あべこべな異世界で美少女に転生してしまいました
死因は交通事故だった。享年二十九歳。三十路を目前にして、独身、彼氏無しの寂しい人生に幕を下ろした。
そんな私が次に気が付いたのは、金髪や銀髪や赤毛、緑の髪やピンクの髪の人さえいる、異世界だった。幼かった私はいきなり前世の記憶が蘇ってしまい、高熱を出して寝込んだけど、記憶を取り戻して良かったと思う。
なぜなら、私は超がつく美少女に生まれ変わっていたのだ。
透けるような白い肌、薔薇色の頬。卵形の顔は愛らしく可憐で、大きな眼は星を散らばめたような明るい翠色。鼻筋はすっと通っているし、小さめの唇は何も塗らなくてもプルプルのピンク色。
可愛い、と鏡に向かって何度叫んだことか。
しかも、実家は伯爵家。令嬢である。お嬢様である。
本当なら、私は勝ち組だっただろう。本当なら。
「……アリシアお嬢様、また鏡を見て薄ら笑いを浮かべているわ。不気味ね」
「まったくだわ。あんな外見に生まれてしまって、審美眼がおかしくなってしまっているのよ、きっと」
「おかわいそうなお嬢様……」
……はい、そうです。うちのメイド達の会話です。
そうなのだ。私はとっても可愛い、美少女に生まれ変わった。……元の世界と美醜があべこべな異世界で。
この世界では、目は細い方が美しいとされるし、小太りのぽっちゃり顔が美形だとされる。唇はたらこがベストで、肌は健康的に浅黒い方がもてる。
はい、ほとんど真逆の私は、この世界では二目と見られぬ、ってくらいのブスです。醜女です。当然もてません。でもいいんです。
「……アリシア。あー、その。この前の見合いだが」
「断られましたか」
「うっ。まあ、そうだ」
昼食の後、父が紅茶を飲みながら言いづらそうに話しだした。私があっさりと答えると、呻き声をあげて頷いた。
「二十三回目の破談ですね。もういいですわ。わたくし、一生独り身で暮らします」
「あ、アリシア! そんな悲しいことを言わないでくれ!」
「そうですよ、アリシア。いくらわたくしとエドワードの欠点ばかりを受け継いでしまったからといって……うう。そんな見た目に産んでしまってごめんなさい、アリシア」
「ああ、タリア。泣かないでおくれ」
父ばかりでなく母まで話に加わり、しかも泣き出してしまう。
それを慰める父も悲壮感たっぷりだし、居並ぶメイドや従者達も沈み込んでいる。私付きのメイドや執事なんて、泣いてますよ。審美眼はおかしいけど、いいお嬢様なのに、って。
「……本当に独り身でいいんですけどね」
呟いて、私はこの間の見合い相手を思い浮べた。彼は非常に紳士的で、優しく、ブスとしか見えないだろう私を女の子扱いしてくれた。しかし。
……美形、だったのだ。もちろん、この世界の。
想像して欲しい。小太りでたらこ唇、細目で色黒の青年が気障な台詞を吐く姿を。
……吹き出してごめんなさい。だって、耐えられなかったんです。
それで相手を怒らせちゃって、やっぱり破談。はあ。人間は見た目じゃないといっても、ああまで好みじゃないと辛い。
かといって、この世界の不細工、つまり私の価値観では美形の青年に恋しようにも……と、私は壁ぎわに並ぶ従者達を見た。
体力が必要な仕事をする使用人の彼らは一様に痩せているし、見た目はいまいちだ。つまり、細マッチョでなかなかのイケメンである。記憶を取り戻してからときめいたこともある。
だが、しかし。
「……な、なにか?」
私の視線に気付き、慌てたように上ずった声を上げるイケメン。その態度はどこか卑屈で、私の口から溜め息がもれる。
「……なんでもないですわ」
この世界のイケメンって、自分の容姿に自信がないせいか、卑屈な人が多いんだよね。もちろん、中には見た目が悪くても中身で勝負だ! って感じの素敵な人もいる。でもそんな人を周りがほっとくわけがなく、大抵妻帯者か恋人がいるわけで。
……やっぱり、一生独身の方がいいかもしんない。気楽だし。
まだ泣き伏している母親とそれを慰める父親を眺めながら、私はぼんやりそう考えていた。
まさかその数日後、新しくやってきた警備兵の青年に一目惚れをするなんて、この時はわからなかったのである。
*****
「はじめまして、お嬢様。今日から警備兵としてこちらに勤めることになった、アルフレッドです。アルとお呼びください」
低く艶のある極上の美声を耳にしながら、私は呆然と目の前に立つ青年に見惚れていた。
さらさらの髪は淡い金髪で、切れ長の瞳は濃い暗緑色。人形のように整った顔は怖いほどに美しく、冴えた月を思わせる静謐さを漂わせていた。
しかも長身で引き締まった体格。陽に焼けない体質なのか、肌は白い。
……恐ろしいほどの美形だった。
それはつまり、この世界では恐ろしいほどの醜男ということであり。
「……すみません。このような醜い顔をお見せしてしまって」
少しだけ淋しそうにフルフェイスの兜を被ろうとするアルフレッドの姿に、ようやく私は息を吹き返した。あっぶなー! 危うく地上で窒息するところだったよ!
