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用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

第七章 舞い上がる砂塵

132/141

124-つながる歴史

遅くなって申し訳ありません。
本年最後の更新となります。
 

 蔵人と勇者たちの間でいざこざがあった日の夜。
 ハヤトたちは帆船の中の大広間で車座になって、話し合いを行っていた。横断中にも何度も行われ、これまでさまざまなことが話し合われてきたが、今回のテーマは誘拐婚についてであった。
 蔵人の行動について否定的な者、逆に蔵人の行動について賛成している者、それとは少し違う者など、さまざまな意見がかわされた。

「――僕はやはり誘拐婚を一方的に悪と決めつけることはできません。僕はこの砂漠のことを詳細には知らないし、誘拐婚の功罪についてもわかりません。そんな僕がどうして善悪を決められるでしょうか。そして用務員さん、いえ蔵人さんもたかだか半年やそこらでそれを決めていいとは思えません」
 結界師のマモルは文化としての誘拐婚を否定できないという立場であった。

「では、香坂さんは慣習が許しているからといって誘拐婚をするのですか?」 
 『千手の(サウザンド)治癒(ヒーリング)』の楠見加代(カヨ・クスミ)が尋ねた。
「僕はしないし、誘拐婚という制度については積極的に肯定もしない。でもだからといって、日本の法や倫理どころか、アルバウムのそれらすら存在しない場所で、なんの責任もない僕がそれを否定するのもおかしいと思っています」
「そう。でも、私は蔵人さんに賛成です。そもそも、ここが違う世界とはいえ、日本の倫理観であれば絶対に許されないことを、私たちが行ったり、見過ごしたりしてもいいものなのでしょうか。もちろん、そうしなければならない状況というものが存在するのは理解していますが、誘拐婚はそうではないでしょう?」
「なら、どうするんです? 誘拐婚を阻止したとして、そのあとは? この砂漠に残って、すべての誘拐婚を阻止して回りますか?」
「それは確かに問題ですが、また別の話です。今は蔵人さんが行った行為が正当かどうかという話ではないですか?」
 マモルとカヨの議論に、何人かがさらに疑問や肯定を投げかけ、話は加熱する。

「――他国の文化を尊重できないから国をつくるんだろう?」
 そんな召喚者たちの様子を見て、混ぜっ返すように言い放ったのは『飛行鎧』のカズマであった。カズマ自体、誘拐婚ことなどどうでもよく、マモルと蔵人のいざこざを冷やかすために介入したに過ぎない。
 個人的には誘拐されるほうがマヌケ。鈍くさい女が一人で出歩くほうが間違っているというスタンスであった。

「――郷に入れば郷に従えというのは、その国の人のために使い潰されろということではありません。こちらがいかに馴染もうとしても、あちらは兵器か何かのようにしか見ていないのであれば、ただすり潰されるだけです。そうならないために、カズマも国造りに賛同したのでしょう?」
 話し合いの行方を見守っていたトールが、カズマを窘めるように告げた。
 カズマは肩を竦め、口を閉ざす。その隣にいた『重装鎧(レオパルト)』の諸角大(ダイ・モロズミ)が、論破されてやんのとでも言うように肘で突いてカズマをからかった。

「――たとえば、奴隷はどうでしょうか」
 そこでトールがもう一つ、疑問を投げかけた。
「奴隷は仕方ない。そうじゃなければこの地の社会は成立しないんだから」
「奴隷も同じかと。社会に奴隷が必要であるということと、私たちがそれを受け入れてしまうかどうかは別の問題です」
 再び話し合いが過熱する前に、トールがさらに告げた。
「ならば略奪は? 先日も伝えましたが、この砂漠では力さえあればそれも許されています。もちろんそれに対する報復も。では、奴隷や略奪と誘拐婚は何が違うでしょうか。無論、この地にも借財やそうせねばならない理由で奴隷となっている人たちはいますが、なんの間違いも犯していないのに、ある日突然奴隷にされることもあります。略奪も己の部族を食わせるための略奪と、まるで娯楽か何かのような略奪があります。
 推測ですが、蔵人さんはその両方に直面し、自分なりの結論を出したのではないでしょうか。この砂漠で生きていくために。サウラン砂漠が横断されることなど知っているわけもありませんからね。遭難し、ここで生きていかなければならないとしたら、この土地でどう生きていくかを決めなければなりません。誰が決めてくれるわけでもありませんから、自分で生き方を決める必要があったのだと思います」
 トールの言葉に、蔵人の生々しい現実をようやくリアルに想像するに至ったのか、召喚者たちの口が重くなる。
 そもそも、蔵人たちと召喚者たちでは、この砂漠との付き合い方が違っていた。

