275 クマさん、フォシュローゼ家のために頑張る
リーネアと騎士の試合が始まる。
「大怪我をしないと良いですね」
「もしかして、脅かしているのかしら?」
「そんなつもりはないですよ。わたしは国王陛下に現状を知ってもらうだけです」
「でも、怪我でもさせたら、あなたの責任問題になるわよ」
「もちろん、誠意を込めて謝罪はします。あまりにも弱くて、手加減が難しかったと。騎士を目指す者なら、もう少し強いかと。でも、それと同時に国王陛下にも進言させてもらいます。騎士は男性にするべきと、女性の護衛なら魔法使いで十分でしょう、とね」
リーネアは相手の騎士の攻撃によって、剣が弾き飛ばされ、腕を痛そうにする。でも、歯を食いしばりながらも剣を拾い構える。
「どのくらい持つでしょうかね」
「あなた……」
「終了時には一生、剣が持てないようになっているかもしれませんね」
「わたし、止めてくる!」
シアが飛び出そうとする。
「あなたが近づくのと、その前に一撃を加えるのと、どちらが早いでしょうね」
その言葉にシアが足を止める。
「誰かが、近寄ってきたら……、言いたいことは分かりますね」
シアを見て嫌な微笑みをする。
その笑顔、殴りたいな。
殴ってもいいかな?
でも、そんなことをすれば、エレローラさんに迷惑がかかるよね。
むむむむ、悩む。この怒りをどこにぶつければ。
わたしはいつでも動けるように、制服を掴んでいるフィナとシュリに小さな声で後ろに下がるように言う。
「それでは取引をしましょうか。婚約の件をのんで戴けるのでしたら、わたしの指示で止めさせますが、どうなさいますか?」
「そんな理不尽な条件を受けると思っているのかしら?」
「娘さんはそんなことは思っていないようですが」
エレローラさんはすぐに断るが、シアはリーネアを見ながら悩んでいる。
リーネアと騎士を見ると、リーネアが攻撃をして騎士が受け止めるように見えるが、騎士が受け止める振りをして、前に力を込めているようにも見える。だから、リーネアは剣を受け止められるたびに、大きく弾かれる。
騎士は思いっきり剣を振り下ろす。リーネアはとっさに剣で防ぐが、二撃目、三撃目と力強く、振り落とされる剣に耐え切れなくなり、剣を弾き落とされる。痛そうに腕を握る。
でも、痛い腕を我慢して、剣を拾って立ち上がる。そして、再度試合が始まる。今度は騎士はおもっきり、体当たりをして、力押しをする。
だんだんと酷くなっていく。
「わたしが代わりに戦う!」
シアがルトゥムに向かって叫ぶ。
「戦って勝てばいいんでしょう!」
「ふふ、シア嬢が優秀な成績を修めていることは知っていますが、騎士に勝てるわけがないでしょう」
「そんなのやってみないと分からないわ」
「シア! 止めなさい」
「でも、お母様!」
う~ん、シアが魔法ありで、相手が無しで、開始位置が離れていれば勝てるかな?
でも、間合いを詰められたらおしまいだよね。
「なら、こうしましょう。シア嬢が勝てたら、今後、女性騎士を目指す彼女たちにはなにもしないことを。でも、負ければ、シア嬢はわたしの息子と婚約をする」
「それは…………」
「さらに、わたしの末っ子を、そちらの妹のノアール嬢にどうでしょうか。姉妹そろって、婚約なんて素晴らしいとは思いませんか?」
ノアは自分の名前が出た瞬間、体が震えた。
話の内容が悪い方向に進んでいる。
うん、これは我慢の限界だね。
「わたしがあの騎士に勝てば、今後、女性騎士には手を出さないでくれるんですか?」
「シア!」
エレローラさんが叫ぶ。
「約束しましょう。でも、負ければ婚約をしてもらいます」
「駄目よ」
エレローラさんがシアを止める。
「でも」
「なら、わたしが代わりに戦おうか」
「ユナさん?」
そろそろ、我慢の限界だ。
シアやノアを無理やり、結婚させるなんてゆるせない。
「お嬢ちゃんはなんですか。これはフォシュローゼ家とローランド家との問題ですよ。関係無い者は口を挟まないでもらえるかな。お嬢ちゃん」
もちろん、断る。
「なんなら、あそこに乱入して、あそこにいる騎士を全員倒してもいいんだけど」
「面白い冗談を言う、お嬢ちゃんだ」
わたしは本気だよ。
「でも、これは婚約の話をしているところです。お嬢ちゃんの戯言に付き合っている暇はない。早くしないと、あの女の子が倒れてしまう。そうなると、取引ができなくなってしまうでしょう」
「ユ、ユナさん、お願いできますか?」
シアが真剣な目付きでわたしのことを見る。
「わたしじゃ、勝てません。でも、ユナさんなら」
それって、つまり、シアの婚約を賭けて戦うってこと?
