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<第四十四章 ハワイ作戦>

 昭和十六(1941)年五月。


 連合艦隊がメキシコ沖から帰ってきて、さらに詳しい情報が分かった。

 空母戦の翌日に攻撃した敵船団(駆逐艦二、輸送船およそ二十)はほぼ壊滅で、西海岸まで無事にたどり着いた船は居ないとの予想だ。

 他にメキシコの港へ向かった敵輸送船はメキシコ政府により拘留され、パナマへ逃げた船はパナマ運河沖に停泊している。

 パナマにはアメリカの飛行場が有り、哨戒が厳しく潜水艦で近づけなくて手が出せないということだ。

 再び西海岸へ向かうことないように、メキシコ沖では我が軍の潜水艦が見張っている。


 これに加えて日本海軍にさらなる被害が出ている。

 落ち武者狩りをするべくメキシコ沖へ向かっていた通商破壊型重巡一隻が敵潜水艦から魚雷攻撃を受け、中破の損害を出した。


「あの重巡はこれまで攻撃を受けたことが無かったからな調子に乗っていたのだ。功を焦りおった。

 これで一、二か月はドックに入ることになる。

 これまで護衛艦隊の連中は被害が少なかったから気がゆるんでおる。

 きつい仕置きをしてやる」


 と、中尉は空母二隻を失ったことより腹を立てていた。



 そして、五月中旬。ついに満州での対ソ反攻作戦が始まった。

 他の欧州、イランの各戦線でもほぼ同時期に作戦を開始した。


 今度の戦場は本土から近く従軍記者が入っているので二日後には新聞で戦場の様子が伝えられた。


 それによると、初日の日本軍は上手くやったようだ。

 海軍特別陸戦隊一個旅団がウラジオストックとナホトカの間にある小さな漁村付近に上陸。

 瞬く間に付近を制圧し漁村へ移動しそこも占拠。

 次に歩兵師団がその漁村へ上陸を開始した。


 上陸二時間前には陸軍空挺部隊がウラジオからの増援を防ぐ位置に降下し、ウラジオへの進撃経路上にある橋を確保。

 一時間前には朝鮮の清津の航空隊がウラジオストックを、新潟の部隊がナホトカを空爆している。

 また上陸と同時刻には清津で待機していた部隊がウラジオストックを目指して進軍を開始した。

 ここからは新聞には書いていないが、上陸部隊は三個歩兵師団。清津の部隊は一個戦車師団、一個自動車化師団、一個歩兵師団と大量の輜重部隊。

 この二つの部隊合計十万人でウラジオストックを包囲しようというのだ。


 問題点は朝ソ国境からウラジオまで山間の細い一本道が約二百キロ続くことだ。

 ここをいかに早く少ない損害で突破するかが作戦の鍵となる。


 気になることは特派員の記事の中にあった。

 ソ連兵の年齢が若いということだ。

 死体や捕虜はまだ子供らしさを残した顔が多い。西洋人が老けて見えることを考えれば十八以下の子供も居るのではないかと記者は書いている。


 後日中尉に聞くと、


「おそらくだが、ソ連軍は現役兵を引き抜いて要所防衛に当てたり、欧州へ送ってるのだ。

 だから、アジアの前線には少年みたいな補充兵が増えているのだろう。

 さすがのソ連も三か所も四か所も戦線があれば、兵のやり繰りで大変のはずだ」


 ということだった。


 ちなみに満州でも日本軍は攻勢に出ている。

 より多くの兵力を引きつけ、ウラジオ戦線を援護するとともに、大包囲が完成した時により多くの兵を囲めるように考えてのことだ。

 俺からすると今まで防戦一方だったのに、攻められるのか不安だ。


「もちろん満州もテコ入れしている。

 冬の間にできた戦車はほとんど満州に送っている。

 陸軍の航空機もほとんどが満州だ。

 冬の間も地道に敵の兵站を破壊していた。

