130 クマさん、アンズを孤児院に案内する
翌日、家でのんびりしているとティルミナさんがやってくる。
「おはよう。少し、遅かった?」
「時間通りですよ。それじゃ、今日はお願いしますね」
昨日、ティルミナさんにアンズたちがクリモニアに到着したから、一緒に来てくれるようにお願いしたのだ。仕事の方が心配だったけど、快く引き受けてくれた。
「卵の方は大丈夫?」
「大丈夫よ。娘たちも手伝っているし、リズもいるからね。少し時間がかかるかもしれないけど、しっかりやってくれるから心配はいらないわ」
ならいいんだけど。仕事関係ではティルミナさんにお世話になりっぱなしだ。
そんな、ティルミナさんと一緒に従業員寮に向かう。
従業員寮の中に入ると一階で寛いでいるみんながいる。
「あっ、ユナさん。おはようございます」
椅子に座って飲み物を飲んでいるアンズが部屋に入ってきたわたしに気づく。
それに反応した他の女性たちも挨拶をしてくれる。
「よく、眠れた?」
「うん、眠れたよ。ベッドもふかふかで気持ちよかったよ」
「ユナちゃん、本当にあの部屋、使っていいの?」
「しかも、無料?」
「お給金も貰えるのに」
「もしかして、変な仕事とか」
最後の言葉で全員がわたしを見る。
「お給金はちゃんと払うし、変な仕事じゃないよ。お給金の話も仕事の話も後でちゃんとするから安心していいよ。もし、嫌だったら断ってもいいし」
まあ、良い話には裏があるって言うし。不安になるのも仕方ない。
そもそも、こっちの世界の従業員の待遇について、詳しくは知らない。
前に小耳に挟んだときは、見習いは衣食住は提供されるが、無賃金の仕事もあると聞いたこともある。
仕事によると思うけど、わたしのところでは、ちゃんとお給金は出すつもりだ。
「それで、ユナさん、そちらの方はどなたですか?」
アンズがティルミナさんのことを尋ねるので、ティルミナさんのことを簡単に紹介する。
先日会った、フィナとシュリの母親であること。お店の補佐をしてくれること。主に会計業務をしてくれること。
ティルミナさんの紹介を終えると、次にアンズを含めた年長者のニーフさんを筆頭に7人の紹介をティルミナさんにする。
全員の自己紹介が終わり、全員椅子に座り、今後について話を始める。
「それじゃ、簡単に仕事を説明するけどいい? なにか聞きたいことがあったら、言ってね」
わたしは前置きを言って、仕事内容やこれからのことを簡潔に纏めて説明をする。
まず、基本、アンズにはお店の責任者になってもらうこと。
メニュー作成、店に出す料理はアンズが決めること。
他の者はお店の手伝いをしつつ、孤児院の手伝いをしてもらうこと。
孤児院から子供がお手伝いに来てくれること。
6日働いたら1日休みがあること。
これは『くまさんの憩いの店』と同じになる。
「わたしが責任者……」
「心配しないでいいよ。補佐はわたしとティルミナさんがするし」
主にティルミナさんがと心の中で付け足しておく。
ティルミナさんもそのことが分かっているのか、隣で苦笑いを浮かべている。
「アンズはデーガさんと同じように料理を作ってくれればいいから」
「……はい。頑張ります」
小さく頷く。
「アンズちゃん。メニューを作ってもらうときに材料の分量の記載もお願いね。仕入れ価格と相談して、販売価格を決めるから」
「はい。わかりました」
アンズは真剣な顔で返事をする。
「すみませんが、食材は自分の目で見たいので、お店を教えてもらえませんか」
「いいわよ。わたしのオススメのお肉屋さんと野菜屋があるから、あとで案内してあげる」
アンズはティルミナさんにお礼を言う。
「わたしたちはアンズちゃんの指示に従えば良いのね」
「はい、その辺はアンズに任せるつもりだから」
「うっ、やることがいっぱいです」
「アンズちゃん、わたしたちにできることがあったら言ってね。頑張るから」
「はい」
アンズは嬉しそうに年上のみんなを見る。
それから、お給金の話やこの従業員寮の使用やお店についての説明をする。
ティルミナさんが指定したお給金については誰も文句を言う者はいなかった。
逆にそんなに貰っていいの? と聞かれたくらいだ。