「――アカリさんはどう思いますか?」
 トールは召喚者たちとはまた少し立場の違うアカリに尋ねた。
 召喚者たちの話にじっと耳を傾けていたアカリは、少し考えてから、口を開いた。
「蔵人さんの行動に賛成しますし、私も同じようにありたいと思っています。ただ、現状の私では保護する力はありませんし、どう保護すればその女性の人生を助けることになるのか、この砂漠の力関係や習俗を十分調査しなければなりません。雪白さんを擁する蔵人さんはおそらくこの砂漠でもトップクラスの勢力でしょうし、現地に詳しいバーイェグ族とも友好な関係を築いているように見えますから、それらの問題もクリアしているのだと思います」
 ただ、もし目の前で誘拐婚が行われれば、力が及びそうならば、アカリも蔵人と同じように行動していたに違いなかった。

「……正義も悪も、その立場や社会状況で変わるということか。わかっていたことだけど、同じ日本人とそうなるとは思わなかったな」
 召喚者の立場、月の女神の付き人の立場、蔵人の立場、現地人の立場。それぞれで違うのだと、誰かが呟いた。誰が、何が悪いわけではないのだと。
「でも――」
 さらにそれに対して対論が張られ、再び話し合いは過熱していった。


 話し合いを静かに聞いていたハヤトの横にトールが並ぶ。
「ハヤトならどうする」
「――止めるに決まってるさ」
 ハヤトは即答した。
 そう即答されても困るのだけど、と苦笑するトール。
「コースケたちはどう動くと思う?」
 アルバウムの精鋭部隊と数人の勇者を率いるコースケは、横断中ずっと追跡してきていた。そしてハヤトたちがバーイェグ族に接触した前後で、違う部族に接触したらしいということも。
「……おそらくは北の迂回路を通るのだと思います。ただ、北回りでも南回りでも、黒竜の縄張りを通る必要があります。ど真ん中を突っ切るわけではないので一概に言い切れませんが、あちらの戦力では強行突破は難しいでしょう」
 もっともハヤトたちとてそれほど簡単なわけではない。魔獣使いによる黒竜への接触、それが失敗した場合は強行突破となる。
「鬼が出るか、蛇が出るか」
 黒竜が支配者として君臨しているため、東端には人に類する存在で存在しないといわれているようだが、実際はどうなのか。
「それ次第で僕たちも色々考えねばなりませんね」
「……それについては俺に考えがある」
「考え?」
「……ギリギリまで言えない。虫を起こすのも面倒だ」
 虫という表現にトールは顔を顰めながらも、否定はしなかった。



********



 一方、ニハーファのアルワラ族支配地側にある族長の天幕では、数人の男たちが交渉を行っていた。
「――ほう、支配地内の通行を許可して欲しいとな」
 まさしく髭を伸ばした壮年の鬼とでもいうべき容貌のアルワラ族族長バスイットが、炯々と光る剣呑な眼差しで正面の男を見据えている。その背後には次期族長のハイサムが静かに控えていた。
「そうだ。安全な通行をな」
 対して正面の男、アルバウムのラファルはそんな脅しなど感じてすらいないのか、平然と見返している。その背後にいる『大地の眼(ユニバースアイ)』のコースケなどは、二人のやり取りを通訳しながら、その地味な顔を緊張で強ばらせていた。
 コースケたちアルバウムのサウラン横断隊は、『浮艦(フロートシップ)』に密かに乗り込んでいた他国の特殊部隊と共に、無事ハヤトたちを追跡し、こうして現地人との接触を行うに至っていた。
 今は最も役職が上で、戦力の上でも最も立場が強いアルバウムの高官であるらしいラファルが、対外交渉役としてこうしてアルワラ族との交渉に当たっていた。