「い、いえ。顔を隠さなくても大丈夫ですわ。すみません、失礼な態度をとってしまって……」
「いえ。私の顔では仕方ありません。むしろ、気絶なさらないだけ有難いですよ」
と、微笑むアルフレッド……アル。そのどこかいたずらっ子めいた微笑に、私の心臓が撃ち抜かれた。
……はい、そうです。
どうやら私も、所詮は外見で惚れるような安い女だったらしいです。く、くやしい! でも格好いい!!
その日から私の片思いは始まった。幸いだったのは、アルが中身も素敵な人だったことだ。
「両親の口癖なんですよ。見た目は年を取れば変わる。でも研磨された魂は輝く、ってね。だからかな。私は自分の顔にはあまり劣等感を持っていないんですよ。なんて言ったら、いつも呆れられるんですけどね」
「素敵なご両親ですね」
「ありがとうございます」
爽やかに微笑むアルは、確かに自分の容姿にコンプレックスを抱いてないようだ。というより、美醜をあまり気にしてないのかな。私に対しても、仕えている家の令嬢、という気遣いはあるけど結構気さくだし。
……超がつく掘り出し物だわー。
「そ、その。アルには恋人はいますの?」
ドキドキとしながら尋ねると、アルは苦笑しながら首を振った。
「それが、全然ですよ。寂しい独り身です」
「まあ、そうですの!」
きっと今、私の目は狩りをする肉食獣のように輝いている!
よっしゃー、頑張るぞー!!
そんな私の想いは両親や使用人達にバレバレだったらしく、何故か凄まじく応援された。
「アリシア……父は、お前が幸せになれるなら全力で応援しようと思う」
「そうね、彼ならお似合い……じゃなくて、きっとあなたを大事にしてくれるでしょうし。母も賛成ですよ」
「もちろん、わたくし共も応援いたしますぞ!」
「頑張ってください、お嬢様!」
執事や使用人達まで頑張れコールだ。なんなのだ、いったい。
「……今回を逃したら本当に生涯独り身を貫きそうで不安だからな」
ぽかん、としていたら父がぼそりと呟いた。ああ、なるほど……納得。まあ、反対されなくて良かった、とこの時は軽く考えていた。
――数日後。
「……なんだか最近、皆さんの様子がおかしいのですよ」
どことなくやつれた気がするアルから相談を受けた。やつれた姿も素敵! と内心悶えながら、私は尋ねる。
「まあ。どういうふうにですの?」
「それが……」
と、アルは少し気まずそうに言い掛けた。そこへ、メイド達が数名通りかかる。
「まあ! 見て、お嬢様とアルフレッドよ。お似合いねー」
「そうね。お嬢様はお優しいし、アルフレッドも親切だしね」
「お嬢様は刺繍がとても得意なのよ。それに、声がとっても綺麗で歌がお上手なの」
「男もだけど、女はやっぱり中身が大切よね」
「ねー」
…………。
メイド達はわざとらしく立ち話を終えると、私に一礼して立ち去った。
「……よくあるんですよ、こういうことが」
「そ、そうなんですか」
困ったように眉を下げるアルの隣で、私は引きつった笑みを浮かべた。わざとらしい! メイド達よ、あまりにもわざとらしいぞ!
