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<第三十九章 フィリピン上陸作戦>

 昭和十五(1940)年十一月。


 例の会議が終わってしばらくして中尉に呼び出された。

 どちらかの家ではなくわざわざ大本営まで来いということは、悪い予感しかしない。

 ユンボの生産再開へ向けて最後の追い込みに掛かっている時に迷惑なことだ。

 と言っても、形式上中尉は俺の上司に当たるので命令を拒否することはできない。


 これも良く考えてみると変な話で、大本営統合作戦本部作戦課長という思いっきり軍令の中心部に居る人間の下に、これまた思いっきり工事関係者兼技術者の俺が居るのだ。

 何か特別なことをしているのだろう。


 それで、中尉の話は半分予想していたが、あまり嬉しくない話だった。


「お前、フィリピンへ行くか」


 満州、イランと行ってきたので、今さらフィリピンでは驚かない。

 それに、先日の会議の中、フィリピンで飛行場を作るという話が出ていたので、ひょっとしたらと考えていたのだ。


「嫌なら断っても良いんだぞ」

「中尉がそう言うということは行ったほうが良いんだろ」

「まあ、そうだな。

 軍の偉いさんでこの前のイラン行きの件で味をしめたのが居てな、お前をもっと働かせろというのだ」

「行くのはやぶさかではないんだが、俺が行っても大活躍という訳にはいかんぞ。それに、オペレータとして行くんだろ。国内のユンボを輸出してるくらいだから、オペレータは余ってるだろうに」


 ユンボ生産を急がせるくらいだから、ユンボが足りないはずだ。

 ということは逆にオペレータが余っていることになる。


「それが、そうでもないのだ。

 ユンボを輸出すると同時に中堅どころのオペレータを教官を兼ねて派遣している。

 本物の教官でなくても、そこそこ経験がある者ならそれでいいとイギリスが言ってきたからだ。

 それで、今使える人間が少ない。

 それに、今回は工事の速さがとても重要なのだ。

 上陸して一日でも早く飛行場を作らんと、上陸部隊の被害が増える。

 台湾からでは飛行機を飛ばすのも大変だ。

 だから、今回は軍の教官も一時的に引き抜いて派遣するくらいだ」


 ちゃんとした理由があるなら断りにくい。


「それで、どうなんだ。危なくないのか」

「全く危険が無いわけではない。

 飛行場は前線から十五キロから二十キロ後方に作る予定だ。

 これだけ離れていると、米軍の大砲も届かん。

 だが、米軍の航空戦力を潰さん限りは、敵も飛行場を優先的に攻めてくるだろう。

 この辺が難しいところだ。

 敵の飛行場を潰すためには、こちらが飛行場を作らんといかん。

 だが、飛行場を作るためには敵の飛行場が邪魔となる。

 好む好まぬにかかわらず、やらんといかんものはやらんといかんのだ」

「ちょっと怖いな」

「安心しろとは言わんが、できるだけのことはする。

 お前が行くのは上陸部隊の第三陣としてだ。

 第一陣が上陸して占領地域を広げる。

 第二陣が機材や物資を運び、対空陣地を構築する。

 そしてお前の第三陣だ。到着次第、突貫で工事を行う。

 どうだ、行ってくれるか」

「――分かった。行こう」


 俺はほんの少し考えてから答えた。

 満州、イランで少し自信が付いてきたのもある。

 それに、戦場へ行きたいけど行きたくないという、自分でもよく分からない思いもある。

 怖いもの見たさなのか、戦争に参加している実感が欲しいのか、うまく言葉にできない。

 それに中尉に対する信頼もある。中尉が行ったほうが良いというなら、行ったほうが良いのだろう。

 腹は黒いが、信用できる人間だ。


 そして、俺はその日から猛烈に忙しくなった。

 出発は二週間後。その間に工場で仕事の引継を行い、カミサンに説明し、子供に言い聞かせ、町内会長に留守中のことをよろしく頼む。そして、派遣軍の飛行場設営隊の隊長に挨拶し、一緒に行くことになる他のオペと顔合わせと打ち合わせを行った。

