センチメンタルグレー
グループ小説ですので『時任楓』で検索してもらうと他の方の作品も読めます。
十字架、白鳩、鐘の音−−。
こんなにロマンチックなシチュエーションなのにバックスクリーンには重たい程のダークグレー。おまけに私のパーティードレスまでダークグレーときてる。本当は真っ赤なヤツ着ようと思ってたのに。
花壇に腰掛けその空に煙を吐き出すとゆらゆらと風に揺れ溶け込んで行った。
足を組んでまぶたを閉じるとさっきまでの二人の姿が映った。
新郎・皆川駿、タキシードに身を包んだ彼は職場の同期だ。営業成績トップを誇り、自信に満ちた表情は女子社員の憧れの的。私・時任楓も彼に想いを寄せる一人だった。仕事上サポートし合っていた彼とは週に一、二度は二人で飲みに行く仲で、一度酔った帰りに抱きしめられたことがあった。
「少しでいいからこのままでいい?」
その時はただ驚いて思考が働かなかったけど、家に帰ってからそのシーンを何度もリプレイした。
きっと彼も私のことが好き。そう確信を持った頃に彼女は現れた。
ウエディングドレスで微笑む新婦・中井美波。一年後輩の彼女は入社後、明るく柔らかい天然な性格で課のムードメーカーになっていた。気付けば彼女は私になついていて、私も自分に無い素直さを持った彼女をかわいがるようになっていた。以来、美波を加えて駿と三人で飲むことが多くなった。
自分の間違いに気付いたのは久しぶりに駿から二人で飲みに行こうと誘われた時だった。
女々しい男って世の中には結構いるもんだ。駿もどうやらそのタイプに入るらしく、話が途切れて出来る間には妙な空気が流れていた。
「時任、あのさ……いやまた今度でいいや」
「もうなんなのよ、それ三回目」
仕事でプレゼンをする彼とは大違い。あの自信に満ちた語り口は見る影も無かった。
私は少し……いや、大いに期待してた。わざわざ美波を省いてるんだからいよいよ告白してくるのかなって。
「どうしたの? 言いたいことあるならちゃんと言ってよ」
そう急かすと手元のグラスを空けてから、彼はひとつ深呼吸をした。
「実はな」
「うん」
早々に小躍りする胸の内を抑え相づちをうつと、彼は凛々しい顔付きでこう言った。
「気付いてるかも知れないけど俺、中井のことが好きなんだ」
「……ほう」
思わず年寄りくさい気の抜けた返事をしてしまった。
「で?」
「えっ、いや、だから何って訳じゃないんだけど」
ふうん、と頷きながら小さな小さなため息が漏れ、あっという間に失恋劇は幕を降ろした。
以来、駿と美波は付き合い始めた。彼らが二人きりになることは増えたけど、私を含めて三人で飲みに行く機会は全く減らなかった。
最初は気を利かせて……と言うより自分のために二人とは距離を置こうとも考えたけど、なかなかそうはさせてもらえない。特に美波は帰路に着こうとする私を半ば強引に連れ戻し、飲み屋に引っ張って行った。
飲みに行っては二人から愚痴とも惚気とも言えない話を聞かされ、私はそれに茶々を入れる。気付けばそれを楽しんでいる私がいて少し不思議な気分になった。
恋破れた駿にはこれまで通りに想いを寄せ、妬ましいはずの美波はやっぱりかわいい後輩に変わりなかった。三人でいる空間は今でもすごく心地いい。
もうあれから三年。
今日と言う日を迎えても私の気持ちは引くどころか少しずつ進んでいるみたい。さっきも彼らの晴れ姿に胸がときめいた。でもそれと同時にこの空みたいに重たい気分になった。
「いた、楓先輩!」
聞き慣れた声の方を向くとその主は少し膨れてノソノソと駆けて来た。
信じられない! ウエディングドレスで動き回るバカがどこにいるのよ! 私はタバコを携帯灰皿に押し付け美波の元に駆け寄った。
「あれ、ドレスの色グレーにするって言ってましたっけ? なんか地味ですよ。んっ? そういえば先輩、禁煙してませんでしたっけ?」
「あんたが披露宴で赤いドレス着るって言ったからグレーにしたの! 禁煙はほっといて! それより何やってるの、式は?」
美波の腕に収まり切れなかった裾を拾い上げながら聞くと、終わりましたよー、といつものふわふわした喋りで答えた。
「だからってこんな所に何しに来たの」
ここはチャペルからはさほど離れていないけど死角になっているはず。だからこそ落ち着いてタバコを吸っていられたのに。少なくともドレスを着た主役の来る所ではない。
「今からブーケトスするんですよ。だから先輩がいないとイヤなんです」
笑顔で持ち上がる頬はいつもよりピンクのチークが濃く、かわいい美波を更にかわいらしく見せている。一瞬惑わされそうになったが私は深く息を吐いた。
イヤなんですって……半年くらい前にもそんなことを言ってたっけ。
あの日は休日で昼間まで寝て過ごそうって決めていたのに、美波からの電話で早々に起こされた。
簡単に化粧をして近くの喫茶店に行くと、美波と駿が並んで私を待っていた。
