1
『苦しいです。進歩も何もなく、ただぼんやり生きているだけ。自殺しようかと、目の前にナイフを置いて考えてます O.P』
真夜中。『O.P』と名乗った僕は画面に浮かぶ文字をぼんやり見てた。
部屋の中はパソコンのディスプレイの淡い光だけ。静かで、暗くて、何かもが最悪に見えて……
自分はいないほうがいい。というより何で存在しているんだろう? 僕は何もすせず今日も自分の部屋に居る。
会社を辞めたのは一言でいえば人間関係。辞めてからはこうして外へ出ずにアパートの一室で蹲っている。今までは貯金で食いつないでいた。三ヶ月こうしている。
この間にも他人はどんどん前へ進んでいるに違いない。焦る。何かが迫ってくる。衝動に逆らえない。
――消えてしまいたい。
僕が衝動的にナイフを持った瞬間、パソコンからのメール着信音。一つが鳴り終わると間髪いれずに次のメールが来る。
『焦らないで。もう一度考えて smile』
『私も不安で一杯です。でも今日も生き延びました 探索人』
『否定的に考えないで。これを思いとどまればアナタも一歩前進ですよ けむり』
どのメールも僕を励まそうとしてくれる。
いわゆる「自殺サイト」といわれるものを知ったのは会社を辞めてからだ。
サイトの名前は『emission』。
ここは世間でよく言われる自殺促進サイトではなく自殺予防サイトである。会員になった人同士が辛くなったりしたらサイトの掲示板に愚痴なんかを書き込む。メールアドレスも載せているので返事が直接自分へ来たりする。
励まされることもあるし、励ますこともある、相互扶助サイトである。
結局、何通かのメールを読み、なんとか気持ちを整えた僕は死ぬこともできずに今日も生き延びた。
「それでいい」と自分に言い聞かせる。
メールも一段落したので『ありがとうございました』とサイトへ書き込んで終わりにしようと思い、その趣旨の文章を書いて送信ボタンをクリックしようとした。
そんな時、新着メールがあった。
一応、送信する前にメールを開く。
『貴方は甘えています』
励ましのメールばかりの中、唐突な書き出しだった。
「自分が甘えてる」だって? そんなの分かりきっているよ。
それをわざわざ書くなんてどういう了見だ? 晴れようとした気持ちは瞬く間に曇る。落ち込みながら続きを読む。
『でも、貴方は私の身近な人に似てるから、放って置けません。生きてください 冬瓜』
「なんだコイツ……」
よく分からないけど、この一文に惹かれた。
僕は珍しく冬瓜という人宛に個人的なお礼のメールを送った。消極的な僕が個人宛にメールを送るなんて滅多にない。というか初めてだ。送信ボタンを押すのを何度もためらった。さらに送信した後も、しなきゃよかったと少し後悔した。
そして、数日後。いつものようにメールをチェックすると、新着ありのメッセージ。差出人は冬瓜。とうとうメールの返事が返ってきたのだ。
『何だか恥ずかしい』という気持ちと、わずかな期待を込めてメールを開く。
『貴方の力になれて嬉しかったです。またいつでも力になりますよ 冬瓜』
後で考えれば社交辞令に違いなかった。でも、僕は真に受けてメールを送り、彼女も律儀に返信してくれたおかげで、何度かやり取りをした。
お互いに自己紹介をすることで色々なことが分かった。
僕の住んでいるところから電車で二時間ほど離れた場所で生活しているらしい。年齢も僕と同じぐらいの二十代の女性と分かった。「emission」によく顔を出し皆の書き込みをチェックしているという。
彼女は同じ苦しみを持っているというよりは第三者的な意見を持っている人だった。包容力があり、それだけに僕も愚痴を言いやすかった。
『体がこんなにも丈夫なのに何やってんだろう? このままじゃあ何もせずに人生終わりそうです O.P』
『体と違って心っていうのは外見から見ないから気付きにくい。「心が疲れた時」は休んだほうが良いです。 冬瓜』
『泣いたり、笑ったりすることをしなくなって数ヶ月。昔はどうやって感情表現していたのだろう……不安です O.P』
『不安になったり、悩むことはないです。喜怒哀楽は人に教わって出来るものじゃないと思うよ。ありのままに心のままに。いつか笑えるから 冬瓜』
しかし、自分の中のルールとして直接彼女メールすることは止めた。サイトがあるのに直接メールを送るのは悪い気がしたし、「emission」に書き込めば必ず彼女の返事が来るからだ。