 オペの中には俺の弟子だった人も居る。

 当時上等兵や伍長だったのに、今は曹長や少尉になっている。

 知ってる人が居るのはやりやすい。


 俺が行くのは二か所ある上陸予定地点の内の一つアパリだ。

 フィリピン北端にある港町で台湾から四百キロ離れている。

 ここは多少台湾からの航空支援が受けられる。それに米軍設置の飛行場があり、それを復旧して使うので、もう一か所のバギオより安全で短期間で終わると考えられる。

 中尉が気を使ったのだろう。


 日本軍の作戦としては次のようになっている。


・高雄からの航空機による爆撃でアパリ近郊にある飛行場及び防空施設の破壊

・空母部隊によりクラーク飛行場他主要飛行場の破壊

・海軍による艦砲射撃で上陸予定地点の敵防御施設の破壊

・特別陸戦隊が上陸し橋頭堡の確保

・陸軍が上陸し占領地域の拡大

・工兵が飛行場の復旧

・復旧次第、飛行場の運用開始


 問題はもう一つの上陸地点であるバギオだ。

 こちらは高雄から有効な航空支援を受けられない上に、飛行場を一から作ることになる。

 だから、いかに早くアパリの飛行場を使えるようにして、バギオを援護するかに作戦の成否がかかっている。

 作戦の細かい内容を聞くうちに俺のやる気はぐんぐん上がっていった。



 十二月。

 フィリピン上陸に備えて俺は高雄港に居た。

 すでに第一陣は昨日上陸を敢行し、第二陣もすでにフィリピン沖に到着している。

 漏れ伝わる話では初日の上陸作戦は成功し、陸軍は前線を広げているらしい。

 昼前には俺が乗っている船は高雄を出港した。

 これから一日かけてアパリへ向かう。明日の午後にはフィリピンへ上陸している予定だ。


 航海は多分何事も無く終わった。

 前回のイラン行きでは一応主役という形だったのでそれなりの待遇だったが、今回はあくまでの工兵の一員という形だ。

 大本営からのお付きの人も居ない。

 誰かが戦況を教えに来てくれるわけではなく、気軽に聞きに行けるものでもない。

 要領の良い下士官がどこからか聞いてくる噂を聞くしかない。

 少なくとも爆発音はしなかったので、この船とその周囲に敵の襲撃が無かったことは確かだ。


 上陸作戦の四日目の昼過ぎ、俺はアパリ港へ上陸した。

 そこにはまだ焦げた匂いが漂っていた。

 煙は上がっていないし、死体も無い。だが、そこかしこの建物が崩れ、砲弾の跡がある。

 戦争の雰囲気が強い。

 これまでで一番戦争に近い感じがする。


 俺達はトラックへ乗せられ飛行場へ運ばれた。

 そこはさらに戦争の匂いが強い所だった。

 飛行機の残骸が放置されたままで、滑走路と周辺には大きな爆発の跡がある。

 焦げた匂いも濃い。まだ何かが燃えてるんじゃないかと思うほどだ。


 感傷に浸っている場合ではない。

 俺達は早速動き始めた。

 重機はまだ届いていないが、その前にできることもある。

 まずは作業手順の確認だ。

 第一に滑走路と誘導路の修復と残骸の撤去。飛行場の運用開始を最優先にする。

 残骸の置き場所を決めたり、研究の為に日本へ送る物を選別しないといけない。

 第二に避難壕、掩体壕、防空施設の作成。

 大体の場所は日本に居るときに決まっていたが、現地で変更が無いか各部隊の責任者に確認する。

 第三に燃料タンク、管制塔、司令部棟、兵舎など附属施設の建設。

 これも場所と建設順序を最終確認する。


 施設はほとんどが仮設ものになるが、ここまでを三日でやることになっている。

 もちろん、二十四時間二交代の突貫工事だ。

 夜間も明かりをつけて作業を行うことになる。

 夜間工事は敵に狙われて危険だという話もあったが、飛行場復旧が優先された。

 安全確保の為に、アパリにはレーダー装備の艦艇が派遣され沖で常時監視を行い、陸軍は飛行場周辺を厳重に警戒する。

 夜間爆撃も怖いが、狙撃や迫撃砲も怖い。


 この飛行場は終戦まで使い続ける予定になっている。

 飛行場を運用しながら並行して本格的な工事を行うのだ。

 滑走路も千メートルから千五百メートルへ延長し、本数も一本から三本へ増やす。

 そして南シナ海と西太平洋哨戒の重要拠点となる。



 俺達は重機が到着したら早速作業を開始した。もちろん俺はユンボ担当だ。

 壕を掘り、その土をダンプに乗せる。

 その土で滑走路の穴を埋めるのだ。

 作業している間にも遠くで雷のような音が聞こえてくる。イランで聞いたことがある。砲撃の音だ。

 あの時よりも音が大きい。戦線が近いのだ。


 知り合いの曹長をつかまえて聞くと、


「ここから、十キロちょっと先でアメさんとやってるらしいですよ。我が軍が押してるそうです」


 と教えてくれた。

 戦線が十キロ先ということは、敵の大砲はその後方にあるので、もっと遠くにあるはずだがちょっと心配になってくる。