 それに、張作霖も鉄道爆破に力を入れている。

 奴の狙いは鉄道を使えなくして陸路で補給を送らせ、その輜重部隊を襲うことだ。

 武器と食料を手に入れるためだがな」


 張作霖の名前を久しぶりに聞いた。


「さらにだ。満州には新型兵器も送っている。一式中戦車、一式自走対戦車砲、一式自走榴弾砲――」


 一式中戦車は新型の戦車で先行量産型の十輌が独立戦車中隊として投入された。

 本州での運用を一切考慮しておらず、満州・北海道での対ソ戦のみを想定している。

 そのため重量が重く長距離の自走が困難で、砲塔と車体が現場で分割・結合できるように作られている。

 運搬は分割した状態で鉄道または戦車運搬車で運ぶ。

 一台当たりの製造運用費は零式中戦車の三倍にも及ぶ。そのため大量生産、大量運用はできない。

 乗員は戦車教導隊の教官を引き抜いている。この戦いが終わるころには教官は少なくて済むはずという安易というか、背水の陣的な考えだ。

 また、この戦車はソ連の次期主力戦車に勝てるかの実験の意味も含まれている


 一式自走対戦車砲は試作品の十輌を投入。

 零式自走対戦車砲の車体にドイツから輸入した8.8cm FlaK 37用の砲身と駐退復座機を乗せたものだ。

 エンジンもン統制甲二三型空冷ディーゼルエンジン330馬力に換装してある。

 自走対戦車砲は防衛の時にはそれなりに役に立つが、攻勢の時に使えるかが今一つ不明であり、その戦訓を得ることも目的の一つだ。


 一式自走榴弾砲も試作品の十輌を投入。

 戦艦改装時に外された15cm副砲を一式自走対戦車砲と同じ車体に乗せたものだ。

 この副砲は一部が瀋陽郊外に設置されたが、その残りとなる。

 元が戦艦の副砲であるため高仰角が取れず、射程は15,000メートルと他国の同種の砲と比べて短い。

 また、砲身の割に車体が小さいため発射時の衝撃を吸収しきれず命中精度が低い。

 欠点があっても日本軍に不足している大口径砲を補填するものとして急きょ用意された。


「陸だけじゃないぞ、空にも新型がある」


 現在日本に二機しかない試作一式空中管制機。まだ正式採用されていない。

 一式飛行艇として正式採用予定の飛行艇に対空方位測定、対空高度測定、対艦の三種のレーダーを積んだものだ。

 将来的にはイギリスから輸入した高周波発生装置を使った対潜レーダー(潜望鏡を発見できる)も搭載する予定になっている。

 陸海の技術交流の結果、条付きで陸軍にも一機が渡された。

 代わりに陸軍は地上管制技術を海軍へ渡している。

 墜落時の技術漏洩を恐れて自陣上空しか飛ばさないことが譲渡の条件だ。

 攻勢時は前線が前へ進むので、新しくレーダーが設置されるまで敵機の警戒が弱くなる。

 この機体でそれを防ごうというのだ。



 二日目以降も作戦は順調に進んだ。


 上陸部隊は一個師団を上陸地点の守備とナホトカ方面への備えに残し、残り二個師団でウラジオへ向けて進撃を開始した。

 空挺部隊が五十キロ先で待っているので時間が無い。

 翌日には先遣隊がソ連軍先遣隊と戦っていた空挺部隊と合流。危機を救った。

 その翌日には主力が到達した。


 作戦開始から十日後、清津を出発した部隊が主戦場へ到達した。

 ウラジオストックは長さ三十キロの半島の先端から根元にかけての西岸に広がる街だ。

 上陸部隊は東岸根元に到着済み。

 清津からの部隊が西岸根元の街郊外へ到着した。

 これでソ連軍は両側から挟まれる形となった。

 そして両日本軍の間にある空港を巡って大激戦が繰り広げられた。

 ソ連としては、そこを抑えられると他地域との連絡が完全に断たれ孤立してしまう。

