方々に吹き飛ばされてしまい雪原の斜面を突き出るように岩が露出した。
 同時に風の影響を受けない岩の隙間などに雪がたまっていった。
 秋の空より頻繁に変貌する吹雪は洞窟から嫌というほど眺めていたが、その産物である突き出た岩と凍土と雪だまりの斜面は元の山の姿を知らない蔵人にとって判別がつかず、何度も足を取られていた。
 しかし蔵人はなにも雪に埋まるのだけを苦にしているわけではない。
 これでも雪国出身である、雪への耐性は強い。
 問題は視線である。
 それも哀れみの視線である。
 背後から頻繁に視線を送ってくるのは(くだん)の魔獣であった。
 蔵人が雪にはまってもがくたびに、魔獣が憐れむのだ。
 洞窟を一歩出たときこそその視線は蔵人を監視しているようなものだったが、蔵人がけつまずくたびに憐憫が混じるようになっていった。蔵人に気配や視線を読むような技能はなかったが、魔獣の強烈な存在感によりそれを感じていた。
 そして感じられるがゆえに、腹も立った。
 初めはその視線に息苦しさしかなかったが、今はもうそんな心境ではなかった。
 蔵人は苛立たしげに振り返り、大きな岩棚に寝そべっている魔獣をにらむ。
 かなり遠くからでも見てとれ、腹立たしいほど優雅に揺れるその長い尻尾をいつかカタ結びにしてやると誓った。

 忌々しい魔獣をどうにか無視することにして、蔵人は手頃な岩に腰掛けながら乱れもしない自らの呼吸を訝しんでいた。
 標高がどれだけあるかわからないが、洞窟のある地点は相当に高い位置にあるのではないかと推定していた。ざっと見て背の高い植物が見当たらないのも地球にいたころの高山地帯の風景写真と酷似していた。
 そしてなにより感じられる風精が少なかった。
 この地は地精と氷精が大部分であり、わずかな雷精と風精、そして有象無象のその他とそれより微量な火精で構成されていた。
 魔法教本の例示する一般的な土地に見られるという、地精と水精と風精を中心として、少量の雷精と火精とその他が存在するという一般的な精霊構成と比べると、水精は氷精との関係性から除外して考えるとして、風精が著しく少ないのがよくわかる。
 風精が少ないということは、つまり地球に置き換えると空気が薄いということ。空気が薄いところといえば、高地である。そしてここは山である。
 であるなら、肉体的にはなんの訓練もないまま空気の薄い中で雪中行動を繰り返した蔵人はすでに息も絶え絶えになり、高山病になっていてもおかしくはなかった。
 それが息切れすらしていないのだから蔵人は首をひねっていた。
 雪から脱出するのも昔より随分楽だったような気がしていた。
 もしかしてと、蔵人はその場で跳ねる。
 地面をぶん殴る。
 ダッシュする。
 予想通り全て向上していた。二メートルほど垂直に飛び、地面にはくっきりと拳の跡がつき、楽々と斜面を駆けあがった。
 蔵人はしばらく首をひねっていたが、比べる相手などおらず判断材料が乏しいのだ、原因などわかるまいと、思考を放棄したのだった。
 蔵人は知らなかったが、例の声が与えたこの世界に適応する身体、正確にいうならばこの世界に到着した場所で適応する身体、というものの効果であった。
 その効果で高山地帯に適応した身体を得ていた。
 蔵人は今度こそはまらないようにと慎重に歩きだした。

 どことなく重い足取りで洞窟に帰る蔵人の影が大きく斜面に伸びていた。
 雪だまりに足を取られなくなったのが唯一の収穫であった。
 食料となりそうな小動物の痕跡はあれど姿すら見られず、想像していた通り野草は食べられるかどうか判別がつかなかった。
 食料はまだ半年分以上あったが、先行きは暗かった。
 しかしまだ一日目である、と蔵人は自らを鼓舞した。
 ようやくといったていで、蔵人は洞窟にたどり着く。
 さっさと寝よう、と洞窟に蓋をしようとした。

 相互不干渉とは誰が言ったか。
 誰の尻尾をカタ結びにしてやると息巻いていたか。
 蔵人は動けなかった。ベルトにナイフを手挟んでいたが、腕どころか指も、そして喉も動きそうになかった。
 白毛に黒い斑紋の巨体が蔵人を洞窟に閉じ込めるように無音で降り立った。
 蔵人は遠目に見て想定していた体長は完全に見誤りであったことを悟る。
 蔵人の顔の位置に魔獣の顔があった。

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