僕は「emission」を通じて彼女への依存度が高まっていったが、これをきっかけに僕は少しずつ精神状態が安定するようになっていく。
そして、とうとう社会復帰を考えるまでになったのだ。
でも、そんな幸せも長くは続かなかった。「emission」は閉鎖されたからだ。
原因はこのサイトの住人の集団自殺。テレビでも大々的に報道された。
共に苦しみを分かち合い戦ってきた人達が死んでいく。それだけでショックだった。あれだけ励ましあっていたサイトの住人は混乱した。自殺の連鎖という言葉があるならまさにそれが僕達を捕らえて離さない。
サイトが閉鎖になり行き場を失った僕は救いを求めるように自制していた彼女へのメールを送信した。
『「emission」の事は知っていますか? 今日も死にたいという衝動と戦っています。でも、死に切れない自分もいる。もうどうして良いか分からないです。 O.P』
サイトの書き込みだと三日も空けずに返事が来たのに一週間たったってもメールがくる気配は無い。嫌な予感が頭をめぐる。もしかして……という僕の思いは九日目にようやく返事が来たことで杞憂に終わった。
今度はどうやって僕を救ってくれるのだろうという期待とともにメールの件名をクリックして本文を表示させた。
『私も死のうとしていました。でも、貴方のメールを読んで止めました。貴方は私だから 冬瓜』
これって励ましてくれているのかな?
なんだか今までとは違う感じのメールだった。やはりサイトが無くなった事が彼女もショックだったのかもしれない。
そう思うと変に冷静な気持ちになった僕は、柄にもなく彼女に励ましのメールを送った。
『死にたい自分も、結局死ねない自分も、全部が自分。どうせなら全部引き連れていこう。せっかくの人生だから O.P』
「なんだこの気取った文章は」と思いつつも、今まで散々悩みの相談をしたこともあり、恩返しという気持ちも込めて本気半分、勢い半分のままメールを送信した。
そして三日後、受信した彼女からのメールには一切僕の返答に触れられていなかった。最初はメールのすれ違いかなって思った。気を取り直してメールの返事をもう一度書いてみた。けど何度送っても僕のメールについての返事は書かれていない。
『私は甘えているとは思っていないつもりでした。でもこの前、人から「甘えている」とはっきり言われました。怖いです。どうしようもないのです。誰かに甘えることで迷惑をかけているのです。死ねば皆に迷惑をかけることも無いのでしょうか? 冬瓜』
『迷惑をかけていない人間はないよ。僕だってなるべく人と関わらないように生きているけど、きっと誰かに迷惑をかけている。皆迷惑を掛け合って生きているんだよ O.P』
『色々な障害がなくなって幸せになりかけているのに時々、自分を冷静に見てしまいます。「自分に何の価値があるんだろう」って。冷たく乾いた思考が私に渦巻きます。涙が出てくる。消えたい…… 冬瓜』
『もし、冬瓜さんが自分の事を価値が無いというのだったら僕はもっと価値が無い。こうして今日も冬瓜さんのメールで生きようと思うのだから……少なくとも僕にとって冬瓜さんは必要な人です。 O.P』
こんなやり取りが数回続いた。一方的な相談のメール。それでも僕は半ばムキなって返事のメールを出し続ける。なぜなら僕のメールに対する返事は一向に無いけど、彼女のメールは定期的に来たからだ。内容は彼女の真情の吐露。放っては置けない。
弱音を吐く彼女に励ます僕。いつの間にか立場は逆転していた。彼女を支えたい。今までにはない感情が芽生える。その感情はいつしか会いたいという気持ちになっていた。
そこで『今度、会いませんか?』という趣旨のメールを送った。自分でも信じられない積極さだ。彼女によってそれだけ僕の精神状態は改善(?)していた。場所は近くの病院の屋上。あそこならあまり人もいないだろう。別にやましい事をするわけじゃない。ただ、静かな場所で話がしたいだけだ。彼女の気持ちを癒したい。
どうせ、返事がもらえないことは分かっていたので、勝手に僕が日時を決めて勝手に待っていることにした。
当日。買い物へ行く以外に外へ出ることを拒んでいた僕が自ら進んで外出の用意をしていた。外の空気や日差しが新鮮だ。
