413 トウヤ、頑張る。その1
ジェイドが起きる前に目が覚める。この数日間、初心に返り剣を振っている。こんなに真面目に剣を振っているのは久しぶりだ。そのせいもあって、夜はよく眠れる。
ベッドから降り、身の支度をしているとジェイドが起きる。
「早いな」
「ああ、試しの門も始まったことだしな。何より約束まで時間がないからな」
約束は試しの門が終わるまでだ。それまでにクセロのおやっさんの試験をクリアしないといけない。
「できそうか?」
「できそうか、じゃない。やるんだろう」
「そうだな。冒険者が諦めたら、そこで終わりだからな」
「魔物に囲まれて逃げられないときと比べれば、たいしたことじゃない。なんなら、俺が試験をクリアしたら、俺が試しの門の挑戦を代わってやろうか」
ジェイドはクセロのおっさんに頼まれて、試しの門に挑戦する。鍛冶職人に認められたことでもある。少し悔しい気持ちがある。
「そうだな。トウヤがクセロさんの試験にクリアできたら、頼んでやろうか? もっとも、それには今日か明日には合格をもらわないといけないな」
ジェイドが冗談を言うのは珍しい。
それとも、俺をやる気にさせるために言っているのかもしれない。
「そんなことを言っていいのか? 俺が活躍してジェイドの出番がなくなってしまうぞ」
「そうなったら、俺も楽になるな」
「今の言葉を忘れるなよ」
くそ、絶対にクセロのおやっさんの試験をクリアして、ジェイドに認めさせてやる。
一階に降りると、すでに朝食を食べているメルとセニアの姿がある。
「2人ともおはよう」
「もう、食べているのか?」
俺たちはメルたちと同じ席に着き、朝食を注文する。
「トウヤは今日も特訓?」
「ああ、嬢ちゃんのおかげで、少しわかったような気がするからな。忘れないうちに、剣を振りたい」
「本当にユナちゃんって、凄いよね。あんな小さな体で、魔法も武器の扱いも上手なんてね」
「信じられない」
メルとセニアの言う通り、信じられない女の子だ。俺は今までにいろいろな冒険者に会ってきた。優秀な魔法使いだって、魔法の練習は必要だ。メルもクマの嬢ちゃんの年頃は、まだ初心者だったと言う。あの年であれだけの魔法が使えて、武器の扱いにも長けている。凄いとしか言えない。俺が嬢ちゃんの年の頃を思い出しても、熱心に練習をした記憶はない。でも、冒険者になると決めてから、剣を振ってきた。でも、クマの嬢ちゃんには遠く及ばない。昔の俺に会えるなら、真面目に練習をしろと言いたくなる。
「嬢ちゃんは天才なのかもしれないな」
「それだけじゃないだろう。ユナは実戦慣れしている。戦うところを見る限り、かなりの実戦を経験している」
俺の小さな独り言にジェイドが答える。
「そうよね。ユナちゃんは魔物と戦っても、怖がっているようすはないからね。普通は魔物と出会えば怖がったりするものなんだけどね。わたしがユナちゃんの年頃のときは魔物を見ると怖かったわ」
「でも、ユナが冒険者になったのって、あのときだろう?」
嬢ちゃんと初めて会ったとき、ランクDになったばかりだった。その数日前に街にやってきて、喧嘩を売ってきた冒険者を返り討ちにしたことで、冒険者の間で、クマの嬢ちゃんのことが噂になった。
初めは冗談かと思って笑い話にしていた。でも、それからも、クマの嬢ちゃんの噂は聞こえてきた。小さな体でゴブリン、オーク、タイガーウルフを倒した噂が流れる。
最後にブラックバイパーを一人で倒した話を聞いたときは、信じられなかった。でも、それは魔力をたくさん持ち、才能があったからだと思った。でも、嬢ちゃんはナイフを扱い、剣も扱った。しかも、あの年齢で俺よりも扱いが上手だ。
「ユナちゃんって、冒険者になる前は、どこで何をしていたのかな? 絶対にどこかで魔法の扱いや武器の扱いを学んでいたよね」
「もしかして、くまさんの国から来たのかも」
セニアがバカなことを言う。くまさんの国ってなんだ? 思い浮かべたら、国民全員が嬢ちゃんみたいなクマの格好をしている姿を想像してしまった。絶対にそんな国なんて行きたくない。
「それで、ジェイドは今日もクセロさんのところよね」
「ああ、試しの門について、少しだけ話すことがある」
朝食を終えたジェイドとメルはクセロのおっさんのところに向かう。俺とセニアは街の外に向かう。
「別についてこなくてもいいんだぞ」
「ジェイドとメルにトウヤが無茶をしないように見張るように言われた」
セニアはそんなジェイドたちの言葉を馬鹿正直に守って、俺についてきている。
「それでどこに行くの?」
「近くの森の中にある川までだ」
練習しやすい場所があればと思って、冒険者ギルドにこの辺りの地形を尋ねた。そしたら、小さな川があることを知った。
俺はセニアと川の近くまでやってくる。周囲は木々もあり、日陰にもなっている。人もいないし、剣を振るうには適した場所だ。
