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HUNTERS
作:グリコ



第十一話:彼女の記憶


「……」

点滴がポツンと、一定の周期で落ちるのをみながら、俺は眠りこける親父の顔を見ていた。

ふと拳が軽く扉をノックする音がして、振り返るとケイトと看護士さんが立っていた。

「命に別状はないそうだ。でも、少し血が流れすぎたから、血液型が同じのお前から血液を貰いたいのだと」

「ああ。分かった」

もう一度だけ親父の白い顔を見て、献血室へむかう。

「それと」

ケイトは念を押すように言った。

「先程の、空間閉鎖状態での貴方の父親の記憶は消させてもらったから。入院の原因は交通事故ということにしてる。まだ、隊長はハンターズやMAの存在は誰にも知られたくないみたいだから。世界中で、混乱が起きるからな」

「……」

記憶、なくなっちまったのか。寝ている親父を見て、少し微笑む。俺からしたら、その方が後味がいいのかもしれない。だってあんなに、責めてしまったのだから。"人は亡くした後に大切なものに気づく"偉い人が言った言葉が身に染みて分かった。別に亡くした訳じゃないけど、亡くす寸前までは行ったからな。

──やっぱり、どんなに足掻いても、俺はこの男が大事だったってわけだ。

献血をしながら、近くで飾られた花を見るケイトを見て、思い出した。

『今のお前は…まるで昔の私じゃないか』

人形のように端整な横顔は、俺の視線に気がつきこちらを向いた。紅い瞳は少しばかりの疲労を覗かせている。

「何?」

「…さっきの、言葉の意味」

「……」


彼女が問いの意味に気がついた時には、注射針は抜き取られていた。









病室へ戻り、いまだ眠っている親父を尻目に、俺とケイトは妙な沈黙を保っていた。クリスは任務が終わったとはしゃぐシュラにつき合わされ町に行ってしまった。あの白い空間に居た時間は長かったらしい、窓の外からビルの合間に沈む夕陽が見えた。

「……私に、親がいないのは話したよね」

「ああ」

「…その親が死んだ理由がMA」


「──え」


「ほら、ヤマトの親は…運良く殺されなかったけど、私の親は」

静かな空間に漂うような声に、頷く。丸いイスに座って向き合いながら、ケイトはそんなに暗い話ではないとばかりに顔を上げて言った。不意に入ってきた風が、ケイトの柔らかな髪を揺らした。

「ハンターズに入る前だから…うん。10年以上、前かな。幼稚園から帰ったら、親が死んでた」

思わず言葉を失って、目を反らす。多分、親父のことで疲れていたんだろう。真正面からでは耐えれそうになかった。

「何だろう、あの時は、何がなんだか分からなくて──家から飛び出した。それで、ちょうど今日みたいな薄暗い路地に立ってたら、ロイス隊長にあった」

少し開いた窓から流れ込む空気は、部屋の中のぬるい空気を浄化していった。

「私は血まみれの親のこととか、帰る場所がないこととか、全部、何故かあのヒトに話してしまった。……多分、独特の優しさに惹かれていたのかもしれない」

同感だと思い、頷く。俺があの人と出会ったときも、人懐こさを感じた。


「そしたら、隊長は私の手を握って言った」


『復讐。したくないか?』

復讐、その言葉に、背筋が震えるような冷たさを感じた。俺が先程抱いていた感情は、それそのものだった。

「私は何のことか分からなかったけれど、親の兄弟なんかは一切しらないし、行く後もないかったから、あのヒトに着いていく事にした」

徐々に、俺は自分が彼女と境遇が似ていることに気がついていた。小さい頃から、親族の存在を知らない。血の繋がるものの暖かさを、知らない。

「ハンターズには、年齢制限がないのは知ってるよね?」

「…ああ」

シュラとか、何歳なんだろう。ふとそう思った。

「それで、私の親を殺したのはMAという生物だということ。そしてそいつらを殺すための能力が私にふんだんにあること。そして──同じ境遇の仲間が多くいる事を知って、私はハンターズの団員になった。それが多分、私が6歳。クリスが10歳ぐらい」