 日本としてはここを抑え包囲すると同時に空港を早く利用したい。

 ソ連軍は一個師団相当二万五千人と市民義勇兵しかおらず、約四個師団十万人弱の日本軍の猛攻を支えきれず空港は一日で陥落してしまった。


 そうしてウラジオストックは包囲され、一週間の後に守備隊は降伏した。


「ソ連は最後の一人まで戦い抜くのかと思っていたが違うんだな」

「極東の端ともなれば、共産党の威光も薄れるのかもしれん。

 それに、政治委員が戦死したのも降伏した理由の一つだろう。

 本当に戦死かは怪しいがな。司令官は他国へ亡命を希望していると聞いておるし」


 徹底抗戦を叫ぶ政治委員が味方に殺されたというのだろうか。

 本当だとしたら怖い話だ。

 ソ連ならありそうと思ってしまう。



 ウラジオが落ちてからの動きは早かった。

 日本軍は鉄道沿いにハルビンを目指した。最前線のすぐ後には鉄道部隊が続き鉄道を復旧していく。

 また、重機部隊もそれに続き、鉄道が破壊されていれば、路肩を直し、がけ崩れの土砂を取り除く。

 ハルビンを抑えることで満州里からとハバロフスクからの両方のソ連補給路を遮断できる。

 その後、後方から瀋陽前面のソ連軍主力を攻撃し、これを磨り潰す。

 そこへ助攻として清津から長春へ向けて進撃した部隊が横から攻撃する。

 瀋陽の部隊は前面のソ連が脱出しないように押さえ付ける。

 航空部隊は動きが取れないソ連軍へ猛烈な空爆を行い磨り潰す。

 直径五百キロにも及ぶ大包囲作戦だ。

 包囲の網が空いているのは唯一西方しかない。

 しかし、西方は人口希薄地帯の上、鉄道網が弱い。逃げても補給切れで全滅するしかない。

 ソ連は長春へと押し込められた後、活路を求めて扶余線沿いに西北のチチハルを目指すしかなかった。


 その場所は満州には珍しい湿地帯が多い。

 泥濘が移動の邪魔をする。沼を抜ければ、また荒野が待っている。

 食料不足、車輌不足、燃料不足、弾薬不足でロシア兵は次々と倒れていく。


 ソ連軍主力がチチハルへ着いた時、三十万人居た部隊は十万人にまで減っていた。

 しかも、大兵站基地であるハバロフスクとの補給路は遮断されている。

 満州里経由でチタから補給を受けるしかない。

 一月半の間に五百キロ以上も戦線は移動したのだ。



 昭和十六(1941)年六月。


 満州戦報告及びハワイ作戦に関する玉串会議が開かれた。

 俺も呼ばれている。


 中尉の報告から会議は始まった。


「満州の戦線は一応安定しています。

 我が軍はハルビンを確保、チチハルの敵主力とハバロフスクの連絡を遮断しております。

 敵は補給不足と部隊再編で動けない物と考えられます。

 我が軍も補給はウラジオストック、清津からのみになっており不足しております。

 現在はトラック輸送で何とかしのいでおります。

 鉄道大隊が鉄道の復旧を急いでおりますので、ハルビンと瀋陽の間が開通すれば十分な補給を受けられ再度攻勢を取ることができます」

「作戦第一弾は成功ということか」

「そうなります。

 第二段としてはチチハルの奪還ということになります。

 チチハルを抑えてしまえば、そこから先は大興安嶺山脈となり、大規模な部隊展開は無理となります。

 ソ連も満州里またはその手前のハイラルまで後退せざるをえません。

 我が軍も進撃が困難になり、この方面は膠着することになります。

 よって次の目標はハバロフスク攻略となります。

 そこを抑えれば沿海州に点在するソ連軍二十五万人の補給を止めることができます。

 ですが、大本営としてはこのまま冬が来るまで戦線を固定するのが得策かと考えます」

「なぜだ」


 陸軍参謀総長が聞いた。