 帆のある巨大なホバークラフト船とでもいうべき浮艦がその姿を現わしたとき、ニハーファの街は騒然となった。
 砂流を走る船といえばバーイェグ族の砂舟以外に存在しないのだから当然といえば当然だが、さらに浮艦の上に並ぶ角無しの集団が巨大な炎を放ったのだから度肝を抜かれしまった。
 炎はまるで飛竜のように上昇し、急降下。
 爆音を立てて、砂漠に炸裂した。
 砂が盛大に舞い上がる中で、ようやく責任者であるハイサムが到着し、浮艦と接触。ラファルと話し合いの場を設けたのである。



「――そうさな、あの船をよこせば通してやる」
 東端へ行くには黒竜の巣があるために直進は出来ず、北の迂回路から行くしかない。そう説明してやったのはバスイットであった。
「……それが条件ならば別の部族を探そう。ああ、あの舟を持つ部族でもいいな」
 船をよこせという条件から、良い船がないのだろうとラファルは推定した。ハヤトたちが接触した部族は大きな舟団を組んでいたことを考えれば、このアルワラ族とあの舟団はあまり仲が良くないであろうことは想像に難くない。
「まあ、それでもかまわんが、奴らが手を貸すことはなかろうよ。頑迷な部族だからな」
 バスイットは顔色も変えない。
「頑迷だろうがなんだろうが、強突く張りよりもマシさ。そもそも北の迂回路しかないというのが事実なのかわからんからな」
「まあ、待て」
 立ち上がろうとするラファルをバスイットが止めた。
「よかろう。一人あたり毛長大鳥を十ほどで良い」
「面倒だ。金で払おう。これくらいか」
 ラファルは後ろに控えていたコースケに目配せし、族長の前に金の延べ棒を一本置いた。

「……調べろ」
 バスイットの命令にハイサムが天幕の外へと一度出て、白い髭と髪、灰色の肌を持つダークドワーフ、ドゥオフの奴隷鍛冶師を連れてきた。
 コースケなどは異様なドワーフの姿に目をぎょっとさせているが、ラファルは興味もなさそうに無味乾燥な目で相手を観察している。
「調べてもいいが、ここでやれ」
 ラファルの言葉にバスイットが頷くと、ドゥオフの奴隷鍛冶師は純金の延べ棒をわなわなと震える手で調べ始めた。この砂漠でこれほどの純金にお目にかかる機会はほぼないと言っても過言ではなかった・

「――純度も高い、本物の純金(タラ)ですじゃ」
 ドゥオフの奴隷鍛冶師がそう言うと、バスイットは目を細めた。
「ならば、これをあと十よこせ。それならばあの船の通行を許可し、迂回路までの道案内もつけよう。安全についてはこちらからは襲わんが、魔獣は自分たちで対処しろ」
 するとラファルは背後のコースケに言って、四本追加させた。
「手土産分もいれて、これが限界だな。お互いに不幸な行き違いは今後の関係に支障をきたすだろう?」
 精霊魔法による示威行為を仄めかしながら、今後の取引も匂わせるラファル。

「……いいだろう」
 許可するのは通行だけだがなと内心で嘲笑うバスイット。どうせ黒竜に追い返されるに決まっている。引き返してきたら、ふんだくってやる。払わないなら船を奪って、全員を奴隷にしてやればいい。
「もし、北の迂回路までの道に間違いがあったりしたら、取り立てに来る。道中で何者かに襲われた場合も返り討ちにするが、それでいいな?」
 アルバウムの方針としては今はまだ現地の者たちと諍いになるわけにはいかず、かなり譲歩していた。
 バスイットが好きにしろと答えると、ラファルは立ち上がる。
「まあ、待て。今宵歓迎の宴を催す。遊んでいけ」
 そのあと、ラファルとコースケはアルワラ族の歓待を受けるのだが、宴までの間に街を見て回った。
 そこでラファルは薄汚れた金髪の人種を見かけることになる。奴隷であった。
 奴隷などどうでも良いと思っていたラファルであったが、こちらを見るその金髪の奴隷の様子に興味を惹かれた。
 目を大きく見開き、ひどく驚いている様子で、何かを叫ぼうとするが、すぐに奴隷使いらしき者に殴られ、引きずられていった。
 だがほんの僅かではあったが、確かにラファルは叫び声の言語、アルバウム語を聞き取っていた。



