幻の異世界《ハルシオン》
自他共認めるダメダメニート少年のガイルは、
ある日とあるサイトから育成ゲーム「電脳獣ハルシオン」をダウンロードする。
"組織"は絶滅の危機に陥っていたハルシオンを確保し、
それを殖やすためサイトを通じて世界中に配っていた。
過去に一掃したはずの電脳獣が再び出現したことを知り、
"青年"はもう一度、立ち上がる。
今度こそ幻を完全殲滅する為に。
たった一つの幻を巡り、
二つの勢力がぶつかり合う戦場の中、
戦いに巻き込まれた少年の行く末は?
五分だけの幻。
組織。
殲滅者。
そして育成者。
四つの幻想という鍵が重なる時、幻の異世界への扉が開かれる。
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天空に月という名の使者が現れる夜。家の中が、しんと静まり返っていた。
家と言ってもワンルームマンションのとある一部屋。
一人の少年が布団で横になって眠っていた。
銀髪紅眼の、どちらかと言えば平均よりやや下な顔つきをした少年――本名不明で自称ガイル。
いつもなら朝になるギリギリまで起きている。
のだが、一週間ほど前から23時を過ぎると同時に強烈な眠気に襲われるのでの、
それに耐え切れずに眠ってしまう。
そして何故か決まって"同じ夢"を見る。
……そう。今日も見ている。不思議な夢を。
でも起きると、どんな夢だったのかな? という感じで、内容は覚えていない。
悲しくて辛く苦しいって事は分かる。
何故なら起きると"冷たい水"が頬を辿るように落ちて、心が痛むから……、
「……っ! また"あの夢"……か」
布団の右横に置いたティッシュを取って目と落ちた跡を拭き、体を起こす。
時間を確認するため目覚まし時計に視線を向ける。
「16:49」という数字が表示されていた。
「はぁ〜……。今日も殆ど俺の時間が潰れたし……」
此処の所、早寝遅起きという生活リズムを神様に強制させられてんじゃないのか?
そろそろ病院で診てもらった方がいいかな?
とか考えつつも、愛用してるノートパソコンを取り電源ボタンをオンにして、
今年でプレイ二年目になるオンラインゲームを起動する。
「あと一週間くらい続いたらマジで行くか病院……けどやだなー」
他人と関わり合うを持つのが嫌いなガイルは、なるべく人と会わないようにしている。
病院と言うことは他の患者、つまり人が沢山いるというわけだからだ。
「それに……注射とか普通に嫌だし」
こちらが本音でした。
「って病院の話は一旦中止! 今はこれこれ……ん? ギルメン誰もいねぇ」
ギルド・サティスファクション。
現在進行形で巨大になりつつあるガイルがマスターを務める将来有望なギルドだ。
「いや一人いたっ! カスリアンじゃん!」
ギルドの一員でありゲーム内で一番仲が良い。
そして勿論カスリアンとはキャラクターの名前だ。
「ああ、君かい。今日もまた君にしては遅いINではないか」
彼もガイルに気づいたらしく声をかけてきた。
「前に言っただろ? 最近はかなり眠くて。寝ても寝たりないんだよ」
そこでフッ、と思う。
深夜プレイヤーである彼は普段ならこんな早めにログインはしない事に不思議に思い聞く、
「そいう言うお前は何してるわけ? カスリアンにしては早くねぇ?」
「……気分転換だ、気分転換。時に、ハルシオンという育成ゲームは知っているか?」
「え? 何そのヤバい薬の名前のゲーム?」
「知らないのなら知らないままでいい。それにこのハルシオンはラテン語で幻という意だ。薬の方とは無関係だ」
「ふぅ〜ん。で、何でそれ聞いたわけ?」
「一度は耳にしたことあるだろ? 連続PCクラック事件」
「ああ」
連続PCクラック事件……3ヶ月前からネットに接続してるしていない問わず次々とパソコンが破壊されている。
原因は新種のウィルスらしいけど詳しい詳細は不明。
噂では、そのウィルスはOS関係なしで動作し、セキュリティーソフトに引っかかることもなく実行するらしい。
まぁ、本当かどうか半信半疑なんだけど。
「実はなクラックされたPCにはハルシオンという育成ゲームがインストールされいた痕跡が有った……らしい」
「へぇー、で、ハルシオンって面白いの? どこで落とせる?」
「たわけっ! 今の話を聞いて僕が君に何を言いたいのかわかるだろ?」
「……見つけても入れるな、でしょ?」
「正解だ。君は危険な事に首を突っ込む趣味があるからな。
危ない橋を渡る前に忠告せねばと思ってな。
君の行動力には感心するところもあるけれど、
度を超えるなよ?」
「分かった分かったよ分かりました! から過去の墓穴は掘らないでくれカスリアン副マスター殿!