「……」

クリス、その言葉が出てきて、何故か胸がざわついた。そうしたら、10年間も、二人は──。


「……ハンターズに成り立ての私は、とにかく戦いのときは親のことを思い出してしまって、冷静になれなくて、仲間に迷惑ばかりかけていた」

…ああ、それで。彼女の言葉と、状況のつじつまが合い、俺は納得した。

「だから、私は」

「…──」

 突然の声の震えに、思わず立ち上がる。まさか。泣くな、泣くな。

しかしその動揺は直ぐに亡き物となった。

ケイトは、そんなに泣かない女らしい。直ぐに真っ直ぐな視線で俺を見据えた。

「貴方に、そんな風になってほしくないの」

「……」


「周りが見えなくて、仲間を傷つける。冷静になれなくて、人一人も救えない。そんなって……」

そこまで言って、ケイトは言葉を遮断し何かを示した。振り返ると、親父がわずかに目を開いていた。

「親父…!!」

「……」

覗き込むと、少し空ろな黒い瞳は天井を眺めていた。


「…大丈夫ですか?」

ケイトが反対側のベッドから親父を覗き込んだ。親父は暫し黙り込んで、やっと自分の状況を理解したらしく口を開いた。

「ここは…どうして私は病院に?」

「……それは」

「交通事故です」

ケイトの言葉に、慌てて口を瞑る。…危ない、思わず本当のことを言うところだった。

「貴方は、大勢の記者に囲まれ移動中に、信号無視をしたトラックに轢かれそのまま意識を失いました。その場に居合わせた私達が、貴方をここまで運んだのです」

次々と、口から出任せを言うケイトに感心する。説明を聞いた親父はようやくしっかりとした顔になり、俺を見るや否や目を見開いて言った。

「ヤマト…!お前──どうして、ここに?」

「……えーと」

適切な答えは、この場合なんなんだろう。上半身を起こそうと踏ん張った親父は、腹が痛んだのであろう苦痛に顔をゆがめた。

「ちゃんと安静にしておいてください」

ケイトは微笑んで言った。だいたい分かってきた。彼女の微笑には種類がある。悲しいのと、事務的なのと、本当に嬉しいとき。ケイトは一瞬俺を攻めるような目つきでコチラを睨んだ後、またフワリと微笑んだ。

「今は、人と話すよりも体力回復のために寝るべきです、と看護士さんが言っていました」

「え……?」

「なので私達はそろそろ」

ケイトはその笑みを崩さないまま俺の腕に手を通しドアまで引っ張っていった。

「ヤ、ヤマト」

「心配すんなって」

少しばかり手を振って、そのまま視界は無機質な白いドアに遮られた。


「…少し強引じゃないか?」

「あれくらいしないと貴方あの人から離れそうになかったじゃない」

「折角の、16年ぶりの親子の再会なんだぜ?少しくらい」

「あのね」

苛苛と、ケイトは振り返った。それにあわせ、視線を反らすようにフロントの看護婦さんに会釈する。美人。


「どっちみちあの質問には答えられない。あの場所に居るとボロが出るだけ。なら早く本部に帰って現状を報告する方が効果的」

「……そんなもんか?」

「そんなもんよ」

頭の後ろに手を組んで、病院から出た。外にはシュラとクリスが待っていた。シュラはかなりの荷物を両手に抱えて嬉しそうに笑っている。夕陽に映えるクリスのブロンドを見て、少しばかりのモヤモヤを感じた。10年の月日が、どれだけの絆を作るか、俺は重々知っている。

先程まで不機嫌気味だったケイトはクリスを見るや否や走り出した。駆け寄り、笑い、その荷物の中のおもちゃのようなものを見てまた笑う。いつも仏頂面のクリスも、ケイトと一緒の時だけは笑うことにも、俺は気づいていた。

「……」


少し立ち止まり、その様子を眺める。




……何だか、俺だけが蚊帳の外みたいで。


心の中が、ザワザワした。
















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