「もしかしたらもう屋上にいるかも」と少し期待をしながら病院の屋上へ行くと、誰もいなかった。自嘲気味にため息をつくと、僕は待つことにした。
一時間、二時間経過。約束の時間はとっくに過ぎていた。誰かが来る気配はまったく無い。時計を見てもう帰ろうと思うが、いざ歩こうとすると「後一時間だけ待つか」なんて思ってしまう自分が情けない。
でも、きっと彼女は来てくれる。確信なんて無いけど……と考えていた矢先、屋上のドアが開いた。
入ってきた人は僕に向かって一直線に歩いてくる。小柄で髪の長い女の子だった。向かい合うと僕から話しかけた。
「君が冬瓜さん?」
外見から推測すると明らかに高校生ぐらいの女の子に見えた。っていうか絶対そうだろ、だって服装は制服みたいなブレザーだし。
確かメールでは同い年だと言っていたはず……
などと考えていると女の子は僕の質問に首を振った。
「私は冬瓜ではないです」
「えっ、じゃあ冬瓜さんは?」
「それは……」
女の子はなかなか話してはくれない。僕はじっと待つしかなかった。
やがてゆっくりと彼女の口が開く。
「冬瓜は……いえ、姉は死にました」
衝撃が頭を駆け巡り、動悸が激しく僕を襲う。足に地が付いている感覚が無くなった。少しよろめき後退する。
「い、いつ!?」
「少し前の集団自殺に参加して」
「う、嘘だ……」
馬鹿な!
彼女が自殺なんてするわけ無いじゃないか。いつだって僕を励ましてくれたんだぞ!
――まてよ。ここで僕はあることに気づく。
「でも、あの事件の後にだってメールが来たんだ!」
歩み寄って叫ぶ僕に彼女は表情を変えずに答えた。
「姉が死ぬ前にあらかじめ日時を決めて予約送信していたみたいです」
「えっ……」
「調べてみたら次のメールが最後みたいです。突然いなくなるのも悪いと思って、私が代わりに伝えようとここへ来ました」
僕はそれ以上何も言えなかった。
急な出来事に現実感が無くなっていく。ふわふわとした足取りのまま彼女を残し、屋上を後にした。
もうどこが上でどこが下なのか分からない。酔ってもいないのに前後不覚に陥った。心の支えを僕は失ったのだ。
ふらつく足で帰宅する。ショックで何もすることができない。何も手につかず、ずっとベッドで寝ていた。それからどれほどたったのだろうか?だんだん、僕の中には一つの答えが導き出されていた。
……僕も消えよう。
ガスの栓をひねる。匂いと共に空気とは違う何かが出てきた。
これで死ねるわけだ。一線を越えることは思ったより簡単じゃないか。
僕は目を瞑った。
2
私はまだ屋上にいた。金網越しに下を見る。ふと思う……落ちたら死ぬんだろうな。一度思い始めると止められない。金網越しだった風景はいつの間にか遮るものもなくなり、私の目の前に広がっている。あと少し足をずらせば……死ぬことは簡単だ。
2年前。左腕には無数の傷が付いている。病室にいる私。
「自殺なんて弱い人間の逃げ道よ」
いつも姉は私に言う。
姉は華やかで活発、皆のムードメーカーだった。
反対に私は地味で無愛想。
姉はいつも家族の中心にいて、私はいつも居場所を探していた。
何とか姉に近づこうと考えてみた。でも、私が姉になろうとしてもなれるわけが無い。
だから私は自分なりに考えた結果、居場所を勉強に求めた。そして努力した末、姉よりもランクが上の学校へ進学した。
姉もそれ以来あまり元気が無い。初めて姉に勝利したと確信した。私は喜びの絶頂だった。
しかし、両親は元気の無い姉を慰め、私の頑張りを「人の善し悪しは勉強の出来不出来じゃないから」で片付けた。
努力さえ認められない。――私は自分を傷つけた。
いつもより深く手首を切ったから大量の血液が流れる。私は驚きながらも安心に似た気持ちになった。これで終われるんだ……
結果的には気づくと私は病院にいた。
その後、ことの重大さに病院へ駆けつけた両親が心配してくれる。死ぬことは出来なかったけどこれはこれで幸せなのかな、私は少し嬉しくなった。
でも、後で駆けつけた姉は違った。
「アンタ、お父さんやお母さんに迷惑かけてどういうつもり!? 自分で自分を傷つけるなんて最低の行為よ。やっぱり勉強だけ出来ても何にもならないのね」
「!!」
すると初めは心配してくれた親も最後には姉に同調した。病室を去る寸前に言った父親の言葉は今でも忘れない。
「これだから真面目な子は困る。お姉ちゃんみたいに楽しく生きられないのか?」
楽しく生きる?
