324 クマさん、迷宮に入る
カリーナがくまゆるを抱いて、中に入ろうとするので注意する。
「水晶板を落としたら大変だから、くまゆるは降ろそうね」
「……はい」
カリーナは残念そうにくまゆるを降ろす。そして、あらためて迷宮の入口に入る。入る順番はカリーナ、わたしと続き、後方をくまゆるとくまきゅうが並んで入る。
通路は狭く、着ぐるみ姿のわたしだと、少し狭く感じる。
「カリーナ、わたしが前を歩かなくても大丈夫?」
「はい、大丈夫です。道さえ間違えなければ危険はありませんから」
逆に言えば道を間違えれば危険ってことだ。先頭にいるカリーナが一番危険な位置にいるってことになる。
「絶対に間違えないでね」
「はい、二度と浮かれたりして、道を間違えたりはしません」
カリーナは水晶板をぎゅっと握り締め、何度も水晶板の地図を見ている。
わたしは安全確認のため、探知スキルを使って魔物の確認をする。バーリマさんからは正しい道を通れば魔物はいないと聞いているが、一応この目で確認しないと安心はできない。
探知スキルに魔物の反応がでるが、数は多くない。えっと、魔物の表示はゴーレムと出た。これは道を間違えるとゴーレムと戦闘になるのかな?
でも、ゴーレムか。ミスリルゴーレムなら欲しかったけど、少し残念だ。やっぱり、ミスリルゴーレムはレアだったのかな? ハリボテだったけど。
通路は進むにつれ、徐々に広くなっていく。くまゆるとくまきゅうを通常の大きさに戻しても大丈夫なぐらいにはなっている。
「カリーナ。通路って、狭くなったりする?」
「毎回道が変わるので、わかりません。でも、前に来たときは、そんなことはなかったと思います」
「それじゃ、くまゆるとくまきゅうを一度元に戻すよ。もしもカリーナが道を間違ってもくまゆるに乗っていれば安心だからね」
「間違えません!」
ぷっくりと頬を膨らませる。
どうして、人は膨らんだ頬を見ると、指で押したくなるんだろう。そんな押したくなる心を抑えて、わたしはくまゆるとくまきゅうに向けて、呪文を唱える。
「おおきくな~れ、おおきくな~れ」
もちろん、呪文なんて必要はない。小さくするときにやったのに、やらないと変だからね。
くまゆるとくまきゅうは元の大きさに戻る。くまゆるにはカリーナに乗ってもらい、わたしはくまきゅうに乗る。
「くまゆる、ちゃんとカリーナの指示に従うんだよ」
「くぅ~ん」
「ユナさん。くまゆるちゃんたちは、もっと大きくなったりできるんですか?」
「出来ないよ。子熊か親熊が選べるだけだよ」
ちなみに中間の大きさはできない。
あくまで子熊化に出来るだけだ。
「そうなんですか」
カリーナは小さくなれなかったときみたいに、また残念そうにする。
「大きくなったくまゆるちゃんが、大きな魔物を倒したかと思ったりしました」
もし大きくできたら、戦闘が楽になるけど、戦うシーンを思い浮かべると大怪獣の戦いになってしまう。なにより、わたしの出番が無くなるから駄目だよ。くまゆるもくまきゅうもわたしが守るんだから。
くまゆるは歩き出し、丁字路に来ると止まる。
「くまゆるちゃん、右です」
「くぅ~ん」
くまゆるはカリーナの指示に従い右に曲がる。
「そういえば、水晶板の地図を失くしたのに、どうやって戻ってこられたの?」
すでに丁字路、十字路になっている通路を数回ほど通った。帰るときも地図が無いと困ったはずだ。間違った道を行けば帰ることもできない。
「その、あまり進んでいなかったので」
カリーナが言うには、バーリマさんから水晶板を受け取ったことが嬉しくて、少し進んだところで、道を間違えてしまったそうだ。だから、戻ることもできたらしい。
道を間違えたカリーナは床に落とし穴が現れ、落ちそうになったそうだ。そこをバーリマさんがカリーナを掴んで、落ちずに済んだという。でも、水晶板はカリーナの手から落ちてしまったそうだ。
そして、水晶板の場所を探ってみれば地下深くに感じたそうだ。
自分のせいで、父親は怪我をし、代々引き継がれてきた水晶板は落としてしまいカリーナは泣いてしまったそうだ。でも、バーリマさんは怒らなかったと言う。
「お父様はわたしが無事で良かったと言いましたが、あのとき、わたしでなく水晶板に手を伸ばしてくれればと思いました」
「そんなこと言っちゃ駄目だよ。バーリマさんは水晶板より、カリーナが大切だったんだよ。そんなバーリマさんの気持ちを否定しちゃ、バーリマさんが可哀想だよ。たしかに、カリーナは失敗したかもしれない。でも、バーリマさんのおかげで命は助かった。落ちた水晶板は見つけた。なにも問題はないとは言わないけど、カリーナは頑張って失敗は取り戻したでしょう。だから、今度は二度と失敗しないようにすればいいよ」
「はい」
カリーナはとっても良い笑顔をする。これは絶対に魔石を交換しないといけないね。
元気になったカリーナは道を間違えないように、分かれ道が来ると水晶板で確認してから進む。人は失敗から学んで成長するものだ。もちろん、学ばない者もいる。でも、カリーナは間違いなく前者だ。バーリマさんの怪我も無駄にならない。娘の成長に繋がったと思えば、安いものだ。
「カリーナ。少しだけ水晶板を見せてくれる?」
「はい、どうぞ」
