HUNTERS(5/18)縦書き表示RDF


HUNTERS
作:グリコ



第五話:試練


「…きろ、起きろってば!」

「う…ん?」

やけに揺さぶられる体と、突然降ってきた叫び声に薄っすらと目を開く。すると、目の前で俺に馬乗りになって跳ね回るシュラの姿があった。

「いつまで寝てんだよ、この三年寝太郎が!」

バシッと頭を叩かれ、俺は体を起こした。そして寒さに体を震わせた。今は冬だからな、当たり前か。するとシュラは俺が起きたのを確認し、部屋から出て行った。

「なんつー元気だ…」

改めて、子供のテンションの高さに納得しながら、シュラが開けっ放しにしたドアに向かう。

「おはよー」

そう言われて、何度か瞬きをした。挨拶の主は見えない。深呼吸をすると、トーストの香ばしい匂いと擦りたての珈琲の匂いがした。

ソファではクリスが新聞を広げて寛いでいた。キッチンの壁からシュラが走って、手には二人分の朝食が抱えられていた。

「どけどけーウスノロ!」

「んだと…っ」

わざとぶつかるように蛇行するシュラをよけつつ、ジュージューと何かを焼く音がするキッチンを覗く。するとそこにはフライパンを水につけて手を洗うケイトの姿があった。

「あれ。やっと起きたんだ。朝ごはんさっさと食べちゃってよ、後片付けがあるんだから」

「あ…うん。分かった」

そう言って、ケイトに誘導されるままにテーブルに座る。テーブルはガラス張りで、四つの食器とエスプレッソ以外は何も置かれていない。よく言えば清潔感が漂う、悪く言えば殺風景だった。

「いただきます…」

「ハイ、どうぞ」

新聞を見ていたクリスの目が、一瞬俺を捕らえた。

「…何」

「お前宛に、通知が来てる」
 
指指したのは、テーブルに一枚だけ置いてある封筒。俺は箸でスクランブルエッグをつつきながら、薄茶の封筒に手を伸ばした。

「……」

糊付けされたそれを剥ぐと、中からは一枚の紙が出てきた。

『林 大和ハヤシ ヤマト殿。貴殿は今日よりHUNTERSの一員としてBクラスに配置されます。詳細は相部屋の団員にて。それでは… 本部』

「…なんて書いてある?」

クリスが読んでいた新聞をたたみ、紙が擦れる音がした。横を盗み見ると、ケイトは両手でカップを包み、その暖かさに夢中だった。

「いや…何かBクラスとかなんとか」

モゴモゴとウインナーを噛み砕きながら呟く。すると手にしていた紙が消えた。慌てて探ると、背後から忍び寄っていたシュラに奪われていた。

「あっ!おいコラ──」

「……ほんとだ、本当にBクラスって書いてあるよ。何で!?」

フガフガといいながら叫ぶシュラは相当混乱しているのだろう、口に銜えたトーストを床に落としてしまった。これでもかというほど塗りたくっていたジャムが、フローリングの床に染みた。

「ああ!もう、行儀が悪すぎだよシュラ!」

大袈裟にガタリと立ち上がったケイトは、キッチンへ飛んでいった。その一連の騒動を怪訝そうに見ていたクリスは、手元のコーヒーを一口飲み、また何事もなかったかのように続けた。

