異世界に転移した俺はカップめんで百万人を救う旅をする
カップめんには神様が宿っている。
あんた今、絶対に俺のことヤベエ奴だと思っただろ?
でもこれがマジなんだ。
大学卒業後、就職に失敗した俺は、残念なことに家に引きこもりニートになっていた。
そこまではまだいい。いや、良くはないが、とにかく今は関係ない。
とにかく暇な俺は、毎日カップめんばかり食って生活していたんだ。
ネトゲをしながら。漫画を読みながら。アニメチャンネルを見ながら。カップめんを食らい続けたわけなんだが……俺って他の作業に没頭すると周りが見えなくなるタイプでさ。
お湯を入れたまま放置したせいで、カップめんを何個も無駄にしたのだ。
「あー、またやっちまったよ」
そんでバシャーっと、伸びきった麺を容赦なくゴミ箱へ捨ててた。
それが一年以上続いたある日――
「いい加減にせんか、馬鹿者!」
「な、何だ!? 爺さん誰だよ?」
「ワシはカップめんの神様じゃ」
突然、自称神様が出てきて怒られた。
その後、数時間にも及んだ説教の内容をまとめると、「ワシはカップめんを愛しているから、無駄にされて腹がたっとるんじゃ」という感じである。
そしてカップめん愛に溢れる神様は、理不尽にもこう言い放ったんだ。
「決めた。貴様には異世界での奉仕活動を命じるぞい」
「はぁ!? 何言ってんだ爺さん」
「やかましい。カップめん百個を無駄にした罰として、異世界の人々を百万人を救うまで戻ってくることは許さぬ!」
そして俺は強制的に異世界に転移させられた。
一応、人々を救う為の能力を付けてくれたみたいだけれど……
カップめん百個に対して、人命百万ってどう考えてもおかしいだろ!
これはそんな理不尽な天罰を受けた俺が『カップめんを召喚する能力』を使って、異世界の人々を救う物語である。
俺が飛ばされたのは西洋風の剣と魔法、そしてモンスターが闊歩する世界。
最初はビビリまくったが、絶対に生き残ってあの糞ジジイに一泡拭かせてやるという執念のおかげで、俺は今日まで生き残っていた。
今朝も野原で『カップめん』を召喚して朝ごはんにありついている最中だ。
「あー、うめえ」
召喚したのはカップ○ードルのカレー味。
発泡スチロールの容器から立ち上るのは強烈なカレーの香り。麺はふにゃふにゃの縮れ麺。モチモチとした食感とドロッとしたスープが絡み合い、噛むごとに深い味わいがにじみ出る。カレーのスパイシーな香りが、鼻の奥を強烈に刺激する実に罪作りな一品だ。
「くそう、白飯が欲しい!」
カップめんの奥に残ったドロドロのカレースープを見ていると、白ごはんを混ぜて食いたい衝動に駆られるが、それは無理な話なのさ。
俺の能力で出せるのは、カップめん、お湯、割り箸、キッチンタイマーの四つのみ。
「まあ、とりあえず飯が食えるだけでもありがたいか……」
それにカップめんには様々な特殊効果があるからね。
俺はその恩恵で日々、異世界の人々を救っているのだ。
朝飯を終えて、人気の無い街道を歩いていると、何かが目に入る。
「何だありゃ……」
近づいてみると村娘っぽい5歳ぐらいの女の子が倒れていた。
野獣にでも襲われたのだろう。所々が食いちぎられていて、血まみれだ。
「た、たすけて……おにいさん……」
「任せろ。数分後に治療してやるからな!」
そして俺は能力を発動。
召喚されたのはラ○ウのしょうゆ味だ。
このカップめんには怪我を回復するポーションの効果があるのさ。
「我が生涯に一片の悔いなし! の方とは関係ないぜ」
「……もうだめぇ」
「あ、ごめん。すぐ治してやるからな」
ふざけちゃ駄目だね。