 本当に大丈夫なんだろうか。


 俺としては怖いので、敵が来た時の為に避難壕を真っ先に掘っている。

 穴を埋める土を用意できるので一石二鳥だと主張して認められたからだ。

 他の人に俺の思いはバレてたかもしれないが、誰も反対しなかった。

 みんな犬死はしたくないのだろう。それか俺みたいに命が惜しいのだ。


 作業自体は順調に進むが、どうもユンボの調子が良くない。

 動きが重く感じる。

 慣れ親しんだ○菱製のユンボなのに、いつもと何か違う。

 気温のせいかと思ったが、気温はイランとそんなに変わらない。個体差か整備の問題かと思い、夜間の部と交代した後で周りに聞いてみた。


「ユンボの動きが悪い気がするんだが、俺だけかな。みんなはどうだ」


 すると、一人の下士官上がりの少尉がニヤッと笑って言った。


「気づきましたか。さすがは先生。実は操縦席の天上に鉄板を付けてあるんです。単なる鉄じゃなくて、装甲用のちょっと良い奴です。でも、上からの弾を防ぐだけですから気休めですけどね」

「いつの間に……」

「そりゃ、日本に居る間にですよ。うちの部隊にゃ機材は揃ってますからね。鉄さえ手に入れば簡単ですよ」

「装甲用の鉄なんか簡単に手に入らんだろう」

「俺が何年陸軍に居ると思うんです。二十年以上ですよ。蛇の道は蛇ですよ」

「大丈夫なのか。バレたらまずいんじゃないのか」

「そんなへましませんよ。いつかは返しますし。

 でも、内緒ですよ。全部に付いてる訳じゃないですから。

 さすがに全部に付けるだけの鉄は用意できませんでした。

 先生には恩があるから、鉄板付きを回したんですから」


 恩と言われても、思い当たることが無い。

 仕事としてユンボの動かし方を教えただけだ。

 俺が不思議そうな顔をしていると、少尉が説明してくれた。


「曹長にでも成れれば御の字の俺が少尉に成れたのはユンボの操縦を覚えたからです」

「いや、でも、俺も仕事で教えただけだし。お前を選んだのは俺じゃないんだし」

「いやいや、教える時に殴らないだけで十分ですよ。それに、先生の教え方が俺に合ってたんですよ。おかげで俺は教官の中でも出世頭です。俺が一方的に恩義を感じてるだけですから先生はお気になさらずに」

「そうか……」


 不思議なものだ。

 殴って覚えさせるなんて昔の俺には考えもつかないことだった。

 情けは人の為ならずとはよく言ったものだ。

 この少尉の気持ちはありがたく頂戴することにした。

 食事の後は疲れてすぐに眠った。初日で気が張っていたのだろう。


 作業二日目も順調に進んだ。

 味方が空けた穴を直すのは不毛な気がしながらも、どんどん作業を進める。

 避難壕を掘り終えた俺はユンボをクレーン代わりに管制塔を立てるのを手伝ったりした。

 二交代制なので十二時間は作業することになり、結構きつかった。

 二日目も横になると気を失うように眠った。


 事件は三日目に起こった。

 朝から作業していると突然サイレンが鳴り響いた。

 何事だ、敵襲かと思っていたら、自転車に乗った人がメガホン片手に走ってきた。


「敵襲ー、敵襲ー、避難せよー。敵襲ー、敵襲ー、工兵は作業を中断。避難せよー」


 周りを見渡すと、みんな重機を乗り捨て走って逃げている。

 俺も慌ててユンボを降りると、自分が掘った避難壕目指して一目散に走った。

 壕に飛び込むと、すでに人が居て、俺の後からも続々人がやって来る。

 すると、知り合いの下士官が話しかけてきた。


「爆撃が始まったら、耳を手で押さえて口を開いてください。そうしないと鼓膜が破れますから」


 本物の兵隊なので知っているのだろう。

 軍属の俺は初めて聞いた。

 事前に教えておいてくれと少し中尉を恨んでしまう。


 敵機は五分後にやって来た。

 飛行機のエンジン音に混ざって、機関銃の発射音が聞こえる。

 俺の心臓はバクバクだ。自分の血流の音が聞こえるくらいに動悸が激しい。

 目をつむり体をちぢこまらせ、言われた通り耳を抑えて口を開く。


 どのくらい時間が立ったのだろう。

 かなり長い時間の気がする。

 誰かに肩を叩かれた。そちらに顔を向けると、隣に居た人が立ちあがり外を指差していた。


「もう行ったみたいですよ」


 他の人は壕から出て歩き出している。


「強行偵察でしょう。爆弾も落とさずに、機銃の弾をばら撒いて帰っていきました」


 それを聞いて、俺は体から力が抜けてしまった。

 膝が笑って立つのに苦労してしまう。

 小便を漏らさなかったのが不幸中の幸いだ。

 思わず苦笑いしてしまう。

 それが俺の初めての実戦だった。

夏休みのため次章の更新は未定です。

8/13(水)か16(土)の19時に更新します。

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