幽霊って見たことある?
私この前見たんだ。
夏、ミンミンゼミが教室の暑さをさらに増している気がする。
有名進学校であるこの高校は、夏休みなんて言葉を忘れるほど毎日が勉強だった。
それにしても今日は一段と暑い。
そんな日に忘れ物をするなんて、しかも明日提出しなければいけない数学のプリントだから、取りに行くしかないわけで。
額の汗を制服で拭いながら、階段をのぼりきった。
「何でこんな暑いのよ…!」
この長い廊下の突き当たり。
そこが目指している私の教室。
昼真っ只中になって、どこのクラスも勉強を終わらせ、廊下は静まっている。
それがやけに不気味に感じるのは、夏だからか?
学校という場所は、誰もいないと怖いものなのかも知れない。
もう早く帰りたいんだけどホント。
教室の鍵を握りしめ、ドアをあけた。
夏の日差しが温度を上げ、締め切られていた教室がむわっとしていた。
「うがーーッ!暑いです…。」
体感温度は40度、汗がまるで噴水のように吹き出している。
こんだけ暑いとリアルに地球温暖化が心配になってきた。
自分の席の机の中をあさる。
あったあった。
満足げに紙を取り出した。
字が所狭しと詰められてる。
これを今からやると思うと……
とにかく早く家に帰ろう。
鍵…鍵……?あれ?
ドアにさしたままにしてたはずの鍵がない。
教室に持ち込んだ記憶がないだけに、誰かがイタズラで持っていったとしか思えなかった。
「ちくしょー…誰だよ…。」
暑さで意識が朦朧とするなか、途方に暮れて、長い廊下を無意味に睨んだ。
すると、向こうの端に白く動く影をみつけた。
鍵を持っていたのはあいつに違いない。
私はなるべく足音をたてないように、でも出来るだけ速く走った。
あと少し…あと少しで顔がわかるってところで、階段のほうにスッと影は消えた。
私は慌てて後を追った。
それから30分間、いつも後少しのところで影は消え、学校中を走りまくった。
「良いかげんにしてよ…。」
この暑い中、汗を拭うという行為はほぼ無駄に近く、制服は皮膚にピタリとくっついた。
私は階段を走る元気も無く、一段、一段、死に物狂いで上っていた。
おかしくない…?
逃げ切ろうと思えば、いつでも逃げ切れたのではないか。
いつもまるで私を待つように、かすかに見える距離をたもち続けている。
ほら、また階段の1番上で…。
確かこの先は屋上。
もう逃げ場はないわけだ。
勝った…!
私の顔は自然と笑顔がこぼれた。
バンッ!
屋上は太陽の日差しを燦々と浴び、風が強かった。
教室よりは幾分涼しく感じた。
長い髪が風でなびく。
「……あっ。」
白い影が屋上の端からふわりと下に落ちた。
「おおおお落ちた!!!!」
私は慌ててフェンスに駆け寄った。
下は芝生も何も無いコンクリート。
落ちたなら、ひとたまりもないだろう。
さきほどまでの汗とは違う、冷や汗が頬を伝った。
「そこのおね〜さん。」
声がした!
私は改めて食い入るようにフェンスの下を見た。
もしかしたら、どこかにぶら下がっているのかも。
期待と不安が交差する中、声の主はケラケラと笑った。
「後ろだよ、後ろ。」
「……あ!」
私は思わず声をあげた。
鍵をくるくると人差し指で回し、後ろに立っている男に、今の今まで気づかなかった。
「か、鍵。返しなさい!」
「嫌だと言ったら?」
「…困る!」
ついつい勢いで言っちゃったけど、我ながら困るってのは、まずったかな。
腹を抱える男を見て、顔が火照るのがわかる。
「な、何!」
「面白いおね〜さんには、これをあげる。」
ポ〜ンと投げられた何かが太陽とかぶり、目を細めた。
太陽の日差しは真上からやや傾いていた。
そう言えばいつの間にかミンミンゼミは鳴いておらず、静まり返っている。
不思議なことだ。
この暑い時間帯にセミが鳴かないだなんて。
私は手を掲げて、投げられた物をキャッチした。
赤い袋につつまれた、イチゴキャンディ。
「何これ?」
男はいなかった。
ただその場所に教室の鍵が落ちていた。
足音も別れの言葉もないまま。
それから私は、1人屋上に立ち尽くした。
暑さも忘れて、ただ手の中のイチゴキャンディを見つめながら。
ミンミンゼミがまた鳴き出した。
数学の課題しなくちゃ。
私は教室に向かって歩き出した。
それから1ヶ月。
この話は誰にもしなかった。
どうせ、誰も信じないから。
夏休みが慌ただしく過ぎて、始業式。
「あ!しぐれ!」
この子は夕陽。私の親友。
「どうした?」
「ね、聞いた?」
「何を。」
「だぁかぁらぁ!1年生に超かっこいい転校生来たんだって。」
「ふ〜ん。」
その時、私はまだ気付いていなかった。
あの甘いイチゴキャンディのような日々が、これから訪れようとしていたのを。
「あ、ほらあの子だよ!」
「おね〜さん、久しぶり!」
暑い夏をより熱くさせる
幽霊との出会いだった。
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