そしてお湯を注ぎ、5分間のほのぼのタイムである。
「あはは、死んだお母さんが向こうで呼んでるよ」
「マジごめん。もうちょっとだけ踏ん張ってくれ!」
この能力は凄いんだけどタイムラグがあるのが欠点だな。
「よし、出来たぞ。さあ、食え」
そして俺は女の子に割り箸を渡す。
「何これ?」
「神の割り箸さ。持つと(強制で)カップめんを食わせてくれるんだ」
「なにそれ怖い」
いや、実は結構便利なんだよ。
異世界の人たちは箸の使い方がわからない上に、麺をすするのが苦手なんだ。これはその問題を全て解決してくれる便利アイテムなのさ。あと、死にかけの女の子が箸持ってラーメン食い始めるという高難易度なミッションを、見事に完遂してくれているしね。
「……!? 何これ。こんなに美味しいの食べたことない!」
神の割り箸によって、少女の口へ次々と運ばれていくのは中太ストレート麺。つるみ、コシ、もっちりとした食感を兼ねそろえた麺は、ほんのり塩分が感じられて口に充足感を与えてくれる。
カップめんの底が見えるほど透き通ったスープは、シンプルなしょうゆ味。湯気と共に周囲へ広がる上品な醤油の香りは、この世界では珍しいのだろう。女の子は何度もクンクンとスープの匂いを嗅ぎ、ほっと安らかなため息をついていた。
あっさりとした中に独特のコクを持ったスープは、もし可能なら野菜やチャーシューを入れると素材によく絡まって、ラオ○をもっと楽しめるんだ。
「はぁ……幸せ……」
ズズズー。と、女の子は最後の一滴までスープを飲みきると恍惚とした表情を浮かべる。
同時に彼女の体が金色に輝き、怪我が一瞬で回復した。
「す、すごい……あんな大怪我だったのに」
「このラーメンにはポーションの効果があるからな」
「ぽ、ぽ、ポーション!?」
女の子はその言葉をつぶやくと飛び上がった。
「ポーッションって、とても高いんでしょう!? わ、私、どうやって恩を返せば」
ぽろぽろと涙を流す彼女の頭を、俺はそっと撫でる。
「礼なんていらないさ。俺はただカップめんを食わせただけだからな……」
ふ、決まったぜ!
ちらりと女の子を見れば、頬を赤らめて「おにいさん……」と呟いてるぜ。
こりゃ、気分良いな。俺は頬がにやけるのを必死に抑えながら、少女に背を向ける。
「じゃあな。もう怪我すんなよ」
アデュー。そのまま颯爽と去って、俺は幼女の素敵な思い出になるのだ。
だが、走り出そうとした俺の服を、がしっと掴む小さい手。
「おにーさん」
振り返ると、ニッコニコの笑顔で幼女は言った。
「もう一個ちょうだい!」
「……いいよ」
結局、この後カップめんを10個平らげて、ご満悦頂けたところで解放された。
ピュアなメモリーより食い気。
美味い物を食える機会を、この世界の人は見逃さないのだ。
「ぎゃー死ぬぅー!」
そんな俺の絶叫が街道に響く。
周囲はモンスターだらけ。それに応戦するために、冒険者の方々が魔法や剣で応戦している中で、俺は馬車に引きこもって震えていた。
「男がごたごた騒ぐんじゃねえ! ちったあ戦え、このもやし野郎」
野太い声で俺を叱るのは冒険者パーティーのリーダーさん。
移動のために利用した乗合馬車が、運悪くオークの群れに襲われた。カッコイイ冒険者さんたちは外で戦い。女子供は馬車の中で泣いている。そして俺も絶叫中。←今ココ。
「ちっ、数が多すぎる。このままだと……」
「こ、殺されるんすか。俺たち殺されるんすか?」
「くっ殺な状況になるのが女騎士だけだと思うな」
「アーッ! 掘られるのは嫌だぁー!」
なにそれ。異世界超怖い。
何とかしなきゃ。何とかしなきゃ!
