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<第二十三章 発火>

 昭和十四(1939)年。


 朝ソの小さな国境紛争が世界大戦の引き金にならないか心配だ。

 解決の糸口も見つからないまま日々が過ぎていく。


 俺はユンボ開発が一段落したので、新型重機の開発に取り掛かろうとしている。

 もし、戦争が始まったら開発どころではなくなるだろう。それで今の内にできるところまでやっておこうということだ。

 第三世代ユンボでほぼ俺の思う通りの物ができたので、これ以上大きな進歩は無い。

 これからは、サイズを大きくしたり、動作速度を早くしたり、品質を上げるなどの細かい改良をやっていくことになる。


 今まで○菱では、需要の少なさから重機関連製品の種類を絞っていた。

 俺の属している部署ではユンボ、ブルドーザー、ロードローラー。

 別の部署でダンプカー、ユニック、クレーン車。

 この六種類しか作ってなかった。しかも各種ともサイズは一種類のみなので、本当に六種類しかない。

 それと、重機以外ではトラック、キャタピラー、ディーゼルエンジンなどをそれぞれ違う部署で製作している。


 だいたい、どの部署もここ数年は好調みたいだ。作れば作るだけ売れている。

 ただ、トラックとディーゼルエンジンは他社と激しいシェア争いをしている。

 それで、今後も重機は需要増が望めると、製品ラインナップの拡大に取り掛かることになった。


・各種重機で1サイズしかないのを2サイズへ種類を増やす

 小型を作ることで、より多様な需要にこたえる。


・ユンボ用アタッチメントの販売開始

 これまでアタッチメント(先端の鍬の部分を取り換えて他の用途に使う)は試験的に研究だけしていた。

 家屋解体や開墾に便利なフォーク(はさみ)がすでに開発済みだ。

 ただ、現場でオペレータが簡単に交換できるものではなく、技術者が居ないと交換できない。

 これを容易に取り換えられるように改良して販売する。

 また、アタッチメントの種類を増やす。


・ユンボ用のミニドーザーブレードを製造時オプションとして追加

 車体幅の小さなドーザーブレードを申し込み時にオプションで付けられるようにする。

 これで簡易ブルドーザーとして使えるようにする。


・機能の細分化

 ロードローラーは今まで鉄輪式のみを製造していたが、新たにタイヤ式ローラーを製造する。

 また、ユンボはキャタピラー式のみだったが、タイヤ式を製造する。


・ショベルローダーの開発開始

 掘る機能が不要で、すくって運ぶだけならユンボよりショベルローダーの方が優れている。

 そのショベルローダー(タイヤ式)を開発する。

 タイヤ式ユンボと本体は大部分を共通化できるので一緒に開発すると早いという予想だ。



 別の部署でも伸縮式クレーン車を検討したりしている。


 ○菱以外では、ライバルの○マツはブルドーザーを主に販売しつつ、油圧式ユンボを極秘に開発していて、軍に接触してきているそうだ。

 中尉がこっそり教えてくれた。

 ○菱の生産力が足りなくなったら、いつでも声を掛けて欲しいということらしい。

 油断も隙もないというか、さすがというか。恐ろしい会社だ。


 ちなみに、○ンマーは○菱と競合しないように、小型ディーゼルに力を入れている。

 最近は農業用エンジンだけではなくて、小型船舶用エンジンで伸びている。陸軍、特別陸戦隊の上陸用舟艇のエンジンにも採用されたそうだ。