「理由は三点あります。

 第一にハワイ作戦の為に参加予定部隊を本土へ引き上げたいこと。

 我が国の現役兵師団は全て満州に出払っております。

 ハワイ作戦で使うためには、これを後備師団と交代させる必要があります。

 再編と訓練でハワイの前に三か月はどうしても必要です。

 もう一日でも早く引き揚げさせたい状況です。

 そして、実戦経験の無い後備師団と入れ替えるということは戦力が下がるということであり、攻勢が難しくなり被害が増えるということです。

 第二に戦略目的からずれること。

 本作戦の目的はあくまでもドイツに対する助攻です。

 より多くの敵兵力を釘付けにするのが正しい。

 であれば、満州全土を奪還し、沿海州の敵を一掃するよりも、現状のままソ連に出血を続けさせる方が正しいといえます。

 第三に防御陣地構築の時間が必要ということ。

 少ない戦力で攻勢を取れば時間も掛かるし損害も大きい。

 ハバロフスク占領は十月にずれ込む恐れがあります。となると降雪まで一か月強しかありません。

 これでは十分な防御陣地を構築することができない。

 それに、ハルビンは瀋陽防御の時より補給路が五百キロも伸びます。

 ソ連が冬季反攻をしてきた場合、防ぎきれるか難しいところです。

 それならば、現時点で止まり、鉄道復旧を急ぎ、ハルビンの飛行場を利用可能にし航空隊を進出させる。

 そして十分な陣地を築き、航空戦力と共に冬を乗り切る。

 ハルビンからシベリア鉄道まで七百キロ。十分爆撃圏内です。

 間欠的に鉄道爆撃を行い、敵の補給を困難にさせることができる。

 以上が理由となります」

「英独や張作霖は何か言ってこないか」


 今度は総理が聞いた。


「なぜ止まるのかと言ってくるでしょうが、こちらは正々堂々と自論を主張すれば良い。

 二十万人以上の兵力を損耗させ、なお五十万以上の兵力を拘引しております。

 十分役目を果たしているといえます。

 それに、これからハワイを攻略するのであり、いたずらに手をこまねくのではない。

 張作霖には今のところ、長春・ハルビンで我慢させるしかないでしょう。

 来年雪が解けてからチチハル、ハバロフスクと落としていくと説明しましょう」


 中尉の説明を聞いて考え込む出席者が多い。

 俺は、なるほどその通り、だと思う。

 他の人は違うみたいだ。

 反論が出ないことからすると、理性では理解しても感情的に納得できないのだろうか。


「ところで、ドイツはどうなっておる」と総理が話を変えた。


「ドイツ軍はレニングラード、ミンスク、キエフの三方面からモスクワ目指して進撃しております。

 英空軍の支援の元、順調に進撃し作戦開始一か月でモスクワまであと百キロの地点へ到達しています。

 その他の場所では、ムルマンスクとそこに至る鉄道は英空軍の連日の空爆でほぼ壊滅状態。

 それで、ソ連はより条件の悪いアルハンゲリスクで荷揚げを行っています。

 レニングラードはドイツ軍が完全に包囲し降伏を待っています。

 人肉食いの噂が出るほど街は食糧不足が厳しいようなので降伏は近いと思われます。

 ロシア南部ではキエフを出たドイツ軍がハリコフを突破、ロストフへ向けて進軍中。

 クリミア半島はイタリア軍が英伊合同艦隊の支援を受けて占領地域を広げています。

 一か月以内にはモスクワ包囲、ロストフ占領、クリミア半島占領となる予定です」

「順調ということで良いのか」

「はい、そうです。ソ連はアメリカの援助をほとんど受けられず苦戦を続けています」

「では、満州の件は一旦寝かせて、先に本日最大の議題、ハワイ作戦の説明をしてもらおうか」

「はっ」