アルはそんな私を見て苦笑する。
「皆さん、何か誤解しているようですね。執事のオーギュストさんも、私がここに婿入りした場合の利点を細かく教えてくれましたし」
オーギュストー!! 気が早い、というか生々しい!!
「メイド頭のアンヌさんなんて、私の部屋を掃除してくれた際に、アリシアお嬢様の絵姿を壁中に貼っていきましたし」
アンヌー!! やめて! 一歩間違えれば嫌がらせよ、それ!! ううん、すでに嫌がらせかも!!
「伯爵様は、義父と呼んでも構わないと仰っていましたし」
父ー!! 直接的すぎるわ!!
「奥方様は、その。……余命いくばくもないというのは本当でしょうか? 死ぬ前にお嬢様の幸せになる姿が見たいと……」
母ー!! 何言ってんのあの人! 余命いくばくもない? ぴんぴんしてるわー!!
「……そ、れは、どうも申し訳ありません……」
私は真っ白に燃え尽き、灰になって風に飛ばされる寸前という有様で深く謝罪した。皆……応援してくれてるのは、わかった。でも、でもさ。
……もっとやり方を考えようよ!!
「いえ。ただ、誤解を解かないといけませんね。お嬢様が私となんて。あり得ませんからね」
「……あり得ませんの?」
「え?」
つい反射的に聞き返してしまい、アルが目を見開く。それを見て我に返った私は、慌てて両手を左右に振った。
「い、いえ。なんでもありませんわ。皆にはわたくしから言っておきますから、ご安心下さいませ。それでは」
「あっ、お嬢様」
早口でべらべらーっとまくし立て、足早にその場を去る。さすがに今の状況で告白する勇気はないよ……はああ。あり得ません、かあ。
その後、きっちり皆を集めて調教……げふんごふん、お説教して、あからさまな応援は禁止した。両親にも、見守るだけにして欲しい、と訴えておく。
ちょっと落ち込んだけど、ようやく出会えた理想の人だからね。これくらいじゃ諦めませんよ!
「アリシア……まだ食べるのかい?」
まず、少しでもアルに可愛いと思ってもらえるように、小太りになることにした。
いつもの三倍の量の朝食を必死で口に入れていると、父に心配された。
「食べますわ。少しでも太りたいんです」
「でもアリシア。あなたはわたくしに似て、いくら食べても太らない体質なのよ?」
と、ほっそりスレンダーボディの母が憂い顔で私を見る。
「わかっていますわ。でも、女にはやらなきゃいけない時があるのです」
そう。無理でもなんでもやるのだ。アルを振り向かせるために。
リスのように頬をぱんぱんにして頑張る私を、両親や使用人達が心配そうに見ていた。
いつもよりかなり時間をかけて食事を終えると、私は中庭に出た。護衛のアルも付いてくる。
今日から、陽に焼けるために帽子を被らず、日傘もささないで散歩することにしたのだ。シミ、ソバカスが怖いけど……これも可愛くなるためだ!
「お嬢様? 気分が悪いのでは? 顔色が良くありませんよ?」
「だ……大丈夫ですわ」
食べ過ぎのせいなのか、炎天下で日傘もささないで散歩しているせいなのか、とてつもなく気持ち悪くなってきてしまった。だけど、まだいける。まだ頑張れる……!