 日本中で一気に工業化が進んでいる感じがする。

 元の世界で戦後の復興期とか高度成長はこんな感じだったのだろうか。

 それに伴って技術者の不足が深刻になっている。

 国が工業専門学校を増やしたり定員を増やしたり、企業が独自に学校を作ったりしているが、それでも足りないらしい。

 正確に言うと技術者を育てるための教育者が足りないそうだ。

 教育者不足で技術者を育てられず、かといって既に不足している技術者を教育者に回すのも難しい。

 でも、俺にできることは限られてる。目の前の仕事を頑張るだけだ



 三月。

 まだ寝雪の残る北海道と南樺太で、日本はオハ奪還の準備を進めていた。

 良い機会だと日本軍は雪中訓練を続けている。

 冬の間、樺太や北海道の人間は仕事が無い者が多い。動員しても地域経済に影響は少ない。

 日ソ間で交渉は続いているが、なかなか前進しない。

 オハの雪解けは五月らしい。その頃にははっきりするだろう。



 四月。

 ついにドイツが本格的に動き出した。

 軍事力を背景にチェコスロバキアに親ドイツの傀儡政権を樹立させてしまった。

 相手国からの要望ではなく、力尽くで内政干渉している。

 これで東欧はポーランド・ルーマニア以外はドイツの影響下に入ったことになる。

 これは戦争になる。他国が黙ってるはずがないと思っていたら、驚くことに独ソ不可侵条約締結が公表された。


 元の世界でもあった出来事だが、現実に起こるとビックリする。

 つい二十年前の前大戦で戦争し、今も東欧で緊張状態にあるドイツとソ連だ。


 中尉によると、


「先にフランスを片付けるというドイツの意思だろう」


 とのことだ。

 この世界では日本はドイツと同盟を結んでいないので直接関係は無い。

 ただ、未来情報を知らない人達は普通では考えられない組み合わせに驚いていた。



 その一週間後、今度は驚くことにドイツが突如ポーランド領に侵入した。

 ポーランド回廊の回復、ケーニヒスベルクとの連絡を掲げて地域限定戦闘を宣言し、ポーランドのバルト海沿岸部分に侵入し戦闘が始まった。


 ドイツには本国から東に飛び地の領土がある。東プロイセンだ。その中にケーニヒスベルクという街がある。

 前大戦前までは本国と領土でつながっていたが、敗戦の結果、間がポーランド領とされて分断されたのだ。

 この、東プロイセンとドイツ本国の間の元ドイツ領をポーランド回廊という。内陸国だったポーランドの海への出口という意味だ。

 今回はこの元ドイツ領を回復するためにドイツは動いたのだ。


 うわっ、今度こそ世界大戦だ。と思ったら戦闘は一週間もかからずにドイツの圧勝で終了した。

 ドイツは世界中の批判を受け付けず、バルト海沿岸部分からポーランド軍を駆逐し、ポーランド回廊と言われる部分の北半分を占領し、本国とケーニヒスベルクの連絡に成功した。その時、途中にある自由都市ダンツィヒ通過の際には無害通行を宣言し、戦闘を行わずにケーニヒスベルクへ到達している。

 その後、ポーランド軍との戦線に沿って長い陣を作り、暫定国境線を勝手に設定し、一方的に停戦した。

 そしてポーランドとの外交交渉に入った。

 現在ドイツが占領している地域をドイツへ割譲または貸与せよというのだ。

 条件は次の通りだ。


・ダンツィヒを自由都市のまま存続させる

・グディニャを自由港としてポーランドへ開放し、ポーランド官吏による管理を認める(軍の駐留は認めない)