 中尉は黒板に太平洋全域図、ハワイ諸島の図、オアフ島拡大図の三種の地図を張った。


「ハワイ占領作戦の主目的は太平洋より米軍を駆逐し、我が国の通商路確保を万全なものにすること。

 及び、米国西海岸攻撃および通商破壊の拠点とすることです。

 主目標はオアフ島。

 オアフ島は縦五十キロ、横七十キロ、周囲百八十キロのひし形のような島です。

 最高峰は千二百メートルで海岸以外は丘陵や山となっていて、攻めやすい島ではありません。

 特徴的なのは島の中央部です。普通の日本の島と違って平地が広がっています。

 それで作戦は次のようになります。


・海軍特殊部隊による敵レーダー施設の破壊および後方攪乱

・機動艦隊による敵飛行場と要塞砲の破壊

・艦砲射撃による敵飛行場と要塞砲の破壊および上陸予定地点の掃討

・特別陸戦隊ついで陸軍による上陸

・戦線拡大、飛行場奪取、飛行場修復、航空隊進出

・島内掃討と全島掌握

・ミッドウェー島、全ハワイ諸島の掌握


 となります。

 敵戦力は陸上兵力十万人、戦闘機三百から四百機、爆撃機攻撃機二百機、重爆撃機百五十機。これに空母の艦載機八十が加わります。

 艦艇は空母一隻、駆逐艦数隻、潜水艦数十隻。

 ですがサンチアゴより残存艦隊が救援に来る可能性もあります」

「陸軍が思ったより少ないな」


 陸軍の知らない人がぼそっとつぶやいた。


「それは兵站上の問題と思われます。

 ハワイは諸島を一まとめで考えると食糧輸入地域です。

 経済は観光と熱帯性植物の栽培で成り立っていました。主食の栽培面積は意外と狭い。

 これ以上陸軍を増やしたら、補給が追い付かんのでしょう。

 ただでさえ、米国では輸送艦と護衛艦艇が不足しています。

 戦略上の要地とはいえ外地は後回しにされてしまう。

 また、ハワイは山地が多く、平地は少ない。

 平地面積からも駐屯できる兵力には限りがあります」


 誰も何も言わないので、了承とみなして中尉は話を続けた。


「我が軍は部隊を四つに分けます。

 最初に前方哨戒部隊として、三個潜水戦隊、潜水艦十八隻。これは哨戒当番を変更して出撃可能全艦を出します

 機動艦隊として第一航空艦隊、空母六隻、艦載機四百五十機、駆逐艦十二、一個護衛艦隊。

 艦載機が多くなっているのは甲板繋止で積めるだけ積んでいくからです。

 打撃艦隊として、戦艦三、巡洋艦二十、駆逐艦三六。現在太平洋に戦艦は居ないと考えられますので、戦艦は対重巡および対地射撃のためとなります。

 最後が輸送船団。上陸用艦艇二、輸送船百二十、客船十五と三個護衛艦隊。特別陸戦隊二個連隊、三個歩兵師団をこれらの船で運びます。

 水上機母艦、潜水母艦、工作艦、病院船、給糧艦、補給艦もこの部隊に入ります。

 ちなみに油槽艦、いわゆるタンカーは各部隊に割り振ります。これはハワイへ着くまでに駆逐艦等の小型艦は途中最低でも一回、できれば二回洋上燃料補給が必要なためです。

 我が軍に有利なこととして島の海岸線は砂浜が多く、またサンゴ礁が少ないため上陸可能地点が多い。

 その分米軍は兵力を分散されます。また、砂浜付近は平地であり水際防御が難しいことがあります。

 敵は実戦経験が無いのに比べて我が軍はソ連と戦った猛者達。

 ある程度の兵力差を覆す要因となります。

 敵の手として考えられるのは、海岸線には最低限の兵を置き、主力は数か所の拠点で待機。敵が上陸次第急行する機動防御。

 我が軍が橋頭堡を確保したのちは山岳地帯に立て籠もっての持久戦。

 米国の戦略としてはハワイで可能な限り時間を稼ぎ、その間で本国の工業力を生かして反攻の戦力を蓄える。

 よって我が軍は可及的速やかにハワイ諸島を攻略する必要があります。

 問題点は三つあります。

