407 ロージナさん、クマさんの試練を見る
クマの嬢ちゃんがガザルが作った二本のナイフを魔法陣の中心に突き刺し、魔力を注いだ。
「なんだ?」
魔法陣が眩しいほどに輝く。俺が作った武器のときは、こんなに光ったことがない。俺は隣にいるギルマスを見るが、俺と同様に驚いている。
俺たちが魔法陣の光に気を取られていると、嬢ちゃんの前のほうで地面が盛り上がるのが見えた。
「嬢ちゃん。前だ!」
俺が注意をすると嬢ちゃんはナイフを魔法陣から抜き取る。
土は形を作り出し、大きな体の人型の形と変化する。ゴーレムか?
どうしてナイフ相手に、こんな相手が一回目から出てくるんだ!? たしかにガザルが作ったナイフは良い物だった。嬢ちゃんの実力もあるが、判断するのはあくまでナイフの性能のはずだ。武器の強度、重さ、切れ味を魔法陣が調べると言われている。それにナイフに付加される魔力の量。そこから、判断されて適した試練が行われる。
ゴーレムなんて、ナイフで一回目で現れるような試練じゃない。ゴーレムが地面に腕を振り下ろすと地響きが起こり地面が揺れる。
逃げるように言うが嬢ちゃんは逃げようとはしない。それなら、助言をするしかない。
「嬢ちゃん、魔力で硬くなっているはずだ。土と思って攻撃をしかけると、弾かれるぞ!」
ここに現れる相手は一年間蓄えられた魔力で構成される。硬さは、使われる魔力に比例して硬くなる。
俺の助言を聞き入れたのかはわからないが、嬢ちゃんはナイフを握りしめると、ゴーレムに向かって走り出す。あの動きにくそうなクマの格好で速い。一瞬でゴーレムとの距離を詰める。ゴーレムは腕を振り回すが、嬢ちゃんはかわす。
凄い。怖くないのか。大の大人だって、ゴーレムに近付くのは怖い。まして、あんな固そうな腕を振り回す相手に自分から近付く勇気。そして、それをちゃんと見切ってかわしている。
普通なら、近付くだけで怖いものだ。
嬢ちゃんはゴーレムの攻撃をかわすと、ナイフで何度か斬った。腕の動きが速くて、何度斬ったかわからなかった。嬢ちゃんが動きを止めると、ゴーレムの腕や足が落ちる。魔力で硬化されているから、そんなに簡単に斬れるほど、柔らかくはないはずだ。
嬢ちゃんは片足を失ったゴーレムの後ろに回り込むと、首を切り落とした。そして、そのまま一回目の試練は終了した。
「……ロージナ、あのナイフはガザルが作ったんだよな?」
「ああ、それは間違いない。でも、ナイフの切れ味もそうだが、嬢ちゃんの実力があってこそ、倒している」
俺が同じようにできるかと言われればできるとは思えない。
「わかっている。嬢ちゃんはナイフの力を最大限に引き出している」
嬢ちゃんの実力があっても、ナイフがなまくらなら、斬れないし、切れ味が良いナイフがあっても、使い手が悪ければ斬ることはできない。武器職人と使い手のどちらが欠けてもだめだ。
俺たちが話している間に次の試練が始まろうとする。嬢ちゃんから離れた位置に新たに土が盛り上がり。形を作り出す。
「……甲冑騎士」
鎧を身に纏い、右手には剣を持ち、左手には盾を持っている。それをリーチが短い二本のナイフで相手にしないといけない。それが5体も現れた。
勝てるわけがないだろう。
5人の騎士相手に戦うようなものだ。魔力で体が硬化されているから、本物の甲冑並みに硬い。
一対一だって、不利な条件なのに5体。本来なら、あり得ない。
俺が知っている試練とは何かが違うような気がする。まるで、嬢ちゃんの実力を計ろうとしているみたいだ。