というか趣味じゃねェェェェ!」
そうカスリアンはサティスファクションの副マスター。
口調は少しきつめだが、誰にでも優しく頼りになる参謀。
けれど少々サディズム属性あり自分ワールドを展開すると熱弁してしまうのが欠点。
まぁ、でもここまでギルドが大きくなったのは彼のおかげでもある。
「それにあの時は仕方なかったんだって……」
「ああ、承知してる」
「ホントかよ?」
「よし。忠告はした。今日はもう落ちる。じゃあな」
「え? 早いな。お節介は確かに受け取ったから。またな」
カスリアンがログアウトしたのを確認後、
他のギルメンが来るまで狩りをして時間を潰す為に、
一人じゃ無理というPT必須の上級狩場に向かう途中で
「ハルシオンだったけかな……」
PCクラックに関係するらしい育成ゲーム型のウィルス(?)を考える。
――気になる。
もし話が本当なら誰が何の目的でやっているのか?
どんなゲームで何を育てるのか?
――気になる。
何故だろうか。
「ハルシオン」の名前を聞くと心が揺れる。
どうしてだろうか。
考えるほど心の奥底から、とある感情が溢れ出てくる。
――好奇心。
「ちょっとだけならいいじゃねぇの……」
ガイルは心中で共に謝罪する。
ごめんよ、約束破る。だって"好奇心には逆らえない"。
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その夜。22時頃。ガイルはまだ部屋の中でパソコンを弄っていた。
正確には次から次へと色々なサイトを観覧、つまりネットサーフィンをしている。
もちろん"あるゲームを探す"ために、だ。
「見つからないな……育成ゲーム"幻"の"い"の字も"ま"の字も出ないし」
数時間前に友から忠告を受けたゲームプログラム。
そうハルシオンという育成ゲーム。
「はぁー、やっぱりねぇな。メールみて寝ようっと……ってあれ?」
メールボックスを開くと一通のメールが届いていた。
開いて確認する。
怪しいタイトル。
一行だけの短い内容。
件名【 Halcyon 】
本文【 Click here to download 】
「ははは、まさかなぁ。でも、もしかしたら……」
リンクをクリックしてダウンロードウィンドウが現れた。
少し驚きながらも、デスクトップに保存する。
圧縮されたファルダを解凍して、中にある実行ファイル。
――Halcyon.EXEを起動した。
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『この度は"幻"をダウンロードして頂き、ありがとうございます』
開いた窓の中に広がる、黒で塗りつぶされた世界に、機械的な女性の声でアナウンスが響いた、
『そして、もう一つの世界にようこそいらっしゃいました』
響く声に少し遅れ、世界に一文字ずつ白い文字が書き加えられて行く。
『ではプレイされる前に、私から救世主であるはずの貴方に――』
ゲームの操作方法だろうか。キーボードやマウスによるゲーム内での動かし方を説明している。
『――それでは本題に移ります。この目的は、とても簡単』
刹那、ほんの一瞬だけ周りの空気が下がったような気がした。
気のせいだろ。うん、気のせい。
『世界を"拒絶"するハルシオン。三つの行動を駆使して、彼に世界を"認めさせる"事』
物語の重要なキーワードなのか?
それとも作者は自分は偉いぞと自慢したいのか?
