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その他

魔法使えない・サリィ

作者:ひかり
 ファンタジア屈指の大魔法使い・リリィ=ド=フランシアの妹、サリィにはある秘密があった。それはかの有名なフランシア家の末裔に生まれて、魔力を継承『しなかった』ことである。
 偉大なる姉・リリィと同じ燃えるような赤毛と薄紫の瞳を持っていながら、サリィはしかし不思議なことに、杖を振っても魔法は使えず、箒に乗っても空は飛べなかった。
 そんなことだからやがて思春期になるに連れ、サリィの中でふつふつと、劣等感や姉に対する妬み嫉みが湧き上がっていったのは、別に不思議なことではなかった。


挿絵(By みてみん)

「早く角ゴブリンの肝を運んで来なさいよ、このウスラトンカチ!」
「ご、ごめんなさいサリィ様……!」

 今日もフランシア家の一室では、学校にも行かず部屋に篭りきったままのサリィの声が響き渡る。八つ当たりの対象になってるのは、彼女が偶然近所の森で拾って来たオークの子供だった。オークは普段からあまり群れで生活することがないので、彼も親と一緒に広い森を餌を求めて彷徨っているうちにはぐれてしまったのだろう。サリィは十三歳の時にオークの子供を『拉致・監禁』し、自分に絶対服従するよう『調教』した。

「はあ、はあ。持って来ました、サリィ様」
「だったら早くすり潰して、眠り草と一緒に鍋に入れなさい!」
「はぁい、ただいま!」

 窓の閉ざされた暗い部屋の中で、サリィがドラゴン皮の椅子にふんぞり返って、水晶の試験管を揺らしながら声を荒げた。オークの子供は慌てて、緑や青といった色とりどりの煙が上がる部屋の中を駆けていった。
「それから頼んでおいたマンドラゴラだけど、予定より早く作れそうだから明日までに持ってきてちょうだい。あ! 眠り草は一旦冷やしてからっていったでしょ!? ああもう、このマヌケ!」
「はい、はい! ごめんなさい!」
 彼女の指示に、ゴツゴツした体を縮こまらせてオークの子供がテキパキと部屋の中を歩き回る。

「失敗したら、満月までまた一ヶ月はまたなきゃ行けないのよ!? 絶対にリリィ姉さんに泡吹かせてやるんだから、ちゃんとやって!」
「はい、ちゃんとやります!」

 暗い部屋の中で、二人の影が忙しなく動き回った。
 サリィが今作っているのは、飲ませた者に絶対服従を誓わせる、禁忌の魔法薬『ブレイン・ミスト』だった。サリィは十歳の時この禁断の魔薬の作り方を姉の部屋の奥の、隠されていた秘密の本棚からこっそり拝借して来た。元より魔法の知識がなかった彼女にとって、魔法薬の作成は困難を極めたが、それでも彼女はこれに一縷の望みを抱いていた。




 みんなからチヤホヤされ、持て囃される姉のリリィを何とか跪かせてやりたい。

 子供の頃から、サリィはずっとそんな恨みの炎を胸の奥に宿していた。私が魔法が使えないのは、きっと姉のせいだ。私の人生が楽しくないのは、お父さんやお母さんから比べられるのは、姉のせいだ。嫌なことも、苦しいことも、姉のせい。リリィ姉さんがいなければ、きっと私も……。

 サリィはずっと、ずうっとそんな恨みの炎を胸の奥に宿していた。姉のリリィの方はというと、サリィの中で燃え続ける黒い炎を知ってか知らずか、妹には分け隔てなく優しく接していた。だけどそれが何だか、サリィには逆に余裕を持って上から見下されているようで、余計に胸の炎を燃えたぎらせることになった。そんなことだったから、サリィはずっと復讐の機会を伺っていた。

 だがあいにく、サリィに魔法は使えない。だからこそ、材料さえ揃えれば完成する魔法薬に目をつけた。完成までは三年かかったが……その効果は、目の前の彼で『実証済み』だった。

「もう、いい加減にして! 『おしおき』よ!」
「ヒィィ……!」

 サリィの言葉に、オークの子供はまるで見えない力に抑え込まれるかのようにその場に犬のように『伏せ』をした。絶対服従の魔薬、ブレイン・ミストの効果だ。
 一年前、『寒かったでしょう? 暖かいスープを飲ませてあげるから』というサリィの甘い言葉にまんまと騙され『拉致・監禁』された彼は、何も疑うことなくこの薬を口にしてしまった。以来、彼女の命令には絶対に逆らうことのできない魔法で結ばれてしまう。
 この効果を目にしたサリィは、『これは使える』とほくそ笑んだ。失敗すればどんな報復を喰らうか想像もつかないが、成功すればあの姉に長年の恨みを晴らすことができる。

 サリィは床に『伏せ』をしたしもべの、自分よりもひと回りは大きな背中に飛び乗ると、彼のお尻を魔法の杖……魔法が使える訳ではないので、実際はただの木の枝だが……で叩き始めた。

「アンタがノロマでグズだから、一年もかかっちゃったじゃない!」
「ヒィィ……ご、ごめんなさいサリィ様!」
「フン! もういいわ、とにかく、あと三日以内に完成させたいから、急いでよね!」
「分かりました……ぐすん」

 涙ぐむオークのお尻をもういっぺん叩いて、それから作業は夜通し続いた。







 「とうとうこの日が来たわ……」

 そして三日後。
 サリィは姉の分の夕食を運びながら、緊張を誤魔化すためゴクリと唾を飲み込んだ。今夜はお父さんもお母さんも、家にはいない。毎週姉と二人きりになる金曜日が、決戦には持ってこいだった。廊下で立ち止まり、完成したブレイン・ミストを慎重に姉の好物のパンプキンのスープに混ぜ、サリィは何でもない風を装ってリビングの扉を開けた。