そんな嬢ちゃんは甲冑騎士に囲まれながらも、あの動きにくそうな格好で甲冑騎士の攻撃をかわしていく。さらにかわすだけでなく、あの重く振り下ろされた剣をナイフで受け流している。なめらかな受け流しだ。剣とナイフでは大きさはもちろん重さも違う。受け流すにはかなりの実力がないとできない。普通ならナイフが弾き飛ばされてもおかしくはない。
「おいおい、あの嬢ちゃんの動きはなんだ。どうして、あんな身軽に動ける? それにあの甲冑騎士の剣をナイフで受け流しているぞ」
ギルマスは信じられないように嬢ちゃんを見ている。
テストで鉄の棒を斬らせたが、見た目から想像も付かない実力。
クマの嬢ちゃんは両手に持つナイフを踊りを舞うように振るって、甲冑騎士の攻撃をかわし、攻撃を仕掛けている。甲冑騎士の弱点の関節のつなぎ目に確実に当てている。そして、甲冑騎士は一体、また一体と倒れていく。見ても信じられない光景だった。
そして、クマの嬢ちゃんは5体の甲冑騎士を倒した。
嬢ちゃんが小さく息を吐き、深呼吸する。あれだけ動いたのに、息切れを起こしていない。
「嬢ちゃん、大丈夫なのか?」
攻撃を受け流していたとはいえ、すべての力を受け流せるわけじゃない。それだけでも腕や手首に負担がきているはずだ。でも、俺の心配をよそに、嬢ちゃんは「平気だよ」と笑顔で返してくれる。
ガザルが優秀な冒険者と言った意味が、本当の意味で優秀な冒険者って理解ができた。
それに嬢ちゃんの実力だけじゃない。ガザルが作ったナイフだ。甲冑騎士相手に斬ることができている。なまくらのナイフならできない。
なんだろう。この心の中から、ガザルのことをうらやましく思う気持ちが奥から湧いてくる。クマの嬢ちゃんが持つ、ナイフを見る。俺が作ったら、ガザルが作ったナイフよりも良いものを作れるだろうか。もっと、難しい試練が現れただろうか。
どうして、俺は剣を叩いていない。どうして、嬢ちゃんが持っている武器が俺のじゃない。この数年の自分のしてきたことを考えると、情けなくなってくる。俺は強く拳を握り締める。
「とんでもない嬢ちゃんだな。それにガザルも良いナイフを作ったな」
ギルマスの言葉に弟子が褒められることで嬉しくもあり、嫉妬している自分がいる。
そして、嬢ちゃんが甲冑騎士を倒し、息を整えるほどの短い時間が過ぎると次の相手が現れる。
現れたのは大型トカゲの魔物。頭から尻尾まで10mは超えている。魔物図鑑で見たことがある。大型の魔物が試練に出る話は聞いたことがある。でも、それは5回目が多いはず。
長い尻尾に硬い鱗。俺が知っている魔物と同じなら、あの鱗は簡単に突き破ることはできない。
トカゲの尻尾は鱗が硬く、鱗の一枚一枚が重なるようになっており、一枚一枚が研ぎ澄まされた刃となっている。
「ロージナ、止めないでいいのか? あれは無理だぞ。大怪我はしなくても、怪我をするかもしれないぞ」
嬢ちゃんとオオトカゲを見比べる。
全長10m以上のオオトカゲと可愛らしいクマの格好をした女の子が対峙する。オオトカゲの前に餌が置かれているようにしか見えない。
あの大きな尻尾に弾かれれば、一撃で終わる。
でも、嬢ちゃんは逃げ出そうともせず。戦い始めた。
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目の前に大きなトカゲが現れた。
名前がわからないので、探知スキルを使ってみる。
でも、探知スキルに反応がない。どうやら、試しの門の魔物は探知スキルには反応しないみたいだ。
名称がわからないので、オオトカゲと呼ぶことにする。
オオトカゲとの戦いが始まる。
