<第二十五章 戦火拡大> (欧州地図付き)
昭和十五(1940)年一月。
北アフリカでは仏伊の戦いが続いている。
両国とも動員が進み、北アフリカの軍を増強している。
なんとなくイタリア軍は弱いのかと思っていたが、仏軍と互角の戦いをしている。
イタリアは北アフリカ以外で戦っていないので戦力に余裕があるのだ。
フランスはドイツに備えて兵を大量に派遣できない。
それに、前線から主要都市までの距離が短いイタリアが兵站上有利なこともあるだろう。
最初は植民地統治部隊同士の小規模な戦いだったが、両国が戦力を増強するにしたがって大きくなっていく。
ただ戦闘はリビア・チュニジア国境線付近に限定されていて、地中海での戦闘は行われていない。
外部からは両国が戦争へと発展するのを抑えているように見える。
三月。
ようやく翔鶴型空母一番艦の翔鶴が竣工した。
だが、今から慣熟航海、訓練を重ねないと戦力として使えない。
二番艦の瑞鶴は翔鶴より三か月遅れで竣工する予定だ。
運が良かったのは、最初からゼロシリーズの艦載機が使えることだ。
通常新型機の量産初期の機体はいきなり実戦配備されたりしない。初期不良の問題が潰し切れてなかったりするし、戦技研究や機種転換の訓練用に使われることが多い。だが、今回はそんなことを言ってる場合ではなくて、特例で翔鶴最優先で配備される。
翔鶴、瑞鶴は戦力化を急ぐために、空母勤務経験者を集めて乗員を編成している。
その分、既存空母四隻は戦力が落ちることになる。四隻は練度を元へ戻すために猛訓練を重ねているところだ。
せめて二番艦瑞鶴が戦力化されるまで日本が戦争に巻き込まれないで欲しい。
昭和十五(1940)年五、六月 欧州
青色:独伊
水色:独伊協力国
黄緑:独伊とは協力していないがソ連と戦闘中の国
橙色:仏ソ
灰色:中立国
矢印:主要進撃路
五月六日。
雪も解け、世界の人々が近い内に何かが起きると考えていた。
そして、前触れも無くドイツが動いた。ベルギー、フランスへ宣戦布告すると同時に戦闘を開始したのだ。
ドイツはベルギーの抵抗をものともせずに進撃し二日目終了時点では部隊の一部がフランス-ベルギー国境へ到達している。
オランダ、ルクセンブルク、デンマークには一週間の期限付きで中立宣言と軍事監視団受け入れを要求した。
二日遅れてイタリアも宣戦布告しフランスへ侵入を開始した。
俺はラジオと新聞でニュースを知り、早く夜が来ないかとやきもきしながら待つ。
中尉が家へ来た時に詳しい話を聞くのが楽しみになっている。新聞とは情報の質と量が違う。
しかし、さすがに今回はなかなか来なかった。
来たのは開戦から十日目の夜遅く、子供達が寝た後だった。
中尉は晩飯はもう食べたみたいで、酒をちびちび飲みながら話してくれた。
「ドイツは西部軍を大きく三つに分けている。一つはベルギー攻略部隊、二つ目がフランス侵攻部隊、三つ目が国境線でフランスを抑える部隊。十三日時点でブリュッセルは陥落寸前で、ベルギーはほとんど抵抗らしい抵抗ができずに至る所でドイツ軍に突破されている。頼みのエバン・エマール要塞も一日しかもたなかった。国王一家と政府要人を逃がすので精一杯だったようだ」
「国王とかはどこへ逃げたんだ」
「今はパリに居るようだが、戦局によってはさらに逃げる必要があるだろうな。お前の居た世界ではフランスはあっという間に蹂躙されるんだろ」
「何日かかるか知らないが、ダンケルクという所へ追いつめられて、そこからイギリスへ撤退するんだ。それで、フランスでの戦いはどうなってるんだ」
「マジノ要塞を迂回したドイツのフランス侵攻部隊は二手に分かれて片方はマジノ線を包囲しようとして、もう片方がパリを目指している」
フランス-ベルギー国境は独仏国境と比べて防備が薄い。やすやすとフランスへ侵入したドイツは独仏国境地帯を包囲するべく大規模な運動を行っているのだ。
「それだと、ドイツが逆包囲されるんじゃないのか」