「こんな時は、あのカップめんに頼るしかない」
そして俺はカップめんを召喚し、お湯を注ぐ。
……数分ってマジで長いな!
山賊みたいなごっついリーダーさんが、「何してやがる!」って怒ってるわ。
そして数分後、ついに――
「……完成だ。リーダーさん、これを食って下さい」
「お前こんな時に何言ってんだ!?」
当然のツッコミだ。目の前で仲間がオークとドンパチやってるもんな。
あ、最前列の斧使いのにーちゃんが捕まった。
そしてオークたちに奥へ連れて行かれて――
「アーッ! いいから早く食ってください。お願いだから!」
「わ、わかったよ。一口だけだからな」
そして厳ついリーダーさんは、俺の渡したカップめんを食し始めた。
「な、何だこれ。辛いのに美味い……止まらねえ、こんな状況なのに食うのが止まらねえよ」
ガッツガッツと食べているのは真っ赤なパッケージが特徴の激辛カップめん、シ○ラーメンだ。唐辛子と牛肉が見事に合わさった辛味のスープと、滑らかで柔らかい食感の麺があわさると、激辛なのにツルツルと口の中へ入ってしまう罪作りな一品。蓋を空けた瞬間に広がる香りは、唐辛子とにんにくの風味が加わることで、より食欲をそそるものへと昇華されている。
一番の特徴はやっぱり辛いこと。全体的にさらっとしているのに、めちゃくちゃ辛い。
どうみても辛そうな真っ赤なスープには中毒性があり、一度ハマると病み付きになるカップめんだ。咽ずに一気食いするリーダさんは見事としかいいようがないな。
そして、彼はズズズーっとスープまで完食した。
するとリーダーの筋肉はどんどん膨れ上がり、体が黄金のオーラに包まれる。
「ち、力が……力が溢れてきて止まらねえ」
「このカップめんには戦闘力を強化する効果があるんです。ささ、今のうちにオークを倒しちゃって下さい。そしてあの斧使いのにーちゃんを助けてあげて。マジで!」
縋りつく俺に、リーダーさんは自信たっぷりの笑みを浮かべる。
「任せろ。今の俺にはオークなんざ敵じゃねえよ」
そして始まるリーダーさん無双。
「死にさらせぇぇぇー!」
やがて何十体というオークを紙切れのように屠り、俺達は無事に戦いを終えた。
俺は馬車のみんなから感謝され、とても良い気分に――
「なれるわけねえよなぁ……」
「まあ、お前のせいじゃねえよ」
リーダーさんと深いため息をつく。
原因は馬車の隅っこで、ずーっと何かを呟きながら三角座りをしている斧使いさん。
ごめん。彼は間に合わなかったよ。
貴重な体験のおかげで彼の心は壊れてしまったのだ……
俺はゆっくりと彼に近づき、ラ○ウのしょうゆ味を手渡した。
「せめてこれで体だけでも……」
「……くぅ美味い。ありがとう……ありがとう……」
そして斧使いのにーちゃんは涙を流しながらラオ○のしょうゆ味を平らげていた。
ポーション効果で体の傷は全快。心の傷だっていつか癒されるさ。
リーダーさんがニカっと俺に笑いかけているのがその証拠だ。
「ああ、あいつには俺達がついているからな」
そして硬い握手をして俺達は別れた。
カップめんで全てを救えるなんて、ただの奢りだ。
俺はこの戦いを通して、それを学んだ。
こうして俺の旅はまだまだ続く。
必ず百万人を救って、あのイカれた神様に一言物申してやるのだ。
「待ってろよ。糞ジジイ!」
天に向けて拳を握り、俺は今日も困っている人を探して歩き始める。
救済ノルマ、残り999854人。
連載にするのはどうだろうかと検討中。
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