 ラファルたちの道案内にはバスイットの次男にして次期族長候補のハイサムが選ばれた。
「――西外の奴らの道案内さ。物好きにも東端に行きたいらしい。黒竜をどうするんだが。ああ、帰りに一つ集落を襲ってくる。受け入れの準備をしておいてくれ」
 ハイサムが戻ってくるのを天幕で出迎えたマルヤムは何も言わずに頷いた。アルワラ族の妻は出しゃばらないことが求められる。必然、口数は多くないほうが良いとされていた。
 だが、マルヤムは頭の巡りまで鈍くする気は毛頭無く、ハイサムの言葉、その一挙手一投足からさまざな情報を得ようと観察していた。
 この道案内も、そして略奪も、ハイサムが次期族長として認められるために行うものである。単純な力や砂漠の男の気性という意味では失脚した長男のほうが有名であったために、それを払拭し、ハイサム自身の武勇を部族の男衆に示す必要があった。部族に利益をもたらすものだけが、英雄となり、族長となるのである。

 だがそのわりに、ハイサムはどことなく気乗りしない様子であった。
「ああ、そうだ」
 ハイサムが手を二つ叩くと、奴隷の召使いが何かを抱え、天幕に入ってきた。
 途端、マルヤムの相好が緩む。
「族長の許しは得ている。煮るなり焼くなり好きにするといい」
 食べるためじゃないっとばかりにぎらりとハイサムを睨み、マルヤムは召使いが抱えていた二匹の魔獣、瘤蜥蜴の仔と毛長大鳥の雛を受け取り、抱き抱えた。
「冗談だ。まったくなんで砂舟の姫が獣飼いの真似事をするんだか」
 どちらもすでに小さめの牙猫ほどになっているが、生まれて間もないという。
「好きなものに理由なんてありませんよ」
 妻としての丁寧な言葉遣いではあるが、そもそも目つきが妻らしくない。
 が、ハイサムはそんなマルヤムを気に入っているらしく、楽しそうに笑みを浮かべるだけだった。

 そんなハイサムをマルヤムがちらりと見つめた。
 政略結婚してから、ハイサムのことが少しずつわかってきた。頭は良いし、視野も広い。おそらくはバーイェグ族の船頭を超えて族長にも匹敵するだろう。武力もファルードに一矢報いる程度にはある。
 だが、ハイサムは恨み恨まれ、戦い続ける砂漠の掟そのものに疲れているようなところがあった。ただたただ部族のために、惰性で砂漠の掟を守っているに過ぎない。
 もちろんそんなことを決して表には出さないが、それがいっそうハイサムの孤立感を高めているようでもあった。視野が広いゆえに迷い、頭が良いために不合理に疑問を持つ。
 マルヤムはそんなハイサムをどうやって懐柔しようか、今も考えていた。

 ただ、まずはアルワラ族に馴染むのが先である。
 瘤蜥蜴の仔と毛長大鳥の雛を襲わないように牙猫を躾けたり、瘤蜥蜴と毛長大鳥をアズロナや雪白以上の素敵な騎獣になってもらいたい。
「あっ」
 すでに牙猫が興味を示し、すぴすぴと鼻を寄せていた。
 手遅れになるまいにと、マルヤムは早速躾を開始する。
「やれやれ、ここに来てからの一番の笑顔がそれとは」
 余所者の道案内に略奪となんとなく気が重かったハイサムであったが、マルヤムのとろけそうな笑みを見て、肩が軽くなったような気がした。



 マルヤムの結婚の前後でアルワラ族内の立場が大きく変わったのはハイサムだけではなかった。
 雪白に生殖器をすべて切り落とされ、再生不可能なまでにすり潰されたジャムシドの姿は、アルワラ族の天幕にはなく、ニハーファのオアシスにある洞窟の奥にあった。
 ときおり、恐ろしげな唸り声が轟き、アルワラ族ですら近づかない。
 ジャムシドはいまだに傷を癒やしていた。
 雪白に刻まれた全身の傷は治癒しつつあったが、纏っていた赤い結晶を根元からすべて切り離したために、爪や尾が再生しきっておらず、じくじくと痛んだ。
 そもそも自ら切り離したことすら初めてであったために、よもやこんな惨めなことになるとは思っていなかった。
 全身が痛み、それが惨めで、なおのこと雪白への憎悪が募った。
 もはや楽しむ気などなかった。
 最初から殺す気なら負けるはずなどない。
 だが、砂流では自由が利かない。出会うことすらままならない。
 アルワラ族の連中も己が一度負けてからはどうにも動きが鈍い。雪白という魔獣を恐れて、バーイェグ族とは手打ちにしたらしい。
 悔しいやら、惨めやら。
 ジャムシドは初めて込み上げてくる感情に苛立ち、また唸り声を上げた。