「ドイツもそのくらいのことは考えているだろう。国境の部隊がフランス軍の動きを抑えている。要塞に居るフランス主力が反対へ動くと、すかさず後ろから追撃する手筈だろう」
「フランスはドイツの作戦を考えてなかったのか、あまりにもあっさりとやられ過ぎだろ」
「考えてはいたがドイツの行動はその予想を超えていたということだな。
まず、ベルギーが二日で抜かれることが想定外。
ドイツが進撃したのは森林地帯で、戦車は通過できないか、通過に時間が掛かると考えられていた。
おそらくベルギーが抵抗している内に、対ドイツの戦線を構築する予定だったろう。
次にドイツの進撃速度が想定外。
要塞地帯の兵を引き抜いて戦線を作るより早くドイツの部隊がフランス内部へ侵入してパリと要塞を遮断し始めている。
そしてドイツ三号戦車が想定以上に強くてフランスのルノーB1では止められなかった。
装甲は厚いが足は遅いし主砲は砲塔ではなく本体搭載でドイツ戦車をとらえられない。
回り込まれて後方から攻撃されたり、対戦車砲の餌食になっているようだ。
最後に、要塞地帯へ兵力を集中していたために、その兵が遊兵になると同時に中央部の兵が不足している。
電撃戦を研究したドイツと陣地戦に固執したフランスの考え方の違いが招いた結果だな」
気になることを一応確認してみる。
「ひょっとして、日本がドイツへ電撃作戦を教えたのか」
「いや、そんなことはしない。お前の居た世界でドイツは自分達で考えたんだろ。こっちでも、ドイツは自分達で考え出している」
俺の情報でドイツが勝ってるんじゃなくて少しだけホッとした。
ドイツに負けて欲しいわけじゃないけど、俺のせいでフランスが負けるのも何となく嫌だ。
「他の国は?」
「ルクセンブルク、デンマークはいち早く中立を宣言した。オランダもおそらく中立を宣言するだろう。オランダは元々ドイツ寄りの国だからな。まあ、中立といってもドイツがそれを守るかは分からん。必要だと思えばいつでも侵略するだろう」
「これから、どうなる」
「このまま、独伊が押すだろうが、どこかで補給が追い付かなくなる。そこで、英米ソがどう動くかだ。誰が、いつ、どちらへ付くかで戦局は大きく変わる。このままではフランスは撤退するところも無く、ことごとく捕虜になっておしまいだ。だが、米英ソはそれを望まないだろう」
そして、次の日からも戦闘は仏軍が一方的に押される形で推移した。
マジノ線から脱出に成功した一部の仏軍部隊はリヨン方面へ移動。パリ-リヨン-マルセイユの線で防衛戦を引くことに成功した。
ブリュッセルを包囲したドイツはベルギー方面の主力を北西方面へ進出させドーバー海峡へ達した。
フランスーベルギー国境線北半分の守りについていた部隊はほとんどが包囲されて、各個撃破されていく。
一部はダンケルク、カレーから民間船で脱出し西部の港へと逃げ落ちた。
一度フランスはアルデンヌ方面からドイツ軍へ反撃しているが、あっさり撃退されている。
これで主な戦線はフランス中央部を縦に走る防衛戦と、包囲された要塞地帯の二つになった。
ただし、要塞地帯が降伏するのは時間の問題だと考えられた。
後方の補給路が機能することを前提にしていたため食糧備蓄が少ない。さらに、開戦前から兵力を増やしていたことが食糧不足に拍車をかけていた。
俺としては毎日でも中尉から話を聞きたかったが、戦局分析で忙しいらしく次に話を聞けたのは一週間後だった。
その間にオランダは中立宣言をし、ブリュッセルは陥落し降伏している。
「あれからどうなったんだ」
「フランスは南部では頑張ってイタリアを抑えているが、北部ではダメだな。パリが半分包囲されている。
ドイツはフランスの退却路を塞ぐために海岸沿いにブルターニュを目指してる。
そうなるとフランスはビスケー湾の方へしか後退できない。
もう、パリはいつ戦場になってもおかしくない状況らしいが、さすがのヒトラーも直接攻撃はためらってるのかもしれん」
