貴方はこの部屋から出て行った。
たった1行のメモを残して。
『待っていて』
でも彼とすごしたこの部屋には、彼のものは一切なくなっていた。
普通に考えれば私は同棲していた彼氏に捨てられたのだろう。
でも私は信じたかった。
彼のたった1行のメモを。
『待っていて』
何を待てというの?
それすらもわからない。
私は何を待てばいいというの??
3年がたった。
私はまだあの部屋に住んでいる。
彼のメモを信じて。
この部屋で彼を待っている。
もしかしたら帰ってくるかもしれないという淡い期待を抱いて。
彼のことを1日たりとも忘れたことはない。
そう言ってしまえば嘘になる。
私にだって仕事がある。
私にだって友達がいる。
私にだって親がいる。
四六時中彼のことを待っているわけにはいかない。
でも恋愛はしていない。
彼のメモのおかげで新しい彼氏をみつけることができない。
見えない水の糸に縛られている気分だ。
5年がたった。
決めていたことだった。
5年がたったらこの部屋を出ようと。
彼を待つのをやめようと。
新しい一歩を踏み出そうと。
引越しの準備はほとんど済んだ。
あとは引越し屋にまかせてある。
私はバックひとつで部屋を出るだけだ。
―ねぇ、私、5年も一人で待ってたんだよ?―
―何を待てばいいのかもわからないまま5年も待ってたんだよ?―
鍵は不動産屋に返してある。
私は鍵をかけずに、バックひとつを持って部屋を出た。
エレベーターで1階まで降りる。
これでもう待たない。
彼を忘れられないけど、もう待てない。
エレベーターが1階につき、ドアが開いた。
そこには懐かしい彼の顔があった。
きっとその時の私は今までしたことのないような顔をしただろう。
「ただいま、待っててくれてありがとう」
5年前と変わらない優しい声で彼が言った。
涙が流れた。
バックを持ってる私に彼は言った。
「出かけるの?」
「えぇ、貴方を待つことをやめたの。」
きょとんとした彼の顔を忘れない。
だっていきなり音信不通。
5年も帰ってこなかった。
何をしていたのか聞きたいけど、聞く元気もなくした。
私は彼に背を向けて、ヒールをカツカツ鳴らして歩き始めた。
「さようなら」
涙を流してることをばれないように、私はそうつぶやいた。
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