*****




 蔵人と勇者たちの諍いが起こった翌早朝。
 雪白にアズロナ、そして牙猫たちは早朝の日光浴を楽しんでいると、その様子を見つけた召喚者の女性陣が目を輝かせ、近づいた。
 多少耳が猫っぽくなかったり、小さな牙が口の両端から見えているとはいえ、猫は猫。
 砂舟の縁に香箱座りして興味なさそうにしている牙猫もいるが、半数ほどはバーイェグ族に対するのと同じように、勇者たちにも愛嬌を振りまいていた。
 砂漠横断で心身共に疲労が蓄積していた勇者やそのパーティ、特に女性陣にとってはまんま猫でしかない牙猫のそんな姿に頬が緩んでいた。
 牙猫を撫でたり、抱いたりときゃーきゃー騒いでいる。多少の奇形など気にしている様子はない。
 バーイェグ族との情報交換や近くの集落での情報収集に向おうとしていたハヤトやトールもそれを見て、柔らかい笑みを浮かべていた。


 そんな中、『魔獣使い』、大河内治(オサム・オーコーチ)が育てている六翼飛竜がパサパサと砂漠に降り立った。近くから漂ってきた同族、アズロナの匂いが気になったらしい。
 名を白桜(はくおう)といって、六枚の翼腕と白い体色を持つ緑鬣飛竜の変異種の雌で、かつてマルノヴァ近郊にある竜山からオサムが狩ってきた卵から孵化した飛竜である。アズロナとは同時期に生まれた卵であるが、当然お互いにそんなことなど知る由もない。

 短い朝の心地よい日光浴に目を細めるアズロナであったが、白桜の姿を見てむくりと起き上がった。
 アルバウムの飛竜育成法にて英才教育を施された白桜はアズロナよりも若干大きかった。もしかすると、アズロナのほうが発育不全であるのかもしれないが。

 白桜はきちんと挨拶しようとアズロナの首に自らの首を触れさせようとするが、それよりも先にアズロナがにゅっと首を伸ばして白桜の鼻面に接近、その匂いを嗅ぎ出した。
 これには白桜も面くらって目を白黒させるが、アズロナは不思議そうに首を傾げるだけ。
――ギャゥっ?
――ぎゃぅっ?
 二匹が向き合い、首を傾げ合うという奇妙な間が生まれるが、その隙に白桜はアズロナの首まわりに自分の首を擦りつけた。飛竜はこうして匂いを嗅ぎ、首から感じる力で力の差をおおよそ悟るといわれている。
 が、アズロナはそんなことなど知らず、再び鼻の匂いを嗅ごうとする。
 ぬぅっと困ったような顔をする白桜はなぜ首を嗅ごうとしないと、アズロナの首を追いかける。
 だがアズロナはそれを回避して、白桜の鼻先を追った。
――ギャゥっ?
――ぎゃぅっ?
 飛雪豹に育てられたアズロナと正当な飛竜として育てられた白桜は微妙に文化衝突を起こしていた。
 それでも不可思議な挨拶合戦の間に匂いと力をお互いに悟ったらしく、揃って日光浴を始めるのだから不思議なものである。

 その様子を魔獣使いのオサムが帆船の縁に座って、何をするわけでも無く見つめているが、ときおり雪白へとちらりと視線を向けるだけであった。
 それからしばらくして、日が完全に姿を見せたあたりで、
「――行くよ」
 オサムの声に白桜は立ち上がると、アズロナの鼻に自らの鼻を軽くつけ、じゃあね、とでもいうオサムの背を追って、羽ばたいた。
 その見事な離陸と力強い羽ばたきに、アズロナはきらきらした眼差しでそれを見つめていた。