 第一に敵陸上兵力の重武装化が進んでいると考えられること。

 食料補給上の制約から兵力に上限があるため、代わりに兵の重武装を進めているはずです。

 分かりやすく言えば少数精鋭。

 こちらも満州で鍛えられた兵ですが、上陸作戦の性質上どうしても武装が弱い。

 これは、携帯噴進砲の利用、港湾施設の確保による重車輌の揚陸、飛行場確保による航空支援の実施で対抗します。

 第二に敵要塞砲の存在。

 開戦前、敵要塞砲は無蓋の露天陣地に設置されておりました。

 開戦後一年でそれが、どれほど強化されているか。

 アメリカも馬鹿ではない。何割かは強固な陣地に変わったと考えるべきでしょう。

 これを潰さない限り、艦砲射撃による上陸支援が難しくなる。

 これは、諜報による位置と設置状況の確認、急降下爆撃による破壊、制空権確保後の観測機による観測の元での艦砲射撃で潰します。

 第三に敵潜水艦戦力。

 アジア艦隊の生き残りを加えて四十隻以上がハワイを拠点に活動していると思われます。

 我が艦隊の接近に伴い一斉に出港するでしょう。

 これらからいかにして船団を護衛するか。

 これは護衛艦隊総出で護衛します。

 第四に空母艦載機搭乗員の練度が下がっていること。

 開戦時点で平均搭乗時間は一千時間を超えていましたが、今は六百時間未満にまで下がっています。

 それに対してハワイの航空戦力は実戦経験こそありませんが、開戦前から訓練を続けており技量は我が軍と互角かそれ以上と思われます。

 第五にハワイ島、オアフ島以外の島の状況が不明なこと

 この二島以外は元々原住民以外の住人が少なく諜報員を配置することができませんでした。

 よって、開戦後どれだけ増強されたが不明です。

 おそらく飛行場が増設されたと考えるべきです。ハワイの飛行場を破壊次第こちらも攻撃します。

 第六に上陸後の兵站の問題。

 米軍側の問題であった兵站の問題が我が軍に移ってきます。

 第七に敵性市民の問題

 占領後、日本人はある程度の協力が見込めますが、敵性市民は破壊活動の恐れがあります。

 占領後に米国籍者をどう扱うか。

 特に米国籍保持の日系人をどう扱うか。

 第八に――

「分かった。問題が多いことはよく分かった。

 それでもやらねばならんのだ。

 それに君のことだから対策は考えておるのだろう。

 小さな問題は実務者で検討立案を頼む。

 戦況に大きな影響を与えるものを出してくれ」


 と総理が顔の前で手を振った。


「ハワイ作戦では大量の海運力が必要です。

 手当てしなければ本土で物資不足が発生します。

 これは今から輸送効率を高め、物資の備蓄を図る必要があります。

 現在、台湾、シンガポール航路は基本として船団を組み護衛を行っています。

 これを兵員輸送など重要物以外は単独航海に変更いたします。

 船団輸送は一番足が遅い船に合わせる。船が揃うまで出港できない。港湾に一度に荷揚げが集中する。

 などの理由からどうしても効率が悪いためです」

「大丈夫なのか」

「多少の被害は出るでしょうが、損失分を考慮しても輸送力は上がります。

 米国潜水艦はミッドウェー、ハワイを基地に活動しており、一航海当たりの通商破壊任務従事日数は数日しかありません。

 それに米国は船団護衛の前方哨戒に潜水艦を使用しているようで、こちらに来る数が減っています。

 また、護衛方法を船団ごとの哨戒・護衛から航路帯を丸ごと哨戒する方式へ変更します。

 フィリピン、台湾、南西諸島で囲まれる南シナ海、東シナ海を最重要海域として指定し航路帯を設定。

 その航路帯に陸上から哨戒機を飛ばして敵潜の侵入を阻止します。

