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用務員さんは勇者じゃありませんので 作者:棚花尋平

序章 飛ばされた理由

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1-ぶんどられて願ったことは

 
 市立桜ケ丘高等学校の用務員、支部蔵人(はせべくらんど)が召喚されたのは、学園祭のゴミの後始末に集まっていた数十人の生徒と三人の教師と一緒に、校舎裏でのことだった。

 一瞬で、世界が光に覆い尽くされる。

 そう誤解してもおかしくないほどの爆発的な閃光の直後、内臓ごとどこかに持っていかれるような浮遊感に襲われた。

 そして次の瞬間にはもう浮遊感は消えていた。
 瞼を突き刺す光も、一瞬で消えた。

 ふと感じた人の気配に安堵し、蔵人はうっすらと瞼を開いて視線を巡らせる。
 生徒たちがざわざわとしはじめ、三人の先生たちが動揺しながらもなだめていた。奇声や嘆きの声が早くも上がり始めていた。
 ここはどこなんだと。
 なぜこんなところにと。
 帰してくれと。

【世界の狭間に漂う者たちよ】

 脳内に声とおぼしきものが響いた。
 不思議と落ち着いた。絶対の母性であったようにも思う。
 それは生徒たち、先生たちも同じようで奇声や叫び、ざわつきさえもおさまった。

【残念ながら貴方達は召喚されてしまいました】

 不思議と意味はすっと理解できた。理解できたが、意味がわからない。

【ここではない別の世界で、とある才あふれる未熟なものが、戯れに存在しないはずの勇者召喚を成功させてしまいました】

 ふざけるなっ、私たちをもとにかえせっと一年Aクラスの体育教師がどなり声をあげる。
 それをかわきりに生徒たちも次々と声をあげ始めた。

【――地球はすでに私の管理から巣立っておりましたので召喚を防ぐことはできず、貴方達を召喚した世界は私の管理が及んでいるところではありません】

【今は、召喚によって起きた世界間移動の、全てが曖昧なときだからこそ、こうして私が貴方達に干渉できているのです】

 さらに教師が声を上げようとしたが声がそれを遮った。

【これから貴方達のいく世界は、地球のように人が支配している地ではありません。手に負えない危険がすぐそばにあります】

 その厳しい声に誰もが喉を詰まらせる。
 まるで、幼いころに母親に叱られているときのようであった。

【言葉はわからない、武力もない、魔力もない貴方たちでは、あまりにも無力な世界です】

 そしてすぐにふっと声を和らげる。

【そんな場所に貴方達を放り込むのは忍びありません。ですから貴方たちには最低限の力を授けます。まず、言葉と、適応できる身体を】

 全員が青く光る。

【そして、その身を、仲間を守る(ちから)を】

 剣の形に白くボウっと光る塊が、ひとりひとりの前に浮かび上がった。
 全員が自然と警戒することなくそれを手にしていた。

【それではお行きなさい、我が子たちよ。せめて健やかならんことを願っています】

 我が子?と疑問に思う間もなく、身体が黒く光りだした。どこかに引っ張られるような感覚もある。
 その時であった。
 蔵人の手から剣がひったくられる。
 そして、あっという間もなく、そいつは走りながら消えていった。
 その背中は一年生の……名前までは知らなかった。
 顔だけはなんとか思いだせた。勝気でプライドの高そうな。噂ではどこかの社長の息子だとか。先生の間で噂になったのを覚えていた。
 でなければ顔も覚えていなかったかもしれない。入学して半年の生徒の名前は愚か、顔もあやしいのだから。
 怒りを向ける相手もなく蔵人は茫然とするほかない。

【愚かな。今いるものたちよ、安心なさい。あちらの世界にいったならば、その(ちから)は貴方達の才能となり、定着しています。奪うことはできません。そして、もうここで、そのようなことも許しません】

 声の主の叱声を聞きながら、不意に少し離れたところにいた体育教師と目があい、しかしそいつは失笑とも苦笑とも取れるような顔をして消えていった。
 他に目のあった生徒や教師も同じような顔をして消えていった。
 蔵人は自分もこのまま召喚されるのだろうと思うと、悲観した。

 市立桜ケ丘高等学校、一年生二十五名、二年生二十五名、三年生二十五名、教師三名、用務員一名、総勢七十九名は地球から、別の世界に召喚された。



【……ああ、哀れな子よ。申し訳ありません】


 蔵人はまだ飛んでいなかった。
 白い空間に一人ぽつねんと残されていたのだ。

【一人につき一つしか存在しない(ちから)ゆえに、そなたに新しい(ちから)を与えることはできません。あちらの世界に降りたってしまえば、魂に定着してしまった力は取り返すこともできません。ここは全ての存在が曖昧になっていますから(ちから)を盗むなんてこともできましたが、本来の、存在の確たる世界ならば人が人の才能を奪うことができないように、(ちから)を盗むこともまたできません】