「アンズ、その言葉に後悔しないでね」
「な、なに怖いことを言うんですか」
「デーガさんから受け継いだアンズの料理の腕は、アンズが思っているよりも凄いからね。少しは自覚を持った方がいいよ」
わたしの想像ではお客さんの数は凄いことになると思っているが、あくまでわたしの予想だ。
蓋を開ければ、閑古鳥の可能性もある。
まあ、デーガさん仕込みのアンズの料理は美味しいから、そんなことにはならないと思うけど。
ただ、広まるまで時間がかかる可能性はある。
「お父さんの料理は美味しいけど。わたしの腕はまだ……」
「アンズが作ってくれた料理も十分に美味しかったよ。だから、自信をもっていいよ」
「あ、ありがとうございます。わたし、頑張ります」
「だから、忙しくて大変でも、お給金は上がらないからね」
「わ、分かってます」
アンズにはそう言うけど、お客様次第では上げるつもりでいる。
その理由はアンズにはしっかりと結婚資金を貯めてもらわないといけない。
どんな男と結婚するにしても、お金はあって困ることはない。
それから、お店の話が終わると、次に孤児院の話になる。
孤児院の子供たちはコケッコウのお世話をしていることや、昨日会った子供たちはパン屋で働いていることを説明した。
「それで、ユナちゃん。孤児院の仕事ってなにをしたらいいの?」
「その子供たちと一緒に鳥のお世話をすればいいの?」
一番年上のニーフさんが、質問をしてくる。
「まあ、基本。小さい子の面倒かな。子供の数が増えて、院長先生1人じゃ大変だからね。赤ちゃんから6歳ぐらいかな。わたしは幼年組って呼んでいるけど」
「その子たちの面倒を見ればいいの?」
「その辺は院長先生ともう1人の先生と相談かな?」
わたしが一方的に決めるわけにはいかない。現場で働いている人の話を聞かないと後で困ることになる。
「あとは、勉強も見てほしいわね。読み書きと簡単な算術を」
ティルミナさんが要望を出す。
確かに勉強は必要だ。
一応、空いた時間で勉強はしているらしいが、子供の数が増えて、全ての子供に目が向けられていないのが現状だ。
読み書きができないと、契約書で騙される危険性がある。
算術ができないと取引で騙される恐れもある。
孤児院の子供たちが、将来どんな仕事に就くにしろ必要なスキルだ。
話は進み、孤児院の院長先生や子供たちに挨拶をしたら、お店に行くことになった。
時間的にそろそろお昼になる。この時間なら孤児院にいるのは院長先生と幼年組。しばらくしたら、コケッコウのお世話をしている子供たちが昼食を食べに戻ってくる時間になる。
その前に挨拶をしておきたい。
孤児院に入ると休憩室に院長先生と幼年組の子供たちがいた。
床に座っている院長先生を中心に子供たちが集まって絵本などを読んでいる。
「ユナさん、いらっしゃい」
「院長先生。おはようございます」
わたしに気付いた子供たちが駆け寄ってくる。
わたしのお腹に抱き付いたり、足や腕に抱き付いてくる。
これがクマ装備じゃなかったら押し倒されていただろう。クマ装備のおかげで子供たちをしっかりと受け止めることができた。
そして、一番年上のニーフさんが、わたしに抱き付く子供を微笑ましそうな目で見ている。
「今日はどうしたのですか? それに後ろの方たちは」
わたしはみんなを簡単に紹介する。
お店のこと。孤児院の近くにある従業員寮に住むことになったことを説明する。
「それで、みんなにはお店と一緒に孤児院のお手伝いをしてもらおうと思っているんだけど」
「そうなのですか?」
院長先生は少し驚いたように声をあげる。
「子供も増えて、院長先生も大変でしょう。リズさんもコケッコウと子供たちの世話で大変だし」
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。子供たちはみんな良い子たちですし、なによりもユナさんとティルミナさんが助けてくれているから、わたしは大変とは思ってません」
そうは言っても大変なのは分かる。
初めて会ったときの大変と今の大変はベクトルが違うだけで、大変なのは代わりない。
