121 クマさん、ゴブリン討伐に出発する
わたしたちは村長から詳しい話を聞いたあと、用意してくれた部屋に集まっている。
もちろん、男女別々の部屋割りになっている。
その女子の部屋で明日のゴブリン討伐の会議中だ。
床に柔らかい敷物を敷いて、円になるように座っている。
「それで、どうやってゴブリンを見つけて倒すかですね。村長の話では群れで行動はしていないみたいですね。多くても3匹。ほとんどが1匹で行動しているのを見ているってことだけど」
ティモルが明日のゴブリン退治のための案を皆に尋ねる。
「ここはやっぱり、クマさんの力を借りるところではなくて? 今回は実習訓練とは関係ないのですから」
カトレアがわたしの方をみる。
う~ん、そうなのかな。
よく、遠足は家に帰るまでが遠足だと言うし。
実習訓練も、帰るまでの全ての行動が実習訓練じゃない?
それとも、緊急処置?
「僕も賛成だね。今回はいつもと違う。危険が伴う。ゴブリンの1匹や2匹なら倒せるけど、それ以上になるとキツイ。でも、クマの探知の力があれば、ゴブリンを安全に倒せるからね」
ティモルがカトレアの案に賛成する。
そして、今回のゴブリン退治を決めたマリクスが口を開く。
「もし、貸してくれるなら、クマの力を貸してほしい」
マリクスがわたしに頭を下げる。
「ひとつ聞いていい? どうして今回の討伐依頼受けたの? 冒険者に任せればいいじゃない。無理にあなたたちがする必要はないと思うよ」
今回のことは荷物を運ぶ学生の仕事ではない。
まして、実習訓練とは関係無いんだから、ゴブリン退治なんて危険なことをする必要はない。
「俺が目指す、親父の方針だ」
「お父さん?」
「困っている者がいたら助けろ。見捨てて後悔するなら、助けて後悔しろ。でも、自分にできないことはするな。できないなら、できるように努力しろ」
「マリクスのお父さんは、王国第二騎士団の隊長なんですよ」
隣に座っているシアが小声で教えてくれる。
それって凄い人ってこと?
お国の役職ってイマイチ分からないんだけど。
隊長って言うぐらいだから、偉いんだと思うけど。
「だから、村が困っていれば助ける」
「でも、できないことはするなって言われたんでしょう」
「この村に来る2回のゴブリンの戦いで分かった。この仲間とあんたのクマが居ればできると思った」
確かに、探知魔法ではぐれたゴブリンを見つけて、それを背後から奇襲でもすれば倒せるかな?
「でも、危険をおかしてまでマリクスたちが倒す必要はないんじゃない? 別に大きな被害が出ているわけじゃないし。数日遅れても、冒険者に任せればいいと思うけど」
「その間に村が襲われたらどうするんだ。大人だったらいいが、女、子供が襲われたら、抵抗もできずに殺されるんだぞ」
「マリクスは子供に優しいですからね。だから、ユナさんを戦わせなかったんですよね」
「うるさい!」
シアがとんでもないことを言い出す。
それって、つまり、わたしが子供扱いされていたってこと?
確かにシアやカトレアよりも身長は低いから、2人よりも年齢が低く見えるけど。
ちょっと身長が低いせいで子供扱いなんて、本当にちょっとだけだよ。
だから、戦闘が起きると馬車でお留守番だったわけ?
「それに、わたしにユナさんの護衛を、しっかりするように言ってくるし」
「シア!」
マリクスが怒鳴るがシアは笑っている。
マジですか?
つまり、わたしはここに来るまでの間、マリクスの指示でシアに護衛されていたわけ?
まあ、シアはわたしのことを知っているから護衛をしているつもりはなかっただろうけど。
他の三人はそう思っていないよね。
「同じ女だから、気をつかえとか、うるさかったんですよ」
「…………」
裏でそんな会話があったとは気付かなかった。
もしかして、ツンデレ?
ツンデレは女の子の特権だと思うよ。
男がしても可愛くないよ。
しかも、あれは二次元だから、許されること。
リアルでやられても気付かないし、ムカつくだけだよ。
「別に恥ずかしがらなくてもいいでしょう」
シアはここぞとばかりにマリクスをからかう。
知っている者が見ると楽しいのかな。
そんなシアに対してマリクスは無理やり話を変える。
「とにかく。俺がここで逃げ出しちゃ、親父みたいな立派な騎士になれない。でも、今の俺じゃ1人でゴブリンを倒すことは無理なのは分かっている。だから、クマの力も貸して欲しい」
真剣な目付きで頼んでくる。
「わたしが断ったらどうするつもり?」
「土下座でも、なんでもする。仲間の危険が少しでも無くなるなら、土下座ぐらいなんともない」
答えになっていない。
土下座をすればわたしが了承すると思っている。
脳筋系の馬鹿なのかな?
まあ、初めから了承するつもりでいるけど、マリクスの本心を聞きたいから言葉を続ける。
「それって、ゴブリン討伐の依頼を受ける前に、わたしに相談するものじゃない? わたしが断ったら、みんなを危険な目に遭わすんだよ」
ときにはキツイ言葉も大事だよね。
「シアが俺に付いてくると言えば、クマの力を使ってくれると思った」
「だから、断らないと思った?」
マリクスは素直に頷く。
確信犯か。
シアがマリクスに付いていけば、わたしも付いてくる。付いてくればクマの力を使うと。
別にシアのためにだけに使っているわけじゃないんだけど。
マリクスを含めた全員を守るのがわたしの仕事だし。
「だから、改めてお願いをする。クマの力を貸してほしい」
再度、頭を下げる。
「わかったよ。力を貸すよ」
「助かる。ありがとう。あんたのことは絶対に守ってやるから安心してくれ」
剣の腕を磨く前に人を見る目を磨こうか。
目の前のクマは守られるほど弱くないよ。
隣ではシアが下を向いて笑いを堪えている。
大丈夫かな~。このパーティー。
「でも、実習訓練の評価は下がるかもね。わたしはちゃんと報告するから」
「別に構わない。高評価を取るために助けられる者を助けられないんじゃ、立派な騎士にはなれない。俺は評価が低くても守れる命を守れる騎士になりたい」
「低評価ですか。仕方ありませんね。マリクス、帰ったら食事でもおごってくださいよ」
「それなら、わたくし高いですけど、美味しい食べ物屋を知っていますよ」
「もちろん、好きなだけ注文していいんだよね?」
「おまえら……」
マリクスは呆れたように仲間たちを見る。
その顔は笑っている。
「でも、その前にゴブリン退治ですね」
「そうだな」
「それじゃ、どうやって倒すかみんなで考えましょう」
カトレアの言葉にわたし以外の全員が頷く。
4人は話し合い、どうするか考え始めた。
えーと、わたし寝たいんだけど。
ここ女子部屋だから移動するわけにもいかないし。
全員がやる気になっているのに、寝たいなんて言葉を言えるわけもなく。
話し合いは遅くまで続いた。
翌日、ゴブリン退治をするために森に向かう。
少し、眠い。
寝不足は美容に良くないのに。
それに引き替え、4人は元気だ。
若いって凄いね。
小さくあくびをする。
「それじゃ、行ってくる」
「本当に無理をなさらないようにしてくださいね」
村長と村人に見送られる。
歩いて森の近くまでやってくる。
さっそく探知魔法で確認する。
ゴブリンが12匹ほどいる。
ほとんど、ばらけている。
1、1、2、2、3、2、1。
問題は3匹のときかな。
「ユナさん、どうですか?」
「12匹いる」
わたしは方角と数を教える。
「クマを出さなくても分かるのか?」
「分かるよ。クマと繋がっているからね」
抱きかかえて移動するのが面倒だったので、わたしはそう答える。
「3匹か。とりあえず、近くにいる1匹からだな」
マリクスが先頭に、シア、わたし、カトレア、ティモルの順番で進んでいく。
しばらく進むとゴブリンに気付かれずに発見することができた。
「2人とも頼む」
前もって立てておいた作戦を実行する。
1匹の場合、シアとカトレアが魔法で先制攻撃を行い、怯んでいるところにマリクスが剣で止めを刺す方法だった。もし、二人が魔法を外したりしたら、ティモルが追撃する手筈になっている。
始めの1匹は2人の魔法で倒れたところをマリクスが剣を突き刺す。
こんなふうにパーティープレイを見ると、ゲームを思い出すね。
後衛の魔法使いが攻撃をして、接近戦の戦士や剣士が攻撃をする。回復魔法使いがいれば完璧だね。
もちろん、わたしもパーティープレイぐらいしたことはあるよ。
後衛も前衛もできる魔法剣士だったからね。
…………ほんとだよ。
次に向かったのはゴブリンが2匹いる場所。
「2人がかりで同時に倒すぞ」
3人は頷く。
援護はティモルとカトレアが、止めはマリクスとシアがする。
冒険者ギルドに登録してもランクEにはすぐになれるね。
「これで3匹か」
「クマさんの探知能力は凄いわね。こんなに正確に分かるなんて」
「そのおかげで、楽に倒せるな」
4人はゴブリンの魔石を剥ぎ取り、死体を土に埋める。
ゴブリン狩りは順調に進んでいた。
1匹、2匹と倒していく。
後ろから奇襲攻撃だけど、安全に倒すことができている。
「少し休憩しましょう」
「後は3匹同時か。ティモル、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよ。シアとカトレアが倒す時間ぐらい持たせるよ」
「早く倒しますから頑張ってくださいね」
「頼むよ。僕はみんなと違って接近戦は苦手だからね」
休憩も済ませ、3匹のゴブリンがいる場所に向かう。
この木々を抜けた先にいるはずだ。
森の中、木々が生えていない場所に出る。
そこにはゴブリン3匹がウルフに攻撃をしているとこだった。
ウルフ?
さっきまではいなかった。
いや、気にもしなかったのが正解かもしれない。
ゴブリンしか見ていなかった。
「どうする?」
「ここは見晴らしがいいから、近寄ると気付かれますね」
どうしようかと様子を窺っていると、真っ黒い影が乱入して3匹のゴブリンを殲滅してしまった。
「なんだ!?」
「どうして、あんなモノがいるんだ」
「嘘でしょう……」
四人は信じられない物を見る。信じたくないのだろう。
そこにはくまゆるよりも大きく、真っ黒い毛に包まれた獣。
顔は凶悪で大きな牙がゴブリンを噛み砕いている。
「……黒虎」
シアが黒い獣の正体を口にする。
ゴブリンを鋭い爪で切り裂き、大きな口で唸り声をあげる黒虎がいた。
黒虎に気づかなかったのは完全にわたしの失態だ。
PASH!編集部BLOGでイラストが見れるようになりました。
気になる方は見てください
次回、ユナ無双がやっと始まる。