「Bクラスか。全く、隊長も何を考えているんだ……」

スプーンでコーンスープをかき混ぜながら、働きの悪い頭を奮い立たせる。

「……Bクラスって、何か問題でもあるのか?」

「大有りだよ!」

横からシュラがへばりついてきたので、思わずスープをこぼしそうになった。

「何で何にも知らない、昨日HUNTERSに入ったばかりのヤツが、僕より上のクラスに配属されるんだ!」

「…は?」

床を熱心に拭いていたケイトが、こちらを見てため息をついた。









「まず、HUNTERSにはS〜Dのクラスがあるのは、昨日言ったよね?」

「…ん、まあ」

部屋のリビングの壁に吊るされたホワイトボードに、ケイトは素早くHUNTERSと綴った。やはり外国人、なんだか味のある英語だった。

「一番簡単に説明するよ?…Sが一番上で、Dが一番下」

滑らかにボードの上にピラミッドを書くペンを見ながら、あまりに簡潔すぎて俺は心の中で毒気づいた。

…馬鹿にしてんのか?目を移すと、シュラが舌を突き出してあっかんべーをしていた。

「そこ、余所見しない!」

急に叫んだケイトに驚き、いそいそとボードに体を向ける。何だよ、乗り気じゃないか。

「それで、Sクラスは今一人しかいないの。分かる?隊長よ、隊長。昨日会った黒髪の人」


「分かる。あの人は何かと衝撃的だったからな」

初対面のとき、獣だったし。

「そう、それで──私とクリスはAクラスなんだ。Bクラスは…大和が配置されたとこ。それからCがあって…シュラ、いつまで膨れているの?」

そう言って、ケイトは頬を膨らませて不機嫌そうにしているシュラを見た。

「僕は、絶対納得いかないよ。後で隊長に直接言うから」

「やめなさい。全く子供なんだから……」

子供なんだから子供らしくていいと思ったが、気がつけばケイトも子供なのだ。それに、俺も。

「続き。Dは能力を持たない一般人のことを指す」

「能力?」

腕を組んで、椅子にもたれると、背中に押し付けられた木がミシミシ言った。

「能力を説明するのは、いろいろ面倒くさいから──」

一息ついて、ケイトはペンを置いた。カタンという無機質な音が飛んで、それが合図かのようにクリスが黒い制服を持ってきた。手渡されて、その感触を確かめる。堅い、チョッキのようなものが服の下に入っていた。

「訓練所に行こう?」









「うわ〜……」

訓練所は、全面がガラス張りだった。本部の西側に位置するこの場所は、建物から一箇所だけ突き出ていて、見える景色は爽快だった。高い場所から地平線まで埋め尽くされた森を眺める。

ガラスに張り付いて外の景色に感心していると、後ろで気配がした。

「!?」

「おっ!俺の気配に気づいたのか?さすがはBクラスだ」

振り返った先には、ロイス隊長がいた。さらによく見れば襟元にシルクのリボンがついている。金の刺繍が施されたそれは、滑らかに光っていた。

「…ロイス、隊長」

「ん?」

「リボン、その。何なんですか?」

「ああ、これ。おいケイト、説明してなかったのか?」

そう話を振られて、ケイトは罰の悪そうな顔をして肩をすくめた。

「これはな、階級を現すモノだ。ハンターズ団員にしか分からないけどな。金の刺繍が、Sクラスで、赤がAクラス、それで青がBクラスで、それより下は全て黒だ」

言われてみれば、確かに。ケイトは襟元ではなく腰の位置に赤の刺繍が施されたリボンが揺れていたし、クリスに至ってはふとももの位置に赤の刺繍リボンがあったし、シュラは裾に小さな黒い刺繍リボンがたなびいていた。

「──あ」

ふと腕に目をやると、腕に青の刺繍のリボンが垂れていた。言われるまで気がつかないなんて、どれだけ周囲が見えてないか分かるな…。

「…さて、ヤマト。少し、お前に過剰評価をしてないか確かめたいのだが。昨日の一件だけではさすがに判断がしにくいからな……」

そういって、ロイス隊長は指をコキリと鳴らした。その仕草が、あまりに子慣れていたので、背筋にゾクリと電流が走った。


次の瞬間、隊長はまた獣に変身した。巨大な黒い狼を見て、尻ごまない人など居るのだろうか。手のひらにじっとりと汗が滲むのが分かった。

『……ふふ、お手並み拝見だ』

グルル、と唸り、鼻先に皺がたまるのが見えた時──獣は消え、俺は跳ね飛ばされた。後頭部が堅い障害に激しく打ち付けられ、視界が何十にも分身したかと思えば、すぐさま一m先に獣の血走った黄色の目が現れた。

「ふ、ぐ!!!」

咄嗟に顔の前で腕を交差させ横に飛び退くと、俺の暖かさが残る壁に獣牙が食い込み、そしてバチンという電撃音と共に閃光が走り辺りはまた静かになった。普通の壁ならば、あの一撃で崩れ落ちるはずなのだが、何故だろう。ガラスの壁は何もなかったかのようにあっけらかんと佇んでいた。

「はぁ…はぁ…なんで?」

一瞬の動きにも関わらず、肩や腰や全身が痛んでいた。無茶だ。昨日まで普通の高校生だった──柔道はしていたが、何も訓練などつんでいない俺にこんな試練を。

『……なかなか、上等だ』

つかずもたれずの距離を保ちながら、獣は嬉しそうに笑うと舌なめずりした。フサフサの黒い毛が、棘のように逆立ち、興奮しているのが分かった。

息をつく暇もなく、また姿を消した獣は、無防備だった俺の横っ腹に食いついた。

「うわぁ!!!」

牙が、牙が食い込んで。痛みに胃が焼けそうに熱くなった。

「は、なせ…!!」

ギリギリと、牙ではないのかもしれない。何かそれよりもっと恐ろしい──体の中に何かが入り込んできて、俺の意識を洗脳するような、誰かに、飲み込まれる。頭がグルグルして、暗闇の中に落ちていくような、そんな感じだった。


…ん?ここはいったい……暗い。何もない、真っ暗だ。

『今、AクラスのMAに会ったら、真っ先に死ぬのはお前だ』

これはクリスの声だ。死ぬって、このことを言ってたのか…?