だったら教えてよ、どうしたら楽しくなるの?
その後も何度か私は自殺未遂を繰り返した。死にたいと思っても死に切れない日々が続く。
死に切れないのは誰かに助けて欲しくて甘えてるせいだと自分を責め、泣きながら遺書を書き、破り捨てる毎日。
そんな私の気持ちを揺るがす事件が起こった。
明るくて楽しそうに生きていた姉が自殺したのだ。
葬儀は自殺という理由で内々で済ませた。親も自慢だった姉の死に塞ぎ込んでいる。私は両親を慰めた。
そして、姉がいなくなったことで私が家族の中心になった。今まで望んでも掴めなかったもの。両親の愛情や期待が心地良い。いつの間にか自殺についても考えなくなる……はずだった。
両親に愛想を振りまき、自分の部屋に入る。一人になって気付くこと――所詮、私は姉の代わり。
変わらない。いや、姉が生きているときよりもさらに私の居場所は無くなった。自分が自分ではない。私は姉を演じなくてはならないのだ。やりきれない気持ちになる。しばらく収まっていた何かが私を締め付ける。
死にたい。でも、死ぬことは出来ない。
いつの間にか私は姉の部屋に入っていた。知りたかったのだ。なぜ自殺を嫌った姉が死んだのか。
そして私が出来なかったのに姉は『簡単に』自殺できたのか。
私はいつも劣等感を感じ生きてきた。リストカットも経験した。そういう私を姉は見下した。なのに死んだ。
部屋の隅にあったパソコンを起動させた。ディスプレイに映った文字を見て私は息を呑む。
そこに映し出されたのは『死にたい』の文字と悩みの数々。本当の姉。
姉もつらかったのか。「逃げたい」って言いたくて、でも私がいたから言えなくて……
『簡単』なんかじゃない。追い詰められていたんだ。
お姉ちゃんの苦しみも分からないで何やってんだろう私……
姉の文章の最後には一言『幸せになりたい』と書かれていた。私はその文字を見つめたたずむ。
私だってそうなりたいよ……
そして姉のパソコンに送信されていた貴方のメールを読んだのだ。
『「emission」の事は知っていますか? 今日も死にたいという衝動と戦っています。でも、死に切れない自分もいる。もうどうして良いか分からないです。 O.P』
このメールにも死に切れない自分がいる。私は衝動的にメールの返事をした。もちろん姉の名で。
『私も死のうとしていました。でも、貴方のメールを読んで止めました。貴方は私だから 冬瓜』
返事なんて期待していなかった。誰かに今の気持ちを話したい。ただそれだけだったのに……
『死にたい自分も、結局死ねない自分も、全部が自分。どうせなら全部引き連れていこう。せっかくの人生だから O.P』
返ってきたメールを読んでまず、笑みがこぼれた。こんなに恥ずかしいセリフを書ける人っているんだな。しばらくメール本文を眺める。するとさらに笑みが浮かんできた。
――ふと、気づいてしまう。
私、久しぶりにこんなに心から笑った。
そして私はその事実に涙がこぼれた。
いつの間にか指はキーボードへ向かい、次のメールを打っていた。
貴方からの返事はすぐにやってきた。
『私は私だと認めて欲しいだけなのに何でこんなに辛いのだろう。周りの人は私の名前を読んでくれる。でも、それは私じゃない。辛い……消えたい。情けないですよね、世の中にはもっと不幸な人もいるのに 冬瓜』
