262 クマさん、学園祭を楽しむ。その1
ティリアと一緒に学園祭を回ることになった。
皆はそれぞれ自己紹介をする。一応、ノアとティリアはお互いのことは知っているけど、顔を知っている程度の関係だったみたいだ。
フィナは緊張しながら挨拶をして、シュリは「お姫様だ~」って喜んでいた。それを見たフィナが注意して、ちゃんと挨拶をさせる。ティリアは笑いながらシュリの頭を撫でていた。
「それで、どこか行きたいところある? それとも、この辺りで何かを食べてからにする?」
わたしはとくにお腹は空いていない。
「みんなはどうする?」
「わたしはお腹は空いてませんから大丈夫です」
「わたしも大丈夫です」
「お腹は空いていないから大丈夫だよ」
全員、お腹は空いていないので、ティリアの案内で他の出し物を見て回ることになった。
学園祭のおかげで、すれ違う人たちは皆、笑顔だ。わたしとすれ違う人は「くま?」「くまさんだ~」とか言われるが、囲まれることはない。たまに学生がティリアのことに気付くと挨拶をしてくる。そして、わたしを見ると「なんでクマと一緒?」って顔をされる。
「やっと、噂のクマさんに会えて嬉しいです。お城ではユナのことを知っている人は多いけど。ユナがどんな人なのかを知っている人は誰もいないんだよね。お母様に聞いても、『可愛いくまさんよ』妹に聞いても『くまさん、やさしいよ』お父様に聞いても『くまだな』って言うんですよ」
ティリアは後ろ向きで歩きながら、後ろを歩いていたわたしに話しかける。
まあ、自分のことは話していないし、国王も魔物一万のことは話せないだろう。
「でも、ユナはどうして、そんなクマの格好をしているの? 暑くないの?」
いきなり、質問が飛んできた。
まあ、その手の返答は決まっている。
「えっと、クマの加護を受けていますから」
「クマの加護? そんなのがあるの?」
ティリアが驚きの表情を浮かべる。まあ、嘘は吐いてない。服を脱げば攻撃を防ぐことも、耐熱、耐寒効果も無くなる。クマさんパペットを外せば、くまゆるたちを召喚することもできないし、魔法は使えない、さらに重い剣も持つこともできない。戦うことが一切できなくなる。アイテム袋が使えなくなるのも難点だ。クマの靴を脱げば速く走ることも、跳ぶこともできない。本当にクマの加護が無いとなにもできない。
わたしの話を聞いていたシュリとノアが「わたしもクマの加護が欲しいです」と言っている声が聞こえるが聞き流す。そんな物を手に入れたら、クマの服を着ることになるんだよ。と心の中で思うが、2人とも喜びそうで怖い。
「そんな加護があるから、そんな格好をしているんだね。ユナみたいな可愛い女の子なら、似合ってていいけど。男の子だったら、恥ずかしくて着れないわね」
いえ、女の子のわたしでも恥ずかしいですよ。着ているのは諦めただけですよ。
「あっ、そうだ。クマで思い出したけど。今度、召喚獣のクマを見せてね。フローラが持っているぬいぐるみとそっくりなんでしょう?」
召喚獣の話も聞いているんだね。王族の間でわたしの会話をするってどうなんだろう。話し合うことは他にもたくさんあると思うんだけど。
「とっても可愛い、クマのぬいぐるみだよね。可愛いからフローラに1つ頂戴って言ったら、泣きそうな目で駄目って言われて、焦ったわ」
なにをやっているんですか。フローラ様からぬいぐるみを貰うって。わたしから見てもフローラ様がクマのぬいぐるみを大事にしてくれているのは知っている。いつも持ち歩いて、部屋に置いておく場合はちゃんと枕元に置いてある。そんなフローラ様からぬいぐるみを取ろうとするなんて。
「ひめ様から、ぬいぐるみ取っちゃ駄目だよ」
話を聞いていたシュリがティリアに向かって口を開く。その瞬間、フィナがシュリの口を塞ごうとするが遅い。
「ふふ、そうね。ただ、あまりにも可愛かったから、わたしも欲しくなっちゃったの。でも、フローラから取ったりしないから安心して、あんなに大切にしているのを、無理やり取ったりしないわ」
シュリに向かって約束をしてくれる。
妹の物は姉の物でなくて良かった。
「本当に欲しいならプレゼントしますから、フローラ様から取らないでくださいね」
「ユナまで、取らないわよ。2つあったから、1ついいかなと思ってお願いをしたの」
「くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんは別々、2つじゃないよ」
「フローラにもお母様にも言われたわ。わたしは色違いのクマだと思ったのよ」
まあ、ぬいぐるみの場合は色が違うだけだからね。わたしなら、本物が色が同じでも見分けが付く自信はある。それだけ、くまゆるとくまきゅうと一緒にいる時間は長い。
「シュリちゃんもぬいぐるみは持っているの?」
「うん、くまきゅうちゃんのぬいぐるみを持っているよ」
「みんなは?」
「わたしはくまゆるです」
「わたしは両方を持っています」
「みんな持っているんだね。ユナ、約束ですよ。ちゃんとわたしにも下さいね」
フローラ様のぬいぐるみが取られても困るのでプレゼントする約束をする。
ぬいぐるみの話で盛り上がり、シアたちがいた広場とは別の広場にやってきた。
人がかなり多い。出し物の周辺ではいろいろと盛り上がっている。
「さて、どこから回ろうか」
「ユナさん、どこに行きますか?」
「端から見て行けばいいんじゃない」
どんな出し物があるか分からないので、端から見て回ることになった。
広い場所では剣技を見せている学生もいれば、魔法を放っている姿も見える。学生服の姿でやられると、違和感があるけど、異世界なんだね。と再認識される。
「みんな、あっちに面白いものがあるよ」
ティリアの後を付いていくと、人が集まっており、盛り上がっている。なんだろうと思って見ると、ナイフの的当てのようだ。それぞれ的があり、距離も的の大きさも千差万別だ。
男性がナイフを的に当てて喜び、賞品らしきものを貰って、女性にプレゼントしている。あれは髪に飾る花飾りかな?
次の男性が台の上に立ち、ナイフを3本投げる。少し遠めの的を狙ったのか、全て外れる。一緒にいた女性に謝っている姿がある。
「男性が彼女のために良いところを見せるための場所だね」
「的に当てたら、あれが貰えるの?」
シュリが一番大きな綺麗な髪飾りを見る。
立派で綺麗な髪飾りだ。一番上に飾ってあり、このナイフ当ての目玉商品みたいだ。
「ここはわたしの出番ね」
ティリアが胸を張る。見ている感じ、意外と難しそうなんだけど。まして、一番綺麗な髪飾りは高得点をあげないと無理みたいだ。
的には距離、命中位置によって点数が付けられていて、5段階に賞品が分けられているみたいだ。先ほどの男性は三番目の髪飾りを貰っていた。
次の男性は無難に近い的に当てて、一番ランクが低い小さな花飾りを手に入れていたけど、相手の女の子は嬉しそうにしていた。これは観客からブーイングが起きた。元の世界なら、リア充死ね。と叫んでいたかもしれない。
次に行うのは女の子みたいだ。自分のためなのかな?
「みんなでやろうか?」
「やります!」
「うん、やるう~」
「みんながやるなら」
ティリアの言葉にみんなが賛成する。
子供にナイフを持たせるのはと、一瞬脳裏に浮かぶけど、フィナとシュリの2人に解体作業させているわたしには止めることができない。なによりも、みんなやる気になっている。
まあ、人に向けて投げるわけでもないし、今日はお祭りだしね。わたしも一緒に参加することにする。
並んでいると、「くま?」「クマ?」って声が聞こえるが聞き流す。
そして、わたしたちの番が回ってくる。
先頭に立つティリアが出し物を出している学生の前に立つと相手が驚く。
「ティリア様!?」
「遊ばせてもらうわね」
「は、はい、どうぞ」
「ふふ、賞品はもらっていくわ」
ティリアはナイフを受け取ると、台の上に立つ。どこを狙うのかな?
ティリアはナイフを構えると、綺麗な構えでナイフを投げる。ナイフは綺麗な直線を作り、良い音をさせて、中央の距離にある的に当てる。
おお、凄い。観客からも歓声があがる。「ティリア様、凄いです」「ティリア様~」
二投目も当て、三投目も見事に当てる。合計得点で三番目の花の髪飾りを手に入れた。
二番目以降に良い賞品は一番遠くを狙わないとダメみたいだね。
ティリアは髪飾りを受け取ると戻ってくる。
「姫様、凄い」
「へへ、まあね。ナイフ投げは得意なのよ」
言うだけのことはある。でも、姫様がナイフ投げが得意って、自衛するなら良いことだと思うけど、どうなんだろう?