「お待たせ。フライサーモンのホイル蒸しはもうちょっと待ってね。先にパンプキンのスープでもどう? リリィ姉さん」
「あら、気がきくわねサリィ」

 黒いドレスを身にまとった姉は、静かに微笑むとサリィの差し出したスープを受け取った。
 抜かりはない……はずだ。
 サリィは何気なく姉の横に腰掛けた。長い沈黙が、余計にサリィの耳には痛かった。優雅に小難しそうな理論書を読んじゃったりして、何だか小洒落た感じの姉をサリィは横目で観察し続けた。中々彼女がカップに口をつけてくれないので、その間サリィの胸はドキドキしっぱなしだった。もしかして、全部バレてるんじゃないだろうか……そんな不安がサリィの頭を過ぎった瞬間、リリィはそっとカップに口づけ、サリィお手製のブレイン・ミスト入りスープを飲んだ。

「…………!」

 勝った! 
 思わずサリィは椅子から腰を浮かせ、黒い笑みを零した。胸の中で、宿した憎しみの炎が燃え盛りサリィの心全体を包んでいく。そんな妹の様子を、リリィは頭に霞でもかかったみたいにぼんやりと見上げている。高鳴る心臓と迅る気持ちをグッと抑え、サリィはゆっくりと乾いた喉を鳴らした。

「……貴方のご主人様は、だれ!? リリィ=ド=フランシア!」
「それ、は……もちろん……サリィ、様……」
「!」

 サリィの心が真っ黒に染まったその途端。

「……とでも、言うと思った? サリィ」
「!!」

 余裕たっぷりの姉の静かな微笑と、氷のように冷たい視線がサリィを捉えていた。何が起こったのか分からず、心とは裏腹に頭を真っ白に染め上げ立ち尽くす妹の前で、リリィはもう一度含み笑いをしながらスープを飲んで見せた。

「ねえサリィ。自分の身をも滅ぼしかねない危険な魔法薬の作り方を、魔法使いがわざわざそこらへんに放って置くと思って?」
「…………!」
「あの本はね、分からないように、わざと材料が一つ消されてあるのよ。あの本だけじゃ完成しないように……我がフランシア家に伝わる秘法が、敵の手に渡っても大丈夫なように」
 サリィは目を見開いた。じゃあ、あの薬は……。

「これも魔女の嗜み、よ。まさか敵がこんなに近くにいるとは思わなかったけれど……。さあサリィ、今日はもういいから、部屋に戻ってたっぷり眠りなさい」
「…………」
「……眠れるものなら、ね。【魔女の掟】は、魔法を使えない貴方でもさすがに知ってるでしょう?」
「!!」

 リリィはそう微笑んでパンプキンスープを飲み干した。
 元から、あの本通りに作っても魔法薬など完成しなかったのだ……。サリィは胸の中で何かがガラガラと崩れ落ち、真っ白に染め上げられていくのを感じた。薄紫の瞳にじっと見つめられ、彼女ははただただ頷くことしかできなかった。







「お帰りなさい、サリィ様!」

 二階に戻り、部屋の扉を開けるとオークの子供が出迎えてくれた。サリィは黙って立ったままじっと彼を見上げた。

「サリィ様?」
「……『おしおき』よ」
「え? あ……うわあああ!」
 サリィの言葉に、オークの子供が何かの力に抑え込まれる、ようにその場にひれ伏す。
「…………」
「…………?」

 いつものように背中に飛び乗って来ないご主人様に、オークの子供は不思議そうにチラリと顔をあげた。サリィは彼の顔の前に屈み込むと、深いため息をついた。

「あれ? サリィ様……?」
「ねえアンタ……何で私に従ってるわけ?」
「え? そ、それは、服従の薬を飲まされたから……」
「……それから?」
「それから? えーっと、サリィ様が、暖かいスープを飲ませてくれたから……?」
「…………」
「ど、どうしちゃったんですか今日は? サリィ様?」

 キョトンとつぶらな瞳をこちらに向けるオークの子供に、サリィはもう一度深いため息をついた。
「全く……アンタがバカでマヌケでドジでノロマだから、失敗しちゃったじゃない……」
「え!? そ、それじゃあ……」
 サリィはオークの子供を起こしながら、肩をすくめた。

「……材料が一つ、足りないらしいの。一緒に見つけにいくから、さっさと準備しなさい」
「はい……え? 一緒に行くんですか?」
「何よ? 文句あるの? アンタがサボらないように、見張っておかなくちゃ行けないのよ!」
「は、はい!」
 困惑したまま、それでもサリィの命令には絶対逆らえない、といった風に、彼は急いで準備を始めた。七色の煙が立ち込める部屋の中で、サリィもまた荷物をまとめ始めた。どっちにしろ、姉にバレてしまった以上、このままこの家には居られない。復讐の【掟】に従って罰にかけられる前に、逃げ出さなくては行けなかった。





「……どこまで行くんですか?」
「そりゃ当然、材料が見つかるまでよ。こうなったら絶対、あのリリィ姉さんの高っ鼻を明かしてやるんだから!」
「長い旅になりそうですね……」
「それはアンタ次第で、私次第……。うん……名前がないのもなんだか不便だわね。そうだ。アンタは見た目がオークだから、『オーク』って名付けてあげる」
「『オーク』! 僕の名前は、オーク……えへへ……ありがとうございます、サリィ様」
「フン……しっかり私を守りなさいよ、オーク」


 その晩、静まり返った魔法使いの住処から、大小二つの影が荷物をいっぱい抱えて外の世界へと旅立つのが見えた。

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