くまゆるに乗ったカリーナはくまきゅうの隣に並ぶと、手に水晶板を持ったまま、横から見えるように差し出してくれる。水晶板には現在いる場所が中央に青い点がある。これが現在位置かな。さっき通ってきた道がある。
地図は全体の地図を表すわけじゃないみたいだ。少し先の道までしか、地図は表示されていない。
来た道や進む道には黄色の道が示してくれている。なるほど、こうやって進んでいくのか。これなら、戻るのも問題はない。
ただ、問題があるとすれば地図は拡大されており、全体図が分からないってことぐらいだ。
「これって、全体は見ることはできないの?」
「はい、近くしか見ることはできません」
クマの地図のスキルを使用する。
うん、これはしっかり表示されている。進んで来た道が分かる。こうやって見ると、道は下ったり、上がったり、くねったりする。その所々に分かれ道がある。この迷宮を地図無しで挑戦したいとは絶対に思わないね。わたしだったら怒って破壊する自信がある。
迷宮なんて、壁が無ければ、迷うことはない。って格言があるしね。
でも、破壊でもしようものなら、水の増幅の魔法陣を破壊してしまうかもしれないので、今回はできないし、地図があるからする必要もない。
もし、地図無しで挑戦することがあったら、間違いなくムムルートさんを連れてくる。問題はムムルートさんが迷宮の解き方を覚えているかだ。なんせ数百年前のことだ。忘れている可能性が高い。
今度、ムムルートさんが覚えているようだったら聞いてみるのもいいかもしれないね。
「くまゆるちゃん、真っ直ぐです」
十字路を真っ直ぐ進むカリーナ。
そして、通路を進むと少し広い空間に出る。突き当たりの壁には階段が見える。嫌な予感がして上を見ると壁に螺旋階段が続いている。もし、クマの装備やくまゆるやくまきゅうがなかったら、絶対に上りたくない階段だ。わたしの貧弱な体では絶対に上れない。
わたしたちを乗せたくまゆるとくまきゅうは螺旋階段を上っていく。所々に通路に出る入口がある。カリーナは水晶板を見ながら、くまゆるに指示を出して螺旋階段を上ってく。そして、螺旋階段の途中で横の通路に出る。絶対に迷子になるね。
通路をさらに進むと分かれ道だ。でも、いままでの分かれ道と違う。
右が明るく照らされており、左は闇のように真っ暗だ。人の心理として右の明るい方に行きたくなる。左の暗闇に行きたくない。
でも、カリーナの言葉は「左です」と答える。
「いま、ランプを出しますから、待ってください」
「大丈夫だよ」
わたしはクマさんパペットに魔力を集めて、光を作り出す。目の前にクマさんの顔をした光が浮ぶ。
「……くまさんです」
「ほら、行くよ」
暗闇の通路を進む。クマの顔をした光が暗闇の通路を照らす。カリーナはそんな宙に浮くクマの顔の光をじっと見つめている。そんなに見ていると目を悪くするから注意する。
「カリーナ、ちゃんと水晶板を見てね」
「は、はい。すみません」
カリーナはすぐに視線を水晶板に移す。
「あのう、どうして、普通の光じゃないんですか?」
「クマの方が可愛いでしょう」
「はい、そうですね」
カリーナはわたしの言葉に納得する。もちろん、普通の光の玉も作り出せる。でも、意識しないとクマの顔の光になってしまう。なんでだろう。わたしはクマさんパペットをパクパクさせる。
わたしたちはクマの光に照らされながら先に進む。
角を曲がると、前方に光が見える。そして、また明るい道と暗い道の分かれ道が現れる。今度は明るい道を進む。三回目は下に向かう通路と上に行く通路に分かれてる。下は明るく、上が暗い。
やっぱり、明るい下を通りたくなるね。でも、カリーナが示した先は上の暗い道になる。
上に上がる通路を進むと、少し広い部屋に出る。
「もしかして、着いた?」
「まだです」
まだなのか。1時間も歩いていないと思うけど、こうも分かれ道があると面倒だ。
カリーナは水晶板を見ると、無警戒に部屋の中に入っていく。
「大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です。今度は入口の選択をするみたいです」
わたしは部屋を見て、愕然とした。先に進む四方の壁に5つずつ進む通路がある。合計で20個となる。わたしたちが入ってきた壁側も5つのうちの1つだった。
こうも、分かれ道があると、挑戦しようと思う冒険者なんていなくなるね。
カリーナのご先祖様やムムルートさん、よく挑戦しようと思ったものだ。
カリーナは水晶板を見て、迷うこともなく、右側の壁の右から4番目の通路を進む。間違った道を進んだらどうなるか、確かめたいけど、カリーナが一緒にいるから、そんな危険なことはできない。
そして、進むと大きな扉に突き当たる。
「ユナさん、着きました」
目の前にはクマの転移門ぐらいの大きさの扉がある。
わたしはくまきゅうから降りて、扉に触れる。
押せば開くのかな?
「ユナさん、ちょっと待ってください。今から開けますから」
カリーナもくまゆるから降りる。そして、扉の横にある凹みに水晶板をはめて、手を触れる。
すると、ドアはゆっくりと開いていく。
迷宮は道さえ、間違えなければ安全です。(そのための水晶板の地図です)
本当は罠とかいろいろと書きたかったけど、カリーナがいるので自粛しました。
いつかは迷宮に挑戦したいですね。
次回、魔石の交換です。