「お願いします」
シアは深く頭を下げる。
もちろん、シアの代わりに戦うのは問題はない。
シアがこんな男の子供と結婚なんて想像したくない。まして、ノアまでなんて。
シアがこの男の息子と結婚になれば、クリモニアがこの男の物になるってことだ。
あの街はわたしの家があり、お店がある。孤児院の子供たちもいる。そんな、わたしの街をこんな男に好き勝手にさせるわけにはいかない。あの街はわたしの街だ。
でも、わたしに他人の人生を背負うことはできない。それがやり直しができるなら構わないが、婚約をしたら、破棄が簡単にできるとは思えない。
わたしは困ってエレローラさんの方を見る。
「駄目よ。あの子の人生とシアの人生を賭けることなんてできないわ」
「お母様!」
「なら、他の物を賭けましょうか?」
「なんでしょうか?」
「もし、負けたら、わたしは今の職を降りるわ。あなたはわたしが国王陛下の側にいるのが目障りなんでしょう」
エレローラさんの新たな申し出に、ルトゥムは信じられないように目を大きくして、エレローラさんを見る。
「その言葉に偽りは無いでしょうね」
「ええ、約束をするわ」
「ふふ、いいでしょう。でも、本当にこんな小娘に職を賭けるのですか?」
「まあ、負けても、夫がいる街に戻るだけだからね。でも、あなたにも職を降りてもらおうかしら。今後、女性騎士を育てるにはあなたは邪魔だから」
「ふふふ、ああはははは。いいでしょう。引き受けましょう。今、言った言葉を忘れないでくださいよ」
「あなたもね」
ルトゥムは高笑いをする。
なんか、とんでもないことになってきた。
「ロタス!」
ルトゥムが叫ぶと、リーネアと戦っている騎士の動きが止まる。
それを見たシアが安堵の表情になる。
「それじゃ、口約束では信用できませんから、国王陛下に証人になってもらいましょう」
ルトゥムは笑みを浮かべながら歩き出す。
「ユナちゃん。巻き込んでごめんなさい。本当はわたしがしなくちゃいけないんだけど。ルトゥムもそれなりの力を持っていてね」
エレローラさんはルトゥムが離れるとわたしに謝罪をしてくる。
「それはいいけど。どこまでやっていいの?」
「好きなようにしていいわよ。負けたとしても、職を失うだけだから気にしないでいいわよ。そしたら、クリモニアでクリフの手伝いでもするわ」
「駄目です。そしたら、王都にわたし一人になってしまいます」
シアが楽観的なエレローラさんに対して、悲しそうに訴える。
「それじゃ、なんとしても勝たないといけないね」
わたしはシアに向かって安心させるように微笑む。
それじゃ、エレローラさんのお言葉に甘えて好きなようにやらせてもらうかな。
「でも、油断だけはしちゃだめよ。一応、彼らも優秀な騎士なんだから」
もちろんだ。クマの着ぐるみが無い状態では防御力は無いに等しい。油断なんてするつもりはない。
まして、エレローラさんの職がかかっているんだ。負けるわけにはいかない。
わたしたちはルトゥムを追って、国王陛下のところに行く。
「なんだ。二人揃って」
「国王陛下にお願いがございます」
ルトゥムは畏まったような表情で国王陛下に進言する。
「このたびはエレローラ殿と職を賭けた試合をすることになりました。その見届け人になっていただき、お願いに来ました」
「賭けだと」
「はい。わたしの騎士が勝てば、エレローラ殿が職を退き、わたしの騎士が負ければ、わたしが今の職を退くことになっています」
「もし、負けたらクリフのところに帰るから、よろしくね」
エレローラさんが楽観的に言う。
もしかして、実はエレローラさんはクリモニアに戻りたがっていない?
「勝手にそんなことを決めるなど、王として許すことはできん」
まあ、普通はそうだよね。
「ですが、職を辞するのは自由のはずです」
確かに辞める自由もあるかな?
国王がわたしの方をチラッと見る。「おまえが戦うのか?」と聞かれているようだったので、小さく頷く。
「それで、誰と誰が試合をするのだ」
国王は確認するために尋ねる。
「わたしの騎士からはフィーゴです」
「わたしの方は彼女です」
エレローラさんはわたしの方を見る。
国王はわたしの顔を見ると。やっぱりか、的な表情をする。
「国王陛下、彼女のことを信じてもらえないでしょうか?」
エレローラさんと国王が目で話し合っているようにも見える。
国王はエレローラさんとの目の会話を終えると、わたしのことを見る。そして、少し考えて、口を開く。
「そなた、名前は」
名前? 知っているでしょう。もしかして、ボケている?
