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FRAUD CALM -tail-
作:早村友裕



SECT.19 不安ヘノ旅路


 目の前にいるこいつは本当に、『ラック=グリフィス』なんだろうか?
 しかし、はっきりとアレイさん、と言った。それはグレイスが知りえない名前だ。その上自分に向かってサブノックの剣を放り、自身も両腰にショートソードを装備している。
 何より、震えるような手が緊張を伝えている、
「普段敬語など使わんくせに、頭でも打ったかくそガキ・・・・
「ガキって言うなっ!」
 懐かしい台詞が帰ってきて、思わず微笑んでしまった。
「うわあ……どうしよう」
 しかし、くそガキはそのまま俯いてしまった。
 何とこかける言葉が見つからず、かといって手も振りほどけず、そのまましばらく佇んでしまった。
 こいつはいったい誰なんだろうか。
 グレイスなのか、ラックなのか、それともグレイシャー=ルシファ=グリフィスなのか。
 まあ、誰でもいい。
「顔、あげろ。くそガキ」
「……無理だよっ」
 やたらと強固に抵抗したくそガキは、どうやら本当に嫌がっているようだ。
 その様子にむっとした。
「いいから、こっちを見ろ」
「やだったらやだっ!」
 お前はガキか!
 いや、どこをどう見てもガキなんだが。
 仕方ないやつだな……。
 とりあえず落ち着くまで、と思って抱き寄せた。支えた肩はやはり華奢で、今にも折れそうだった。なぜだろう。懐かしい感じがした。久しぶりに再会したような、不思議な感覚。
「だめー! 恥ずかしくて死ぬっっ!」
 ガキはそう言いながら胸元をどんどんと拳で叩き始めた。
 恥ずかしい?
 首を傾げておきながら、自分の中に残る記憶の残滓を確認する。
 自分が――というか、ウォルとして吐いてきた凄まじく恥ずかしい台詞の数々が頭の中にフラッシュバックする。どれだけ歯の浮くような台詞を言ってきた?! このくそガキ相手に!!
 今すぐに記憶を抹消して過去を書きかえたい。
 ああもう……全く……!
「阿呆か、お前は」
「うえぇん……だってさぁ……」
「やめろ。俺だって……」
 恥ずかしいんだ、と言いかけてもう口を開けなかった。
 口を噤んだ事を不審に思ったのか、くそガキもすぐ顔をあげる。
 顔を逸らしたがもう遅い。
 真っ赤な顔をしていたくそガキは、すぐに嬉しそうな顔に戻って笑いだした。
「ふふ」
 嬉しそうに笑ったくそガキは、そのまま自分の方に飛びついて来た。
 そのまま背に手を回して抱きすくめられる。
 今更、と思うのだがさらに心拍数が上昇する。
「大好きだ。アレイさんも、ウォルも……どっちも、好き」
 そこへくそガキはとどめを刺した。
 もう――どうでもいい。
 俺の負けだ。
 あの恥ずかしい台詞も告白も全部お前にならくれてやる。
「……ずっと、会いたかった」
 いつか言った台詞を繰り返して。
 腕の中に戻ってきた温かな感触に酔いしれていた。

 ほんの束の間、穏やかな暮らしをしていたのが一瞬で瓦解したように、これが刹那の夢だという事も分かっていたはずだった。
 あの戦場で、自分はすでに人間とは相容れぬものになってしまっていたのだから。
 悪魔の血を継ぎ、全身に傷を刻み、胸に刻印を穿うがたれた。そして、この時はまだ気づかぬ枷をいつの間にか背負っていた。少女が受けた運命を共に抱くため、逃れ得ぬよう絡め取られていく。
 それはハルファスが望み、マルコシアスが懸念した『世界のことわり』――

 不安と別離が近づいていると気づいてはいても、気づかぬふりをしたかった。
 まだ、この腕の中の少女を抱いて、穏やかな時を感じたかった。


 恥ずかしいからやめろと言ったのだが、くそガキは手を放そうとしなかった。
 仕方なしにこのまま家路につく事にするが、日はずいぶんと西に傾きかけていた。
「ねえ」
 唐突に少女が口を開く。
「……何だ」
「あのね、子供ね、生まれたの。二人。双子だったの。男の子と、女の子」
 どう答えていいか分からず、困惑した揚句口から出たのはそっけない言葉だった。
「……そうか」
「すっごい可愛いんだよ。帰ったらすぐ、抱いてあげて。おれ、ダイアナさんとクラウドさんに任せて放り出してきちゃったから……泣いてるかもしれない」
「お前、体は大丈夫なのか?」
「うん、平気。ルシファが治してくれたから」
 静かに、穏やかに。少しずつ言葉を紡いでいった。
 再会の歓喜に打ち震えながらこの先に待つ不安を押し隠し、ただ温かい左手だけを感じていた。
「アレイさんも、契約、したの?」
「……ああ」
 そう答えてから、ケテルに裂かれてしまった服からのぞく心臓の真上の傷を撫でた。
 すると、黒々としたマルコシアスとの契約の証しの紋章が一瞬だけ姿を見せる。
「お前も契約、したんだな」
「うん。もう……年、とらないんだって。ずっとこの姿のまま、生きてくんだって」
 そうか、やはり、お前も。
 ほっとする、と同時に胸が痛んだ。
「……やだね。子供が年取ってさ、死んじゃって、その子供が年取って死んじゃってもまだ生きてるんだって。マルコシアスさんと、同じだね」
 自らの子孫を数百年の間ずっと見守ってきたマルコシアス。
 それはいったいどんな気分なのだろう?
「怖いよ、アレイさん。そんな永い時を、いったいどうやって過ごしたらいいんだろう」
 ずっと、ずっと楽しみにしていた子供たち。ようやく生を受けたというのに、セフィロト国の急襲によってその幸せは一瞬にして瓦解した。
「もしさぁ、見守る事も許されなかったら、どうしよう……」
 育てる事を、見守る事を心待ちにしていたというのに。
「どうしよう……アレイさん」
 セフィロト国に、自分たちの生存が知られてしまった。
 それは、これから先の逃亡生活を意味していた。グリモワール国亡き今、自分たちの身を守るのは自分自身でしかない。何より、今回のように街中に被害が及ぶのならば、一か所に留まるなど言語道断。
 もしセフィロト国の支配が続くのなら、自分たちは永久に逃げるか、どこか見つからない異国の地へ亡命するか……どちらかの選択肢しか残されていない。
 いずれにせよ、そんな危険な逃亡に生を受けたばかりの子供たちを連れて行くわけにはいかないだろう。
 子を思うからこそ余計に。
 自分たちが為し得なかった平穏と安住をまだ見ぬ子らに託すのは、自分たちの我儘なんだろうか。
 痛いほどに気持ちが伝わってきて、胸を裂いた。
「……ラック」
 俯いた彼女の肩をそっと抱いた。
「それは後にしよう。今はただ――それより先に」
 ああ、苦しい。
 何もしてやれないことが。
「会わせて欲しい。会ってみたいんだ」
 見下ろすと、澄みきった漆黒の瞳がこちらを射抜いていた。










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