 フィリピン、仏印の飛行場が利用できるようになったため実行可能になりました。

 開戦後もうすぐ一年であり、開戦と同時に大増産に踏み切った標準輸送船が就役し始めています。

 また、開戦後に増員した船員学校から一年課程の卒業生が出ますので、初等船員として船員数の底上げになります」


 本当に中尉は様々なことまで考え事前に手を打っているのが凄い。

 俺の情報からでは分からないことまで対策を考えている。

 感心するばかりだ。


「ここまでで質問はありますでしょうか」

「海軍特殊部隊とはどんな部隊なのだ。やってること、やることがよく分からんのだが」と総理大臣

「諸外国には秘密にしておる特殊な訓練を受けた部隊です。

 全国から選抜した頭脳明晰、身体頑強な一騎当千の士官・兵士で構成され、通常部隊に先んじて敵地へ秘密裏に潜入し味方を支援します。

 陸海にそれぞれありますが、今回は海軍の方を使います。

 上陸数日前に潜水艦でオアフ島北東岸に接近、夜陰に紛れて上陸潜伏。

 作戦開始直前にレーダー施設を爆破。その後は我が軍が占領するまで後方攪乱、遊撃を行います」

「万が一に捕まった場合、諜報員として処刑されることは無いのか?」と外務大臣

「彼ら専用のですが軍服を着て戦いますし、指揮は士官が取ります。国際法にのっとったれっきとした軍隊に当たります。

 米国が国際法を守らない場合は別ですが」

「ミッドウェー島、ハワイ島はどうするのだ」と陸軍参謀総長

「ハワイ島はオアフ占領まで放置します。ただし飛行場だけはオアフ島の次に破壊します。

 そうしないと、米本土またはミッドウェーからB-17が片道攻撃で飛行してくる恐れがあります。

 オアフ島さえ落とせばオアフ以外のハワイ諸島の部隊は死兵化します。

 オアフ陥落後にじっくり確実に攻略すれば良いでしょう。

 飛行場さえ潰しておけば機雷封鎖だけで良いかもしれません。

 ミッドウェーについては連合艦隊がオアフ島攻撃後、被害が少なければ帰還途中に攻撃します。

 放置してもいいのですが、本土ハワイ間の輸送の邪魔になるので一応叩きます」

「燃料は」

「なんとか軍への割り当て分で賄えます。

 それにオアフ島の燃料タンクを接収できれば、それを使うこともできます。

 ただし、占領後は物資輸送に石油を消費しますので、しばらく連合艦隊は燃料不足で大規模な作戦を行えなくなります」

「いつにするのだ」

「メキシコ沖海戦での航空機の損害の再編成が終わるのが八月。

 その頃には陸奥も使用できます。

 また、翔鶴型四隻はこの機会に戦闘機の機種転換を行います。

 一式艦上戦闘機です。

 天候も考慮して九月実施がよろしいかと思います」


 中尉は発せられる全ての質問を予想していたのか、よどみなく答えていく。


 そして、しばらく質疑応答が続いた後に、作戦が決定した。



 数日後、俺は中尉に大本営まで呼ばれた。

 中尉が何か言いにくそうだ。

 大本営まで呼ばれるということは正式な何かであり、電話で済むことではない何かなのだ。


「ハワイへ行けって言うんだろ」


 大体察している俺は自分から言った。


「今度は本当に危ない。安全を保障できん」

「フィリピンより危ないのか」

「比べ物にならん。

 今度は弾が飛び交う下での作業だ。それに空襲の可能性も高い。

 だからこそ、一日でも早く飛行場を復旧させて、航空隊を進出させねばならん。

 だからこそ、少しでも優秀なオペレータを送り込みたい」

「中尉が行って欲しいんなら行くよ。

 敵の攻撃は……、まあ……、なんとかなるよ。

 直撃じゃなかったら、すぐに壕に飛び込むし」

「すまん」


 中尉が珍しく頭を下げた。

