231 クマさん、神聖樹を見学する
翌日、わたしを含む5人は神聖樹に向かう。
そして、今日のお供はくまきゅうだ。
昨日はくまゆるを側に置き、くまきゅうを村に帰したせいで、くまきゅうが拗ね始めている。
さっそく、くまきゅうを召喚すると嬉しそうに擦り寄ってくる。
よかった。一応、昨日の夜は一緒にいてあげたから機嫌はよくなっている。
優しく撫でてあげ、くまきゅうに周辺の見張りをお願いをする。
もう、結界はあてにならなくなっている。
どうにか神聖樹の同伴の許可はもらえたけど、神聖樹は岩山に囲まれていて、見ることはできないらしい。
昨日から、どうにかして見ることはできないか考えているけど、良いアイディアは浮かばない。
高く跳んで岩山の上から見るとか、または土魔法で足元に土を盛って高台を作るとか考えてみた。できそうな気がするが、やっぱり、岩山の高さ次第になる。
本当はサーニャさんみたいに召喚鳥を持っていて、視覚同調できればいいんだけど。
それか、くまきゅうたちが空を飛べれば神聖樹が見ることができるけど、そんな能力はもっていない。
そもそも、クマは空を飛べないから、仕方ないことだ。
そのとき、くまきゅうが悲しそうに「クーン」と謝るように鳴く。
もしかして、わたしが考えていること、感じとったの?
「くまきゅう、ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないよ。だから、そんな悲しい声で鳴かないで」
謝るようにくまきゅうの首を抱きしめて、体を撫でてあげる。
「いきなり、謝ったりしてどうしたの?」
隣を歩くサーニャさんがいきなりくまきゅうに謝るわたしを不思議そうに見ている。
「ちょっと、わたしがくまきゅうにたいして酷いことを言ったんだけど、それに対してくまきゅうが逆に謝るから」
「ユナちゃん、くまきゅうちゃんになにを言ったの?」
「くまきゅうが飛べたら、上から神聖樹が見えるかなと……」
「ふふ、そんなことを考えていたの? くまきゅうちゃんは人を乗せて、速く走ることができるんだから、それだけでも凄いことよ」
サーニャさんは笑いながら、横を歩くくまきゅうの体を撫でる。
「そうだよ。空を飛べなくても、いつも感謝しているんだからね」
今回ばかりはわたしが悪い。
移動するときは、いつもくまゆるとくまきゅうに頼っている。
わたしがくまきゅうたちの上で寝ているときも走り続けてくれる。
わたしが部屋で寝ているときも見張りをしてくれる。
朝になれば起こしてくれる。
わたしはくまきゅうに感謝の気持ちを伝えるとくまきゅうは機嫌がよくなる。
良かった。
「ごめんね」
くまきゅうの頭を撫でながら、空を飛ぶ以外の方法で神聖樹を見ることができないか模索しながら目的地に向かう。
今のところ魔物との遭遇も無く、順調に進んでいる。
昨日、周辺の魔物は討伐したとはいえ、油断は禁物だ。
くまきゅうにはしっかりと、魔物の確認をお願いしてあるから、魔物が近寄ってくれば教えてくれる。
しばらく進んでいると、森を抜け出し、目の前に岩山が現れる。
昨日、聞いた岩山かな。
そうなると、この岩山の先に神聖樹があることになる。
上を見るが、かなり高い。
う~ん、跳ぶだけじゃ駄目かな?
この岩山って、登れないのかな?
「どうやら、魔物はいないようね」
「でも、油断はするのではないぞ」
サーニャさんの安堵の声にムムルートさんが気を引き締めるように促す。
くまきゅうの反応も無いし大丈夫だけど、探知魔法で確認する。
もしかすると寄生樹の反応があり、およその位置がわかるかもしれない。
寄生樹は魔物扱いではないみたいで、反応はない。
もしかして、植物扱い?
それとも結界の中だと探知できないとか?
どっちにしろ、探知魔法には反応はない。
「この先に神聖樹があるの?」
寄生樹が探知できないため確認する。
「ええ、この先に入口があるわ」
やっぱり、この岩山の先にあるのか。
岩山の横を歩いていくと、くまきゅうがぎりぎり通れるほどの洞窟があった。
その洞窟の前に石碑が3本立っている。
どうやら、ここが入口みたいだ。
「ラビラタと嬢ちゃんはここで待っていてくれ」
「わかりました」
ラビラタが返事をする。
やっぱり、中に入れないのかな?
入りたいな。
洞窟を覗いてみるが、中は真っ暗だ。
見えない。
「ユナちゃん、中には入れないから」
洞窟を覗き込んでいたら、注意された。
うぅ、そんなことはわかっているよ。
見れたらいいなと思っただけだ。
「それじゃ、アルトゥル、サーニャ、行くぞ」
ムムルートさんたちが岩山の洞窟の近くにある石碑に近付く。
そして、三人はそれぞれ石碑に手を置く。
もしかして、洞窟に入るための認証?
石碑に魔力を流しているように見える。
三人必要ってこういうことだったんだね。
しばらく、三人を見ているが、三人はいつまでたっても動こうとはしない。
「どういうことだ?」
ムムルートさんが口を開く。
「サーニャさん、どうかしたの?」
「この石碑に魔力を流すと、この石碑が光って、光っている間にわたしたちは結界の中に入れるようになるの」
「それが光りもしない」
ムムルートさんが石碑から離れて洞窟に向かうが、なにかが阻むようにして、ムムルートさんを洞窟に入らせない。
アルトゥルさんとサーニャさんも同様に確かめるために洞窟に手を伸ばすが拒まれる。
まるでパントマイムをしているような不思議な現象だ。
「なぜだ。アルトゥル、サーニャ、もう一度だ」
3人はもう一度、石碑に手を当てて魔力を流すが何も起こらない。
「先日は入れたはずなのに、どうしてだ」
「もしかして、完全に寄生樹に乗っ取られたのか。それか、寄生樹のせいで認証ができなくなったのか」
「冗談でしょう」
三人に焦りの表情が浮かぶ。
先日まで入れていた結界に入れなくなったんだ。慌てるだろうし、焦りもするだろう。これは本格的に岩山を破壊作戦が脳裏に浮かんでくる。
もしくはクマ魔法で行進でもさせてみるとか。
サーニャさんたちは何度も石碑に魔力を通すが反応はない。
そして、洞窟の中に入ろうとするが、見えない壁が邪魔をして入れない。
「サーニャ、神聖樹の確認を」
ムムルートさんの指示でサーニャさんは召喚鳥を召喚して岩山の空高くに飛ばす。
もしかして、上から見ることができるの?
召喚鳥は岩山の先に消えていく。
どこまでが神聖樹の結界の中なのかな。
召喚鳥が結界の中に入れるなら、くまゆるたちも入れることになるのかな?
それとも動物は大丈夫とか、その辺りの区別がわからない。
サーニャさんは眼を閉じている。召喚鳥の眼で見たものを見ているのだろう。
召喚鳥の能力は便利だけど、このときのサーニャさんは無防備になる。
「前よりも酷い状況になっているわ」
「やはり、そうか」
「親父どうする?」
アルトゥルさんの言葉にムムルートさんは悩む。
答えなんてないと思う。
ラビラタも含む四人が話し合っている。
わたしは結界がどんなものなのか気になったので、洞窟の方に近づいてみる。
たしか、この辺りに見えない壁が、…………手をゆっくりと伸ばしていく。
あれ、この辺りに在ったと思うんだけど、わたしの手は何にも邪魔をされることがなく、伸ばしたクマさんパペットの手はどこまでも伸びていく。
壁があると思い込んでいたわたしはバランスを崩して、前のめりに倒れてしまう。
「うわっ!」
「ユナちゃん!?」
わたしのことに気付いたサーニャさんがわたしの方を見る。
クマの着ぐるみのおかげで痛くないけど、なにもないところで倒れる姿を見られると恥ずかしい。
「ユナちゃん、大丈夫?」
サーニャさんが近寄ってくるが見えない壁に阻まれて、わたしのところに駆け寄ることができない。
「ユナちゃん? どうやって中に!?」
わたしは周りを見渡す。
岩山の洞窟の中にいるみたいだ。
「嬢ちゃん……」
ムムルートさんも不思議そうにわたしを見ている。
わたしは一度、岩山の洞窟から出る。
「嬢ちゃん、どうやって中に……?」
そんなのわたしだって分からない。
「えっと、普通に入っただけだよ」
わたしは証明するように、もう一度洞窟の中に入る。
結界に阻まれることもなく洞窟の中に入れる。
ムムルートさんも後に続こうとするが、見えない壁に邪魔されてわたしのところに来ることはできない。
「どういうことだ?」
それはわたしの方が聞きたい。
考えられることはクマの着ぐるみのおかげぐらいだ。
逆に言えば、それぐらいしか思いつかない。
でも、クマの着ぐるみのことは説明できない。
だから、「わからない」としか言いようがない。
「えっと、神聖樹を見てきてもいい?」
せっかく結界の中に入れたんだ。行かない手はないよね。
ムムルートさんは悩むが否定する言葉は出てこなかった。
「ユナちゃん、気をつけてね」
四人に見送られながら、岩山の洞窟の中に入っていく。
そして、自分もと言わんばかりに、くまきゅうが普通に付いてくる。
くまきゅうも結界の中に入れるんだね。
でも、洞窟の高さは余裕はあるが横幅がギリギリだ。
一度送還してから、召喚すればいいかと思ったが、くまきゅうは気にせずに付いてくる。
もし、この先の道が狭くなったら、送還すればいい。
とりあえず、洞窟の中は暗いので、クマのライトを作り、浮かび上がらせる。
クマの顔をした光が洞窟の中を照らしてくれる。
時々、曲がりくねった道を進むと先に明かりが見える。
出口みたいだ。
道は狭くなることもなく、出口までくまきゅうも通れそうだ。
わたしは少し小走りで出口に向かう。
洞窟を抜けると、そこは岩山で囲まれた広場だった。
球場ってイメージが分かりやすいかもしれない。もしくは岩山に囲まれた闘技場。
上を見れば太陽の光が射し込んでいる。
サーニャさんの召喚鳥なのかわからないが、鳥が飛んでいる。
そして、正面を見ると中央には大樹がある。
これが神聖樹。
幹は太く、数人が手をつながないと、幹は一周はできないほど大きい。
葉は生い茂げ、伝説の木と言われても信じてしまうほどの大樹だった。
ただ、その大樹には寄生樹がまとわり付いているため、神秘的な印象は受けない。
蔓がクネクネと動き、気持ちが悪いぐらいだ。
ときおり、離れているわたしに反応するような動きもする。
餌が来たと思っているのかな。
試しに風魔法で蔓を斬ってみる。
簡単には斬れるがすぐに再生して、蔓が伸びる。
やっぱり、神聖樹の魔力を吸っているのかな。
これはたしかに厄介かもしれない。
倒すだけなら、元のエネルギーとなっている神聖樹を切り倒せば終わりだけど、そんなことすればムムルートさんたち、エルフが困ることになる。
でも、このまま放置すれば魔物を呼び寄せる木になるかもしれない。
わたしは一度ムムルートさんに相談するために、神聖樹から離れて洞窟の外に出る。
「ユナちゃん」
サーニャさんたちが心配そうに駆け寄ってくる。
簡単に中の様子を報告する。
そして、対処方法を聞く。
「これは我々エルフの問題だということは分かっている。嬢ちゃんに頼むことでないことも理解している。だが、わしたちは中には入れない。そして、理由は分からないが嬢ちゃんは中に入れる。頼む。神聖樹を切り倒してくれないか」
ムムルートさんは頭を下げる。
「お爺ちゃん」
「親父」
「長」
「分かっている。だが、このままでは魔物が寄ってくる。時間が経てば嬢ちゃんも結界の中に入れなくなるかもしれん。責任はわしが取る」
そして、改めてわたしの方を見る。
「嬢ちゃん、頼む。神聖樹を寄生樹ごと切り倒してくれ」
「いいの?」
「構わない。責任は全てわしが持つ」
どうやら、ムムルートさんはかなり追い詰められているみたいだ。
神聖樹は寄生樹に取り憑かれた。
神聖樹は魔物を呼び寄せるようになった。
石碑は発動しない。
結界の中には入れない。
わたし以外対処ができる者がいない。
「ユナちゃん、わたしからもお願い」
「そうだな、村なら俺が守る。ヴォルガラスやウルフ程度なら楽だ」
「タイガーウルフが来ても大丈夫だ」
「さすがにコカトリスには来てほしくないけどな」
ムムルートさんのお願いにサーニャさんたちも神聖樹を切り倒すことに賛同する。
空元気だと思う。
本当は倒してほしくはないのだろう。
全員の言葉には悲しみが含まれている。
たぶん、わたしに神聖樹を切り倒すことを、重みにさせないようにしてくれているのがわかる。
「本当にいいの?」
「ああ、構わない。嬢ちゃんの責任になるようなことは絶対にさせない。切り倒したことはわしがしたことにする」
「ええ、三人でしたことにするわ」
サーニャさんの言葉にアルトゥルさんも頷く。
「でも、可能なら燃やさずに切り倒してほしい。今までこの村を守ってきた神聖樹の木を祀りたい。我侭を言っていることはわかっておる。でも、嬢ちゃんに危険が迫ったら燃やしてくれても構わない」
確かに神聖樹を燃やすのはもったいない。
神聖樹ほどの木なら、なにかしら作れるかもしれないし、役に立つかもしれない。
「うん、わかった。切り倒してくるよ」
「頼む」
わたしは再度、洞窟に入り、神聖樹に向かう。
あれ、終わらなかった。
討伐までいけると思ったんだけど、いけなかった。