「それじゃ、次はわたしが行きますね」
ノアが自信ありげに台の上にあがり、ナイフを投げる。狙った場所はティリアと同じ的だ。でも、一投目、二投目と外し、三投目でどうにか当てて、一番小さな花飾りを手に入れる。
「危なかったです。もう少しで、0点になるところでした。フィナとシュリは近くの的を狙うといいよ」
「はい」
次にフィナがノアと交代で台の上にあがる。そして、ノアの指示通り一番近い的に当てて、小さな花飾りを手に入れる。一番近い的は子供や初心者用にできているんだね。誰でも、賞品の花飾りが手に入れられるようになっているみたいだ。だから、一番小さな花飾りはたくさん用意されている。
次にわたしが行こうとしたら、シュリが前に出る。
「次、わたしがやる~」
「大丈夫?」
「お姉ちゃんにナイフの持ち方おそわったからへいきだよ」
それはあくまで持ち方であって、投げ方じゃないよね。
フィナも何も言わないので、やらせることにする。
シュリが台の上に乗ると、「可愛い」「大丈夫か?」「頑張って~」とティリアとは別の歓声があがる。
シュリはナイフを受け取ると、フィナと同じように一番近い的を狙う。一投目、右に外れる。二投目、今度は逆に左に外れる。三投目は的に当たるが、刺さらずに地面に落ちてしまう。
周りからは「頑張ったぞ」「賞品をあげろ~」とかの声が聞こえてくる。
「うぅ」
シュリが悲しそうな顔をして戻ってくる。
これは仕方ない。
「シュリ、わたしのあげる」
フィナが自分が手に入れた髪飾りをプレゼントしようとするがシュリは首を横に振る。
「それはお姉ちゃんの」
二人とも優しい姉妹だね。
「それじゃ、わたしがシュリにプレゼントするよ」
「ユナ姉ちゃん?」
「だって、わたしの頭じゃ髪飾りは付けられないでしょう」
わたしはシュリに頭に被っているクマさんフードを見せる。クマさんフードを被っているわたしには必要が無いものだ。それなら、シュリに喜んでほしい。
「それじゃ、行ってくるね」
わたしが台の上にあがると観戦している者から声があがる。
「くまだ」「クマ」「学園祭で誰かが作ったの?」「誰が着ているの?」どうやら、わたしが学園祭の学生だと思われているようだ。
「これをどうぞ」
わたしの格好を見ながら、学生の女の子がナイフを渡してくれる。この女の子たちがあの髪飾りを作ったのかな?
ナイフを受け取ったわたしは的を見る。どれにしようかな。止まっている的なら、クマさん補正があるから、ほぼ命中する。
ここはシュリのために頑張りますか。
クマさんパペットがナイフを咥える。そして、一投目を投げる。一番遠くにある的の中心に命中する。すると、歓声があがる。「すげえ」「あんな、遠くの的の真ん中に当てたぞ」「まぐれだろう」。
わたしは二投目を投げる。もちろん、一番遠い的の中心に当たり、立て続けに三投目も投げ、全てが一番遠くにある的の中心に突き刺さる。
「すげえ」「クマ凄い」「なんだ。三本連続命中って」「くまさん凄い」
周りから歓喜があがる。大袈裟だよ。ある程度の冒険者ならできるはず。これでもCランク冒険者だからね。
わたしは賞品をもらうため、女の子の方を見る。女の子は驚いた表情をすると、なんか、微妙な顔で最高得点の賞品の髪飾りを渡してくれた。
目玉賞品だったみたいだから、悪い気がする。でも、いいよね。
綺麗な髪飾りを貰うと、それをシュリの髪に飾ってあげる。
「ユナ姉ちゃん。ありがとう」
「とっても似合っているよ」
満面の笑みを向けてくれる。この笑顔を見ると頑張ったかいがある。目立ってしまったのは仕方無いけど、学園祭の出し物と思っているみたいだから大丈夫かな?
「うぅ、ズルイです。羨ましいです」
ノアが羨ましそうに見ている。
「なら、全員分ゲットしてこようか?」
わたしが賞品の方を見ると、受付をしている女の子が少し、引き攣った顔をした。
「ユナお姉ちゃん、止めた方がいいと思います」
「わたしもそう思うわ」
フィナとティリアが女の子の表情を見て答える。
「それじゃ、わたし、もう一度挑戦したいです」
ノアの願いは却下して、次の出し物を見に行くことにする。
って訳で、学園祭が始まりました。
そして、さっそく、ユナが目立っていますw