そう思った次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
「アリシアお嬢様!!」
アルの声を聞きながら、私は意識を失った。二時間にも及ぶ散歩の途中で、私はぶっ倒れてしまったのだった。
*****
私は両親に叱られ、使用人達から心配されて、深く反省した。人間、身体が資本だもの。まず健康ありき、だよね。
ただ、気になるのはアルのこと。倒れた私を部屋に運んだのはアルだと聞いた。
手間をかけさせてしまったし、謝りたい。
私はこっそり部屋を抜け出すと、アルを探した。そして中庭に出る通路で見つけたのだけど。
「……まだお散歩ですか? お嬢様」
冷え冷えとした声音、冷たい眼差し。厳しい表情で腕を組んで立つアルは、非常にお怒りであった。
「い、いいえ。その……アルに、謝りたくて」
「……私に?」
「ええ。その、部屋に運んでもらってありがとう。目の前で倒れてしまってごめんなさい」
「……それだけですか?」
「え?」
アルは金髪を掻き上げると大きく溜め息を吐いた。
「すごく驚きましたよ。もっと早くに、無理やりにでも部屋に戻していれば、と後悔しました」
「ご、ごめんなさい……」
「いえ。私に謝罪は不要です。護衛なのに、注意不足でした。私の方こそ謝らなくてはなりません」
「そんな、アルは悪くないわ。わたくしが、日傘もささないでいたから……」
「わかっておいでなら、次からは止めて下さいね」
「……はい」
きっちり釘を刺され、私の日焼け作戦はボツになった。こうなったら、もうひとつの「太って目も細くなりました」作戦を是非とも成功させなくては……。
私が密かに決意していると、アルは瞳を陰らせて呟くように言った。
「……いったいどうして日焼けをしようとしたんですか?」
「えっ、ど、どうしてそれを」
「わかりますよ。年頃の娘はよくやってますから」
「そ、そう……」
どうやら、日焼けはこの世界ではポピュラーな美容方法らしい。まあ、そりゃそうか。一番お手軽だしね。
しかし、質問には答えられない。だって、あなたに振り向いてもらいたくて、なんて。……怖くて言えないよ。
「……好きな方でもできたんですか」
心臓が大きく跳ねた。見上げると、アルが真剣な顔で私を見ている。
……これは、チャンスなのだろうか。
前世でもろくに恋愛経験のない私には、難易度が高すぎるけど。女は度胸。よし、言うぞ……!
「あの、実は」
「……応援しますよ」
「……え?」
アルは優しく微笑むと一歩後ろに下がった。思わず手を上げて引き止めかけたけど、アルは私の手を避けるように身体を引く。
「お嬢様はお優しい方ですからね、どなたがお相手でもきっとうまくいきますよ。いかなかったら、単に相手に見る目がなかっただけです。もっとご自分に自信を持って下さい」
「あ、アル」
「聞きましたよ。食事も無理にとろうとしたらしいですね。そんな事をしないと振り向かない相手なんて、お嬢様には相応しくないのでは?」
「えっ……」
「お嬢様にはお嬢様の良さがありますから。わかってくれる方を探したら如何でしょ……お嬢様?」
アルが驚いた表情で息を呑む。私は、泣いていた。
胸が詰まって苦しくて、涙が止まらない。
「……お嬢様」
私は両手で顔を隠すと、狼狽えたように私を呼ぶアルに背を向け、その場から逃げるように部屋に戻ったのだった。
翌日。私は部屋で悩んでいた。
「……なんて言って謝ったらいいのかしら」
いきなり泣き出してごめん、とか? 気まずいったらないわー。
昨日の事は私の中でなんとか整理が出来た。そうだよ、まだアルとはそういう仲じゃないし。優しいアルが心配してくれただけだし。うん、平気。
……結構ぐさっときたけどね。
「お嬢様。お客様がおみえになってます」
「お客様? どなた?」
「カシアス様です」
名前を聞いただけではわからなかった。カシアス……誰だっけ、と思いながら応接間に行き、うげっとなった。
「やあ、アリシア嬢。久し振りだね」
そこにいたのは、この世界での美形……ついこの間破談になった見合い相手の青年だった。
「カシアス、様。ええ、お久し振りですわね。……今日はなんのご用件かしら?」
「聞いたよ、マイレディ。倒れたんだって?」
マイレディ?
カシアスは手に持った薔薇を弄びながら溜め息を落とす。
「……ええ、まあ。その、わざわざお見舞いにいらして下さったのですか?」
「当然だよ。僕に恋い焦がれて倒れてしまうなんて……ああ、悪かったね。あの時はつい怒ってしまったけど、君は初心で照れ隠しに笑っていただけなんだね」
「はあ?」
「大丈夫だよ、もうわかってるから。君はそんな外見だから自分に自信がないのかもしれない。でも安心して欲しい。僕は外見にはこだわらない主義さ」
……何を言っているのか、本気で悩んだ。私が、えっと。カシアスに恋い患いして倒れた?