死ぬって、痛いんだ。怖いんだ。嫌だ。死にたくない。

『MAのことは、身をもって知ることだ』

隊長の、声。……これがMA?この恐怖が、MAなのか?身をもって体験したよ。こんな怖さが続くなんて、なら俺は無理だ。こんなのとなんか、戦えるわけないだろ……。


助けて。誰か。痛い。助けて──。


暗い深淵の底で、俺は泣いていた。

なんて怖いのだろう。こんな、こんな世界……しかし次の瞬間、突如真っ白な光が降り注いだ。どこかから、雄雄しい、静かな声がした。



『──主。光栄なる我が主。我に命令を』

……あ?誰?

『貴方の中に眠るものです。私の全ては貴方にささげる。さぁ、今こそ命を……』

命って、命令のことか?なら、そんなものは今ひとつだけ。

──この苦しみから、解放して。

痛むこめかみを抑えてるのか分からない、全てが分からない状況でそれだけを願った。すると、腹を圧迫していたおもりのようなモノが一瞬にして軽くなった。

「…あ、ふ」

肺までもが苦しくて、気がつくと俺は息をしていなかったらしく、額には冷や汗がびっしりと浮きでていた。

息を整えながら、少しは楽になった四肢に安心して上半身を起こしながら辺りを見渡した。

「あ……!」

そこには、獣と格闘する黄金のライオンの姿があった。金色の粒子を帯びたその体は、記憶を手繰り寄せてみると昨日のライオンだった。

『何だ、くそ──ッ!!』

『主、次の命を!!』

絡み、もつれ合いながら黒と金色の獣達は咆哮した。

「…!!」

気が動転して、まだズクズクと痛むわき腹を押さえて立ち上がる。これは、試験なのか?なら、絶対に。


──ふつふつと、体の芯から熱いものがこみ上げてくるのが分かった。奥歯を噛み締めて、逆流するかのような熱い血液をこめかみに感じて、俺は唸った。

「そいつを、殺せ!」

しかし次の瞬間、ライオンは粒子を撒き散らしながら消えてしまった。荒い息を整えながら、黒い獣は隊長へと戻った。訓練所に敷き詰めてある砂まみれになってしまった隊長は、俺をひたすらに睨んでいた。素早く立ち上がり、まだ力が入らないでいる俺の胸倉を掴むと拳を一発頬に食らわせた。

「グッ!」

噛み締めていた奥歯のおかげで、一本も歯はかけることなく、俺はただ砂の上に倒れこんだ。抵抗する気力も体力もなく、空ろな瞳のまま隊長を見上げる。

「…は、お前、今なんていった?」

「──殺せ、と」

「どうして、そういうことがいえた?」

「……」

そんなのは決まっている。隊長は俺を本気で殺そうとした。殺されたくない、俺は生きたい。だから、俺を殺そうとするやつは殺そうと思った。ただそれだけのことに、理由などいるのか。

「いい心意気だ」

「──は?」

隊長は、ぎらついた目をなんとか冷まそうと、深呼吸をして微笑んだ。

「恐らくお前は、俺に殺されると思ったから殺せと言った、そうだろう?」

「……ハイ」

返ってくる答えと、違った。あまりにサバサバと問う隊長に、俺は動揺が隠し切れないで居た。絶対に、もう何発か殴られると思ったのに。

「それは、ハンターズの中では一番重要な素質となる。己の命に対する執着心。それがこの組織で生きていく中で最も重要なものだ」

手のひらにざらつく砂が当たって、不思議と腹部の痛みが引いている事に気がついた。牙が、食い込んでいたのなら、血だって出ているはずなのに、何一つそんな様子はない。

「先程のヤツは、実際に起きた出来事ではない。俺の能力でお前に一つの試練を与えた。お前がそれに打ち勝てるかどうか、強靭な精神力とヴルブを持つかどうか、それらを試したんだ」

「……」

いまいち話が飲み込めないが、先程の痛みが嘘だったと聞かされ、あまりのリアルさに身の毛がよだった。あんな能力が、この目の前の隊長には使えるのか。もし、一歩間違って、その力を濫用するような事があったなら。この世界などひとたまりもない──。

どうやら俺は、とても、絶大な力を持つ組織に入ってしまったらしい。















ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう