203 クマさん、フローラ姫にぬいぐるみをプレゼントする
餅つきイベントが終わってから数日が過ぎた。
ノアに頬を膨らませながら怒られたり(可愛かった)、モリンさんに餡子の作り方を教えたりした(あんぱんのために)。
忙しい数日が過ぎ去っていった。
う~ん、そろそろ王都に行っても大丈夫かな?
ガマガエル家がどうなったかは聞いていない。もしかすると、まだ終わっていないのかもしれない。
どうなったか気になるがクリフには聞いていない。結果が出たとしてもクリフが教えてくれるとも限らない。ガマガエル家の処遇によってはミサがまた危険な目に遭う恐れも出てくる。
エレローラさんは証拠もあるから、爵位の剥奪になるとは言っていたけど。判断は王族がするってことらしいし。どうなるかわからない。
爵位を剥奪されたからと言って、シーリンに戻ってくるのかも気になるところだ。
悩んでも仕方ないので、フローラ姫にくまゆるとくまきゅうのぬいぐるみをプレゼントしに行くことにする。
それで、エレローラさんが来るようだったら話を聞けばいい。
さっそく、クマの転移門を使って、久しぶりに王都にやってくる。
門番に挨拶をしてフローラ姫のところに向かう。門兵はいつも通りに連絡のため走り去る姿がある。
どうやら、停止命令は出ていないみたいだね。仕事は大丈夫なのかな?
気にしても仕方ないので、真っ直ぐにフローラ姫の部屋に向かう。
何度も来ているため、迷うことなくフローラ姫の部屋に向かうことはできる。その間にいろんな人に出会うが止められることは無かった。いつも、思うけど、王族のお姫様の部屋に一般人が勝手に行くってどうなんだろう。
そんなことを考えているとフローラ姫の部屋に到着する。
いつも通りにノックをして、アンジュさんが出てきて部屋に入れてくれる。
中に入るとフローラ姫は壁際にある机に向かって勉強をしている姿があった。
「もしかして、邪魔しちゃった?」
「大丈夫ですよ。ちょうど、休憩にしようと思っていましたから」
アンジュさんはフローラ姫の方を見る。
「フローラ様、ユナさんが来てくださいましたよ」
アンジュさんがフローラ姫に呼び掛けると、小さな顔がこちらに振り向く。
「クマさん?」
わたしを見ると笑顔になり、駆け寄ってくる。
この笑顔を見られただけでも来たかいがあったものだ。
「元気にしてましたか?」
「うん!」
元気に返事をする。
「今日はフローラ姫にプレゼントを持ってきたんですよ」
「プレゼント?」
わたしはクマボックスからくまゆるとくまきゅうのぬいぐるみを出す。
「くまさんだ」
小さなこぐまのぬいぐるみとはいえ、小さなフローラ姫には十分に大きい。
どちらのぬいぐるみを取るのかなと思っていたら、両方のくまのぬいぐるみの手を握って引っ張った。
ぬいぐるみは床に落ちるが、フローラ姫は床に落ちたくまゆるとくまきゅうのぬいぐるみを抱きしめる。
「フローラ様、床に座ったりしたらダメですよ」
アンジュさんが注意する。
フローラ姫は涙目になりそうになるが、アンジュさんが優しく接する。
「床に置いてはくまさんが可哀想です。ですから、立ち上がってください」
アンジュさんはそう言うが、部屋の床は十分に綺麗だ。
綺麗な絨毯が敷かれて清潔に見える。わたしなら気にしないで寝っ転がりながらゲームだってできる。でも、姫としては駄目な行いなんだろう。
アンジュさんはテーブルの上にぬいぐるみを運ぶ。フローラ姫は椅子に座って、ぬいぐるみを抱きしめる。
「フローラ様、ユナさんに言うことは無いんですか?」
フローラ姫はぬいぐるみとわたしを交互に見る。そして、椅子から降りるとわたしのところにやってくる。
「ありがとう」
「大事にしてね」
フローラ姫は嬉しそうに頷く。
それにしてもアンジュさんはしっかり教育をしているね。
勉強もそうだけど、ちゃんと間違いは間違いと教え、正しいことは正しいと教えている。
フローラ姫はテーブルに戻るとくまゆるぬいぐるみの手を握る。
「ユナさん、いつもありがとうございます」
わたしがフローラ姫の前の椅子に座るとアンジュさんがお茶を出してくれる。
お礼を言って飲む。やっぱり、王族が飲むお茶は美味しいね。
予定は無いのでまったりとしていると、ドアがノックされる。アンジュさんが対応するためにドアに近づくと王妃様の声が聴こえてくる。国王も来たのかな?
でも、王妃様が部屋に入ってくるとドアが閉められる。
あれ?
王妃様以外部屋に入ってこない。
「ユナちゃん、こんにちは」
王妃様はわたしに挨拶をするとフローラ姫の目の前にあるぬいぐるみに気付く。
「あら、くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんのぬいぐるみ?」
「うん、クマさんにもらったの」
「このあいだ、フローラ姫がくまゆるとくまきゅうと別れるのを悲しんでいたので、ぬいぐるみがあれば気が紛れるかなと思ったんです」
わたしが説明すると王妃様はフローラ姫の隣の椅子に座って、くまきゅうのぬいぐるみをフローラ姫から借りる。
「可愛いわね」
王妃様はくまきゅうのぬいぐるみを借りると膝の上に乗せて、頭を撫で始める。
王妃様。そのぬいぐるみはフローラ姫のために作ってきたんですよ。取らないでくださいよ。
でも、フローラ姫も気にした様子もなく、同じように膝の上にくまゆるのぬいぐるみを乗せて抱き締めている。
似た者親子なのかもしれない。
フローラ姫が騒がないなら、良いのかな?
「フローラ、良かったわね」
「うん」
王妃様はアンジュさんに出されたお茶を飲みながらくまきゅうぬいぐるみの頭を撫でる。
2人とも幸せそうだ。
わたしが二人を見ていると紅茶のお代わりを入れてくれるアンジュさんが昼食について尋ねてくる。
「ユナさん、本日の昼食はどう致しましょうか?」
「お昼?」
アンジュさんの言葉にフローラ姫と王妃様の反応がある。
いつも、食べ物を持ってきているからね。それに早めにゼレフさんに伝えないと、迷惑が掛かってしまう。
クマボックスにはいろんな料理が入っているけど、目新しい食べ物はモリンさんと一緒に作ったあんぱんぐらいだ。お餅は残念ながら、全部食べてしまったので無い。
今度、いつでも食べられるように作っておきたいね。
「口に合うか分からないけど」
お皿の上にあんぱんと他のパンを出してあげる。
「こっちのパンが新作です。餡子っていう甘い物が入っています。感想をもらえると嬉しいです」
「それじゃ、新しいパンから貰おうかしら」
「わたしも~」
2人はあんぱんに手を伸ばして食べる。
「それではわたしはゼレフさんにお伝えしてきます」
ゼレフさんのところに向かうアンジュさんに新作のあんぱんを持っていってもらう。
「あら、甘いわね」
「おいしい」
「これで、試作段階なの?」
「あとは甘さの調整ですね。砂糖を入れる量を減らしたいので」
甘さ、控えめが一番美味しいとも言うからね。なによりもその方が体には良い。
「そうね。もう少し減らしてもいいかもしれないわね。結構、甘さがしつこく残るわ」
やっぱりそうかな。わたしもそう思っている。
でも、孤児院の子供たちは甘い方が良いみたいだった。
王妃様から感想をもらっている間もフローラ姫は美味しそうにパンを食べている。
くまゆるのぬいぐるみにこぼさないか少し心配になる。
「でも、この紅茶と飲むと丁度いいかもしれないわ」
王妃様はあんぱんを一口食べたあとに紅茶を一口飲む。
確かに、紅茶と一緒に食べれば問題はないのかな?
でも、糖分は減らしたほうが良いと思うので、王妃様の感想はありがたく受け止めておく。
王妃様からあんぱんの感想を聞いていると、フローラ姫は違うパンに手を伸ばして美味しそうに食べる。
あんぱんは無事に食べることができたみたいだ。中には苦手な人もいるからね。
2人がパンを食べ終わる頃、ノックもされずにドアが開いた。
全員が何事かと思ってドアの方を見ると、エレローラさんとアンジュさんがいた。
「間に合った?」
何に対して言っているのかな?
エレローラさんはテーブルの上の食べ終わった跡を見ると、「間に合わなかったわ」と呟く。
食事のことね。
わたしに会いに来たんじゃなかったんだね。
「まだ、ありますよ」
「本当!?」
わたしはクマボックスからあんぱんを含むちがうパンを出してあげる。
アンジュさんはエレローラさんの紅茶を用意すると、お腹が膨れたフローラ姫が眠そうにしていたので、ベッドに運んでいく。
フローラ姫の腕の中にはしっかりとくまゆるのぬいぐるみが抱きしめられている。
アンジュさんがフローラ姫を寝かして戻ってくるとアンジュさんの分のパンも出してあげる。
「ユナちゃん、ちゃんとぬいぐるみを持ってきてくれたのね」
エレローラさんは王妃様が抱きしめているぬいぐるみを見る。
「約束ですからね。それに初めからプレゼントするつもりだったし。あと、ノアにもプレゼントしておきましたよ」
「ありがとうね。あの子、羨ましそうにミサーナの持っているぬいぐるみを見ていたからね」
確かに見ていたね。
プレゼントしたときも喜んでいたし。プレゼントしたのに、さらに注文をしようとするし。
ノアの将来が心配になってくる。クマ好きになったのはわたしのせいではないと思いたい。責任は取れないからね。
それにしても国王がいないと静かだね。
門番にいた兵士はわたしが来たことを報告しに行ったと思うけど国王の姿は無い。
「エレローラさん、国王様は来ないの?」
あんぱんを食べているエレローラさんに尋ねてみる。
「今日はって言うか、例の件でしばらくは忙しいから、ザングとエルナート殿下が逃がさないわよ」
でも、エレローラさんは逃げてこられたんだ。
わたしに向かって例の件って言うことはあのことだよね。
どうなっているか、聞いたら教えてくれるかな?
「ミサや商人の子供の誘拐だけじゃなく、いろんな悪事が出てきて、取り調べや関係者の事情聴取。いろいろと処理に追われているわ」
わたしが聞いていいか悩んでいると、勝手にエレローラさんが話しだす。
わたしに話していいのかな?
「それじゃ、犯罪が立証されたんだ」
「ほとんどの証拠が固まっているから、言い逃れはできない状態ね」
貴族だと、なんだかんだで有耶無耶になるかと思ったけど、ちゃんと処罰されるようでよかった。
子供たちを誘拐したんだ、ちゃんと刑罰を与えてくれないと困る。
それ以外にも罪状があるみたいだし。
「ガジュルドは、かなり好き勝手なことをやっていたみたいね」
エレローラさんの話では商人との不正取引はもちろん、脅迫、暴力といろいろとあるとのこと。
言葉は濁していたが殺人もある感じだった。
地下牢に関してはわたしも聞かなかったし、エレローラさんも自ら話そうとしなかったので、知ることはできなかった。
「サルバード家は爵位剥奪になるわ」
やっぱり、爵位剥奪になったんだ。ミサの誘拐、商人の誘拐。その他にも罪状があればそうなるのかな?
爵位剥奪ってことは領主でなくなるってことだよね。
そのことを尋ねると、
「ええ、それでシーリンの街はファーレングラム家が治めることになるわ」
これで嫌がらせを受けることは無くなるからグランさんも安心だね。
ただ、問題は爵位を剥奪になったあと、シーリンの街に戻ってくるかどうかが心配だ。
この国の処罰がどのようなものかは分からないけど、街に戻ってくるようだったら、ミサが逆恨みで襲われる可能性だってある。
でも、わたしの質問にエレローラさんはゆっくりと首を横に振る。
「財産は全て没収。ガジュルドは死刑。息子は王都にある親戚の家に預けられることになっているわ」
死刑の言葉に驚いて、なんとも言えない気分になる。
でも、こればかりは仕方ない。
息子は王都の親戚の家ってことはミサの身は安全になるのかな?
逆恨みで、また誘拐や嫌がらせをしたら困る。
「大丈夫よ。息子のランドルは一生、シーリンの街に入ることはできないわ。それに息子を預かった者も行動は監視はするでしょう。バカでも監視を怠れば自分たちも身の危険に晒されることぐらい理解できるから大丈夫よ」
それなら安心かな?
でも、あの性格の悪そうな息子なら陰で何かしそうだけど。
ミサを攫った冒険者にでも指示を出すとか。でも、財産も無く貴族でも無くなればできないのかな。
あとはエレローラさんの言う通り、引き取った先の人物次第か。
一応、ミサを誘拐した冒険者のことが気になったので尋ねると。
「あの、冒険者ね。他にも余罪があるみたいだから、取り調べ中ね」
とのことだ。
「そういえばグランさんは帰ったんですか?」
一緒に王都に来ているはずだ。
「これも伝えた方がいいわね。グラン伯は領主を退いて、息子のレオナルドが領主になってシーリンの街を治めることになったわ」
「そうなの?」
「現状を招いた責任をとると、自ら申し出たわ。孫を拐われ、自分を慕っている商人にも危害が加えられたことで決めたそうよ」
「ミサが拐われたのも、商人の件もグランさんは悪くないんじゃない?」
相手が嫌がらせをしてきたのに自分が悪いってことはないだろう。
でも、前から行われていたなら、対処方法もあっただろうし、仕方ないのかな。
話を聞くと後手に回っているようだったし。
どこの世界でも近隣トラブルはあるからね。今回は領主同士で大きいけど。
「そうかもしれないけど、息子に譲るにはちょうど良い時期と言っていたわ。それにこの事に関してはわたしたちがとやかく言うことじゃないわ」
確かにそうだ。年齢の近いクリフだって領主をしている。グランさんが決めたなら、わたしが言うことじゃない。
「それにね。グランお爺さんはこれで自由に動けるって喜んでいたわ。ユナちゃんのお店にミサーナを連れていくとも言っていたわよ」
まだまだ、元気なお爺さんだ。
お店に来たら歓迎をしないといけないね。
そして、時間も過ぎ、目的のプレゼントも渡せたし、ガマガエル家のことも知ることができたので帰ることにする。
王都のクマハウスに戻ってくると家の壁に寄りかかるように人が倒れているのが見えた。
ちょ、人の家の前に倒れるってどういうことよ。
「大丈夫!?」
駆け寄って見ると、耳が長く、薄緑色の髪をしたエルフの女の子だった。
と言う訳で、次回からエルフ少女と冒険になりそうです。