313 クマさん、ピラミッドに入る
「それじゃ、そろそろピラミッドに行こうか」
どうにか、カリーナを落ち着かせたわたしは、ピラミッドに向けて出発することを提案する。
ウラガンたちは少し休むと、文句を言いながらもワームの解体に向かった。ジェイドさんたちはこれからわたしと一緒にピラミッドの中に入ることになっている。そのため、少しでも疲労を回復させようと、大きな岩陰で休んでいる。
「カリーナ、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。その、いきなり泣いてごめんなさい」
「でも、これでわたしが強いことは分かったでしょう。だからカリーナは安心していいからね。なにがあっても守ってあげるから」
「はい」
でも、まさかワームと戦って泣かれるとは思わなかった。
実際、フィナたちでさえ、わたしが大きな魔物と戦っているところは見たことはない。もしも、フィナやノアが魔物と戦うところを見たらどうなるのかな。ノアあたりだと「ユナさん、凄いです」って目を輝かせそうだけど。フィナは心配するかな?
とりあえず、フィナたちの前で戦うことがあったら気をつけないといけないね。
いくらチート装備を着けていても、泣く子供には勝てない。
「でも、ユナさん。本当になんともないんですか? ワームの攻撃を受けたのに」
たしかに攻撃を受けて、コロコロコロコロコロコロと転がったね。
「ちゃんと防いだから大丈夫だよ。それに魔法で強化してあるから、あれぐらいなら平気だよ」
「あれぐらいって、かなり吹っ飛んだように見えたんですが……」
「ちょっと、グルグルと回った回数が多かったから、目が回ったけど」
ちょっとふらついた真似をしてみせる。するとカリーナは笑いだす。
「ふふ、目が回ったって」
別に笑わせるつもりで言ったわけじゃなかったけど。面白かったみたいだ。
「わたし、本当にユナさんが勢いよく飛んで、転がったときは生きた心地がしませんでした。なのにユナさんは怪我一つないんですね」
「本当よね。いったいどんな体をしているのかしら?」
休んでいたはずのメルさんがやってきて、わたしの体に触れる。そんなに触らないでください。なんとなく、手付きがいやらしかったので、わたしはメルさんの手から逃げ出す。
そんなに名残惜しそうに見てもダメだ。わたしは防御態勢をとる。
「確か、クマの加護だっけ? そんなものがあるとは信じられないけど。ユナちゃんを見ていると、本当にあるように見えてくるわ」
いや、呪い並に酷い加護が存在しますよ。
でも、その呪いの加護のおかげで異世界を満喫しているけど。
「クマの加護ですか? わたしもクマの加護があれば強くなったり、くまゆるちゃんやくまきゅうちゃんを喚んだりできるんですか?」
「どうかな? もし得ても、こんな格好をすることになるかもよ」
わたしは自分の格好を指す。
カリーナがジッとわたしのクマの格好を無言のまま見つめる。
「……可愛いと思います」
なんだろう。一瞬の間は。
「でも、くまさんが呼べるなら、悩むわね」
メルさんがクマの着ぐるみの格好をするんですか?
似合うかな?
セニアさんなら身長がメルさんより低いから似合いそうだけど。
「ユナちゃん。なにか言いたそうね」
「キノセイデスヨ。それよりも、そろそろ出発しますよ」
目を反らし、わたしはくまゆるに乗る。
メルさんはなにか言いたそうにしたが、素直に出発の準備に取り掛かってくれる。
カリーナはくまきゅうに乗り、メルさんとセニアさんはラガルートに乗る。二人はくまゆるたちに乗ろうとしたが、丁重にお断りさせてもらった。今回は必要がないからね。
ワームもほぼいなくなったので、ピラミッドまで襲われることもなくなったけど。ワームの死骸の横を走りぬけていくことになる。う~ん、大きな幼虫みたいなものの横を通るのは気持ち悪いね。これは早くウラガンには処理をしてもらわないといけない。
そんなワームの解体を真面目にしているウラガンに挨拶する。
「ピラミッドまでの護衛だったが、もう必要はないんだよな?」
「うん、この辺りのワームはほとんど倒したからね。役目は果たしているよ」
ワームは倒したから、ピラミッドまで安全に行くことができる。だから、十分にウラガンのパーティーは仕事の役目は終えている。
カリーナはウラガンの方を見ると頭を下げてお礼を言う。
「あのう、ありがとうございました」
「たまたま、そのクマがワームを掘り起こすことができるって言うから、賛同しただけだ」
ウラガンがわたしを見て、鼻で笑う。
「それに、お礼を言われることじゃねぇ。これは仕事だ。ちゃんとおまえの親父からお金は貰うから安心しろ」
ウラガンはそう言うと、「仕事の邪魔だからさっさと行け」と言う。わたしには照れ臭そうに見えたのは気のせいだろう。それに仕事とはいえ、ちゃんとしてくれたのであれば、礼の一つはするものだ。
ここで、そんなことを言ってもあれなので、わたしたちはウラガンのお言葉に甘えてピラミッドに向かう。
ウラガンたちと分かれてピラミッドの入口にやってくる。わたしたちを大きな入り口が出迎えてくれる。迷宮探索はゲームのときを思い出すね。ゲームだから自動マッピングがあって、楽に進むことができた。罠もあったな。魔物部屋とか、燃えさかる炎の部屋とか、定番の落とし穴もあった。懐かしいね。
わたしが入口を見ているとジェイドさんたちがわたしを呼ぶ。
ジェイドさんの方を見ると入口の横に、土の魔法で作ったと思われる小屋みたいなものがある。
「ここは?」
「ラガルートを止めておく場所ですよ。お父様や冒険者たちも来ますので、作ったみたいです。この中なら小さなワームなら襲われても逃げ込めば大丈夫って聞いてます。でも、ユナさんが倒した大きなワームに襲われたら無理かと」
まあ、あの大きなワームは特別だ。さすがにあの大きさのワームが何体もいたら困る。
ジェイドさんたちは、その小屋の中にラガルートを連れて入り、ラガルートの前に水が入った桶や餌などを用意しておく。たしかにどれだけの時間、ピラミッドの中にいるかわからない。食べ物は必要だ。
わたしがみんなの様子を見ていると、トウヤがロープを持ってやってくる。
なんだ?