そして、先ほどから近付こうとするが、近付けない。巨体の割に動きが速い。後ろから近づくと長い尻尾を振る。左右から近付こうとすると、大きな爪が襲い掛かってくる。正面は大きな口が待ち構えている。
う~ん、面倒だ。
尻尾の攻撃は一撃が重く、鋭い。横に振れば、空気を斬るような音がし、縦に落とせば、地面が揺れる。さらに厄介なのが、鱗の一枚一枚が鋭い刃になっている。普通に受け止めれば、ダメージを受けることになる。
尻尾の振りが速いため、刺すどころか、ナイフで防ぐのでせいいっぱいだ。
もう少し、ナイフが長ければ届くんだけど。微妙に届かない。
せめてもの救いは鱗を飛ばしてこないことだ。
クマさんパペットが使えれば、押さえたり、殴ったりするんだけど、使えない。もし、使ったら、試練が終了してしまうかもしれない。なるべく、試練が終了してしまう可能性は避けたい。
さて、どうしたものかな。
「嬢ちゃん! 無理なら、魔法陣に戻ってナイフを刺せば終了する」
そういうことは始まる前に言ってよ。もっとも、降参するつもりはないけど。
久しぶりのイベントだ。楽しまないと。
わたしは時計回りに走る。オオトカゲは体を回転させて、長い尻尾を振り回す。やばい。間合いを間違えた。尻尾がグイッと伸びてくる。わたしはとっさにナイフをクロスにして防ぐ。
「嬢ちゃん!」
わたしは弾き飛ばされるが、体を回転させて、クマ靴で着地する。これがクマ装備じゃなかったら、ナイフで受け止めることもできず、着地もできずに、勢いで地面に転がっていたかもしれない。ダメージがどのように計算されるかわからないけど、無駄なダメージは受けないようにしないといけない。
でも、これ本当にナイフだけで倒せるの?
わたしは心を落ち着かせて、ナイフを握りしめて、オオトカゲを観察する。
やっぱり、弱点は背中だよね。正面は大きな口が待ち構え、左右には鋭い爪を持つ手足がある。後ろは鋭い刃の鱗を持つ尻尾がある。尻尾の有効範囲は左右に180度。上には90度ほどしか曲がらない。背中には届かない。大型スコルピオンと比べたら、脅威にならない。ただ、魔法が使えないのが難点だ。
まあ、魔法が使えなくても、クマさんチートが使えないわけじゃない。
わたしはオオトカゲから距離をとる。そして、オオトカゲに向かって走る。オオトカゲが這いずるようにわたしに向かってくる。爬虫類は苦手なんで、早々に決着をつける。
わたしは向かってくるオオトカゲに、タイミングよく飛び上がる。
オオトカゲは首を上げて、わたしを食べようとするが、それ以上の高さを飛ぶわたしには届かない。わたしは背中に着地すると、魔力を込めたくまゆるナイフとくまきゅうナイフを背中に突き刺す。
背中は尻尾ほど硬くなく、ナイフは奥まで入る。
その瞬間、オオトカゲは負けを認めたのか、消え去る。
う~ん、勝ち条件があまりはっきりしない。普通の魔物なら、あの程度なら倒されたりしない。まあ、勝ちなら、勝ちとさせてもらう。
わたしはロージナさんのほうを見ると、驚いたようにわたしを見ているロージナさんとギルマスがいる。
あっ、イベントに参加できる嬉しさのせいで、実力を隠すことを忘れていた。
ロージナさんは葛藤を始めました。武器職人に戻ると嬉しいですね。
でも、ユナは相変わらずですw
リアル都合も終わり、今回から通常業務に戻ります。
感想もちゃんと読ませて頂き、誤字修正もさせて頂いています。
ありがとうございます。
キーボードは元に戻しました。新しいキーボードは打ち間違いが多く、ストレスが溜まって、ダメでした。やっぱり、古くても打ち慣れたキーボードが一番ですね。