「呼び出して悪かったな」
言葉のわりにたいして悪いと思ってない駿。こういう呼び出しはしばしばあるものだから私もあまり気分を害することはなかった。
「で、何なの?」
運ばれた紅茶を口元まで上げて、ふうと吹くといい香りが広がった。
「実は昨日、駿にプロポーズされて……あたし達、結婚することにしたんです」
一瞬、吐息を止めたがそれはいけないとカップに口を付けた。
「それはおめでとう」
飲んでいたアールグレイのおかげだろうか。とても落ち着いてそう言えたと思う。
「よかった。あたし先輩がお祝いしてくれないとイヤだったんです」
照れ笑いする二人からはいつもとは比にならないほどの幸せオーラ。私は完璧な邪魔者でなんとも居心地が悪い。忘れかけていた苦しさが胸を襲い、かつての失恋劇を思い出した。
もう今までみたいに二人とはいれなくなるかもしれない――はっきりとそう感じた。
「ねぇ美波、このまま皆川と結婚して後悔しない?」
裾に付いた砂を払いながら聞くと頭上から噴き出し笑いが聞こえた。
「名前のことですか? たしかに、『みながわみなみ』って芸名みたいですよね。恥ずかしいなぁ」
「そうじゃなくて」
「楓先輩は後悔しますか?」
「えっ?」
「好きなんですよね、駿のこと」
私は裾を掴んだまま顔を上げた。美波は困ったように笑っていた。
「なんだ、気づいてたの」
私は視線をドレスに戻し細かい砂を払った。
「もうダメですよ」
美波の声はあくまでやさしい。
「あたし三年待ったんです、先輩が駿に気持ち伝えるの。だから結婚するって決めたその日も最初に先輩に聞いて欲しかったんです」
私は何も応えずに黙々と砂を払った。
「結婚式も終わりましたしもうダメですよ。誓約書の署名も指輪の交換も、誓いのキスしてきたんです。駿はあたしのです」
「わかってるわよ、そんなこと。それに私は美波のことも好きなのよ。だからいいじゃない、好きな人が好きな人と結婚するんだからさ」
この言葉にどれほどの愛が詰まってるかなんてきっと美波にはわかりっこない。それが悔しかった。
私は手を止めて美波と目を合わせた。ドレスを押さえて両手の自由が利かない美波の頬に手をあてて、そっと唇を合わせた。
いつ見てもぷるぷるのその唇は想像以上に柔らかくて温かくて……全く心地良かった。
唇を離した直後、美波と目が合うより先に駿の声が聞こえた。当然美波を探しているんだろう。
「皆川ー! 美波ならこっちにいるわよ」
駿は呆れた顔でこっちに振り向いてから、チャペルの方向に、いたー! と叫びながら手で大きな丸のサインを出している。
「ほら、旦那サマが探してたみたいよ」
そう言いながら美波に目をやると、ドレスをしっかり握り締めたままこっちを見ていた。
「先輩……なんですか、今のは」
「間接キス。一回くらいいいでしょ、私だって皆川とキスしたかったもの」
満面の笑みでそう伝えているうちに駿はこっちに走って来ていた。
さっきの告白をきちんと受け止めていないのなら、これ以上美波を混乱させるのはやめようと嘘をついた。私がキスしたかったのは紛れもなく美波だった。
「お前がブーケ投げるのみんな待ちわびてるぞ」
「皆川、またドレス汚すと困るからお姫様抱っこで連れてけば」
「えっ」
「えっ、じゃない! ほらみんな待ってるんでしょ。迷惑かけてんだしそのくらいの演出しなさいよ」
駿はそうだな、と呟き軽々と美波を持ち上げた。
「楓先輩も来て下さいよ。あたし誰より先輩にお祝いして欲しいんです」
「わかったわよ、一緒に行くから」
もう少しここにいるつもりだったけど、私もチャペルに戻ることにした。
本当に駿が好きだった。同じくらい美波のことも。友達でいいからずっと三人でいたい、そう思っていたから『三人』が『二人と一人』になるってことが嫌だった。
ふと目に入ったチャペルのガラスに映ったのは黒いタキシードの駿と純白ウエディングの美波。
そして二人の間をゆらゆらと彷徨ったグレーの私。そろそろこの曖昧な場所を抜ける頃かも知れない。
こうなったら意地でもブーケをキャッチしてやる! 私だって素敵な人を捕まえるんだ!
既にスタンバイしているライバルたちの中に分け入り前方に向かうと、階段の上に昇った美波と目が合った。美波は私に満面の笑みをくれてからくるりと背を向け、せーの、のかけ声で空高くブーケを放った。歓喜の声と共にブーケは弧を描き一同が空を仰ぐ。
あんなに重々しく暗かったグレーの空から青空が覗いているのを横目に、私はブーケに向けて大きく手を伸ばした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
そして企画を立てて下さった次深先生に感謝を。
おかげで久しぶりに短編を書き上げることが出来ました。
拙い作品ですがご意見・ご感想頂けるとうれしいです。
以後の作品に役立てたいと思っています。