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HUNTERS
作:グリコ



第一話:出会い


…暗い場所。とてつもなく、暗くて恐ろしい──…

そこで二人の男が話していた。

『…本当に良いのか、人間』

『ああ。こんな体でいるよりも、キミ達のような強靭な肉体の方がよっぽど良い』

男は悲しそうに手を振ってみせた。

『ならば…』

もう一人が、嬉しそうに笑った。




Hunters...





「むん!」

道場全体が揺れるほどの衝撃の後、スベスベとした床に転がる男を見下しながら、俺ははだけた胴着を整えた。

「…受身ぐらい取ってくださいよ先輩」

「……大和(ヤマト)、お前いつの間にそんなに上手くなりやがった」

その言葉に心の奥がムズムズしてくるのを感じた俺は、汗を流すため道場の隅の手洗いに向かった。道場では誰かの体が床に打ち付けられる度にドスンという大きな音が響いている。
つっかけを履き、道場の裏へと回ると、ふと練習を覗きこむ一人の少女が居た。少女の隣には、背の高い青年。二人は黒い制服のようなモノを纏っていた。服はまだ許せたが、一般人と違うのは、その容姿だった。少女はフワフワとしたゆるいウェーブを描く茶色の髪に、人形の様に長い睫毛。そして──ルビーのように澄んだ紅い瞳。青年の方は少しオレンジがかったブロンドの髪に、利発そうな目鼻立ちをしている。いち早く俺に気づいたのは青年の方で、その青い瞳を曇らせた。

「……」

「……」

俺は警戒しながら、尋ねた。

「何か、御用ですか」

やっと俺に気がついた少女は、やや興奮気味に言った。

「ここは、何なんなんだ?何かの訓練所?」

「……」

訓練所…まるで兵隊ではないかと暫し混乱したが、成る程──ようやく俺は彼らが日本人でないことに気がついた。

「ここは道場です」

「どーじょお?」

少女があまりにも間の抜けた返事をするので、洗い場の蛇口を勢いよく捻った。
流れ出た水が、タイルの上でバシャバシャと鳴った。

「…道場です。柔道をする場所のこと」

「じゅうどう?ああ、それは聞いたことがある。フランスに行った時、結構みんな話していたから…」

思わず顔を洗う手を止め、少女を見た。フランス…?

するとその話を遮るように、青年が口を開いた。俺を威嚇するような圧力を放っている。

「──ケイト。もう行こう。こんな所で時間を食って、奴らを野放しにさせる気か?」

それを聞いた少女は肩をすくめる風な仕草をしてみせた。

「大丈夫だよ、クリス。あいつらは日本ではまだあまり動いてない、それに折角世界を回っているんだ。いろんな文化をみないでどうする?」

俺は二人から発せられる『あいつ等』という言葉に違和感を感じたが、かまわないで顔を拭いた。

少女の名前は、ケイトって言うんだ。やたら言葉使いが男らしい子だな……それで男の方はクリスか…やっぱ外国人だ。

すると、裏口が開いて、先輩が出てきた。どうやら先輩も顔を洗いに来たらしい。

「…ん?何だ。──お客さん、か?」

二人を見た先輩は、慌てて聞いた。道場は最近入門者が減ったいるので、先輩は興味が沸いた人なら誰でも勧誘する。それに先輩は鈍いところがあるから、二人の容姿はあまり気にしていないみたいだ。クリスが益々苛立ちのオーラを発した時、ケイトはシメタとばかりに言った。

「ああ」

「なら道場の中で待っていて下さい。今準備をさせますから…オイ大和!胴着を2着用意しろ!」

「……」

嬉しそうに道場の中に入っていくケイトとは裏腹に、先輩をにらむクリスから殺気のようなモノが出たのは。気のせいだろうか…



「……貴方の、お名前は?」

興味津々とばかりに視線を泳がせていたケイトに、俺は尋ねた。胴着姿になった彼女は、驚くほど華奢なのが分かった。クリスは反対に着痩せしていたのだろう、胴着を着るとガッチリして見えた。しかしやはり髪の色が髪の色だけに、二人とも胴着はあまり似合わなかった。まず先輩は仏頂面していたクリスを呼び、体験練習を始めた。