どっからそんな情報を入手したのだろう。お抱えの情報屋がいるなら、変えた方がいいよ。全く違うから。
あまりのことに呆れかえっていると、後ろから強い視線を感じた。
振り返ると、そこに立っていたのは、アル。彼は私と目が合うと、優しく微笑んだ。まるで、良かったですね、と言うように。
「……っ」
私はぐっと唇を噛み締め、アルを睨み付けた。アルが目を丸くするが、無視してカシアスに向き合う。
「カシアス様」
「どうしたんだい、可愛い小鳥ちゃん」
「わたくしを心配して来てくださり、どうもありがとうございます。ですが、要らぬ気遣いですわ。わたくしは一生独り身で過ごすことが夢なんですの。ですから、どうぞわたくしのことなどお忘れになって下さい。失礼します」
私は言いたいことを言うときっぱりと背を向けて歩きだした。応接間を出て、庭へと向かう。
そんな私を、アルが追い掛けてきた。
「お嬢様!」
「庭に出るだけです。ついてこないで下さい」
「ですが」
「ついてこないで!」
私は立ち止まり、振り返らずに強い口調で制した。アルの足音も止まる。
なんだか、もう。ぐちゃぐちゃだ。やけくそであんなこと言っちゃったし、アルはちっとも脈なしだし、この世界の美人さんにはなれないし。
また涙がこぼれてくる。
私、生まれ変わってから泣き虫になってしまったみたいだ。
「……お嬢様」
「!」
やけに苦し気な声と共に、後ろから抱き締められた。誰に? アルにだ。こんな時でもときめいてしまう自分が憎い。
アルは小さな声で言った。
「どうして泣くのですか。あの若君に言ったことを後悔しているのですか?」
「ち、違います。わたくしは、あなたが」
「……私が?」
私は俯いた。この期に及んでも勇気がでない。アルはそっと抱き締める腕に力を入れた。
「……自惚れだったら笑って下さい。私を……気に掛けて下さっているのは、何故ですか。私は、あなたを諦めなくてもいいのでしょうか」
「……え」
「あなたが、好きです」
私は振り返ってアルを見上げた。明るい日差しの中、アルは緊張した顔で、もう一度同じ言葉を口にした。
「好きです。身分違いで、諦めようとしましたが……やはり、無理でした。どうか、私の唯一になっていただけませんか?」
「アル……!」
言葉が出てこなかった。私はただ涙をこぼしながら、アルの胸へと飛び込み、強く彼を抱き締めた。
「……アリシア、とお呼びしても構いませんか?」
アルのささやきに何度も頷きを返す。その顎を優しく掴まれ、上を向かされた。
アルの暗緑色の瞳が細められ、ゆっくりと顔が近づく。そっと瞳を閉じようとした時だ。
「おめでとうアリシア!」
「良かったわね、アリシア!」
「おめでとうございます、お嬢様!」
「お嬢様、良かったですね!」
周囲から聞こえてくる拍手と祝福の声。ハッと周りを見渡すと、両親に使用人、カシアスまでもが私達を取り巻いて拍手していた。
え、えーっ!?
「い、いつから見ていたの……」
「ほとんど最初からだよ、小鳥ちゃん」
カシアスがすっと薔薇を私に差し出す。アルが険しい顔をするが、カシアスは笑みを浮かべたまま言った。
「おめでとう。君が選んだのが僕じゃないのは残念だけど、生涯独り身なんて寂しいことを言わなくてすむなら、祝福するよ。幸せにね」
「……ありがとうございます」
私が薔薇を受け取ると、カシアスはウインクをして立ち去った。……すごくイケメンなんだろうな、この世界では。
私がカシアスを見送っていると、アルに引き寄せられた。
「……これからは、堂々と言えますね」
「な、なにをですか?」
「私以外を見ないで欲しい、ということをですよ」
悪戯っぽく囁くと、アルは私の唇を奪った。
祝福の言葉が投げ掛けられ、私はアルの腕の中で真っ赤になる。
こうして私とアルは晴れて恋人同士になった。
アルと一緒にデートに出かけると、必ず見かけを笑われる。だけど、アルはいつでも背筋を伸ばして歩いているし、私を見て幸せそうに微笑んでくれる。
私も今ではアルの外見よりも中身の方が好きだ。きっと彼はヨボヨボのおじいちゃんになっても素敵だろうけど、例えば事故かなにかで酷い見た目になっても大好きなままだと思う。
「アル」
「なんですか?」
「ううん。呼んでみただけ」
他愛ない会話がくすぐったくて、私は笑顔を浮かべる。
好きな人の隣で笑顔でいられるなら、どんな外見だって構わない。
今はそう思っている。
あべこべの異世界で私が見つけたのは、外見なんて気にしないで私を好きになってくれた、優しい恋人でした。