・ウィスラ川を国際河川指定し自由通行を認める


 ダンツィヒは国際連盟管轄下にある自由都市でドイツ系住民が多いがポーランドと関税同盟を結んでいる。

 グディニャはポーランドがダンツィヒに対抗するために作った街。

 ウィスラ川はポーランド中央を流れる川で首都ワルシャワの横を流れダンツィヒでバルト海に注ぐ。

 この三つを使わせてやる。以前よりも海へ出やすくなるからポーランド回廊を返せ。ということだ。


 この状況で、どこの国もポーランドを助けない。口で抗議するだけだ。

 そうなると戦力で劣るポーランドは停戦を飲むしかなかった。

 ソ連が東欧諸国との国境付近の軍を増加させていたからだ。ポーランド国境付近の軍も増加している。

 これ以上ドイツと紛争が続けばソ連が侵攻してくる可能性がある。

 ただし、ポーランドは停戦条件としてダンツィヒ、グディニャ及びその周辺のポーランド系住民のポーランドへの自由移動をドイツへ認めさせた。



 本当に全面戦争にならなくて良かった。冷や冷やする。

 もう、これで何度目だというのが正直な気持ちだ。

 昨年あたりからドイツが他国へ進駐するたびにドキドキしていた。

 今までは進駐はしても戦闘は無かった。だが、今回は明らかな戦闘だ。平成日本人の感覚だと戦争と同じだ。

 それなのに、戦争にならなかった。


 イギリスはドイツとポーランドの二国間問題であると不介入を宣言した。

 ただし、武力による問題解決は認められないとドイツへの輸出規制を発表。事実上の黙認に近い。


 フランスは宣戦布告なき戦争行為だとドイツへ激しく抗議した。

 しかし、対独宣戦布告はしない。フランス-ポーランド間の協定に基づいて武器の供与を発表した。

 どうやら英が黙認したので、仏は対独参戦を諦めたようだ。一国ではきついと考えたのだろう。

 これは、以前中尉が言っていたように本当に英独密約があるのかもという気がしてきた。


 中尉に話を聞いてみると、中尉の見立てでは、


「英独間で密約があって、

 ドイツはイタリアを抑える。すなわち"未回収のイタリア"と呼ばれる地域の回収をさせず、バルカン半島に進駐させない。

 代わりにイギリスはドイツが回廊を回復することを黙認する。

 というところだろう。

 イギリスはイタリアのアルバニア併合を絶対に認めない。ギリシャと国境が接してしまうからな。

 ギリシャはイギリスの影響が強く、イギリスはバルカン半島が混乱することを望まない。

 それと追加で、仏伊間での紛争には英独とも介入しないとの項目があるかもしれん」


 ということだ。

 アルバニアというのはバルカン半島の小さな国で、前大戦の頃からイタリアが狙ってたそうだ。

 本当かどうかは分からないが、中尉が言うと本当っぽい。


 ドイツは停戦が成立するとすぐに本国とケーニヒスベルク間の鉄道を敷設し始めたようだ。



 5月某日。

 世界中がポーランドに気を取られていると、今度は仏伊間で紛争が発生した。場所は北アフリカのリビア-チュニジア国境。

 イタリア軍と戦闘後に退却したリビア反乱軍が仏領チュニジアへ逃げ込んだ。

 それをイタリアが越境して攻撃。

 イタリア越境の報を受けたフランス軍がやってきて対峙。イタリアは国境へと下がった。

 この時は仏伊両軍の直接戦闘にはならなかった。


 伊は仏が反乱軍を支援していると非難。

 仏は関与を否定、逆に伊の国境侵犯を非難。

 仏伊間の外交関係が一気に緊張する。

 だが、まだ戦争にならない。両国とも我慢していた。


 するとイタリアが仏領の旧サヴォイワ公国領との国境線付近へ戦力を展開し始めた。

 ムッソリーニが国内の過激世論に逆らえなくなったのだ。

 ムッソリーニはまだ"未回収のイタリア"をフィウメしか奪還していない。旧オーストリアはドイツが併合したので武力での奪回はできない。

 そこで、国民向けパフォーマンスとして今回対フランスで動いた。

 旧サヴォイア公国領はイタリア王国の核となったサルディーニャ王国、現王家の故郷であり、過去仕方なくフランスに割譲した(イタリア人は奪われたと思っている)土地である。