『僕も会社に行っていた時、無視されたり、自分の思いを頭ごなしに否定する人達に会いました。確かに辛いです。ですが少なくともこのメールでは自然でいてください。このメールは二人のものですから O.P』
何度もメールをやり取りするうちに私は少し楽になった。貴方は優しい言葉をかけてくれる。勇気付けてくれる。同じ苦しみを持っている。他人から見れば傷を舐めあってるだけなのかもしれないけど、私はそのお陰で生きている。
その一方で私は姉の名前でメールをしているから、いつかはばれてしまうかも知れないと怯えた。以前、姉は貴方を励ましていたみたいなので、下手に貴方へ返事を書くとばれる可能性があると思う。だから、返事は送らない。会うことも無いだろうし……
しかし、とうとう貴方から「会いたい」とメールが来た。
そんなことが出来るわけがない。と思う反面、会いたい気持ちもある。会って全てをぶちまけたい。
悩んだ末、私は会うことにした。本当のことを話そう。私は私として会うことを決心した。
当日。行くと決めたはずなのに待ち合わせの病院の前でためらった。それでもなんとか気持ちを整え、かなり遅れて屋上へ行く。もういないかもしれない。
そしてゆっくりと屋上のドアを開ける。すると屋上に立っている人影が見えた。
貴方は屋上で待っくれていた。私を待っていてくれたんだ。それだけで嬉しい。
私は意を決し、貴方の前まで進む。
「君が冬瓜さん?」
貴方の言葉にハッとする。何てことは無い、貴方は姉を待っていたんだ。私を待ってる人なんて誰もいなかったのだ。
だから、予約送信なんて嘘を話してしまった。
すると、貴方はすごく悲しそうな顔をして何も言わずに立ち去った。
一人取り残される私。これが現実。涙が止まらなかった。
……ここで消えよう。
私は屋上の金網に手をかけた。
3
ガスの吹き出る音が聞こえる。衝動的にとはいえ、なんでこんな死に方を選んだのだろう。だんだんガスっぽい臭いが部屋中に充満してきた。近づいているんだな……死に。
などと考えているうちに、ふとあの時のメールを思い出す。
『私も死のうとしていました。でも、貴方のメールを読んで止めました。貴方は私だから 冬瓜』
なんで死ぬ前にこのメールを送ってくれなかったんだ……力になれなかった自分が情けない。
以前は彼女に教えられているような印象があった。でも、「emission」閉鎖以降の彼女と僕は共に同じ問題を考えてくれている仲間のように思えた。
『貴方は私だから』というメールを読んだ時、共有できる何かを得た気がしてすごく嬉しかった。
あのメールが僕を変えたんだ。彼女を守りたいって。
あのメールが……
「ん?」
『私も死のうとしました』確かあのメールにそう書いてあった。
確か彼女が集団自殺の前に書いたメールのはずだよな。じゃあなんで集団自殺後に書いた僕のメールの返信が出来るんだ? 変じゃないか。
「んっ!? もしかして……」
これは確かめる必要がある!
僕はベッドから飛び起きた。さらにキッチンへ走りガスの元栓を閉じて窓を開けた。新鮮な空気が肺を満たしていく。なんて空気がおいしいんだ!
「あーっ、死ぬかと思ったっ!!」
僕は家を出た。もつれる足を抑え、体勢を整えながら走る。まだいるだろうか? この機会を逃せばもう会えないかもしれない。すべての鍵を握っているのはあの子だけなんだ!
――って何やってんだ?
確証も無いのに走ってるし。
何でこんなに息が上がってんだ?
