「あの、ごめん。今度の連休、仕事入っちゃったんだ。ミスがあって修正に時間かかりそうなんだよ。せっかく予定してたのに…ホントごめん。」
「そっかぁ、残念だけど仕方ないよね。」
ごめんと何度も繰り返す僕に、彼女は気にしなくていいよ、と笑顔を見せてくれた。
「3日とも仕事?」
「たぶん。」
「夕飯作りにこようか?どうせコンビニ弁当なんでしょ?休み無しで仕事して、帰ってからまともなご飯食べなかったらすぐにバテちゃうよ。」
彼女の心遣いは嬉しかった。
そのまま僕は、彼女の言葉に頷けばよかったんだ。それなのに素直に甘えられない自分がいた。
「いいよ、わざわざ来てもらうなんて、これ以上迷惑かけれないし。」
「全然迷惑なんかじゃないよ。私が来たいから来るの。」
彼女は机越しに身を乗り出して、僕の顔を覗き込んだ。その小さな顔に大きく、ダメ?と書かれているのがはっきりとわかった。
「第一、いつ帰れるかもわからないんだから…遅くもなるだろうし。」
「じゃあ、待ってる。」
「そこまでする必要無いよ。ちょっと休みが無くなったくらいで、すぐにバテたりなんか絶対しない。」
僕なりにいろいろと考えて話していたのに、どうも全くの逆効果だったらしい。僕が話せば話すほど、彼女はうつむいてしまう。どうしていいのかわからない。気まずい雰囲気だけが部屋中を満たしていた。
「コーヒーでも入れてこようか?」
少し気分が落ち着けば、と思って発した苦し紛れの言葉も、また空回りしたあげくに……彼女に最後の一撃を与えただけだった。
「バカッ!!」
その言葉を合図に、クッションや枕、その他彼女の手元にあったものが次々と投げ付けられた。僕はそれら全てを全身で受け止めた。そうしかできなかった。
投げるものが無くなると、彼女は目に涙を浮かべて勢いよく立ち上がり、
何も言わず部屋を飛び出して行った。
あれから五日……彼女からのメールも電話もない。
なぜ、あんなことになってしまったのか未だに解らないままだ。今日がその連休の始まりなのに。一人で考えても何もわからない。人に相談することでもないし、答えは彼女しか知らない……。
仕事帰り、駅まで歩きながら、まだ、答えを見つけるために考え続けていた。自分なりのなっとくできる答えを見つけない限り、何も変わらない気がしたから。
このまま終わってしまうのは怖い……。
あの日の事を思い出しながら、電車の中でも考え続けた。20分ほど考えると、一つの答え……結論に達した。
彼女のあの時の心情を考える事は出来ても、それはあくまで想像でしかないのだ。これだけ考えても答えは出せなかった。今僕は想像を膨らませるよりも、思い切って彼女と話をすべきなのかもしれない。そんな勇気も無いけれど……。
上着のポケットから、使い慣れた携帯電話を取り出し、時計だけ見て強くそれを握った。
電話もメールも簡単なはずの事が、今は何よりも難しい。
立ち止まって、進み続ける時計をじっと見ていた。
少しすると、急に辺りがうるさくなった。……雨だ。
予想外の強い降りに僕は慌てて走り出した。携帯電話を握ったまま、何も考えずに、ただ家に向かい走っていた。
アパートに飛び込み、息を整えながら、携帯電話のサブディスプレイで再度時計を見る。
しかし、時計よりも着信があった事を知らせるメッセージの方が先に目に入った。
彼女からだった。
息を切らしたまま電話をする気にもならないし、増してや自分からかけ直す勇気もない。
もう終わりだ……そんな気分だった。気付かなかったとはいえ、五日ぶりの彼女からの電話を無視したのだから。
溜め息をつきながら、とぼとぼ階段を昇った。
「雨…降ってたんだ……。電話、気付かなかった?」
それは突然の事だった。
聞き慣れた声……少し緊張して掠れているようにも聞こえるけれど、紛れも無く彼女の声そのものだ。どうして彼女が僕の部屋の前に居るのか解らなかった。もしかして、終わりを告げるために?それとも……?
「約束、」
「約束…?」
不意に僕は聞き返していた。
僕は何を約束した?どんどん解らないことが増えていく……。
「ご飯作りに来るって、私、言ったよね?まともなご飯食べなかったら、体壊しちゃうからって……。」
情けなかった、僕自身が。社会に出て一人前になったつもりでいた僕が、年下の、まだ学生の彼女に心配ばかりかけていた。
僕が逃げていた事にも、彼女は真正面から立ち向かっているんだ。こんなまっすぐで力強い彼女に僕は惚れたんだろうな。ふとそんな事を考えていた。
「ごめん……何にもわかってあげられなくて。」
「今はちゃんとわかってるの?なんで怒ったのか……。」
「……ずっと考えてた…でも、わからなかった……。」
「やっぱり、そうだと思った。私は来たかったから来たんだよ、今も。迷惑ならもう来ない。でも、そうじゃないなら来てもいいでしょ?私、あなたのために出来ること少ないし…だからこそ、少しでもやれることはやりたい。……やっぱり…迷惑…?」
僕はゆっくりと首を横に振った。迷惑なはずが無い。
「ありがとう。」
その言葉に彼女は、温かな笑みを返してくれた。五日ぶりにほっとした気分で充たされている。体の中の邪魔なモヤモヤ感が一瞬にして消えていくのがわかる。
「あ……ベタベタだよね?早く着替えないと風邪ひいちゃう。」
いつもの優しい彼女が、今、僕の目の前にいること……たったそれだけの事なのに、誰よりも僕は幸せものなのだ、と思ってしまう。
本当にありがとう。
部屋に入ってすぐ、僕は彼女に触れるだけのキスをした。 |