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HUNTERS
作:グリコ



第六話:サリン


「大丈夫?」

「んなわけねぇー…」

実際ヒリヒリとするのは肘やら手のひらやら砂に当たった部分だけだったけど。少しくらいは大袈裟に言ってもいいだろう。

壁にもたれかかって、治療の様子を見ていたクリスが事務的に言った。

「これで隊長はお前を正式にBクラスの隊員とみなした。恐らくすぐに任務の場所へ配置されるだろう」

金色の睫に縁取られた青い瞳は興味なさ気に宙を見ている。

なんだかなぁと、座っている丸いイスをクルクルと動かす。

「あっ!ちょっと──動かないでよ!」

動き回る肘に、ケイトが多少強引に湿布を貼ったからかなり染みた。

「……あのさ」

「何だ?」

真っ白な肌にブロンドの髪、切れ長の目。なまじ顔がいいものだから、クリスと向き合うとはくりょく満点だった。

「クリス──も、さっきみたいなこと隊長にされたのか?」

ずっと気になっていた。まさか、先程の拷問のような試練が俺だけにされたわけであるまい。

「……いいや。俺はされてない。ついでに言うと、ケイトもされてない」

「……何で」

持っていたピンセットを救急箱に納め、ケイトは俺を見つめた。紅い瞳は少しばかりの憂いを潜めている。

「…私達以外で、Bクラス以上の隊員は全て試されてるはずだよ。まぁ方法はいろいろだけど、貴方みたいに精神系を試されることが多いみたい。任務先は戦場の様なものだから、あれくらいの苦痛に耐えられないとやっていけない」

「だから、何でお前らは試練を受けてないの」

指先を示そうとしたら、近くで退屈そうに欠伸をしていたシュラに噛まれた。

「痛ぁあ!」

「お前!聞いていい事と悪いことがあるって習わなかったのかよこの馬鹿たれ!」

「ああ?!」

「……いい、やめろシュラ」

あくまでも冷静なクリスは青い瞳を鈍く輝かせて呟いた。治療室には、今は俺達しかいない。

「俺と、ケイトはな。親がいないんだ」


そうかよ、心の中で呟いて、後からそれはとても稀で、不幸なことなのかと思った。しかし不幸というにはありまりにも──目の前の二人は明らかに強さを放っていたし、不幸ではない気がした。

「だから物心ついたときにはロイス隊長が育ての親みたいなもので、毎日訓練や修行に明け暮れていた。だからいつの間にか尋常ではない精神力が身についていたらしく、普通に……そうだな、10歳の時にはBクラスとしてハンターズに入りMAと戦っていた。だからだな、わざわざそんな試験をする必要はなかったということだ」