 そんなアズロナと白桜の奇妙な生態を楽しげに見つめていた蔵人に、アカリが話し掛けた。
「――アズってオスですか? メスですか?」
 不意の質問に蔵人は一瞬喉を詰まらせ、言いにくそうに答えた。
「……少し複雑でな。身体はオスだが、精神的にはメスっぽいらしい」
 思わぬ返答にアカリも目をしばたかせた。
「……えーとそれは、性同一性障害的なあれでしょうか?」
「かもしれん。拾った時点でオスかメスかわからなくてな。色々あってメスである雪白が育てることが多くなったんだが、雪白も子供を産んだことがあるわけじゃない。自分が育てられたのと同じように育てるしかなかったらしく、気づいたときにはそんな風になってた」
 ……オカマ? いやアズは可愛いから男の娘? というかそもそも雪白さんってメスだったんだ。と、アカリがぶつぶつと独り言を呟く。

「……そっ、それよりもっ――」
 しかしこんがらがってきたのか話を変えた。
「ニルーファルさん、いえバーイェグ族とはどうやって知りあったんですか?」
「ん、ああ、最初から説明すると長くなるから省くが、まずサウラン砂漠で遭難してな?」
「……まずそこから色々と聞きたいことがありますが、先に進まなそうなので、どぞ」
 そうして蔵人がざっくりとこれまでのことを話そうとするが、日が随分と高くなり、気温も上がってきた。
「さすがに、暑いですね。ん~、明日の早朝には出るらしいので、残念ですが、話はまた今度――」
「――蔵人の知り合いならかまわんよ。ただ、我も同席することになるが」
 そんなわけでアカリは蔵人の小舟に乗り込み、話の続きを聞いていった。


「……蔵人さんもお気をつけて」
 少々、というか相当に重たい話を聞いて、どんにょりしたアカリがペコリと頭を下げてから、自分の帆船に戻っていった。
「良い娘だな」
「……内面以外はあんまり成長してないようだがな」
 アカリが聞いたらプンスカしそうな台詞であったが、決して貶してはいないとニルーファルは感じ取っていた。
「汝がここに来てから随分経つが、今の汝が一番無防備に感じられる。それが、汝の本来の姿か?」
 この世界に来て、初めて会った日本人がアカリであった。だから、少しばかり油断していたのかもしれない。
「どうだろうな。それより、結局どうするんだ?」
 バーイェグ族は勇者たちに協力、そして同盟を持ちかけられていた。
 詳しい内容までは蔵人も知らされていなかったが、東端への道案内だけではない何かを提案されたのだと感じ取っていた。でなければ、これほど長く交渉はしないだろうと。
「今夜正式に回答することになっているが、汝ならばもうわかっているだろう。我らはここで生まれ、そして死んでいく。それだけだ」
 ニルーファルはそう言って、蔵人を正面から見据えた。
「そうか」 
 そして蔵人はすべてを話した。
 自分が召喚されてから何があったか、どう勇者たちと出会い、戦ったかを。心底からもう恨んでいないと言い切ることのできない自分の、私情混じりの情報を、知る限りの勇者たちの情報を話した。
 バーイェグ族には右も左もわからぬ砂漠で拾われ、他部族との間を仲介して騒動にならないようにしてもらったり、病になったときには看病されたりとなんだかんだ世話になっている。もちろん蔵人や雪白、アズロナも返せるものは返しているが、だからといって、いやだからこそ情があった。
 バーイェグ族が決断したあとに、すべてを告げると決めていた。ただ、加護を盗まれた事だけは、大事なものを盗まれたとぼかしておいた。知らないほうがいいこともあるだろうと考えたゆえである。

「汝の生もまた過酷であったようだな。――しかし、汝はどう思っているのだ」
 思わぬ返しに、蔵人は即答できなかった。
「……人は変わる、かもしれない。若ければなおのことな」
 恨むなとも、許してやれとも、ニルーファルは言わなかった。
 そしてそう答えながらも、蔵人から話されたことを族長の下に報告へ向った。決して無視することはできない情報であったのである。