「マジノ要塞はどうなってる」
「まだ立て籠もっているが時間の問題だろう。ここを抜かれるとドイツが一気にパリ南部へ侵攻する。
そうなるとフランスの北部と南部が切り離される。だから時間稼ぎの為の籠城だろう。あそこが落ちればパリ落城も近い」
俺と中尉の会話とは関係無く世界は動いていく。
まず、アメリカがフランスへの大規模支援を公表した。
武器、弾薬、車輌、航空機、燃料、食料他の全面的な援助だ。
これに対してドイツは中立違反だと激しく非難。通商妨害をほのめかした。
一方イギリスは静観している。
一応ドイツの武力侵攻を非難し、昨年から続けている輸出規制を拡大し、食糧・医薬品以外のすべてを禁輸措置にした。
だが、武器は独仏どちらにも売っていない。まるで独仏で潰し合って欲しいと考えているようだ。
日本も友好国イギリスにならって静観している。
元々独仏とは昨年から貿易額が減少していたが、それが戦争発生で自然と止まっている。船会社が船を出したがらないし、保険会社が保険を引き受けない。
それに介入したくてもできない理由がある。
日本はまだ戦争準備が整っていない。
動員は一部しか行われていないし、ソ連との紛争も解決していない。
兵器面では、俺が勝手にゼロシリーズと呼んでいる新型の航空機がようやく量産に入ったばかりだ。
・零式戦闘機
1060馬力、最高時速520キロ、武装13ミリ機銃×3、航続距離2200キロ(増槽無し)。3300キロ(増槽有り)
一人乗り
・零式爆撃機
1040馬力、最高時速380キロ、武装13ミリ機銃×2(機首、後部銃座)、航続距離1500キロ
急降下爆撃可。五百キロまたは六十キロ×6(水平)、二百五十キロ(急降下)爆弾搭載。二人乗り。
・零式攻撃機
940馬力、最高時速420キロ、武装13ミリ機銃×2(機首、後部銃座)、航続距離1120キロ
急降下爆撃不可。八百キロ魚雷また爆弾搭載。三人乗り
俺は無理を言ってゼロ戦を見に連れて行ってもらった。
やっぱりゼロ戦だけは気になる。
それは俺が思い描いていた通りの形をしていた。
九七式戦闘機をさらに洗練させた形をしている。翼も九七式より直線的になってて、『そう、これこれ、こんな感じ』と言いたくなる。
あの人が頑張ったんだなと思う。体を壊してなければ良いんだが。
さらにこのシリーズの後継機(一式シリーズ)も試作機が完成し、量産に向けての作業に入っている。
これからは毎年新型機を作っていく予定だそうだ。ということは二式シリーズも既に開発中なのだ。
戦闘車両も新型が開発されている。
・零式中戦車
55口径47ミリ砲。九八式自走対戦車砲と同じ砲だが、駐退機の改良で砲塔内に収めることが可能になった。
だが足回りが弱くて現時点では、これ以上大きな砲を積めない。
・零式自走対戦車砲
40口径75ミリ砲。当初掲載予定だった独製88ミリ砲の代わりに九〇式野砲を積んだもの。
俺的には新型ロンメルだ。
・零式75ミリ機動野砲
これから師団砲兵の主力となる。軍馬での牽引だった九〇式野砲を、トラック等で牽引できるように変更したもの。
昨年のポーランド-ソ連戦の観戦結果から陸軍の火力不足が問題視されていた。
そこに、今回の独仏戦で現代戦での火力重要性が改めて認識された。
陸軍としても火力増大に注力していたが、実際の戦場は想像を超えた砲弾の嵐だったそうだ。
また独仏戦では電撃戦の実態が報告されていた。
火力もさることながら砲の移動速度も重要なことが分かったのだ。馬でゆっくり移動していたのでは戦線の移動についていけない。
民間用自動車の生産を抑え、牽引車の増産を急ぐとともに、既存の野砲を順次機動野砲へ改造していくことも決まった。
また、師団主力の75ミリ野砲では砲兵同士の撃ちあいで勝ち目が無いとされ、急遽大口径砲とその砲弾の大増産が決定した。
特別予算が組まれ、調達計画が大幅に上方修正された。
・九七式13センチ自走榴弾砲