 蔵人はなんとなくそうだろうなとも思ったし、そもそも考えると盗まれた自分が悪いともいえる。こんなところで窃盗をとがめるものは誰もいないのだから。
 とはいえ、許す気も毛頭なかったが。

【見も知らぬ土地での唯一のつながりなのです、あまり物騒なことは考えてはいけませんよ】
 声の主は、それ以上を言うわけにはいかなかった。
 これからいく世界を恨まないように、呪わないように。
 本当ならば、(ちから)を盗んだ愚かな子も、まだここにいるはずだった。
 だがそれは、あちらの世界に阻まれて、かなわなかった。
 所属する世界の管理権に基づいた、世界の正当な力の行使は、全てに優先される。
 すでに彼らは、あちらの世界の物だった。

 蔵人はしかし、すでに、決めていた。
 許す気は、ない、と。

【……しかし、困りましたね】

 困ったような声を聞きながらも、蔵人は盗まれたことをまだ考えていた。
 許す気はない。
 だが、取り返すことはできない。
 それなら、もう関わりたくないなと。
 就職が失敗したこともそうだし、どうにも自分は社会に適応しづらいなと考えていた。
 努力が足りないのだと言われれば否定はできないし、我慢が足りないのだと言われば間違っていないとも思う。
 ただ、自分がしたいなぁと思うことは、極めた状態でこそ社会で必要とされて稼ぎになるのであって、それ以外の段階はなんの役にも立たない。
 相手や物事が間違っていると思えば融通も我慢も利かなくなるし、はっきりと抗議もしてしまう。それが自らの不平不満ではなく、正当なものであったとしても、そうしてしまうと社会では上手くいかなかった。
 だから、関わりたくないのだ。
 いや、関われないというのが正しいかもしれない。
 自分は社会に上手く適応できなかったのだ。卑下するわけでも、被害者面するわけでもない。それが事実なだけだ。
 できないなりに、警備員や清掃員、用務員などをこなしてきたのだ。
 すべてバイトか契約社員だったが。
 蔵人はだから、考えていた。
 召喚後は彼らから距離を取ると。
 契約社員の用務員さん、というつながりがなくなった以上、我慢してまで一緒にいる理由はなかった。
 低い賃金で、出世などのぞむべくもなく、契約の更新すらない。
 ゆえに帰属意識や愛社精神、プロ意識などあるはずもなく。
 それでもできる限り最大限、仕事はまじめにやったのだから、それで責められることはないはずだ。

 
【……ではどこか別の場所に召喚をずらしましょうか。人の行いである召喚を、私がやめさせることはできませんが、それくらいならば】
 あちらの神はこの青年に対して、性急に管理権を行使する気配はなかった。
 それどころか、場所くらいならどうでもいい、と寛容である。
 寛容どころか、興味すらないような気配であった。 

 思わぬ提案に蔵人は目を輝かせた。
 あたかも心を読んだかのような返答であったことも考えずに。
 できれば雪山とか砂漠とか人が少ないとこをお願いしたいとすら思っていた。蔵人は雪国出身であったし、その反動なのか砂漠への浪漫ももっていた。とはいえ前人未到の砂漠とか、死の雪山だとかそういうところを考えていたわけではなく、できれば辺境のちょっと手前くらい、ほどよい程度より少なめに人がいる生活圏のわずかばかり外の雪山か砂漠がいいと。
 細かい上に、図々しい願いであった。

【……言ったようにあちらの世界は魔獣や怪物(モンスター)が跋扈しているのですよ?】

 それでも蔵人は食料と水、あとは雨風さえしのげればいいとさえ思っていた。
 盗まれた直後で少なからず自暴自棄気味にも、厭世的にもなっていたし、超常現象に直面し処理しきれず短絡的にもなっていた。
 それでも自分の望みとそれほど乖離した願いだとは思っていなかった。

【……食料と水を一年分に、あちらの世界での一般的な魔法教本、ナイフくらいしか用意できませんよ?貴方だけを優遇するわけにもいきませんし、あちらの世界に過剰に干渉するわけにもいかないのですから】

 母がいうことを聞かないバカな子をたしなめるように言う。
 だが、バカな子は頷いてしまう。
 嬉しそうに。

【わかりました。それではお行きなさい。】

 蔵人はぺこりと頭を下げると、黒い光に包まれて消えていった。

 誰もいなくなった空間で、声のみが響く。

【何もできない母を恨みなさい。理不尽なる世界を、それでも呪ってはなりません。願わくば、あちらの世界を恨まず、幸多き人生があらんことを】



【盗んだ子とて、我が子は我が子。その子の幸せを願うのは愚かな母なのでしょうね。しかし、ここで奪った(ちから)が安定して使えるかどうか、もはやそれは私にもわかりません。禍福はあざなえる縄のごとしとはいいますが、それではあまりにも酷というもの。ああ、やはり愚かな母ですね。全ての子に幸多きことを】


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