"かみ"の文字だけ太字と赤色で描画されている。
『おっと、あんまり"時間"がございませんので、メインプログラムに移らせて頂きます。よろしいですね?』
左クリックボタンを押し、話を進める。
『それでは、良き幻を……』
真っ黒な世界という名の画面の中の前方に光る点が生まれた。
光はドンドンと強く輝きだし闇を塗りつぶすと、世界が反転した。
闇ではなく光が。黒ではなく白が支配する世界へと。
画面の右上には0からカウントアップする数字。
そして世界の中央に、画面から見れば真ん中に"丸い何かがいる"。
たぶんこれが、育成対象の"電脳獣ハルシオン"。
そうここから三つのコマンドだけで知恵を絞って世界を認めさせるはずなのが、
「これ何処の分類にカテゴリされるクソゲ?」
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「噂になったり事件になったりするくらいの育成ゲームだったから、かなり期待してたんだけどなぁ」
そう言いながら数値が16になった瞬間。窓の終了ボタンを押す、
「つまらん。はい、クソゲはゴミ箱に直行しようね」
とゴミ箱に入れ、右クリックで「ゴミ箱を空にする」で完全削除。
「ふぁ〜……そろそろ眠くなってきたし、寝よ」
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ガイルはまた夢を見る。
一週間連続して同じ夢を、だ。
いつもならどんな夢かは覚えていない。
けれど何故か今日は不思議と、少しばかりだが内容を覚えていた。
窓も扉も換気口もなく。真っ白な壁に、真っ白な床と、全てが白一色に染められた部屋。
その部屋の中心に巨大な机が置かれていた。そして向きあうように椅子に座る二人。
一人は銀髪紅眼に痩せ気味の体つき、どちらかと言えば平均よりやや下な顔つきをしたメガネをかけた少年。
――ガイル。良く見ると彼の隣に羽が生えた丸い生物が浮いていた。
(ハル……シオン? 何で俺と? つーか、ここはどこだ?)
もう一人は、黒髪黒眼の全身黒一色で統一された服を着ている。
(あいつは誰?)
性別や素顔は分からない、闇を纏っているみたいに目視できない。
ただ分かるのが、"黒い"という事だ。
二人に漂う沈黙の空気。それを壊したのは、黒い人の一言、
「遊ぼう」
(っ!)
世界が点滅した。
白、黒、赤、黄、緑、赤、青、と次から次へと新しい色で塗りつぶされた世界という黒板。
ガイルの視界に展開した光景は――
「……っ! はあ、はぁ……夢か」
見慣れた自室だった。手を頬に当てると、いつも通りに"冷たい水"が通った跡があった。
「夢、覚えてる。でも」
何であれで心が痛むんだ? さすがにおかしい。
夢の中の三人の登場人物。ガイルとハルシオンと黒い人。
他にも"何か"ある。
布団から立ち上がり、時計をみて時間の確認。「23:15」と……。
「えっ? ちょっとまってよ。確か22時前に寝たから、一時間ちょいしか睡眠とってないことになるじゃねえか。今まで早寝遅起してたからかな?」
まぁ、いいやとこれでオンラインゲームする時間が増えると呟き、PCをつける。
そこでフッと、デスクトップに"あるはずのないモノ"に気づいた。
それは、
「ハルシオン? そんな削除したはずなのにっ……何であるわけ?」
本当に削除したあのゲームなのだろうか。
ガイルはファルダを開き、中にある実行ファイルを起動させる。
開かれた窓内の画面。その右上に"16"と表示されいる。
「なっ! ちょ、どうなってんの? これ?」
普通に考えて、これはあり得ない。
何故なら、ハルシオンをデスクトップに保存したときに、
そのフォルダ全体に"とある制限"を掛けた。
ネット接続、ファイル操作やレジストリなどの書き読みをだ。
つまりゲームのセーブは出来ないという事。
だけど、現に今。
完全削除したはずなのに、セーブロードをするのは不可能なのに。
削除される前の状態に戻っている。
――刹那――
「遊ぼう」
夢の中で聞いた声、低い声が部屋全体に響いた。
はっきり、とだ。
ガイルは目を見開き、凍りついたように動きの一切が止まった。
視線の先にあるPCの画面。その中に、
『ガイル……遊ぼう』
と白い文字で書かれていた。
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最初は誰もが思いもしなかった。
たった小さな出来事だったから。
けれど、その小さなことが、
少年の運命の歯車を狂わせた。
夢 と 幻が、
現実ではない二つの存在が交わり。
後に多くの生命を巻き込む大事件の引き金となる。