女神聖祭 Battle of Crusaders -2-
※感想でのご指摘を受けて、一部種族名称を変更しました。
※ホビ○ト→リトルビット
『噂に聞いていた程の人物かどうか知りたくてな。戦いの様子は見ていた物の、実物を前にするとただの日和った神父様じゃないか?』
『———俺はそんな物には興味ねぇ』
『おっと、背信者だとか、そういう風にも思わないでほしい。俺も実際はただ一つ。俺の俺だけの俺の為だけの筋肉様にこの身を捧げているんでな! ガハハッ!』
『……つまり?』
『ほぅ……やっぱりただ者じゃなかったか。現職特務枢機卿そして次期法王候補よ。俺はお前を見定めに来た』
『……』
『俺たちゃ混沌の大陸を生きる者だからな? 隣の大陸の情勢が気になるってもんだよ』
『……わかりました。ですがソレとコレとは話が別です。一発は一発です』
『お前意外と強情だな! ますますおもしれぇ! 根本がアイツとそっくりだぜ!』
『ちょっとゴッドファーザー! ゴーギャンも! こんな所で本気になってどうするの!?』
『おっと、そうだった。こんな所で戦ってもお互い本気は出せねぇし。この借りは次の戦いにまで取って置いてくれ。なんせ、次のお前の相手はこの俺———ゴーギャン・ストロンドなんだからな』
『わかりました。受けた恩は倍にして返しましょう。快く受け取ってくださいね?』
あの場でのやり取りを思い出す。口調は軽いノリだったが、ゴーギャンのその目はまっすぐと俺の芯を見つめていた様に錯覚した。
ただ者じゃない。
ただコレだけが事実として残る。
一体何をしに来たのか。手を潰された事もムカつくが、ソレを押しのける程に彼の言葉が俺の頭の中を飛び回っていた。
まぁ難しい事を考えても仕方が無い。実際に今日この後、彼と拳を交えるのだ。その時に自ずと答えが導き出されるだろう……。
俺は静かに力を解き放ち大きな控え室を一瞬で満たす。そして、いつもの様に祈りの体制に入った。
ーーー
「しかし、実に良く似ていると思わないか? 彼に」
「さぁ? 私はその"彼"を良く知らないもの。けれど、最後の表情には背筋が凍り付いたわ……」
ゴーギャンは用意されたソファーに座らずに、トレーニング用のベンチに腰を落ち着ける。リューシーは未だ立ったまま腕を組みながらゴーギャンの問いに答えている。
「姿を見ればわかるよ。一度緊張状態に落ち入った獣人族は、完全に回りの安全が確認できるまで、それを解かないんだったっけな?」
彼女は立ったまま。座らないのではなく、座れないのだ。
冷や汗を浮かべたまま全身の毛が逆立ち、敏感に辺りの気配を探り続けている。
「……はぁ、ダメね。彼の気配が今一層に膨れ上がったわ。コレは貴方の責任よゴーギャン」
「……怒らせちまったかな?」
「貴方が"彼"を知っているなら、自ずと答えも出ている筈よ?」
「それもそうだ。ありゃ表面上は取り繕ってるが、内なる炎は激しさを増しているだろうな。やっぱ似てるよなぁ!」
「そんな事より、この後の試合はどうしようかしら。このまま棄権する訳にも行かないし……」
リューシーがもう何度目かのため息をつく。
「戦闘を生業とした獣人族様が棄権だなんて、まさか怖じ気づいたのか?」
ゴーギャンが『ガハハ』と笑いながら茶々を入れる。だが、そんな様子とは裏腹に、彼女の瞳は今にも狩ると決めた獲物を仕留めに入る、獰猛さが浮き彫りになっていた。
「棄権なんて馬鹿な真似する訳無いでしょう? 一度こうなったら、敵を仕留めるまで手加減が出来なくなるのよ」
「———殺さない様にしなくっちゃ」
ーーー
『さぁ! 注目の本日ラストの戦い! ゴッドファーザークボヤマvs魔大陸から来た小さき巨人! ゴーギャン・ストロンドォォオオオオ!!』
マイクパフォーマンスにて観衆を沸かすのは、第一回公式プレイヤーズイベントの時にも進行役をやっていた方である。始まりの国ジェスアルから派遣された一人でもある。
ジェスアル=公式(運営)という図式がもうとっくに俺の頭の中では形成されている。もしかしたら運営のプレイヤー。要するにゲームマスターなんかも既にこの世界に溶け込んでいるのかもしれない。
いや、確実にそうだろ。
確証はないが、確信はしている。
俺は時間通りにやって来ていたが、ゴーギャンは若干間を置いて登場した。悠然と歩く姿。その一歩一歩が彼自身の強さを現す様に重く響いていた。
「随分うるさい足音ですね」
「何だよまだ根に持ってんのかよ?」
皮肉を言う。ゴーギャンは軽く受け流すと小言を並べて来る。
「言ったろ? リトルビットの中でも俺は魔族よりの少し特別な奴だって。まぁ、重さはパワーだ。魔大陸じゃ、俺の足音は有名でな。敵さんが聞いたら逃げ出すから面倒事が少なくって助かってるぜ?」
『おおっと!? 開始前から火花が散っている! この二人、過去に何か因縁が合ったのか!? 一体どうしたというのか!?』
俺は進行役の声にかき消される程、小さく息を吐いた。この男、まっすぐとした目をしているが、どことなく飄々としていて思考が読み辛い。
見るからにパワーオンリータイプと感じさせるのだが、その飄々とした余裕が俺に警告する。見た目で判断するなと。
だが俺は心に決めていた事がある。
コイツだけは。
コイツだけは同じ土俵で負かしてやりたい。
「お、何だ? 握手か?」
『おっとクボヤマ! 戦いの前に相手に握手を求めている! なんと言うスポーツマンシップだ! 戦いの前であっても礼を欠かさない! まさにゴッドファーザー! コレこそ神父様の行いなのか〜〜!?』
進行役はそんな事言っているが…
んな訳無いだろうが!
俺は握り返して来たゴーギャンの片手を潰す程の勢いで握りしめた。
「————おッ!?」
自体を察したゴーギャンは一瞬驚いた様な顔をする。だが瞬時に身構え負けじと握り返して来る。
「……やるじゃねぇかッ!!!」
「お互い様ですね」
「ッチ! 涼しい顔しやがって! ちったぁ歯を食いしばって力を込めてみろってんだ!」
「ふむ。そんなに涼しい顔してます?」
煽り合いだ。
舌打ちをかましたゴーギャンは、額に青筋を浮かべている。握り返す右手は、力を込めまくっているのか、膨れ上がっている。
『戦いは既に始まっていたああああああああ!!!!!!!!!!! 何なんだこの戦いは!? おっとぉおお!? 床が陥没している!? この握手に一体どれだけの力が加わっているというんだあああああああ!?』
実況の声は俺達二人には到底聞こえない物となっていた。
それにしても、あの時握りつぶされた力の倍は出力を出しているのにあっさりと喰らいついて来る。
念を入れて聖核を練って置いて正解だった。
今回は放出はしない。
ぶん殴ってどっちが上か判らせてやる。
「埒が明かねぇよ!!!」
未だ握りしめたまま、ゴーギャンは床に腕を伸ばすと、闘技場のフィールドとして使われている頑丈なタイル素材の隙間に指を突っ込んだ。
一枚岩のフィールドではなく、頑丈なドデカいプレートをタイルの様に敷き詰めてくっ付けたタイプの闘技場であるが故に、こんな力技が可能なのである。
物理的に人間にこのプレートに穴があく程の握力を持っている奴なんて居ない筈なのだが、ゴーギャンはあっさりと左手の指を突っ込む。
ボガッと音がして、握りしめる手にも一層の力が加わったと思ったら、目の前に急に壁が出来ていた。
『は、剥がしたァァアアアアアアアア!!!!???』
ハザードの質量兵器並みのエネルギーを持ったプレートが、押し寄せる。俺が何の為に試合までの残り時間を祈りに費やしたと思ってるんだ。
「せいッ!!!!!」
『クボヤマは冷静だった!!! 上手く勢いを受け流し、巨大なプレートを後方へと放り投げた!!! ゴッドファーザーは意外にもパワーファイターだったのか!?』
『そんなの最初からだろ!』『最初から柔術みたいなのと殴り合いメインの戦い方だったろ!』『俺はDUOをボコボコにした神父をこの目で見てんだぞ!』と、外野から歓声が上がる。コイツらは第一回のイベントから見てた奴だな。
「おもしれぇ。俺と同じ土俵で勝負してくれんのか? それは意地か? はたまた優しさか?」
ゴーギャンが笑いながら肉薄する。リトルビット族らしい、小回りの効く短い四肢にて、低い所から抉り込む様に殴り掛かって来る。そのスピードは踏み込みで地面が抉れる程に化物じみている。
「意地ですよ!」
「ガハハッ! 正直者だな! ますます奴そっくりだぜ!」
と俺を殴る寸前、そう言いながらゴーギャンは闘技場の来賓席を見据えた。身体を捻り一瞬だが狙いを逸らす事に成功する。
伸ばしっぱなしになった彼の右腕を、小脇に抱え首元に腕を廻し、彼の尖った耳を引きちぎる位の力で握りしめる。そして、自分事彼の力を利用して後転。
「あだだだだっ!!!」
耳を千切れんばかりに引っ張られているゴーギャンは、抵抗する事も無く俺と共に転がり、そのまま足を返して俺がマウントポジションを取る。
「耳を引きちぎるのはずりぃだろ!」
「貴方も検討外れな事を言いますね。人の手を不意打ちで握りつぶしておいて、自分が嫌な事をされたら文句を言うんですね。いや、印象を履き違えてました。貴方は飄々としているよりも、ただ屁理屈に生きているだけだ」
ゴーギャンの目の色が一瞬変わった。
そして、マウントポジションに入った俺はひたすら顔面に拳槌を打つける。
『うおおおおおおお!!!! まるで怒れるゴリラの様だ!!!! ゴッドファーザー!!! 今日は一層猛々しいぞ!!!!』
うるせーな!!!!
パウンドしながら進行役を睨みつけようと顔をそらすと、馬乗りになっていたのにも関わらず、強大な力が膨れ上がった様な感覚が下から広がり弾き飛ばされた。
「はぁ。まさかそう言う所まで"似ちまってる"なんてな。先ずは詫びよう。俺はお前を侮っていた。子供をあやす様にな」
今さっき、彼の筋肉が膨張し、確かに巨人の様な姿を型取っていた。
「せっかく同じ土俵で争ってんだ。正真正銘、対等に戦おうや。俺はリトルビットの中でもスプリガンって魔族との混合種だ」
スプリガン。粗暴な妖精族。普段は小人の姿をしているが、戦いになると巨大化し巨人となりて辺りを灰燼と化す程の魔力を持った魔族。同族には攻撃しないため、妖精族の守り手とされている。
今は希少種となり、森の奥深くに住まうとされる。妖精種との交配が可能なのは同種もしくは、歴史的に妖精族の血を引くとされる小人族のリトルビット、ミゼット、ドワーフのみである。