「…人に名前を聞くときは、自分から名乗るのがルールだ」

ケイトがそう答えた時、先輩が床に叩きつけられた。ドシン!と音が響き、俺は型がまったくなっていないにも関わらず先輩を投げ飛ばしたクリスの強さにも驚いたが、いやいや俺でも出来たのだから、と考えなおし、会話を続ける。

「…ではルールに則って…俺の名前は林 大和(ハヤシヤマト)。それで、貴方のお名前は?」

するとケイトはあからさまに怪訝そうな顔をした。先ほどはあんなにはしゃいでいたのに、どうやらこの子は、知らない奴と話すのは嫌いらしい。

「…グレイス・ケイト」

「──何歳?」

「16。お前は?」

「あ、同い年。俺も16!」

自分と同じ年だと分かり、微妙な敬語を使う必要がなくなる。

「…学校に、行ってるのか?」

少し気後れ気味のケイトは、モソモソと言った。

「ああ。もちろん。…あ〜…ケイトは?」

「私は行っていない」

きっぱりと、彼女はそう告げた。顔つきが、幾分険しくなった。

少しの沈黙の後、先に口を開いたのはケイトだった。

「大和。ここで会ったのも何かの縁だ。もし…また会うことがあったら、その時はよろしく」

そうやって差し出された手を、急いで握り返す。何か意味ありげなこの言葉の真意が分かるのは……もう少し後のことだ。

「よろしく」

 ケイトを真正面から見て、ドキドキしない男はいないだろう。彼女が笑うと、まるで花が綻ぶ時のような美しさと儚さがあった。しばらくの間、俺は惚けていたが、また組み合っているクリスと先輩に目を戻した。

すると遂にその瞬間はやってきた。先輩がクリスの足を取り、瞬間、クリスの胴着が少しはだけ、首にかけている蒼いペンダントのようなモノが見えた。そしてクリスが床に叩きつけられた振動に合わせて、それが振り子の様に揺れた瞬間。

──ドクン。と、俺は体が妙な気配に包まれるのを感じた。

背筋が凍りつくような、ザワザワとした冷たい何かが、体の奥を突き抜ける…

「…どこだ!?」

奇妙な体験から俺を呼び戻したのは、ケイトの雄々しい怒声だった。ハッとして、辺りを見回す。目の前には、立ち上がって辺りを探るケイトと、同じく厳しい表情で何かを探るクリスの姿があった。先輩は何のことかさっぱりらしく、呆気にとられている。

俺は頭を何度も横に振り、一息ついた。今の妙な感じは一体…

すると只ならぬ気配の二人は道場の裏から出て行った。恐らく、何かを話合うために。

──俺はゴクリと唾を飲んだ。

絶対に話を聞かない方がいいのは、分かってる。だけど、先ほどの妙な感触が、体に染み付いて離れない。知りたい。何が、起きたのか……結局、俺は道場裏が見える小窓に張り付き、何とか二人の会話を聞き取れないか試みた。凄まじい地獄耳を発揮する。

「…ケイト…今の…」

「ああ…間違いなく、凄く強いエネルギーを感じた…あれ程強力なエネルギーを発せられるのは、Aクラス以上のMAのみだ」

「……だから言っただろう。『ジュウドウ』等している暇はないと」

「…今その話をしても仕方がないだろ。それにあのエネルギーは一瞬で消えてしまった。どういう訳なのか、分からない──だけどこの近くにMAが居るのは確かだよ。情報は間違っていなかった。一刻も早く見つけ出して処理しよう」