 この場所であれば大義名分がある上、国民受けも良い。


 どこまでイタリアが本気か他国が図りかねていると、フランスが過敏に反応した。

 イタリアへ期限付き最後通牒を突きつける。該当地域からの即時引き揚げ要求だ。


 国民の目があるイタリアは自国内の演習だと反論し通牒を無視した。

 対するフランスは国境線近くへ軍を展開し、仏伊両軍がにらみ合うこととなる。


 そして通牒期限が来ても仏伊両国とも引かず国交断絶となった。

 仕方なくドイツもフランスと国交を断絶することとなった。

 宣戦布告無し、戦闘無しの戦争状態と言っても良い。


 独は仏伊間の紛争には不干渉かもしれないという中尉の予想は外れた。

 伊のバルカン半島への進出を抑えた以上、仏との対立は抑えきれなかったみたいだ。

 ムッソリーニは内政上バルカン半島に代わる何かが必要だったのだ。



 すると今度は米が仏へ支援を開始した。有償物資供与だ。

 対外的膨張政策を取るファシスト国家の独伊相手であれば国民を説得しやすいのだろう。

 最近は毎週のように大きなニュースがあって、時事についていくのが大変だ。


 一方日英は静観している。

 英は仏伊が先にケンカを始めたのでどちらに付こうか考えている内にエスカレートしてしまい、介入のタイミングを失った感じだ。

 それに仏伊の問題は明らかに二国間問題で介入の口実が無い。

 パリ不戦条約の精神に反しているから両国へ制裁という訳にもいかない。


 日本政府は友好国英国に合わせているのか、どちら寄りの発言もせずに平和的解決を望む声明を出している。

 新聞は他人事のように仏伊両国の戦力を分析したり、どちらに付くべきか考察している。

 その無責任さは平成日本と同じで、昔から変わってなかったんだなと実感する。


 戦闘はまだ始まってないが、いつ大戦が勃発してもおかしくない。

 どの国も準備が終わっていないから戦争しないだけかもしれない。


 戦争準備が終わってないのは日本も同じだ。

 陸軍は普通師団二十二個、自動車師団一個、戦車師団一個。これに今年普通師団が一個新設されて合計二十五個師団。

 この内二個は去年以降にできたもので訓練が十分とは言えず、戦闘に投入できる練度ではない。


 海軍は翔鶴型空母二隻が来年にならないと使えない。改翔鶴型二隻はさらにその一年後となる。

 幸いなことに既存戦艦と空母の改装はかなり終わっている。まだ戦艦四隻が改装中だが今年中には全艦配備復帰予定だ。

 比叡には既に艦載型レーダー(方位距離測定用)が積まれテストが繰り返されている。


 ちなみにレーダーは地上型が実用化されて房総半島、台湾、パラオ、トラック、サイパン等の重要地点から順次設置されている。

 性能はまだまだ低くて探知距離は目標が編隊で百キロ、単機だと四十から五十キロしかない。しかも、方位と距離は分かっても精度は低いし、高度、速度も分からない。

 そのため、軍は高度測定用、射撃用精密レーダーを研究している。新型マグネトロンとやらが開発されて精度が上がってきているそうだ。


 航空機は九七シリーズが定数充足されつつある。

 新型のゼロシリーズはまだ試作機が飛んだだけで量産はまだ当分先となる。

 陸軍は九七式戦車、九八式自走対戦車砲、野砲、榴弾砲、加農砲を増産中だ。

 しかし、元々の生産量が少ないので、急には増えない。

 新工場も増やしているようだが、全国的に工場労働者が不足している。すぐに大増産とはいかないだろう。


 それに、新工場に必要な工作機械は輸入が難しくなってきている。重要な輸入先のイギリスが出荷を渋っているのだ。

 イギリスも大軍拡を実施中で機械の需要が高くなっていて、外国へ輸出する余裕が無くなってきている。

 仕方なく日本では調達先をアメリカの中古機械に切り替えつつある。

 軍需企業の特需で景気回復途中のアメリカではまだ中古機械が安く手に入る。とにかく数だけでも揃えようという考えだ。

 イギリスもアメリカもヤード・ポンド法なので、導入に大きな問題は無い。

 ただ、この事態に中尉は


「アメリカの景気回復に手を貸すことになる」


 と不満げだ。


 そして、対ソ連戦車の新兵器となる新型対戦車砲はまだ完成していない。

 さらに零式自走対戦車砲で使用予定のドイツ製88ミリ砲はドイツが紛争当事国になった以上、あきらめるしかない。

 これではとても戦争を始められる状態ではなかった。

次章は6/18(水)19時に予約投稿しています。

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