「そこにスペースが空いているぞ。俺が結んでやるよ」
そう言って、くまゆるにロープをかけようとする。でも、くまゆるは軽く後ろにかわす。ロープを持ったトウヤはバランスを崩して、地面に倒れる。そこにくまゆるがトウヤの背中を踏みつける。
「ふぎゃ」
変な声がトウヤの口から漏れる。
「トウヤ、遊んでないの!」
「俺はそこのクマにロープをくくりつけようと思っただけだぞ」
「ユナちゃんのクマには必要はないのは知っているでしょう」
メルさんはくまゆるに踏まれているトウヤの尻を踏みつける。
「俺はこれからピラミッドに入るから、この場を明るくしようとした、ちょっとしたイタズラだろう。それなのに踏むなんて」
「だからって、くまゆるちゃんにロープをかけるイタズラはわたしが許さないわよ」
メルさんはトウヤを踏む足に力を入れる。それを見たくまゆるも真似をして足に力を込める。
「ちょ、重い。重い。苦しい。俺が悪かった。二度としないから、どけてくれ!」
トウヤがジタバタする。それを見てメルさんが足を退けるとくまゆるも足をどける。
「クソ、重たかったぜ。だから、太って……」
立ち上がろうとしたトウヤをメルさんが再度踏む。
「ふぎゃ」
カエルが潰れたような声がした。もっともカエルが潰れた音なんて聞いたことないけど。
「なんなら、トウヤを縛っていこうかしら。食事はラガルートと同じでいいわよね」
メルさんがそんなことを言うと、話を聞いていたセニアさんが賛成の手を挙げる。また、面倒な人がやってきた。さらに面倒になるかと思ったら、ジェイドさんが止めてくれる。
救いだされたトウヤはジェイドさんの背中に逃げ込む。
おい、男だろう。
でも、本当に面白いパーティーだ。
そして、いざピラミッドの中に入る。中は思ったよりも広い。
全員が横一列になっても余裕の広さがある。天井も高く、圧迫感はない。
先頭にジェイドさんとトウヤ、その後ろにくまきゅうに乗るカリーナ。その左右にメルさんとセニアさんが歩く。後方はわたしとくまゆるが守ることになって進む。
とりあえず、探知スキルで確認する。近くに魔物の反応はない。でも、なにがあるかわからないので、油断はしない。大きなワームのときみたいに油断をして、吹き飛ばされでもしたら。またカリーナに心配をかけることになる。
「中は明るいんだね」
「お父様が言うには、このピラミッドに仕組みがあって、光が入ってくると言っていました。わたしは昼間しか来たことがないからわかりませんが、夜になると暗くなるそうです」
ほほう、そんな仕組みが。
ゲームや漫画だと、誰が用意したか分からない松明があったり、なにも無いのに明るかったりすることがある。誰が松明を用意したんだとか。なんで何も無いのに明るいんだとつっこんだりした記憶がある。
まあ、このピラミッドの中を照らす光も、どんな仕組みなんだと、ツッコミを入れたくなる。
どちらにしても、明るいのは良いことだ。
トコトコと無言のまま歩く。意外と綺麗だ。ちょっと不謹慎だけど、こういう場所ってわくわくするね。
「魔物はいないみたいだな」
「そうね。外にあれだけいたから、中にもいるかと思ったけど」
いないことはいいことだ。
「それで、カリーナちゃんを奥まで連れていけばいいんだよね」
「でも、なんで、カリーナを連れていくんだ」
「トウヤ、話を聞いていなかったのか。彼女の魔力と探し物が反応して、その探している物の場所がわかるって」
「魔道具かなにかか?」
「はい、そんな感じです。とっても大切な物なんです」
「まあ、方角が分かれば、探すのも簡単だろう」
ジェイドさんたちには魔道具ってことになっている。嘘を吐いているようであれだけど仕方ない。まあ、それに嘘でもない。魔道具であるのは間違いない。
わたしたちは長い通路を進む。通路は徐々に下がっているみたいだ。
しばらく歩くと、大きな円形の闘技場みたいな場所に出る。
「ここは?」
「ここで、地下に行くための通路とピラミッドの迷宮の階段に分かれています。あの階段の上を見てもらえますか?」
地下に行く通路の横に上にあがる階段がある。その上には観覧席ではないけど、その位置に穴と言うべきか入口と言うべきか、人が1人通れるほどの穴がある。
ただ、問題なのが、その入口が1つや2つではないことだ。二階部分に円を囲むように、無数の入り口がある。100個以上はあるかもしれない。さらに3階に当たる場所にも同様に入り口が無数に並んでいる。
「迷宮の入口です」
「もしかして、全部?」
「はい」
えっと、しょっぱなから無理ゲーなんだけど。しかも、数日で迷宮が入れ替わるって話だ。
マッピングもできない。もし、わたしがゲームで出会ったらクソゲーのレッテルを間違いなく貼る。ムリゲーほどつまらないゲームはない。
これは絶対に水晶板の地図を見つけ出さないといけないね。
やっと、ピラミッドの中に入りました。
迷宮の入り口が無数にありました。無理ゲーでした。
素直に地下に行きます。