外国の主力砲の発展に対応するため、開発期間短縮を図り海軍の対空対艦両用砲の砲身を流用して開発された。
そのため砲身の寿命が短い。千発も撃つと本土に送り返さないといけない。
それでは戦争にならないと大連に急遽整備工場が作られることとなった。
累計生産数は百五十輌。これまで独立砲兵旅団などに分散配備されていた。
また、牽引式の零式13センチ榴弾砲も少数存在する。
・九七式15センチ機動加農砲
従来からあった15センチ加農砲を牽引車による牽引を可能にした物。実戦配備されている砲で最大となる。
累計生産数は約三十。
砲兵師団が新設され、この二種類の砲を集中運用することとなった。
また海軍で眠っている36センチ砲を旅順、大連へ設置することが計画されている。
十五センチ砲では不十分と考えられたのだろう。
砲兵工廠だけではなく、日本中の工場がフル稼働している。
それにともない工場労働者が不足していた。
工場勤務者は召集免除、徴兵免除され、すでに兵役についていた者は中途での予備役化が行われた。
「多めに計画したつもりだったが、まだ甘かった」とは中尉の弁だ。
六月。
フランスはパリ前面で一週間ほど抵抗したが、その後、パリの無防備宣言を行い後退した。
空爆によりパリが破壊されることを恐れたのだ。
「予想以上にフランスが弱かったな。もう少し粘ると思っていたが」と中尉は言う。
フランスは撤退に撤退を重ねボルドー方面へ後退していく。
マジノ要塞はドイツによる砲爆撃に耐えきれず降伏。
最前線はロアール川、リヨン、マルセイユとなっている。
アメリカから物資は届いているが、大船団を受け入れられる港湾は限られ、マルセイユを除いてドイツに抑えられている。
そのためボルドー他の中規模港湾での荷揚げになり効率が悪い。
また、フランスの国内輸送はパリを結節点としている。そのパリを抑えられているので、これもまた効率が悪い。
鉄道貨車、輸送車輌も不足している。
ドイツ空軍による補給路空爆も行われている。
また、米国からの武器・弾薬はフランス軍が使用している物と違う。すぐに使える訳ではない。
それで米国からの物資を有効に使えない状況が続いている。
「これからマジノ線を包囲していたドイツ軍がフランス中南部へ向かうだろう。フランスを地中海から追い出すためだ。そうすると、北アフリカのフランス植民地は危機に陥る。北アフリカを独伊に抑えられると反攻の為の足場が無くなってしまう。そうなると、今度こそ英米ソは動かざるを得ない」
「日本はどうなる。巻き込まれるのか」
「いや、それは分からん。基本欧州には不介入だが、米ソがどう動くか分からない以上、備えだけはしておかなければならん」
日本も巻き込まれてしまうのか、それとも不戦を貫けるのか。
俺にはどうすることもできない。
パリを占領し一旦足踏みしたドイツは兵站を整え、補充補給を行ってから再び進撃を開始した。
一方フランスもアメリカからの物資を前線へ送り、ドイツを迎え撃つ。
主な物は、F2A、P-35、P-36戦闘機、M2重機関銃、トラック。
F2AとP-35は性能面からドイツ空軍の敵ではなかったが、P-36は以前から同型機をフランス空軍で使用していたこともあり、応急の機体として重用された。
M2重機関銃も大量に届く弾とともにドイツの軽車輌を数多く破壊した。
トラックもフランスの崩れそうな兵站を支えるのに役立った。
しかし、それらが活躍したのも短い期間だった。
ドイツのC軍集団(独仏国境担当)がフランス中央部へ進撃を開始すると戦線を維持できず、後退に後退を重ねていく。
リヨンが落ちると、マルセイユに居た部隊は退路を断たれるのを恐れて海岸沿いに後退を開始。
それに合わせてイタリアが進軍していく。
そしてマルセイユで独伊両軍は手をつなぐことに成功した。
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