汗だって止めどなく流れてくるし。正直、しんどい。
でも、止まれないんだ。
僕を理解してくれた人のことだから。
行き先は病院の屋上。目標は冬瓜さんの妹。決めたんだ。
病院に到着し屋上のドアを開けると、遠くに人影が見えた。長い髪にブレザー姿、近づくとそれが屋上にたたずむ彼女だとわかった。
よかった、まだ帰ってなかったんだ――って良くない。
よく見ると彼女は金網の向こうにいた。まさか、飛び降りるなんてことは無いよな?
彼女も僕に気付いたようで目が合う。僕は「何か話しかけないと」と焦り、しどろもどろになりながら言葉をかける。
「な、な、何やってるんだい?」
「別に……」
彼女は僕を睨むように凝視する。
力の無く目を細め、悲しそうに瞳はわずかに潤んでいた。
まるで以前の僕を見ているようだった。
ただならない展開に僕はとりあえず言葉を続ける。
「こっち来いよ」
「なんで戻ってきたの?」
「冷静に考えてみたら矛盾点があったからね」
自殺しようとしていた僕が自殺を止めようとしている。馬鹿げた話だ、ホント。でも、続けなきゃ。
そして僕は走りながら考えた結論を口にする。
「集団自殺以降のメールは君なんだろ?」
「っ!!」
彼女は何も答えなかったけど、大きく目を開き驚いた表情に変わったことが十分な答えになった。僕は彼女に近づく。
すると彼女は大声でこちらを制した。
「近寄らないでください! 私がその冬瓜だとしたらどうだって言うんですか!?」
「力になりたいんだ」
「えっ……」
「そりゃあ僕も死にたいなんて考えてて説得力無いかもしれないけど」
僕は何が言いたいんだ? わけわかんない。
けど、何かを話さなきゃいけない。気持ちが焦る。何かが迫ってくる。衝動に逆らえない。こみ上げてくる様は「消えたい」という気持ちに似てる。似てるけど……
僕はもう消えたくない。
「まず君の名前を教えてくれ」
「え?」
僕の質問に彼女は驚いたようだ。
そりゃそうだ、僕だって驚いているさ。でも、僕はこの子を救いたいんだ、同士として。
「冬瓜は君のお姉さんなんだろ? だったら君は何て呼べばいいのかな?」
「私は……」
「うん」
彼女は黙り込んでしまった。でも、僕は答えるまで辛抱強く待つつもりだ。時間にすれば数分の沈黙だったかもしれない。すごく長く感じた。
「……私は向日葵」
「向日葵さん、だね」
そして彼女は俯く。瞳から何かがこぼれた。それは涙だった。
「うん、私は向日葵。冬瓜でもお姉ちゃんでもない……」
「知ってるよ。自分の価値を気にしたり、劣等感に悩んだり、死のうとするんだけど死に切れない――君は僕だ」
「!!」
すると彼女は人目をはばからずに声を上げて泣き出した。今まで黙っていた分を吐き出すかのように。
「だろ? 君からの最初のメールにもそう書いてあったし」
「……はい」
彼女は何度も頷いた。
僕は手を差し伸べる。彼女は僕の手をとり、金網を越えて戻ってきた。
改めて向かい合う僕たち。
分からなかったことがあるんだ。
何で僕は死にたかったか。
自殺は手段でしかない。
僕は本当の目的を忘れて死ぬことばかり考えてきた。
そして自然に僕から言葉が出た。
「僕は思い出したんだ」
「何を?」
「本当の目的」
「目的?」
「うん。僕は……」
考えてみたら簡単なことだった。
「僕は幸せになりたい」
すると彼女は僕に向かって微笑んでくれた。
「私も……幸せになりたい」
つないだ手が強く握られる。
そうだ、残された僕らは幸せになるために生きるんだ。
数日後、パソコンには彼女から冬瓜として最後のメールが届いた。
『今までの冬瓜は死にました。自分で自分を殺しました。自分を殺すなんて意外と簡単ですね。死んで……また新しい自分になって……現実へ戻ります。 冬瓜』
『追伸。今度、会いませんか? 向日葵』 |