俺は鞘から剣を抜いて剣を振り始める。思い通りに振れたときは剣が軽くなる。微妙な感覚だが、たしかにある。振り切った感覚が違う。そして、その感覚を忘れないうちに、近くに落ちている太めの枝を拾い、石と石の間に立てる。それをいくつも用意する。俺は深呼吸すると、木の棒の間を歩き、剣を振るう。
一本目の木は綺麗に斬れ、二本目も斬れるが、三本目、四本目と木は弾き飛ぶ。これは切り返しが下手くそなせいだ。刃の角度が悪い。
斬るには力だけでなく、速度、角度が大切だ。力や速度なら、ジェイドたちにも負けていないはず。なら、考えられるのは角度が悪い。受け止めるだけなら問題はないが、斬るなら、必要になる。
それに本来は激しく動きながらしないといけない。それなのに歩きながら失敗するようでは駄目だ。ジェイド、セニア、クマの嬢ちゃんはそれが普通にできる。だから、どんな状況でも相手にダメージを与えることができる。このぐらいできないようじゃ、ミスリルの剣を扱うことはできない。
俺は無言で剣を振るい、木の棒を立て、斬る練習をする。
俺が黙々と剣を振っていると、セニアが声をかけてくる。
「トウヤ、お昼。お腹減った」
「もう、そんな時間か?」
「用意してあるから、食べて」
俺が剣を振っている間に、セニアが昼食の用意をしてくれていた。俺は川でタオルを濡らして顔や体を拭く。水が冷たくて気持ちいい。汗を拭きとり、セニアのところに向かう。すると、すでにセニアが一人でパンを食べている姿があった。
「もう、食べているのかよ。少しは待ってくれてもいいだろう」
「遅い、早くしないとトウヤの分も食べちゃう」
俺はセニアの前に座ると、パンを取る。腹が減っていたようで、美味しい。
「見てても楽しくないだろう。戻っていてもいいぞ」
「大丈夫、寝ていたから」
「寝ていたのかよ!」
セニアとは長い付き合いだが、たまになにを考えているのかわからない。でも、木々が日陰になっているから、日射しは防いでくれる。こうやって川の音を聞きながら昼寝をするには最適かもしれない。
昼食を食べ終え、練習を再開していると、楽しそうな子供の声が聞こえてくる。その声は徐々に近付いてくる。近くの枝を踏む音がすると木の後ろからドワーフのガキが三人現れた。
「兄ちゃんたち、なにをしているんだ?」
「俺は見ての通り、剣の練習だ。それよりもおまえたちは、こんなところでなにをしているんだ」
「ここは魔物もいないから、俺たちの遊び場だ。それで遊んでいたら、こっちで、人の声がしたから見に来たら、兄ちゃんと姉ちゃんがいた」
「兄ちゃんは冒険者なのか?」
「ああ、冒険者だ」
俺がそう言うとドワーフのガキたちは嬉しそうな顔をする。
「カッコいい」
「魔物を倒したことはあるの?」
「ああ、もちろんだ」
「すげえ」
「剣を見せて」
「僕も」
ガキの一人が俺の持っている剣に触れようとする。俺はとっさに剣を持ち上げる。
「いきなり、触ろうとしたら危ないだろう」
「ごめんなさい」
ガキは素直に謝る。俺は上にあげた剣を下ろす。そして、見たそうにしていたガキに差し出す。
「いいの?」
「少しだけだからな。重いから気を付けろよ」
俺が差し出した剣を両手で持つ。
「おお、カッコいい。俺もいつかはこんな剣を作ってみたい」
使うじゃなくて、作るとはドワーフの子供らしい。
「おまえは鍛冶職人を目指しているのか?」
「うん! そうだよ。立派な鍛冶職人になって、カッコいい剣をいっぱい作るんだ」
「そうか、頑張れよ」
「もし、俺がかっこいい剣を作ったら、兄ちゃん、買ってくれよ」
「僕の剣も!」
「なんだ。俺が格好いいからか?」
どうやら、子供から見ると俺は格好いいみたいだ。格好いい男には格好いい剣が似合うからな。
「違うよ。お父さんがお得意様は大切にしろって言っていた。お客に逃げられる鍛冶職人は三流だって」
「そ、そうか。なら、お客が逃げないような鍛冶職人にならないといけないな」
冒険者だって、三流の鍛冶屋で武器を買いたくない。命を預けるなら、優秀な鍛冶屋の武器を買う。
「兄ちゃん、練習見ててもいいか?」
「いいが、面白いものじゃないぞ」
「いいよ」
ガキどもは離れてセニアのところに行く。
俺はガキどもが離れたことを確認すると剣を振るう。何度も何度も。その度にガキどもの楽しそうな声がして、木を斬ると歓声があがる。
「兄ちゃん、すげえ」
「武器が良いんだよ」
「そこは俺の腕が良いって言うところだろう」
「え~」
くそ、見学の許可を出したが、やりにくい。
でも、徐々に感覚が掴めてきている。俺はクセロのおっさんの子供が作ったナマクラの剣を地面に突き刺す。
深呼吸をして、ミスリルの剣を構える。
そのとき、セニアが叫ぶ!
「トウヤ! 後ろ!」
後ろを振り向くと、そこには大きな獣がいた。
おかしい、一話じゃ終わらなかった。
でも、次でトウヤ編は終わるはず?
※パソコンがフリーズしないって、素晴らしいですね。一日に何度もフリーズをしていた頃が懐かしいです。