目の前の赤い瞳と青い瞳は混じり、互いに何かを疎通したようにわずかにうなずいた。彼らは俺の踏み込めない、何か強い絆で結ばれていることに気づき、少し心が沈んだ。

そしてまた、家に帰りたい思いが強くなった。

「……ヤマト、もしかして」

ケイトが心配そうに言った。

「いいよ」

多分俺は今仏頂面をしている。何でだろう、今更そんなに嫉妬をする年ではないと自分では思っていたのに。しかも、何に俺は嫉妬しているんだろう。

というか、今思いついた。

「俺、この組織から抜けれないの?」

意思は、昔から強かったように思う。










「ハンターズから脱退するには方法は二つ。一つは死ぬか・二つは戦闘不能もしくは戦闘意欲の低下だ」

「じゃあその戦闘意欲の低下ってやつで、俺は抜けれるんじゃないか?」

「残念ながらだな。お前はまだまだその基準には達していないように見える」

俺はいつだってこの方法で逃げてきた。自分に自信がない、やる気がうせた。どうでもいい、そんな言葉で片付けられるほど、この世界は簡単だと思ってた。

でも、今この瞬間にそれは破られた。

「何で!」

「うるさいな。しかもまだ入団して一日目だぞ?そんな馬鹿な話があるか」

クリスは鬱陶しそうに言うと治療室から出て行った。それを追う様にシュラも。逃げられないかもしれないと分かり呆然とする俺は、ふと視線を感じた。

「…何?」

見た先にはケイトがジッとこちらを見据えていた。本当に、瞳が赤いんだ。宝石よりも紅くて深くて澄んでいる。

「あのね、ヤマト。貴方に一つだけ忠告があるの」

「??」

真剣に、そう告げたケイトは瞬きをした。二人だけになった治療室がやけに静かで、少し心臓の鼓動が早くなる。

「もし、やる気──戦う気がないのなら、早めに組織を抜けた方が良い。前向きな姿勢じゃない人に勤まるほど、この仕事はヤワじゃないし楽でもない」

「……」

肘に隙間なく貼りついた湿布がやけに染みて、先程の戦いの激しさを思い起こさせた。

「貴方が嫌ならやめればいい。だけど。自分にしか能力がないということも──自分に救える命があるということも、理解しておいて」

「……」

理解って。無理だよそんなの。俺に救える命なんて、あるわけない。事実先程、むちゃくちゃにやられたじゃないか。

『ハンターズとは"死に捉われたものの集団"』

それに、いつか誰かそう言ってたじゃないか。生と、死。その二つは、相対するものだし、そもそも言っている意味がよく分からない。

「…今はまだ、わからないと思う」

伏せ目がちに、ケイトは呟いた。

「だけど、時期に分かるから」

確固たる意思を持った目で見据えられて、少し動揺した。一体、何が分かるというのだろうか。出来れば関わりたくもないし、分かりたくもないのだが。

膝においていた両の拳を握り締め、自らを戒める。どちらにせよ、先程のような痛い体験をするのならば、かかわりたくない。しかし──彼女が言う、『自分だけにしか出来ないこと』という意味も、次第に気になり始めていた。








「とりあえず今日は、というか任務が入るまでは本部や寮を自由に行き来していいわ。キーのはずし方は見てるから分かるわよね?それに本部にはいろんな施設があるからそこも見てみるといい。じゃあ、ね」

どうやらここでの一日の生活の流れが分かった。午前中は訓練に明け暮れて、昼食。その後は夕方まで自由時間で、夜は勉強や各自寮に戻って談話や情報収集の時間らしい。それゆえに相部屋の人たちはそれぞれ仲が良く、まるで一種の家族、兄弟のように暮らしている。

俺とケイトとクリスとシュラは食堂で昼ごはんを食べ終え、それぞれ別に行動することになった。

「夕方にはちゃんと帰ってくるのよ?」

「は〜い」

そう言い聞かせる仕草はまるで母と子供のようで、やっぱりケイトとシュラはとても仲が良いのが伺えた。というかケイトが一方的にシュラに愛情を注いでいるようにも見える。

「ヤマト、貴方も図書館いくの?」

「ああ、少しこの世界というか、MAというヤツに関してのいろいろ知識を蓄えたいからな」

最もそれは表面上の理由で、なんとなくケイトの傍にいたかっただけであるけど。

「ふ〜ん、いい心がけなんじゃない?あ、後そうそう。これを貴方にあげなくちゃね」

にこやかな笑みを浮かべて、ケイトはポケットから小さな機械を取り出した。シリコンの素材で出来た、小さなソレを、ケイトは耳に嵌めるように指示した。

「これは世界中からやってくる志願者の、言葉の壁を取り払うために開発された翻訳機みたいなものよ。これを耳に嵌めておけば、聞こえてくる会話を全て貴方の母国語に直してくれる。だから安心して他の人との会話も楽しんでね。…もちろんその言葉を翻訳するのに5秒くらいはかかるから、実際ちゃんと勉強するのが一番よ」

「すっごい、発明だな。何でそんなことできるの?」

「ハンターズは全世界に支援を受けてる組織よ。頼めばお金だっていくらでも出してくれるし、そう、自らの国の国民の命がかかっているのだから、どの国も必死なのよ」

「ふ〜ん……」

やはり自分はとんでもない組織に入ったと思う。だって全世界から支援されるとか、命がかかってるとか。

「あ、でも、何でケイトは日本語が話せるんだ?俺がこの翻訳機を持ってないときにもあんたとは話せたけど…」

ふとそんな疑問が浮かんだ。とても流暢だし、でも明らかに100%の外国人だ。

「ああ、言ったでしょ?私とクリスはロイス隊長に育てられて、英才教育じゃないけど、やっぱり色んなことを覚えさせられた。その中にはもちろん語学もあって、日本語以外にも3カ国は喋れる」

「凄いな…」

本当に心底から感嘆のため息を漏らすと、ケイトは顔をしかめて言った。

「全然、私なんて全然頭良くない、クリスなんか5カ国は喋れるんじゃない?ロイス隊長に至っては何ヶ国喋れるのかな…どんな任務地へ行っても現地の人と呑気におしゃべりしてるから、もうほとんど全世界の言葉を使いこなせるみたい」

「……」

次元が違いすぎた。

 図書館はまた凄く広かった。見渡す限りは木製の机だらけで、天井はガラス張りだった。今日は快晴らしい、柔らかな光に反射して、天井が透明にキラキラ光っている様子は綺麗だった。