「本名だと、まずいでしょう」
エレローラさんが小さな声で教えてくれる。
ああ、なるほど、そういうことね。
国王の気遣いに気付いたわたしは、名前を考える。
でも、そんないきなり、偽名なんて言われても出てこない。
「ゆ、ゆ、ユーナです」
わたしの偽名に国王は呆れた表情になる。
そんな、いきなり、偽名なんて思いつかないよ。
「ユーナだな。本当に騎士と試合をするのか?」
「友人のシア様のために」
一応、シアの名前に敬称は付けておく。
「わかった。その試合、わたしが見届けることにする」
「ありがとうございます」
ルトゥムが頭を下げて笑みを浮かべる。
う~ん、どうもこれだけじゃ、気が収まらない。
騎士と試合するだけでは、この男のことが殴れない。
「国王陛下、ひとつよろしいでしょうか?」
「なんだ」
わたしが話しかけたことで、その場にいた全員が驚く。
「どうも、ルトゥム、様は女性を軽視しているようで、女性を騎士にさせたくないようです」
「それはもちろんです。騎士は男性がなるものです」
ルトゥムはわたしの言葉にすぐに返答する。
「女性は弱く、騎士に向きません。先ほどの試合を見ても分かるように、女性は男性に比べて、劣っているのはあきらかです。国王陛下もティリア様やフローラ様のお命をお守りしたいのでしたら、男性騎士に守らせるべきです」
「それは娘たちが望めばと、何度も言っているだろう」
「命にかかわることです」
「それに提案があります」
わたしの言葉に国王とルトゥムがわたしの方を見る。
「もし、わたしが彼の騎士団、全員に勝った場合。ルトゥム、様に」
こんな男に様付けなんてしたくないと、心に思うが我慢をする。
一応、国王陛下や他の人たちもいるから、不敬にならないように口調は気を付けるが、慣れない。
「ルトゥム様に二度と騎士は男性だけと、言わせないようにしてください。全ての女性が弱いわけではありません。育てれば強くなる女性もいます。初めから、育てもせずに、切り捨てるのは間違ってます」
「男性騎士を育てるのと違い、女性騎士を育てるのは時間も労力もかかる。時間の無駄だ」
ルトゥムがわたしの言葉を否定する。
まあ、たしかにどの職種でも才能があるものと、無いものを育てるのでは、前者の方が楽だ。
ゲーム時代でも、呑み込みが早いプレイヤーがいれば、何度も教えても理解できないプレイヤーもいた。もし、パーティーを組むようなことがあれば、前者を選ぶ。
初期パラメーターが高いプレイヤーと低いパラメーターがいれば、高いプレイヤーと組む。
言っていることは分かる。でも、何でも切り捨てるやり方は好きではない。
わたしだって、元の世界では切り捨てられたようなものだ。学校からも捨てられ、親からも疎まれ、一人で生きてきた。
人は教われば、学ぶ人種だ。それが早い、遅いはあるかもしれない。
だから、女性騎士の道は作ってあげたいと思う。
剣を何度も落とされても拾って頑張るリーネアの姿は、わたしが努力もせずに手に入れた力とは違う。騎士になりたいと思う強い信念は自分で育てるものだ。他人に言われて育つものではない。自分で育て上げないと作ることはできない。
「わたしが勝った場合は、ルトゥム様に改めていただきます。女性騎士を否定するルトゥム様が賛成に回れば、周囲の目も変わると思います。でも、ルトゥム様が変わらずに女性騎士を軽視するようなことがありましたら、そのときは処罰をお願いします」
平民と思われているわたしが貴族に対して処罰を申し出ると、周囲が騒ぎ出す。
わたしとしては騎士全員と戦うのが目的だ。そこにはルトゥムも含む。せっかく戦うんだ。勝ったときの条件は上乗せさせてもらう。
「ルトゥム、このユーナの申し出をどうする」
「ふふふふ、申し訳ありません。あまりにもバカなことを言うもので、笑いが止まりませんでした。もちろん、引き受けますよ。それでお主は負けた場合はどうするのだ」
「まさか、こんな勝ち目の無い試合なのに、負けたときの要求をしてくるのですか?」
ルトゥムは国王、周りにいる人たちの顔を見る。
「そうだな。勝ち目の無い挑戦に敬意を払って、負けたときの要求は無しにしてやろう。一人でさえ勝つことはできないのだからな」
強者の驕りからなのか、余裕の笑みで引き受けてくれる。
「その言葉を忘れずにお願いします」
ルトゥムが引き受けたとき、わたしの実力を知っている国王やエレローラさんは呆れたような顔になり、わたしのことを知らない人は、困ったような顔をしている。
でも、その場にいた全員が証人となる。