 その夜。
 族長はハヤトとトールに告げた。
「我らは未来永劫砂漠と共にある。砂舟で生まれ、砂流をめぐり、砂漠を訪れ、まだ砂舟に帰る。そして何より、アナヒタ様を守り続ける使命がある。ゆえに、誘いは受けられない」
 この砂漠で生きる者たちの全てが、今後起こるであろう人為的で暴力的ともいえる時代の変化に対応できる者ばかりではない。今とて水の供給が絶えれば、どれほどの部族が滅び、それを回避するために血が流れるかわからない。 
 バーイェグ族は彼らを見捨てる気はなかった。
「……そうですか」
 何度も話し合いを重ねたからこそ、ハヤトやトールもそれを理解はしていた。
 だからこそ、これまでの話し合いの中で、今後この砂漠に起こりうる事態を予測し、検討を重ね、いくつか秘密協定も結んでいた。時代は大きく変わる。変わってしまう。それにお互いが対応し合うために、つかず離れずの関係を築こうとしていた。
「アルバウムをここに連れてきてしまったオレたちが言えることではないが、生き残って欲しい」
「誰のせいでもなかろう。時というものは決して立ち止まらないものだ」
 ハヤトたちが横断をしなくとも、あと十年か二十年もすれば、アルバウムは横断を成功させた。浮艦のように、それまでの研究や準備があったからこそ、ハヤトたちが現れたことに対応して、すぐに横断を計画できたのである。
 ハヤトとトールは座ったままで一礼し、そして立ち上がった。
「……ただ、もし我が一族から飛びだすような者がいれば受け入れてやってくれ。まったくいないとはさすがに言い切れん。覚悟のない者を置いてはおけない」
 かつて同意の下で誘拐されていった女がいたように、例外というものはどこにでもいる。
 困ったような顔でそう告げる族長に笑みを浮かべて頷くと、二人は退出した。



 翌朝。
 蔵人と勇者たちの間で多少のいざこざはあったものの、結果的にはバーイェグ族と勇者たちは有意義な情報交換を終えて、それぞれの目的地へ旅立った。
 別れ際、アカリがニルーファルに耳打ちして何事かを告げると、なぜかニルーファルがアカリにふわりと抱きつき、アカリの耳と己の耳を重ねた。
 ハグというほどのものではない柔らかな所作であったが、女性でさえも惹かれるその美貌を間近で見て、アカリは顔を赤くし、アワアワとする。

「……あれ、なにやってんだ?」
 それを遠くから眺めていた蔵人がファルードに尋ねると、ファルードはニルーファルの行動に少しだけ驚いたような顔をしながら、いつものように言葉少なに説明する。
「……親愛や感謝。……人前でやるのは男だけ」
 ニルーファルは船頭として男衆を率いており、それゆえこの行為に抵抗がなかったと思われるが、それを見た女衆の年長者などは少しばかり顔を顰めていた。相手がアカリであったとしても、人前でやることではないのである。
 蔵人はへぇと相槌を打ちながら、最後の別れを済ませて、離れていく勇者の船を見つめた。
 アカリが手を振っていた。顔はまだ若干赤い。
 すると雪白の背にぱたぱたと飛び乗ったアズロナが、雪白の頭に乗り出して翼腕をぶんぶんと振い、それに応えた。蔵人も軽く手を上げ、答えておいた。



 勇者たちが去ったあと、バーイェグ族はいつもの日常を取り戻した。
 が、舟団に残ることを許されたイライダとヨビ、そして蔵人がニルーファルに呼び出された。
 案内された中舟には族長がおり、イライダに話し掛けた。
「今からいくつか質問する。それに正しく答えられれば、貴殿の母の下へ案内しよう」
 蔵人が慌ててそれを通訳すると、イライダは族長の正面に立ち、迷いなく族長を見返した。
「――汝の父の名は」
「ロジオン・バーギン」
「――汝の母の名は」
「ヨランダ。女ゆえに姓はないが、ヨランダが父の名はイルギスネス、祖父の名をアンガルスス」
「――両親のなれそめを答えよ」
「ケイグバード侵攻のおよそ一年前、最初の交渉のときの護衛としてケイグバードの地を踏んだ父は、そこで母ヨランダと出会い、子をもうける。しかし、子が生まれてすぐにケイグバード侵攻が起こり、母は父に子を託し、ケイグバードの戦火に消えた。父はケイグバード侵攻に荷担することなくその地を去り、故郷で子を育てた、と父から聞いている」
「――では、その身の証となる物を見せよ」
 イライダは露出している深い谷間に挟まっている金色のネックレスを引っ張り出した。
「父から母親の形見だと言われている。障壁の魔法具に加工してもらったが、装飾はなにも変わっていない」