日本にいるときは図書館などあまり行かなかったものだから、敷かれた紅いふかふかの絨毯に気をとられている間に、ケイトはさっさと自らの興味のある分野の本棚へ行ってしまった。

「……さてと」

 こげ茶の壁のように高い本棚に挟まれた空間は威圧感と共に落ち着く空間だった。俺はふと匂いがするのに気がついた。木の匂い。いや、紙の匂いだ。古い本屋の中に漂う、あのレトロな匂いがした。ふと近くの本を手にとって見る。相当使い込まれているのだろう、表紙が滲んでいた。題はややこしい、何語かすらも分からないものだったからあっさりと返却する。

すると、俺が立っている本棚のちょうど向こう側、つまり裏からから何やら言い争う声が聞こえた。小声だが、刺々しい口調だ。

 早速、耳に嵌めた翻訳機が活躍するときが来た。二人が話しているのは恐らく英語だ。スラスラと紡がれる言葉が、ちょっとして日本語となりかえってくる。

「…てよ、ここ、図書館なのよ?」

「いいじゃないか。図書館だから、というのもある」

「やめてったら!」

図書館の棚越しに聞こえてくる会話を盗み聞きするなんて自分でも性質が悪いと思ったが、やはり興味が沸いてしまうのは性質だろう。"図書館だから"その言葉に含まれた真意が読み取れて、俺は興味のボルテージが下がっていくのを感じた。もしかして二人は恋人同士なのかもしれない。そうしたら、今聞いている会話はただの痴話げんかだ。

「やめて、ふざけないで。これ以上邪魔をしたら、私貴方との付き合いを見直すことになるわよ」

「ふ〜ん?そんなこと出来るのかな?君が僕から離れるなんて、とてもじゃないが出来るとは──思えないね」

耳をそばだてて、まるで俺は会社のOLみたいだなと苦笑していると、不意に背後からケイトの声がした。

「あ、居た居た〜……て、貴方一体何をしてるの?」

本当に、一瞬心臓停止したと思う。瞬時に振り返り、何事もなかった様に装う。

「い、いや…別に…」

俺の態度に、ケイトは少し眉をひそめて、そうして何かを察したように声の音量を下げて俺に引っ付いた。二人して棚に張り付くような格好になる。

「うわっ…」

「静かに!貴方何か盗み聞きしてたんでしょう?」

「盗み聞きなんて人聞きが悪いな──自然に…」

「自然に、何だって?」

驚いて、声の方を向くと、そこには美青年と美女が立っていた。

「何か棚越しに変な感じがしたんだ。君達だったのかい?」

ブロンドの顔立ちの良い男は嫌味なやつばかりだと思った。いや、俺が悪いのか。

「えっと…だから、あれは付加考慮というもので──」

「別に、貴方を責めてる訳じゃないのよ、事実私が助かったのは確かだし」

男の隣で呆れ顔で立っているのは黒髪だが恐らく外人の美女だった。ぱっちりとした二重の瞳に、小ぶりの唇と通った鼻。典型的なセクシー派だ。

「私の名前はサリン・ソンクラー。貴方は?」

美女はサリンという名前らしい。どうでもいいが、聞かれたので答えておく。

「ハヤシ・ヤマトです」

「そう、ヤマト。"変態"から私を救ってくれてありがとう。じゃあね」

憤怒した様子で去っていくサリンを見ながら、男はこめかみを掻きながら苦笑いを浮かべた。
仕草や、早速ケイトに色目を使っている時点で、どうやらこいつは軽い男らしい。なつっこい笑顔とは正反対の、腹黒い性格をしてそうだ。