 俺に頭を下げるのは本当に珍しい。


「今回は俺も行くつもりだ」

「――――はああああぁーー、何言ってんの。あんたこそ死んだらダメでしょ。ここで悪知恵働かさなきゃ」


 中尉の突然の発言に俺はとんでもない声を出してしまった。

 部屋の外まで聞こえたかもしれない。

 でも、俺は悪くない。おかしなことを言いだす中尉が悪い。


「俺はもうしばらくで、統合兵站部へ転任する予定だ。

 そこでの最初の仕事がハワイ作戦の兵站を万全に行うことだ。

 兵站担当の人間が現地に行くのは普通だろ」

「じゃあ、作戦は誰が立てるんだ。

 中尉以外でも、これまでみたいに腹黒い作戦を立てられるのか」

「腹黒いは余計だが。

 ハワイ作戦で大規模な作戦は大体終わりだ。

 それに、ハワイ以降の作戦も骨子は組み立ててあるし、信頼できる部下も居る。

 心配することは無い。

 それにな、作戦部は作戦を立て終わったらやることが無いんだ。

 遊んでるくらいなら、兵站部で働かそうと誰かが考えたんだろう」


 中尉がいつものように醒めた感じで話すのに何となく違和感がある。

 だが、本当の理由は分からない。


「今度の作戦は本当に大切なのだ。

 これが成功すれば太平洋からほぼ米軍を駆逐できる。

 ハワイ維持は兵站が大変だが、その分南シナ海航路が安全になるので輸送効率が上がる。

 総合では有利になると計算されている。

 フィリピン降伏以降、輸送船の被害が激減しており、戦没より新造の方が多く、船腹量が増えているのもある。

 それにな、作戦を急ぐのにはもう一つ理由がある。

 米の新しい艦艇が続々就役する前にどうしても作戦を実施したかった。

 もし、一部がハワイへ配備されると、作戦自体が実施不可能になる恐れがある。

 会議では純粋に作戦上の問題だから出さなかったが、問題はB-17だ。

 この米軍はB-17にレーダーを積み哨戒を行っている。

 そのためハワイの周囲千キロ内では潜水艦でさえ夜間と言えども安心して航行できない。

 そのため、ハワイに対して十分な通商破壊が出来ていない。

 西海岸での輸送船不足から大幅な戦力増強は行われていないと予測されているが、それでも大変なことに変わりない。

 それにだ、アメリカも日本の次の目標がハワイだと予測しているだろう。

 アメリカから見ればミッドウェー、アリューシャン列島、アラスカもありうるが可能性は低い。

 本当にこの作戦は乾坤一擲の大勝負なんだ。

 この作戦が失敗すれば我が国はこれまでの勝利なんか吹っ飛び、坂道を転げ落ちるように傾いていく。

 だから、絶対に失敗は許されない」


 中尉がいつになく真剣な顔をして言った。

 中尉の本気というか覚悟がひしひしと伝わってくる。

 それ以上俺は何も言えなかった。



 ハワイ作戦は日本軍単独で行われる。

 英独は大西洋側で通常作戦を続ける。通商破壊、機雷設置、カリブ海の解放だ。

 ただ、石油だけは中東からシンガポールまでイギリスが運んでくれる。


 投入兵力は日本海軍の全力といって良い。

 修理中の物を除いて動かせるもの全てと言っても良い。

 青島封鎖に付いていた部隊の一部も参加する予定だ。

 中尉はこの戦いで航空艦隊を使い潰す覚悟らしい。

 搭乗員は連日猛訓練を続けている。ガソリンを湯水のように使い限界まで飛んでいる。

 もちろん連合艦隊はいつも以上の猛訓練をし、上陸部隊は何度も上陸訓練を行っている。


 そうして三か月はあっという間に過ぎていった。

次章は9/10(水)19時の予定です。

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