わたしとティルミナさんがしていることは子供たちに仕事を与えているだけだ。
「でも、院長先生が倒れたら困るよ。だから、お手伝いをいらないとかは無しだからね」
「院長先生、倒れちゃうの?」
「院長せんせい」
わたしが院長先生が倒れると言った瞬間、わたしに抱き付いていた子供たちは座っている院長先生に駆け寄る。そして、心配そうに院長先生の服を掴んだり、腕に抱きつく子供たち。
院長先生は子供たちに抱きつかれても、ふらつくこともなく、しっかりと子供たちを受け止めている。
クマ服を脱いだわたしよりも強いかも。
「大丈夫よ。わたしは倒れたりしないわよ」
院長先生が困ったように子供たちの頭を撫でたりして宥める。
その姿は微笑ましい。
「院長先生は子供たちのために倒れないでくださいね。わたしはそのお手伝いをしますから」
「ユナさん……ありがとうございます」
院長先生の了承も得たので、コケッコウのお世話をしている子供たちが帰ってくる前に出ようとしたが、女性たちは院長先生から話を聞いたり、子供たちのお世話をし始める。
もしかして、亡くなった自分の子供を思い出しているのかな。
アンズがただ1人、どうしたらいいのか分からず、わたしの側にいる。
そろそろ、お昼時になるからお昼を作るメンバーが帰ってくる時間だ。そう、思った瞬間、ドアが開き、リズさんと数人の子供たちが部屋に入ってくる。
「ユナさん、それにティルミナさん?」
驚いたようにわたしたちを見る。
「リズ、お疲れ様。仕事は大丈夫だった?」
ティルミナさんが仕事の件で尋ねる。
「はい、ちゃんと、ギルドの方に引き渡しました」
「ありがとうね」
「いえ、大丈夫です。それで2人はどうしてここに? それにあの人たちは」
子供たちと遊んでいる女性たちを見る。
リズさんにも院長先生と同じ説明をする。
「そうなんですか?」
「院長先生もリズさんも大変だからね」
「大変だけど、ユナさんに出会う前のことを考えれば、全然大変じゃありませんよ。あのときは生きるために大変でした。食べる物も無く、頑張っても、頑張っても、食べ物は手に入りませんでした。でも、今は違います。大変だけど、頑張れば食べ物が手に入ります。子供たちに食べさせてあげることができます。毎日、美味しい食事ができるのもユナさんのおかげです。だから、大変でも頑張れますよ」
院長先生と同じようなことを言うリズさん。
本当に2人には倒れられたら困るのに、2人にはその自覚がない。
まあ、反抗する子供たちがいないってことが負担を軽くしている原因でもあるけど、子供の数が多く、全てを見ることは出来ない。
「それじゃ、わたしはお昼の準備をしますけど、ユナさんたちも食べていきますか?」
わたしは部屋を見渡す。
楽しそうに子供たちと遊んでいる女性たちがいる。
これは出ていくことはできないね。
「お願いしていい?」
「はい、それでは皆さんの分も用意しますね」
リズさんが子供たちを連れてキッチンに向かおうとする。
「あのう、わたしにも手伝わせてください」
アンズが申し出る。
「えーと、あなたは?」
「ユナさんのお店で働かせてもらうことになったアンズです。子供のお世話はできないけど、料理はできます!」
リズさんがわたしに困ったように目を向ける。
お客様に手伝わせていいのか、断っていいのか、悩んでいるようだ。
「アンズ、人数が多いから、リズさんのお手伝い、お願いできる?」
「はい」
わたしの言葉にリズさんは笑みを浮かべてアンズの方を見る。
「それじゃ、アンズさん、お願いしますね」
アンズは嬉しそうにリズさんと一緒にキッチンに向かう。
残されたわたしとティルミナさんは、食事ができるまで、子供たちと一緒に遊ぶことになった。
子供たちは元気だ。クマ服がなければ数分と持たなかっただろう。
その元気な子供たちの相手を毎日している院長先生とリズさんが凄い。
わたしにはできそうもない。
しばらくすると、キッチンから美味しそうな匂いが漂ってくる。
食事が完成する直前にタイミングよく、コケッコウの世話をしていた子供たちが帰ってくる。
テーブルの上にはアンズが作った料理が並べられ、みんなで食事となった。