「…よし」

何の話をしているのか全く分からなかったが、『MA』『エネルギー』等という単語は聞き取れた。しかしそれらから何かを知るというのは無理な話で…俺は先ほどの寒気にも似た感触はいったい何だったのかと首を捻った。

「ところで」

声の調子が変わった。

「そこで盗み聞いているのは誰だ?」

凄く近くでケイトの声がした。彼女は一瞬で俺が張り付いている小窓まできていた。

「…あ」

「…大和。今の話を、聞いたのか?」

ケイトは、気が進まない様子で言った。

「──まぁ、その……さっきの気配が何か、知りたくて」

すると俺が盗み聞いていたと確信したクリスは、獲物をとっちめたライオンみたいに自信たっぷりに言った。

「…規約では『MA』の話を知った者には必ず『HUNTERS』に関わる仕事に就かなくてはいけない。お前は今から俺たちと一緒に来てもらう」

「……は、はんたーず?」

やっぱり、盗み聞きなんてするものじゃない。俺は背筋に冷たいモノが流れるのを感じた。

「ああ。とにかく、来るんだ。…残念だったな」

少しばかりの嘲笑を含んだクリスの言葉に、何がだよ、と言い返したかったが。…あっという間に二人は道場の中に戻って行った。





「少し席をはずしてもらえますか?」

ケイトが先輩にそう言うと、先輩はおずおずと部屋から出て行った。パタン、とドアが閉まる音がする。ここは道場の一角にある休憩室。くすんだ皮のソファが2つに、木の机があるだけの狭い部屋だ。簡易コンロの上で、やかんがシューシューと白い蒸気を吐き出す度に、蓋がカタカタと音を立てた。

「…やっと向こうに行った」

クリスが忌々しそうに呟いた。恐らく俺と同じように盗み聞くために張り付いていた先輩の気配が、今しがたドアの向こうから消えたのであろう。
出来立てのお湯で沸かしたコーヒー三人分が、木の机に置かれる。俺はケイトとクリスと向かい合うように座り、暫し無言のままコーヒーを啜った。まるで部屋の空間に、俺達3人以外の生物が入る隙間がないという風に、空気は張り詰め緊張していた。

「……フゥ…」

ケイトは、4回目のため息で億劫そうに口を開いた。

「まず…貴方に、能力があるかどうか見分けなくちゃいけないんだけど──」

「能力?」

ふとももの上に手を置いていた手を、固く握る。

「ああ、…多分、いいやきっと──私は貴方には能力があると思う。だって、さっき気配を感じたのだろう?」

「…気配というか、何か妙な感じがした」

そう。気配等というほど──そんな立派なものじゃなかった。ただ、あやふやにはっきりと何かを感じたんだ。

「そうか…だけど、普通の…能力を持たない人は何も感じない。あの…先輩という人は、何が起きたのかすら分かっていなかっただろう?あれは能力がないモノのする行動だ」

「だが」

目を閉じ静かにコーヒーを啜っていたクリスが、断固とした口調で遮った。

「この男が『本当』に気配を感じたのか、調べる術はない。もしかしたら、好奇心のために口から出任せを──」

「違う!」

叫んだ俺に、部屋は波打ったように静かになった。二人の視線が、突き刺さる。

「出任せなんか言わない。それに好奇心で、あんなこと…」

「…もういい。私はお前を信じるよ大和」

そう聞こえた方を向くと、柔らかに微笑むケイトの顔があった。

「クリス、お前の方こそあまりデタラメを言うな。大和が私たちに嘘をついてなんのメリットがある?」

咎める様にそう言ったケイトに、クリスは目を見開いた。そして今の言葉が本当なのに確かめるように、何度も瞬きをした。

「…大和、お前には今から私たちと共に本部へ行って貰う。そしてそこで隊長と会い、能力を確かめて貰え。そこから全てを話そう」

いつの間にかカップの中身がなくなっていた。少しばかり残ったコーヒーを眺め、俺はふと窓を見た。雲ひとつない、青空だった。





















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