「変態とは──失礼な女だなぁ…あ、僕の名前はダン。ダン・ブラウンっていいます。以後お見知りを」

優雅に頭を下げる仕草をしてから、なんと色男ダンが卒のない手つきでケイトの手を取って口付けた。思わずケイトの表情が引きつる。俺の喉も引きつる。

「お美しい──貴女の様な婦人にお目見えできたことで、サリン・ソンクラーに振られたことは無しとしましょう。失礼ですが、お名前は?」

自らが最初に名乗るという関門をクリアしていたダンは、あっさりとケイトに認められたようだ。ダンの容姿も多少なりとも関係してそうだったが。

「ケイト。グレイス・ケイトといいます」

「グレイス──ケイト、承知しました。貴女とは一度、ゆっくりと話がしたいものですね。……ではこれにて」

いつの時代の話し方だと突っ込みたかったが、それが目の前の男には似合うものだから歯痒い事この上ない。一言で言えば紳士。もう一言いえば、サリンの言う"変態"だ。

去っていく高身長の色男を見送りながら、しかしケイトはあまり興味がなさそうに素早く俺の
手を引いた。

「良かったねヤマト、知り合いが二人も出来て」

「良い訳ないだろ──!」

「冗談よ、全くもう」

何だよもう。ケイトは以外に女王様気質なのかと頭に血が上るが、憎らしいほどに可愛い笑顔に黙るしか選択支は残されていなかった。

「とりあえず、こっち来て。少し見せたいものがあるの」

言われるままに着いていき、適当な場所に腰を降ろした。椅子はフカフカしていて、机はガンガンに聞いた暖房で温まっていた。

「…んーと、あ、あった」

「え?」

そう言ってケイトが指差したのは小さな字が羅列するページだった。思わず目の照準を合わせるのに苦労する。

「これ見て。ちなみにこの本はハンターズが秘密裏に作った資料集なんだけど、やっぱりMAについて少しは知ってもらわないと、もしもの時に対処できないでしょう?」

「ああ、まぁな」

なんとなく説得された気分になって示された場所を覗き込む。ケイトはそれを俺に押し付けると、また本棚の間へと消えていった。俺のために調べていてくれたのか、そう思うと、自然に頬が緩んだ。気を取り直して、ぶ厚い本をしっかりと掴み小さい文字を睨む。

『MA…正式名所MisanthropyAnimals(通称MA)』


ここまでで、長ったらしい英語に嫌気がさした。もともと勉強などしないし、嫌いだったせいもあるが、単語の意味がわからない。Animalsは、動物のことだろう。MAって、なんかの動物なんだ。

ザッと目を走らせ、読みやすそうな部位を探す。

『MAの本意は人間が嫌いの生物という意味である。事実MAは人を見ると女・子供に関係なく襲いかかる性質を持つ。基本的な容姿は獣の姿をしているが、人を殺し強くなればなる程人の姿に近くなるので、強大なMA程人と見分けがつかなくなる。ちなみにハンターズ隊員はMAから出る気が分かる』

ここまで読んで、一息ついた。

MAは、人が嫌いな生物のこと。人を殺す。だからみんな、殺されるとか言ってたのか。話のつじつまが合い始め、納得しながらまた活字に目を落とす。

『現在MAの活動が認められている国は全てで5ヶ国。アメリカ・イギリス・フランス・シンガポール・日本である』

……日本?って、俺の国じゃないか。MAが活動しているってことは、すでに誰かが殺されているかもしれないって、ことか?

『幸いにもMAはまだ活発には現れず、数が多く観測された地域からはすみやかに住民を避難させハンターズ団員を送り込むことで被害は最小限にとどめられている。しかしMAの発見報告は年々増加傾向にあり、ハンターズの学者からはいつ数が爆発的に増えても可笑しくない時期にあるとの報告がある』

恐らく、ようするに、かなり危険な状態だということが分かった。学者って、この組織はいったいどこまで凄いのだろう。

というか、今気がついた。ハンターズが送り込まれるのは、MAが観測された地域。俺はケイト達と、道場で出会った。つまり、あの道場の近くでMAが見られたって事か?

そう思うと、居ても経ってもいられず、立ち上がってケイトを探した。

「あーれ、どうしたのそんなに急いで──って」

「なぁ、ちゃんと、MA片付いたんだろ!?」

大声を出したので、周りの隊員がいっせいに振り向いた。しかしそれだけでは余りあるほどの痛い視線に、少したじろぐとケイトは俺の腕を引っ張りながら図書館の隅っこへ向かった。

「大声を出さないで、それにここはハンターズなのよ?"MA"という言葉に、人一倍敏感な人たちの集まりなのだから、無闇にMAとひとにきこえる声で言わないほうが良い」

「…っ、ごめん。でも、どうしても聞きたくて」

「大丈夫。あの周辺のMAは全て駆除した。貴方の心配するような事態には至っていないから安心して」

それを聞いて。固まっていた肩をほぐす。良かった。そうなんだ、本当に良かった。胸をなでおろした俺とは反対に、ケイトは不穏な表情をした。


「だけど──…」

「?」

「ん、いや、なんでもない」

「何だよ、気になる」

「いいから、静かに。早く席に戻って、コーヒーが冷めちゃうわよ」

何だろう。あの言い方、凄く引っかかる。時間がなくて、あまり整えてない髪をグシャリと掴んで、気を紛らわした。

























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