 族長はじっとそれを見つめ、イライダに断ってから受け取ると、裏返してから五芒星を描くように撫でた。すると浮き上がる不可思議な文様。
 それを見て、族長は確信した。
「わかった。汝をヨランダ殿の娘と認めよう」
「こんなことでいいのかい?」
「ヨランダ殿によく似ておるでな。早く会いたいであろうが、もうしばらく待たれよ」
「時間がかかりそうなら、場所を教えてくれれば自分で行ってもいいんだけどね」
「これから向うが、三日ほどかかるのだ」
「そこまでしてもらっても、何も返せないよ?」
「クランドの恩人であるイライダ殿を騙し討ちになどできるものか。何、ヨランダ殿がいるのは塩砂漠の近くでな、塩の補給のついでだ。それに砂流を通ってしか行くことのできない陸の孤島でな、砂舟を持たぬ者には行けぬ」
「助かるよ。何か協力できることがあれば協力させて欲しい」
 イライダが軽く頭を下げると、族長は頷いた。
 そのあとイライダとヨビがアナヒタと対面し、あっさりと滞在の許可を得ることになった。

 族長との問答、アナヒタとの対面を終えた蔵人とイライダ、ヨビ、ニルーファルは足早に自分たちの舟に戻ろうとしていた。
 そこでふと、蔵人は気になったことを聞いてみた。
「そういえば、アカリとはなんかあったのか?」
 去り際のあのハグにも似た行動の理由が気になっていた。一つ一つ気になったことを聞いておかねば、あとでまたニルーファルに叱られるのである。
「なに、始祖に繋がる話をしてくれたのだ」
 族長とその娘であるマルヤムの氏族名は『エルィオァル』。
 そして月の女神の付き人の筆頭女官長であるオーフィアの氏族名もまた『エルィオァル』であった。正式には『オーフィア・オル・ヴェルデ・ヴァ・クゥウフォルニア・エルィオァル』というらしく、蔵人もアレルドゥリア山脈で聞いたことがあったような気がしていたが、まったく気づかなかった。というよりも忘れていた。
 その名が意味するのは、同じ血族であるということ。すでに分派してから一万年以上も経過してはいるが、これはバーイェグ族がかつてミド大陸にいた可能性を示していた。

 アカリがオーフィアから伝え聞いたところによると、確かに一万年前のエルフは内部分裂を起こし、一方は魔王についた。だが、それは魔王というよりはただの戦争であったらしい。
 これは口伝であり、エルィオァル氏族に伝わる秘事であった。当時は苦々しくもそれが当たり前のことであったが、時代の変遷により、あの戦争は魔王の侵略とされた。
 結果、別れた氏族は裏切り者とされ、公には出来なくなったのである。
 オーフィアはもしダークエルフが未踏地域に生存しているようならと、その歴史の真実を公開する準備すらしているそうだ。
 横断が成功すれば、人の行き来が増える。森のエルフは行かないだろうが、アルバウムに帰化したエルフは東端に赴くかもしれない。そのとき、ダークエルフ側が何も知らないのでは、どんな悲劇が起こるかもわからない。
 ゆえにアカリの判断で、エルフの歴史を話して良いことになっていた。
「へぇ、そんなことがあったとはね。まあ、うちも似たような記録があるらしいし、歴史なんてそんなもんさ」
 とイライダが締めくくった。



 それから三日、舟団は東端とは反対の西に向って砂流を進み、とある集落に到着した。
 小さな井戸と砂を塗り固めたような簡素な家が十数個建ち並んでいるだけの小さな村である。遠くに目をこらせば淡灰色(たんかいしょく)の砂漠、塩砂漠が広がっていた。
 舟団が到着すると、炎天下にもかかわらず骨人種たちが出迎えてくれる。
 レシハームにいた骨人種となんら違いはないが、唯一骨の色だけが違っていて、灰色であった。
 ここにイライダの母であるヨランダがいるらしいが、それらしい姿はない。
 すると、ニルーファルが集落の代表らしき骨人種に事情を聞いてくれた。

「――それをご報告したかったのです。ヨランダ殿は昨夜から塩砂漠に行ったままでして」



クリスマスの活動報告に短編が一本ありますので、よろしければそちらもどうぞ<(_ _)>
……少し、暗いですが。(バッドエンドやホラーではないです<(_ _)>) 

よいお年を<(_ _)>
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